二幕・第一章 〜5〜
「ただいまー」
 そう言いながら俺は宿屋の部屋に戻った。

「あ、駿河ぁ。おかえりなさい!」
 部屋に足を踏み入れた瞬間、那智がうれしそうにかけよってきた。その瞳の中には期待が見え隠れする。
 それに笑いをこらえながら、俺は持っていた袋を那智に差し出した。
「ほら、土産。持って行っていーぞ」
 那智は両手で袋を受け取ると、大事そうに抱え込んで俺を見上げる。
「ありがとう、駿河!」
「どういたしまして」
 そのまま那智はぱたぱたと奥――あぐらをかいている紫明の方へ行った。俺もそっちに行こうとしたとき、
「すーるーがー?」
「……高嶺」
 いつの間にやら高嶺がすぐ側で立っていた。
「おかえり」
「……ただいま」
「んふふー」
 高嶺は不気味なほどにいい笑顔をしていた。いったいなんなんだその笑顔は。
「ねえ、駿河ぁ?」
 首をかしげながら、猫なで声とでも言うのだろうか……なにか含みを持った甘い声で俺を呼ぶ。
「頼み事があるんだけど?」
「土産なら那智が持ってる」
 言って那智の方を指さす。あーあ、駄菓子をめいいっぱい散らかして……紫明と二人でどれを食べるか相談しているようだ。高嶺もそれを見て本当に微笑む。
「あらホント……じゃなくって!」
「……じゃあ、なんなんだよ」
 予想はついたがあえて気づかないふりをする。
 高嶺はそんなことはわかっているんだろう。にぃっと口のはしをあげると俺の真正面に回り込んですっと右手を差し出した。
「封筒、見せて。約束したわよね?」
 ……すいません、いつそんな約束しましたか。俺にはとんと覚えがないのですが。
「そーだぞ駿河ー。男らしくねえぞー」
 奥からは駄菓子を片手に持った次期魔王が、そりゃあ楽しそうにはやしたてた。
 とりあえず那智とのお菓子タイムが先なんだろう。紫明がこっちに来ようとする気配はない。
 ああ、もう。なんでこう……。
 俺は大きくため息をつくとポケットから封筒を取り出し高嶺の右手にのせてやった。
「ほらよ」
「ふふっ、そうでなくちゃね!」
 何がそうでなくちゃなんだ、いったい。
 心の中でそうつぶやいて、俺は喜々として封筒をがさごそとやっている高嶺をよそに自分の買ってきた駄菓子を食いに、今度こそ奥の部屋に行こうとした。
「――あら? ちょっとやだー!」
 高嶺から非難めいた声が上がった。
 ……来たか。
「駿河っ!」
 眉を跳ね上げ、後ろから高嶺が俺の肩をむんずとつかむ。そして俺の目の前に出頭命令書を突きつけた。
「なんなのよこれ、なんなのよ!!」
「何って……出頭命令だけど?」
 こういう反応が来るだろうことはわかっていたので、俺は平然と聞き返した。それに高嶺は不機嫌そうにいいつのる。
「そーゆーこといってるんじゃないわよ! アタシがいいたいのはねえ……!」
「――おや。墨で修正がかけてあるじゃないですか」
 高嶺が右手に持って振り回している手紙をのぞき込み、それまで黙って座っていた孤玖が発言した。それを得たりとばかりに高嶺がうなずく。
「そうよっ。なんで修正かけてあるのよ!? しかも裏から見てもわからないように、ご丁寧に裏からも墨ぬってあるし……!」
 そう、高嶺と紫明が見たい見たいと言っていた出頭要請書。俺はその隠したい部分だけを壱夜先輩に墨を借りて修正をした。
 もちろん万が一のことも考え、透けないように裏からも墨をぬってやった。
 ……先輩はそれを見てすごい大笑いしていた。だが、だいたいあんなことわざわざ書き付けた先輩が一番悪い。
「手をかけましたねえ、駿河。よっぽど見られたくなかったんですね」
 こらえた笑いで肩をふるわせながらも、孤玖がしみじみとつぶやく。
「それにしたって、普通ここまでする?!」
 よっぽどショックだったのか、高嶺はまだ不機嫌そうだ。だが、『ここまで』しないとお前らはどうやってでも見ようとするだろうが。
「あーもう。つまんないつまんなーい」
 高嶺はそういいながら封筒を振り回し続けている。
 ……とりあえず、助かったかな。


