(4)
ピンクのロウソクの先に、ぽっと光が上がった。
一瞬、成功か? と思われた瞬間。
光の球は大きく広がり、まばゆく光った。
「うわ! まずい! これは……」
窓の外でジャン‐ルイが叫んだ。
イミコは思わず目をつぶり、ジャン‐ルイの服を握りしめていた。
「きゃぁ! 神様、仏様!」
「神様をそんなに欲張ってはいけません!」
アリの声にイシャムがフォローした。
「まぁ、キリストさんがいない分、許しておくんなせぇ」
イミコの精霊カエンがイシャムを睨んだ。
「まったく、何でしょう? 精霊を飼っておきながら、何が神様でしょうか? あなた方の宗教で、我々の存在を解き明かしたことがないくせに……」
その口を押さえ込んで、バーンが叫んだ。
「そんな論議をしても、爆発するものは爆発するわ!」
窓の内側は、何も見えないほどの白い光に包まれた。
ああ、爆発する!
誰もがそう思った。
どかん! といった瞬間、窓のこちらもあちらも、吹き飛ばされてしまうだろう。だが、それは一瞬だ。
マダム・フルールの魔法が、爆発の時間を引き戻し、また、元の状態に戻す。
そして、テストの失敗を告げる……はず。
が、実際はそうならなかった。
「レイン!」
思わず目をつぶってしまったアガサの耳に、確かにファビアンの声が届いた。
光の球の上を、水の精霊レインが踊った。
相反する水の魔法。時に激しく対抗し、大きな爆発を伴う危険なもの。
しかし、ファビアンの魔法は、優しくも美しかった。
レインの足下から氷の粒がキラキラと舞い散る。フレイが作り出した火の玉の近くで、粒はしゅるしゅると音をたて、小雨となった。
アガサがそっと目を開けると……。
立ち上る霧の中に、七色の虹が浮かんで、かすかに薔薇の香りがした。
(え? 薔薇の香り?)
気がつくと、ファビアンがアガサのすぐとなりに立っていた。
つい、アガサの口から驚きの声が漏れた。
「ひょえ?」
そのとたん、光は小さく落ち着いて、ロウソクの先にわずかに残った。
火がついている。
「おお……」
と、部屋の中にも窓の外にも、声が上がった。
ピンクのかわいいロウソクの先には、確かに火がついていたのである。
「やった? やったよ? フレイ!」
アガサは大声で叫んでいたが、ふらふらのフレイは、アガサの頭の上で、めしー! と叫んでいる。
そして、頭をはぐはぐはぐ……。
「……」
何だか感動を分けあうには拍子抜けする展開である。
だが、アガサはテストに合格……。
「……なんて、認められません!」
モエバーの声が響いた。
「えーーー! どうして?」
アガサは思わず叫んでいた。
モエバーは、眼鏡を上下させ、ゴホンと咳払いした。その勢いで、もぞもぞしていた鼻から、鼻水が飛び出し、今度はあわててハンカチを取り出した。
「あなた一人の力ではなかったからです」
ちーんと鼻をかむと、モエバーはギッとファビアンを睨んだ。
「ファビアン。今の魔法はなんですか? あのままですと、確かに爆発していましたわ。あなたが援助したことに、私が気がつかないとでも思いましたの? これは、不正です。ですから、合格とは認められません!」
確かに、光が大きくなった時、ファビアンの声があった。
火を打ち消す水のソーサリエの力が働いたのだ。
眼鏡を何度も上げ直すモエに、ファビアンは近寄ると、その眼鏡を取って、にっこりと微笑んだ。
モエの顔が真っ赤になった。
「ななななな……何をなさいますのーっつ!」
「眼鏡のサイズを直したほうがいいと思いますよ、先生」
「うんまー! うま、うま!」
馬がいるわけではないが、モエはしばらく馬と言い続けた。
アガサは、何が起きたのかわからなかった。
その場にぺたんと座り込んでいた。
――合格? それとも不合格?
それよりも、本当にファビアンが力を貸してくれたの?
うそ? 嘘でしょー!
だって、あんなに私に諦めろーを連発していたのに?
邪魔しに来ていたのに?
