北の秘所(1)
疲れた体に鞭を打ち、細工師は北を目指しました。
暦はこれから満月を迎え、また新月が迫ります。
もうこれ以上、姫に悪行を行わせず、苦しませないためには、新月の夜までに魔女を退治しなければならないのです。
「え? 北の秘所だって? やめときな、兄ちゃん。どう見たってあんた、戦士風には見えないぜ。魔導師さんにも見えないぜ。聖獣の一睨みだけで、命が吹き飛んじまう」
宿屋の主人が引きとめました。
しかし、細工師に後戻りという言葉はありません。
「はぁ、何で命を大切にしない輩が多いのだろう? そんなに力を手に入れたいかね?」
細工師は返事をしませんでした。
力を手に入れたいのではありません。姫の心を救ってあげたいのです。
「はぁ、あんたもだんまりかね? この間の騎士さんもだんまりだったが」
「この間の騎士?」
主人はため息交じりに言いました。
「そうだよ。あれはオシかも知れねぇ。銀の鎧で顔も見せねぇ。強そうだったが、あの小ささでは戦士として認められにくい。力が欲しくなったのだろうねぇ。一昨日、秘所のほうに向かって馬を走らせていったよ」
細工師は慌てました。
一介の騎士に聖獣は倒せません。しかし、万が一先を越されてしまってはたいへんです。急いで部屋に戻ると、二振りの剣を腰に差しました。
ひとつは満月の魔女からもらった銀の剣。もうひとつは鈴鳴り姫からもらった光封じの黒金の剣です。この二振りにはほぼ同じ文様が刻まれておりました。
「新月の魔女から渡されたものです」
と、姫は言いました。
聖獣は、満月の力と新月の力を組み上げて作られた獣です。この二振りの剣が揃えば倒すことができると、姫は教えてくれました。
あとは、細工師の腕次第……ただし剣の腕次第でした。
細工師はすぐに旅立ちました。