陽の恵み、月の癒し<2>

小さな白い巻き貝の耳飾り。色とりどりの硝子のビーズを丁寧につないだ首飾り。乾燥した青い小花がはいった小瓶。どれも愛らしい小物だったが、およそ一国の王女の部屋には相応しくない素朴な品だった。飾り棚の上に大切そうに置かれたそれを、レムオンは怪訝な目で見つめていたのだろう。視線に気づいたティアナは、少しだけ困ったような表情を浮かべていた。
「レムオン様は、昔から目敏い方でしたのに。私、うっかりしてましたわ」
「幼なじみということで、諦めて貰うしかないな」
あえて質問を避けたレムオンに、ティアナは柔らかい笑みをみせた。優雅な動作で立ち上がると、飾り棚の前でレムオンを手招きする。請われるままに近づけば、潜めた声で打ち明けられた。
「内緒にしてくださいましね?これは、私の大切な方から頂いたんです」
「大切な方とは、聞き捨てならないが」
「うふふ。残念なことに、殿方ではありませんの。殿方でしたら、あの方を婚約者にできましたのに」
夢見るように告げる少女は、とても綺麗で。思わず軽口をきくのを忘れてしまいそうになる。同時に、それほど思われている相手に、かすかな嫉妬を覚えずにはいられなかった。
「…確かに今の婚約者殿より、遥かに趣味はよさそうだ」
「不快なことをおっしゃらないで。比べることさえ、考えたくもありません」
気分を害したティアナは、わざとツンとした物言いをする。幼い頃から変わらないクセに、レムオンは小さく笑みをこぼしていた。
少女好みの小さな品々は、ティアナの宝物だった。望めばどんな高価な宝石もドレスも手に入れることが可能なのに。ティアナが選んだのは心のこもった素朴なものだった。誰が贈ったのか、気にはなった。その時のレムオンは、王女と直接の目通りを禁じられている低い身分の使用人の娘とこっそり知り合ったのだろうと思った。優しいティアナなら、十分にありえる話だった。おままごとのような友情ごっこだとも思ったが──ティアナが笑ってくれるなら。それも構うまいと思ったのだ。
今にして思えば、あれは冒険者であるセアラからだったのだろう。エルズの白い貝殻と、ウルカーンの色硝子。青い花はロセンあたりか。それらを見つめるティアナは、とても幸せそうだった。

───どうして、こんなときにティアナの笑顔を思い出すのか。レムオンはかぶりを一つふって、回想を振り払う。決起のきっかけが、ティアナからの密書のためなのだろうか。母親──エリス王妃が、大切な幼なじみの処刑を決定しようとしているから逃げてほしい、という手紙。想定していた出来事が現実になろうとしていた。レムオンは、迷わなかった。それがティアナの意に反することであっても。ここで躊躇すれば、死ぬのは間違いなく自分の方だったから。
後に言われる、リューガの変の幕開けだった。


踏み込んだレムオンと兵士たちをみて、エリスが取り乱すことはなかった。静かな笑みを浮かべる姿は、美しくさえあった。
「…そなたの方が、素早かったな。エリエナイ公」
「そのようだ」
兵士たちの手で、侍女たちが悲鳴をあげながら連れ出されていく。彼女たちが殺されることはないのに、泣き叫ぶというのもおかしなものだと、レムオンは思った。死を目前にした女が、泰然としているというのに。
「何か伝える言葉があれば、聞いておこう」
そう告げたレムオンに、エリスは微笑んだ。穏やかな笑顔は、娘に似ていた。
「そなたは甘すぎる…だが、負け惜しみだな。伝えるべき相手がおらぬゆえ、言葉もない…」
そう自分で口にしたとき、エリスは何かを思い出したようだった。さぐるような視線で、レムオンを見つめて言った。
「不肖の甥には、直接、愚痴を聞かせよう。それだけで、十分であろう?」
貴族連合が、王族に危害を加えることはないと知っているはずなのに、言外にエリスは問うていた。問われている内容に思い当たったレムオンは、感情の交じらない乾いた声で答えた。
「ファーロス家以外の血を流すつもりはない。ましてや貴重な人材を」
「ならば、よい」
短く答えたエリスは、目を閉じる。レムオンが合図をすれば兵士の一人が進み出て、手にしていた巻紙をひろげてエリスの罪状を読み上げていた。雌狐とよばれ、姦婦と罵倒されても、女は身じろぎ一つしなかった。白刃が翻り、高価な絨毯が大量の血で変色するときまで。
まもなく、横領の罪にとわれたゼネテスが戦場から連行されてくる。戦上手で惜しい人材だとは思うが、処刑せねばならない。ロストールの守護神という、別名を持つがゆえに。
エリスに請われ、戦場にむかった冒険者を思い出した。生き残ったと報告にあった少女は、自分を憎むだろう。わかっていても、連座させる気にはなれなかった。
感傷的だと思う。己も、エリスも。
敵同士でありながら自分たちは、同じものを少女のなかに見ていたのかもしれない。

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※エリス処刑イベント、見てないです。すいません(涙)もう、どかどか捏造してるので、どこから謝ればいいのかもわかりません…。ご都合主義だと思うのですが、この話の主旨はレムオン×セアラですので!な、生温かく見てやってください。言い訳はおいといて、邂逅シーンまでたどりつけませんでした…。