ファビアンがそっと手を伸ばし、アガサを起こしてくれた。
アガサは何も言えなかったが、顔ですべての疑問を投げつけていたらしい。
「今でもね、僕は君がソーサリエだと思っていない。だから、普通の女の子として地上に戻ったほうがいいと思っている。それに、フレイを手に入れたいともね」
ファビアンは、少し照れくさそうに笑った。
「でもね、君の根性に負けた。フレイさえ僕に協力してくれるなら、僕は君付きでも全然かまわない……どころか、そのほうがいいと思った」
「え?」
心臓が一瞬止まるかと思った。
――そのほうがいいと思った。
嫌われていたんじゃなかったの?
聞き間違えたような気が……もう一度、言ってほしいような……。
アガサの声を無視して、ファビアンはマダム・フルールに向き合った。
「確かに、アガサ一人では、うまく火をつけられないかも知れない。でも、僕が側にいて、手を貸せば、何の問題がないってことがわかりました」
アガサは、目を丸くした。
ファビアンの言葉が信じられない。
彼は、マダム・フルールに向かって、はっきりとお願いしたのだ。
「マダム。僕がアガサとペアを組みます。責任を持って、アガサを見ます。それで、僕も火の魔法の勉強ができる。だから、アガサの入学を許可してください」
――えええええええ!
アガサは、思わず叫んでいた。
「だ、だ、だって……そのアイデアは、あ、あ、あなた、嫌だって言ったじゃない!」
ファビアンの言葉があまりにも意外で、アガサは泣きそうになりながら、わめいた。ファビアンのマントをしっかりと握りしめたまま。
「ああ、脅されて従わされることが……ね。それに、嫌だなんて言っていない。あの時は動揺したけれど、ゆっくり考えると、君のアイデアは魅力的だ」
ロウソクの光に照らされているせいか、氷のような顔にやや紅がさした。
それでも、やはりファビアンの言葉は信じられない。
だって……。
これからずっと、ファビアンとペアだ。
ずっと、ずっと、一緒に勉強するのだ。
「で、でも……私と一緒でかまわないの? べ、べ、勉強のためとはいえ、一人の女の子の面倒を見なきゃいけないなんて……」
困ったことに涙が止まらない。ついでに鼻水も……。
――あああん、私のばか!
どうして、憧れの王子様といるときばかり、こんなにかっこ悪いのよ!
だが、ファビアンは、アガサの鼻水を気にすることなく、微笑んで言った。
「別にかまわないよ。だって、誰に強制されたわけない。それに君って、奇想天外で僕が思いつかないようなことをしてくれるから、一緒にいて楽しいし」
「うま、うま、うま……」
いまだに馬以外の言葉が出てこないモエの横で、マダム・フルールが手を叩いた。
「うんまー! それっていいお話ね! 私もこれで安心……って、いや、その、おほほほほほ……。ファビアン、あなたの心変わりを歓迎しますわ。大変だけどがんばって!」
「……じゃあ、私……。本当に合格???」
「もちろんですよ。アガタ・ブラウン」
その声と同時に、窓が開いた。
天空の爽やかな風。そして……。
「うわー! アガタ、おめでとう!」
「姫!」
「めでたいでごわすーー!」
「ずるいな、ファビ! こんなオチかい?」
一斉に仲間たちが飛び込んで来た。
そして、アガサに抱きついた。もみくちゃで、床に倒れて、一騒動である。
「う、うわ……厳しい! ねーさん、もうそれ以上泣くな! おいら、弱って死んじまうよー!」
フレイの声も響いたが、それはそれでうれしそうだった。
やがてそれぞれの精霊たちが、手を組んで輪になって踊り始めた。それにつられて、ソーサリエたちもアガサを中心にして踊り始めた。
――まいまいまいまい・マイムのでべそのぱらっぱらっぱぁ!
ファビアンは、その輪から離れたまま、腕を組んでいた。マダム・フルールと目があって、彼はにやりと笑った。
彼には、何か企みがあるのだろう。
マダムは、それに気がつかないふりをして、うっふんと咳払いした。
「まあ、終わりよければすべてよし……」
こうして、アガサのソーサリエとしての学校生活がスタートした。
ファビアンと並んで、一生懸命ソーサリエの勉強に励む毎日……。
当然ながら、とんでもない事件の連続で、フレイは一汗も二汗も炎の汗をかくことになる。
でも、それは、いつか別のお話で――。
もしも続きが早く知りたければ、あなたの肩に止まっているあなたの精霊の声に耳を傾けてみて。
彼らはきっとこう言っているはず。
――火の精霊に、また、会いに来てね。
=THE END.=
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