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ご支援ありがとうございました

これからもよろしくお願いします

 終わりました。個人的にも「やっと終わったなぁ」という感じです。

労いの言葉をいただきました
 県議選、市議選とも納得のいく結果ではありませんでしたが、板倉さんの議席を守ったことで、都留市党としては最低限の責任を果たすことができました。富士吉田市で議席を回復したのはよかったのですが、忍野村で議席を失ってしまいました。本当に残念です。
 読者のみなさんにはご支援、ほんとうにありがとうございました。選挙後の集金で「期待に応えられず、すみませんでした」と挨拶すると、多くのみなさんから「40年もの間ご苦労様でした。ゆっくり休んで下さい」とねぎらいの言葉をいただきました。
 選挙の結果については、これからもご意見をお寄せ下さい。

「4年後」があるか
 都留市議選の大きな特徴は現職の市議が2人落選したことでしょう。一人は徹底的な「反共」で、私の質問、討論にヤジを浴びせることに躊躇がなかったS議員です。
 地方政治といえども、そのあり方の基本を決めるのは国政=法律です。私が質問や討論の初めに国政の現状とその評価から始めると「そんなことは国会で論じろ」と大声でヤジをとばすのです。政治認識の低さを自ら証明していました。
 年齢も議員歴も私の方がかなり上です。同僚議員から「議員は平等といっても長幼の序というものがありますよね」と、S議員の「無礼」に怒りの声が寄せられました。
 S議員は落選が決まってから、市役所の中を挨拶に回り「4年間、旅をしてきます」と言ったそうです。聞いた課長は、私に「4年後に私はいないし、彼の4年後もないでしょう」と言っていました。

「反共」は消え去る運命に
 選挙後に会ったベテラン議員は「俺たちが嫌いな人は有権者も嫌いっちゅうことだわ」と語りました。このベテラン議員、かなり図太い神経の持ち主と思っていましたが、S議員の相手かまわずアラさがしをし、波風を起こそうとする態度に「議会に来るのが嫌になった」と嘆いて私を驚かせた人です。
 この一年余り、議会基本条例の具体化によって二元代表制にもとづく新しい都留市議会が作られるはずだったのに、逆に議会に分裂を作りだしたのがS議員でした。
 このS議員と一緒にサンタウン宝事業の県営住宅建設計画などをつぶし、宝地域の人口対策を台無しにしたのがもう一人の現職、K議員です。
 S議員とK(当時は議員でない)が「造成地からヒ素が出た」と騒ぎ、日本テレビが排水にどぎつく赤い色を付けて放映しました。県営住宅の建設は中止され、バブル期にはよくあった石段のある造成が敬遠され分譲地も売れなくなりました。サンタウン宝は失政というべき結果となりました。
 この二人、本当に市と市民のことを考えていたのでしょうか。いずれにしても「反共」は政治の舞台から消え去る運命でした。