秩父札所三十四カ所


 目次
第一番 誦経山 四萬部寺(ずきょうざん しまぶじ)  第十八番 白道山 神門寺(はくどうざん ごうどうじ)
第二番 大棚山 真福寺(おおだなさん しんぷくじ)  第十九番 飛渕山 龍石寺(ひえんざん りゅうせきじ 
第三番 岩本山 常泉寺(いわもとさん じょうせんじ)  第二十番 法王山 岩之上堂(ほうおうざん いわのうえどう) 
第四番 高谷山 金昌寺(こうこくさん きんしょうじ)   第二十一番 要光山 観音寺(ようこざん かんのんじ) 
第五番 小川山 語歌堂(おがわさん ごかどう)  第二十二番 華台山 童子堂(かたいさん どうじどう) 
第六番 向陽山 卜雲寺(こうようさん ぼくうんじ)  第二十三番 松風山 音楽寺(しょうふうざん おんがくじ) 
第七番 青苔山 法長寺(せいたいさん ほうちょうじ)   第二十四番 光智山 法泉寺(こうちさん ほうせんじ) 
第八番 青泰山 西善寺(せいたいさん さいぜんじ)  第二十五番 岩谷山 久昌寺(いわやさん きゅうしょうじ) 
第九番 明星山 明智寺(みょうじょうさん あけちでら)  第二十六番 萬松山 圓融寺(ばんしょうざん えんゆうじ) 
第十番 萬松山 大慈寺(ばんしょうざん だいじじ)  第二十七番 竜河山 大淵寺(りゅうがざん だいえんじ) 
第十一番 南石山 常楽寺(なんせきざん じょうらくじ)  第二十八番 石龍山 橋立堂(せきりゅうざん はしだてどう) 
第十二番 佛道山 野坂寺(ぶつどうさん のさかでら)  第二十九番 笹戸山 長泉院(ささどざん ちょうせんいん) 
第十三番 旗下山 慈眼寺(きかざん じげんじ)  第三十番 瑞龍山 法雲寺(ずいりゅうざん ほううんじ) 
第十四番 長岳山 今宮坊(ちょうがくさん いまみやぼう)  第三十一番 鷲窟山 観音院(しゅうくつざん かんのんいん)
第十五番 母巣山 少林寺(ははそさん しょうりんじ)  第三十二番 般若山 法性寺(はんにゃさん ほうしょうじ) 
第十六番 無量山 西光寺(むりょうさん さいこうじ) 第三十三番 延命山 菊水寺(えんめいざん きくすいじ) 
第十七番 実正山 定林寺(じっしょうざん じょうりんじ)  第三十四番 日沢山 水潜寺(にったくさん すいせんじ) 
 
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 秩父札所第一番 四萬部寺2020.3.26/9.27 
四万部寺の山門。寛弘4(1007)播州の性空上人の命により弟子幻通がこの地に塚をたて秩父第一番の霊場としたとのこと 曹洞宗
本堂の天井画は狩野元信の弟子常耀益之の龍絵
その際、性空上人がこの地のために四万部読誦した供養を行ったので四万部寺と称したとあります。ご本尊は行基真作の聖観世音菩薩です 「江戸名所図会」に日暮里養福寺のご本尊は四万部寺の観音様(左)の摸刻であると記載があります。隣はお前立。
札所一番なので、ここで装束を整えるお遍路さんが多いです。
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秩父札所第二番真福寺 2020.9.27
万延元年に焼失する前は大伽藍だったと伝えられる。本堂の見事な駕籠彫りの装飾からそれが感じられます 曹洞宗。
開祖は大棚禅師
本堂横の奉納額。禅師のもとに現れ懺悔した老婆を憐れんでこの堂宇が作られました。  9月末、長閑な田園風景が広がり、彼岸花の盛りでした。春は花が咲き乱れ「桃源郷」に
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 秩父札所第三番常泉寺 2020.9.27
現在は曹洞宗だが、創建当時は天台もしくは真言系であったらしい。本堂は幕末に焼失し安政5年に再建されたもの。  抱くと子を授かると言われる「子持ち石」があります  ご本尊の居られる観音堂は明治3年秩父神社内の蔵福寺が廃寺となるにあたって薬師堂を移築したもの   本堂横に「長名水の井戸」があります 
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 秩父札所第四番 金昌寺  2020.6.18/9.27
 