「ねえ駿河ぁ。協会さんの呼び出しって何のご用だったの?」
 封筒事件一段落の後、駄菓子を食べながら那智がたずねてきた。
 その場には駄菓子を囲むように全員が集まっていて、さながら駄菓子パーティだ。
「まさか本当になにか悪いことを……」
「え!? 駿河捕まっちゃうの?」
 高嶺がさっきの復讐かとんでもないことを言い出す。ってゆーか那智、あっさりだまされるな! お前いったい俺をどういう目で見てるんだよ。
「ちっがーう!! 高嶺、勝手に人を賞金首にするなっ」
「なによう、冗談でしょ」
「いや、シャレになってねえから」
 特に那智には。
「はいはい落ち着いて。とりあえず駿河、続きお願いします」
 荒れた息を落ち着かせるために、さっき入れた紅茶を一口飲む。
「まあとりあえず、今回は協会に属する賞金稼ぎ……つまり『俺』に来た仕事だ。請け負ってるのは俺だけじゃないらしいけどな」
「複数のハンターに直接……ですか。それはつまり、それだけやっかいな仕事、というわけですね?」
「まあ、近いな」
 うなずいた俺に、高嶺が手を挙げる。
「で、どーゆー仕事なわけ?」
「…………」
 それは……。
 黙った俺に孤玖が苦笑を浮かべる。
「なるほど。協会内だけで秘密裏にことを進めたい……つまり、身内ごとですか」
 相変わらず、孤玖は鋭い。
「あっさり断定するなって。……結局はそういうことらしいけどさ」
「やあねえ、そういうの。馬鹿らしいわ」
 高嶺が髪をかき上げながら呆れたように言う。あまりに正直な感想で、俺は吹き出してしまった。
「そういうなって。俺だって嫌だよ。でも、組織に属してる以上しかたない」
 どこにだって守らなければならないルールってものがある。破ったが最後、その世界で生きていくのは不可能になるだろう。
「そんなわけで、俺はちょっとしばらく別行動をとりたいんだけど……いいかな。とりあえずある程度協力すればそれだけで十分らしいから、そんなに待たせないと思う」
 そう言って那智の様子をうかがった。一応このパーティのリーダーは那智だからな。那智の許可がなけりゃ抜け出すこともできない。
「……那智、だめか?」
 だめだって言ってもこいつの性格からいって、何度か頼めば了承するだろうけど。
 そう思いながら那智を見つめていると、彼女は首をかしげて言った。
「お仕事……?」
「そう、協会のな」
 那智は目を数回ぱちぱちとしばたかせ、その後無邪気に聞いてきた。
「……あたしたちも行っちゃだめなの?」
 ――へ?
 一瞬フリーズした俺に、那智が重ねてたずねた。
「あたしたちも、駿河についてくの。だめ?」
 おいおいおいおい!!
 ――だめだ。
 そう告げる前に高嶺がパンと手をたたいた。
「いいじゃない。名案だわ、それ!」
「おい、高嶺ちょっと待てよっ」
「なによ。だってアタシだって協会の仕事って気になるもの。うんそうよ、駿河についていけばいいのよね」
 那智ってば賢いわ、と高嶺が那智を抱きしめた。
 待てっつーのに!
「だから、協会の仕事だって言ってるだろう? 孤玖が言っちゃったけど、確かに身内ごとなんだって。言葉は悪いけど、部外者はだめだ!」
 きっぱり言い放つ俺を、那智が上目遣いで見つめてくる。
「絶対に?」
「絶対にだ」
「むう。駿河のけちんぼー」
 ぷう、とほおをふくらませる那智に、俺はやれやれとため息をつく。
 部外者がだめだというのも一理あるが、本音を言うとそれだけではない。出来ることなら那智に協会などに関わって欲しくないのだ。
 那智の『勇者』という称号は強力なブランドでもある。いくつか事件を解決して、最近少し『伝説』ではなく『現実』であると有名にもなってきたようだし……。
 協会が、『勇者』を利用しようと考えないという保証はない。
 だいいち那智のことだ、連れて行ったら絶対に首をつっこむに決まっている。
 そして協会所属の『駿河』が『勇者』の側にいることがわかれば、協会は俺を介してなにかしら接触を持ちたがるに決まっている。今回だけじゃなく、何回でも利用されかねないんだ。
 ふと気づくと孤玖がこちらを見ていた。「それが一番ですよね」とでも言うようなその表情を見ると、彼もまた俺と同じ想像をしていたようだ。
 とりあえず納得したみたいだし……このまま諦めてくれればいいんだけど。
 ちらりと様子をうかがえば、まだふくれている那智は考え込むようにしながらも駄菓子を食べるため口を動かしている。
 かわいそうだが、それが那智のため……って、ん?
 紫明が那智の耳元でなにごとかをこしょこしょとささやいた。瞬間、那智の表情がぱあっと明るくなる。ニンマリ笑う紫明に向かって何回もうなずき、そしてまっすぐに俺を見た。
「ねえ、駿河ぁ?」
 先ほどの高嶺によく似た猫なで声。畜生、変なことばっかり覚えて……いやむしろ紫明、お前いったい那智になに悪知恵つけた!?
「……なんだ?」
 不安で胸がいっぱいになった俺に那智は言った。
「今回の行き先、あたしが決めていいんだよね?」
「ま」
 まさか!!
 驚きのあまり声の出せない俺に向かってにぱーっと、花が飛ぶような満面の笑み。
「今回の行き先は、駿河のお仕事先でーっす!」
「いえーい!!」
 ――くっそう、やられたっ!!
 那智の後ろの紫明をギンとばかりににらみつけたがどこ吹く風。
 孤玖は諦めたように、そして少しだけ楽しそうに微笑んでるわ、高嶺は大喜びで高笑いしてるわ……俺の苦労は水の泡ですか。
 親の心子知らずってこーゆーこというのかなあ。俺、那智の親じゃないけど。
 ああ、もう。  
  


←BACKNEXT→本編TOP