道志村議会が示した勇気

 4年余り、長い道のりでした。6日、終止符を打ってくれたのは道志村議会でした。6対5で、議案「都留市・道志村合併協議会の設置の件」を否決したのです。都留市議会は思ったとおり、反対は私1人でした。
 その夜、道志村の関係者と、この4ヵ月を振り返りました。村議の苦闘の日々が胸を打ちました。道志村民と村議会の判断の重さは計り知れないものがあります。
 しつこいようですが、今週は私の反対討論の全文を載せます。
もともとムリな合併構想
 私は、西桂町、秋山村、道志村との合併の動きが起こる前から、国の押し付け合併の本質を明らかにし、地形の上でも、産業構造の上でも、域内の交流の上でも、この地域の合併には何の必然性も合理性もないことを指摘してきました。
 国の合併誘導は地方への交付金の削減が狙いです。いかに政治的粉飾をしようとも、その本質はごまかせません。だからこそ、合併特例債や一時的な優遇策を目の前にぶら下げるわけです。しかし、多くの先例が示すように、合併したとたん、こんなはずではなかったという声が上がります。「住民サービスは高い方に合わせる、住民負担は低い方に合わせる」という合併時の約束は簡単に破られ、周辺に位置する町村からは「負担は重くなり、役所は遠くなった」と嘆きの声が聞かれます。それでも百歩譲って、いくらかでも一体感が醸成されるような条件があるのであれば、市民の意向を聞いた上で合併することもありえます。
 何度も繰り返しますが、郡内、とりわけ東部の市町村は地形的に隔絶されています。これをまとめようとするのはきわめて不自然です。特に、西桂町、秋山村と比べても、道志村との関係は極端です。仮に新たにトンネルを掘ったとしても、とても一つの自治体といえる条件は生まれません。西桂町と秋山村が協議会から離脱した時点で、合併は断念すべきでした。ところが市長は、執拗に合併の可能性を追求してきました。今、市民の中から「市長はなぜそんなに合併したがるのか」という疑問の声が上がっています。この疑問は「どんなメリットがあるのか」という疑問と表裏をなしています。
「長」がはまりやすい陥穽
 法定協移行についていえば、これまでの「合併協では合併の是非を含めて協議する」という説明はまったくの欺瞞だということが明らかになりました。 (7号まで発行された「協議会だより」のどこに「合併の是非」が載っているでしょうか) 合併協議会はスケジュールに沿って作業を進めているだけではありませんか。道志村民は法定協に進めば抜き差しならないことになると見抜き、意向調査で法定協への移行に「ノー」の判断を示しました。まともな判断をするなら、この時点で任意協は協議を打ち切るべきでした。そして、こうした判断ができる立場にあったのは市の執行部と議会でした。ところが、市の幹部も議員もそうした役割を果たさないまま、今日を迎えました。
 しかし、議会の中にも本音は反対だという人がいます。役所の職員も反対が多数だと、私は確信しています。道志村の職員ははっきり反対が多数だと聞いています。市長にはこうした情報が入らないのでしょうか。それともあえて無視しているのでしょうか。(※かんせい=落とし穴)
真の地方自治へ一歩を
 いま、三位一体の改革とか、道州制とか、地方政治のあり方を検討するふりをしながら、地方切捨てが進められようとしています。いまこそ市政は地方自治を守り、市民生活を守るかまえが問われているのではないでしょうか。国に対して、イラクに自衛隊を送るお金があるなら地方へ、とりわけ台風や地震の被災地に十分な支援をと、強く要求すべきではないでしょうか。
 合併について、これ以上、ムダな論議をしているときではないことを強調し、議案の撤回を求めるものです。また、この議案を可決するようなことがあれば、議会はその歴史に大きな誤りの足跡を残すことになることを強調して討論を終わります。


back index next