陽の恵み、月の癒し<1>

名前だけは知っていた。ふらりと帰ってくる弟の土産話に、何度も登場する名前だった。夢見るような途方もない弟の話に真摯に耳を傾ける、奇特な存在だと思っていた。
弟──エストが手紙を押しつけて旅だったとき、ふと興味がわいた。
セアラという冒険者に。

手紙を受け取りに現れたのは、十代半ばの少女だった。それなりに名のしれた冒険者とは、とても思えない、あどけない空気を纏っていた。だが、リューガ邸に足を踏みいれ応接室に通されても、萎縮した様子はかけらもなかった。肝が据わっているのか、度胸があるのか。しばらく観察して、どちらでもないと思った。おそらくこの少女は、スラムにいても王宮にいても変わらないのだろう。ありのままの世界を素直に受け入れる…そんな謙虚さがあった。
エストが少女のことを楽しそうに話す訳が、理解できると思った。そうして、娘に逢えて良かったと思う自分を感じた。
「……俺もまだまだ甘いな」
自嘲をこめた呟きに、手紙を読んでいた少女が不思議そうに顔をあげた。もの問いたげに空色の瞳がまたたいた。わずかに首をかしげた際に、肩先でそろえた銀の髪が揺れた。
交わされた視線をそらしたのは、レムオンが先だった。空色の瞳が見つめているのは「エストの兄」だと感じた。
分をわきまえている少女は、問いかけることもなく。丁寧に礼をのべると、リューガ邸を去っていった。小鳥のように軽やかに。
それが、一番最初の出逢いだった。

次に出会ったのは、王宮の空中庭園だった。
アトレイア王女を守るように寄り添っていた。何故、お前がここにいるのか、と問いつめたかった。だが傍らに天敵ともいえるゼネテスがいたため、問いは言葉にならなかった。ゼネテスと少女が知人関係にあるという事実も、レムオンの口を閉ざした要因だった。そして最後に現れたティアナでさえも、少女の名前を呼んだ。アトレイア王女の手をとる姿に、驚きながら。
通常ならば、少女は囚われの身となっただろう。空中庭園は一介の冒険者が足を踏みいれて良い場所ではない。しかもロストールの王女二人と密かな関係を持っているとなれば、エリエナイ公として見過ごすことはできない。だが、そうはならなかった。闇に堕ちたタルテュバが襲撃してきたために。
ゼネテスがアトレイア王女を庇ったとき、少女は迷うことなく剣をぬき飛び出していた。異形の怪物と化したタルテュバの前に。そしてレムオンが援護に入るよりもさきに、勝負はついていた。王女たちよりも幼く小鳥を思わせる姿であっても、庇護を必要としない存在なのだと思い知らされる。剣を振るう少女は怜悧で、美しくすらあった。逃げるようにその場を後にしたのは、少女が心配そうにゼネテスを見つめる姿が、どうしようもなく不快だったからかもしれない。同じように身を翻したティアナを慰めることさえ、思いつきもしないほどに。
あの後、手をつくして「セアラ」について調べていた。ロストールに害をなすかどうか調べるためだと自分を納得させながら。
調査結果は最悪だった。
「セアラ」はファーロス家縁のものだった。
エリスの密偵でこそなかったが、お気に入りの冒険者だった。とうぜんゼネテスと繋がりがあり、どうもそちら経由で王女とも親交をもったらしい。報告書を読み終わったとき、暗い自嘲が浮かんだ。
所詮、手の届かない存在だったのだ。
どれほど見つめても、あの少女が自分──レムオン・リューガという存在を見つめ返してくれることはない。謀略という沼に足をとられた自分は、瞳と同じ色の空を、ただ見上げることしかできない。
己の翼でもって羽ばたく、銀の鳥に憧れながら。

───三度目の出逢いは、悲劇だった。

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※レムオン独白でした。妄想120%でした。はは。