北の秘所(2)
一面の氷の原が続きます。
雪の吹き溜まりに馬の蹄の跡を見つけ、細工師の心は急きました。銀の騎士は馬を持っています。もう、秘所にたどりついたことでしょう。
しかし、おそらく心配は無用だと、細工師は自分に言い聞かせました。彼の剣は魔力を秘めてはいないだろうからです。今頃は、聖獣の餌食になっているかもしれません。
そう思って、細工師はおののきました。
聖獣の恐ろしさを想像したからではありません。見知らぬ騎士が聖獣に命を奪われることを望んでいる自分の心に、闇を感じてぞっとしたのです。
冷たい風が心を吹き抜けました。
いつからこのような人間になってしまったのでしょう?
「姫、もしかしたら私の心も闇に囚われているのかもしれません」
細工師は黒金の剣を抱きしめて、その冷たさに泣きました。
やがて氷の山が見えてきました。いえ、山ではなく宮殿です。
北の秘所です。聖獣が宝玉を守っているところです。
細工師は冷たい大きな宮殿にため息を漏らしました。光が当たって輝く様は、人を寄せ付けない孤高の美しさがありました。
あぁ、この輝きを取り入れて姫の胸元を飾って差し上げたい……。細工師はそう思い、とたんに悲しくなりました。
胸元を飾っていた月の石は、魔女に奪われたのか失われて、姫は身につけていなかったのでした。
その時、突然地響きがしました。
細工師は氷に足をとられて、滑って転びました。その向こう、氷が割れてせり上がり、小山のような大きなものが姿を現しました。
今まで誰もその姿を見た者はありませんでした。いえ、見た者はいましたが、あっという間に命を失ったので語ることができませんでした。
氷のように輝く鱗。持ち上げられた長い首。海のような真っ青な翼を持ち、空のような瞳を持つ竜の姿。それが北の聖獣でした。