 高谷山金昌寺は秩父四番札所。山門には大きなわらじ。金昌寺は1300体以上の石仏のある「石仏の寺」として知られています。  寛永元年当時の住職が7年かけて千体仏安置を成就。その後も信徒の寄進が続いて仏様は2700体以上ありましたが明治の廃仏毀釈で多くが壊されました  赤子に乳を与える珍しい「子育て観音」さま。  金昌寺は盆地と山地の境界にあり、奥の院の岩山の崖は下部に8500~6500万年前の三波川帯の蛇紋岩、上部に1500万年前の礫岩層が重なり「不整合」となっています。 
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秩父札所第五番 語歌堂  2020.11.29
伝慈覚大師作の准テイ観音像をお祀りする為に奔走し観音堂を創建した本間孫八。財力はあったが歌の道にも通じたいとお堂に籠り念じていました。ある日、旅の僧と歌道を徹夜で語り合いましたが、 明け方、旅僧はいつの間にか姿を消し、僧は聖徳太子の化身と信じた孫八はこのお堂を語歌堂と名づけました。
↑は山門 
山門には阿吽の仁王像と、ちょっとユーモラスな風神雷神像もありました  お寺の名前は長興寺と言います 
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 秩父札所第六番 卜雲寺 2020.11.29
   
江戸初期に嶋田与左衛門により開創されました。法号を卜雲心庵主といったことに由来する寺名です 本尊の聖観音像は山岳信仰の流れをくむ蔵王権現社の本尊として長く武甲山頂にあったものが萩野堂に移され、15世紀ごろ卜雲寺の管理となりました。  観音堂は明治9年に焼失し、 ↑はその後建てられたもの 高台にあり眺望は良好。向かい側は石灰石採掘で形の変わった武甲山
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 秩父札所第七番 法長寺 2020.11.29
本堂は秩父札所随一の大伽藍。観音堂が本堂内にある珍しい建築は平賀源内設計と伝わります。 戒律の厳しい禅寺には山門前に「不許葷酒入山門」の石柱が経っています。  平将門と戦い敗れた東国武士長臣某が妻の夢に現れ、牛となって畜生道で苦しんでいると告げたという由来があり牛臥堂の名でも呼ばれます。 夢ではなく子牛がしゃべったという話も 
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 秩父札所第八番 西善寺 2020.11.29
鎌倉時代初期に武甲山麓に建てられたお堂が始まり。山門の外のお坊さんは中に入ると笠を脱いだ案内板になっていました。 ご本尊は阿弥陀三尊の禅寺。観音霊場としてのご本尊は十一面観音をお祀りしています。大変珍しい座像だそうです。   樹齢600年の県指定天然記念物「コミネカエデ」があり、また、四季を通じて様々な花が咲く「東国花の寺百花寺」 紅葉はもうすっかり葉を落とし如意輪観音さまはオレンジの絨毯の上のよう
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 秩父札所第九番 明智寺 2020.11.29
1191年明智禅師の開創。兵衛という少年が盲目の母親と共にこのお堂で一心に祈ったところ母の目が開いたという言い伝えがあります。 お堂は明治16年落雷で焼失して仮堂のままでしたが、平成になって再建されました。十月桜が綺麗に咲いていました。 春の写真をみるとやはり同じ場所に桜が咲いています。 ご本尊の如意輪観音像は恵心僧都の作と伝えられ、安産子育ての観音様として女性の信仰を集めています。↑は境内にある子育て観音さま。近くに文塚もあります  
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明智寺までは哲雄先生と一緒に廻り、病気平癒を祈願しましたが、それは叶わず。以下、疫病コロナ退散と世界平和を願って巡礼を続けます。 
 
 秩父札所第十番 大慈寺 2022.11.13
 
秩父鉄道秩父駅から歩きました。カワセミが止まっている案内板 1490年東雄策方禅師開山。ご本尊は恵心僧都の作と伝わる聖観音さま 脇侍には赤子を抱いた子育て観音さまがおいでになり、明智寺と同様、子育てのお寺として信仰を集めています。  アニメ映画の聖地ともなっているとのことで、近年若い人達も訪れるそうです 
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 秩父札所第十一番 常楽寺2022.11.13
 
常楽寺は江戸時代、立派な観音堂や仁王門があったそうですが明治11年の大火で焼失してしまいました。  仁王門建立を志していた門外上人が重病になった時本尊に祈ったところ、夢に老僧と金剛神が現れて肩を引かれ、目覚めたら完治していました  ご本尊は十一面観音さま。病気平癒を祈願する人が多く訪れます。 
見晴らしのよい高台にあります
上り坂のすぐ横に赤い鳥居。上之台稲荷とあります。商売繁盛を祈願しようかと10分ほど急坂を登りました 本殿は立派でした。旧秩父セメントが創業時この稲荷神社の土地を譲り受け、ここに移したそうです 
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 秩父札所第十二番 野坂寺 2022.11.13
 常楽寺から野坂寺まで風情のある道に「巡礼道」という札がありました。 野坂寺も大きなお寺です。享保年間建立の山門は重層入母屋造り。 紅葉が美しい。 山門内は牛に乗った観音様(↑)閻魔大王や風神雷神、山ノ神に乗る阿修羅など賑やか。 甲斐の商人が秩父山中で賊に襲われ、一心に南無観世音を唱えたところ難を逃れたので聖観音立像を収めたのがお堂の始まりとか。本堂は明治19年の大火で焼失し昭和に再建されたもの  
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