(3)
そんな奇跡なんか……ないよね?
一瞬、信じかけたばかりに、アガサは気が抜けてしまった。
努力と根性、気迫で能力をカバーできた……と思ったのだが、やはり世の中そんなにうまくいかないらしい。
99%の努力だって、1%の才能がないばかりに無駄になる。
――もう……仕方がないのかなぁ?
呆然と、足下を見ていた。
マダム・フルールがつけたロウソクの火が、一瞬勢いよく燃え、アガサの影を揺り動かした。
そこに、何やら透き通ったものが、ふらふらと飛んで来た。
ふと、肩を見る。
「フレイ?」
ファビアンが容器の蓋を開けたとたん、フレイはよろめきながらも、まっすぐアガサの元へと来たのだ。
久しぶりのフレイは、すっかり透けてしまって、元気がない。
炎のような髪は、ボリューム30%オフ。色は赤黒く、まるで燃えさし色だ。
腹ぺこなんだと思う。
「あ、あなた、大丈夫?」
アガサは、自分の落ち込みを忘れて、フレイを両手で包み込んだ。
その手をこじ開けるようにして、フレイが顔を出した。
「ねーさん! おいら、腹ぺこだ! だから、さっさとテストを受けて、メシにしよう!」
「はあ?」
アガサはもう一度聞き返した。
「だからぁ、おいら、腹ぺこだって言っただろ? つまりさー、ボクサーみたいに減量したわけ! さっさとテストを終わらせて、メシ、食わせろよー!」
やっと意味がわかった。
フレイは、アガサと生きることを諦めたのではなかったのだ。
ただ、自分の能力を押えるために……。
まぁ、本当のことを言えば、フレイはほとんど諦めていた。
諦めるべきだとも思った。それで自分の間違いがチャラになるのであれば。
だが、あまりにアガサががんばっているを見て、気が変わってきた。
テストに受からなくても、アガサには『マダム・フルール補償』がつく。今までの人生からは信じられないような、お姫様生活を約束されているのだから。
アガサがここまでがんばっているのは、ひとえにフレイのためなのだ。
それに、本当にマダム・フルールがへんな約束を守ってしまい、ファビアンのものにされてしまったなら。
――おいら、死ぬほどアイツのこと、嫌いだからなー!
……てなことを、腹ぺこのフレイは、アガサに説明する気はなかった。
「さー、ねーさん! さっさとかたずけようぜ!」
「よし! フレイ。がんばろう!」
「いや、がんばらない程度に。ねーさんのがんばりって、おいらのパワーをものすごく引き出すから」
アガサは大きくうなずいた。
モエが何度も鼻をかみながら、机の上のロウソクの火を消した。
それどころではない。細いロウソクの煙が上がっている部分を切り取り、しかも、芯部分をあまり出してくれないという、意地悪つきだった。
「消えたばかりはつきやすいですから、不正ですわ」
そして、アガサが気合いを入れかけたところ。
「お待ち!」
といって、ファビアンからエアシューターの容器を取り上げた。
そして、マダム・フルールの火の精霊フュメをその中に押し込めた。
「あらん、いやーん。私とモエちゃんの仲じゃないぃ?」
「学長。ことは公正を要します」
厳しい顔で、モエは言い切った。
マダム・フルールの力は使えない。
「ああ、私見ていられない!」
イミコは目を塞いだ。
「ああ、ジャン‐ルイ殿、アガタ姫にこっそりとあなたの力を貸すことはできませんでしょうか? もう、マダム・フルールは、一度はアガタ姫の合格を宣言したのですから。不正も公正になりえます」
「そんなこと……。アガタは喜ばない」
ジャン‐ルイは、きっぱりと言った。
でも、その額には汗が浮かんでいた。
――この呪文が……すべてを決める。
アガサは、ロウソクを向かい合った。
先ほどと同じように精神統一。すべてをロウソクに集中する。
もう、失敗を恐れない。
たとえ、火がつかないとしても、爆発するとしても……。
後悔もしない。
ただ……。
――もしも失敗したら……。
ファビアン。フレイをかわいがってあげてね……。
私、あなたが本当は優しい人だって、信じている。
それだけ、祈った。
そして……。
「火の精霊、フレイ! ロウソクに火をつけて!」