二幕・第一章 〜3〜
 宿屋から出てしばらく。俺は町の大通りを歩いていた。
 協会はたいがい、町や村の大通り、人や建物が多いところにあるのが通例で、ここも例外ではなかったはずだ。
 いつなにがあるかわからないので、俺はいつも新しい町についた時には、協会の場所を最初に確認するようにしている。
「結構こんでるな……」
 この町は街道沿いということもあってかわりとにぎわってるようで、人も建物も多く、活気にあふれている。売り子をする人の声も、熱が入って騒がしい。
 俺は、こういう雰囲気が嫌いじゃない――むしろ好きだ――し、旅をしてきた限り、パーティの中でも、嫌いな奴はいなかったようだ。
 高嶺や孤玖は、元々が観客と熱気があって成り立つ商売だし、那智は根があれだから、明るく楽しい場所は嬉しそうに眺めていた。あの血無でさえ、機嫌よさげに辺りを見回していたのを覚えている。
 まあ、例外は紫明か。あれは気まぐれすぎて、場所が好きとか嫌いとかいう思想にはとらわれないタチらしい。
 しかし休日のせいか、家族連れがいつもより多く感じるな。
 そんな風に思っていた俺の隣を、一組の親子が通り過ぎていった。砂色の髪の母親と、焦げ茶の髪の父親。その間にいる、小さな少年。
 ……どこか、見覚えのある、昔を思い出させる光景だった。
 少年が、一軒の店を指さした。
「父ちゃん。おれ、お菓子欲しい」
「そうだなあ。まずは母ちゃんに聞け」
「なー、母ちゃん、お菓子買ってよ!」
「最後にね。いいこにしてたら買ってあげるわよ」
「うん、約束だよ!」
「はいはい」
 思わず、目で追っている自分がいる。過去と重ねる、自分がいる。
 家族は幸せそうに、笑いあっていた。
「……懐かしいな」
 昔、あんな風に家族で出かけたことがあったっけ。
 実家は宿屋だったから、何日も旅行とかは出来なかったけれど、買い出しにはいつも家族全員で出かけた。父さんが馬車を操って、母さんは財布を握りしめて。町中で俺は、父さんの肩の上にいた。二人の真ん中で、ぶら下がったりもした。
「そういえば、商品の値切り方を教えてくれたのは母さんだったか」
 親子で値切り始める俺たちを、父さんは苦笑しながら見つめていたな。
 幸せそうな家族を見送って、俺は、小さく笑って、届くはずのない応援をした。
「家族全員で、幸せになれよ」
 片方だけが残されるのは、親にしても、子にしても……生き残った方も、置いていく方も、どちらとも辛い。
 こんな時脳裏に浮かぶのは、もうこの世にいない父さんと母さんの笑い顔だ……二人は、俺が十になる前に死んだ。
 あの日、重病にかかった母さんを、大きな町の医者に見せに行く途中、俺たちの馬車は盗賊に襲われた。普段の二人ならばどうってことのない敵だったろう。しかし、状況が状況だった。
 父さんは不眠不休で馬車を操っていたせいでコンディションは最悪で、母さんは病気のせいで動くことすらままならなかった。極めつけは、俺というお荷物。
 大勢の敵の中、一人剣をふるい続ける父さんを痛々しげに見ながら、母さんは俺に言った、「助けを呼んできて」と。だから俺は、一人その場を逃れ、町に向かって走った。
 でも、今ならわかる。あれは、口実だった。逃げろと言ってもいうことを聞かないだろう、強情な子供を逃がすための、大嘘だったんだ。例え助けを呼び帰ってきても、決着が完全についている距離に、町はあったのだから。
 胸にうずまく虫の知らせにも似た不安に、その場にまいもどった俺が見たのは、もう息をしない両親の姿。
 ……そこからまた一悶着も二悶着もあって、結局現保護者である師匠に拾われ、修行をしながら暮らすことになったのは、幸運だったな。修行の成果か、自分の力を使いこなすことを覚えられた。
 両親がいなくて、寂しくなかったと言えば嘘になるし、今だって、こうしてガラにもなくセンチになる自分がいる。
 ――でも大丈夫だ。帰る場所も、思い出も、俺にはたくさんある。
「帰りに菓子でも買ってくかな」
 少年が指さしていたお菓子屋は、駄菓子がいっぱい置いてある。
 那智に買っていけば喜びそうだ。意外に紫明も、こういう安物の菓子が珍しいらしく、あれば食っている。食っている間はおとなしい。
 帰りに寄ろうと心に決めて、さらに足を進めれば、その駄菓子屋の向こうに協会が見えた。
「お、あったあった」
 レンガ造りの、全体的に赤っぽい二階建ての建物。敷地的には駄菓子屋の二倍程度とそんなに大きくはないが、町の規模を考えれば、なかなかに立派な方だろう。
 中にはいると、営業スマイルのお姉さんとお兄さん方が二人ずつ合計四人、カウンターの向こうに並んで座っている。とりあえず一番近くにいたお姉さんの所に行く。
「こんにちわ、無事お会いでき光栄です。この書類にサインし、証明書をご提示下さい」
 書類に名前を書いた後、内ポケットに入れておいた証明書――カードを取り出して、机に置く。それを係のお姉さんが手に取り水晶の上にかざすと、カードは光の中でぷかぷかと浮かんだ。そしてバッと空中に広がり点滅する文字の数々。
「駿河様……で間違いありませんね?」
「はい」
「登録証明、カード照合、全て問題なしです……では、ご用件をどうぞ」
 内ポケットから届いたばかりの封筒を出すと、係に見せた。
「支部長からの召集で出頭しました。支部長は?」
 係は封筒とその中身を確認し、一礼した。
「ご苦労様です。すぐにご案内します……こちらへ」
 立ち上がった係が、カウンターから出て俺の方来た。歩き始めた彼女についていけば、唯一ある階段を上り、廊下を進み、協会の最奥に向かっているようだった。
 まあ、そう広くない協会内、最奥とはいってもたいしたことはないだろうが。
 やがて、一つの扉の前につくと、彼女はこちらを向いた。
「ここが支部長室になります。私は仕事がありますのでここで失礼しますが……お帰りは大丈夫ですか?」
「あ、平気です。勝手に帰りますんで」
 ほとんど一直線できたんだ、迷うことなんて間違ってもないだろう。
 俺の言葉に丁寧に礼をして、係は扉に手をかけた。
 ……どうでもいいが、なぜこんなに丁重な扱いを受けているんだろう。嫌な予感に拍車がかかってくるよな。
「はい。それではどうぞお入り下さい」


 部屋にはいると、支部長らしき人物がいた。ただしその人物は、こちらに背を向け窓の外をじっと眺めているようだった。こちらを向こうともしない。
 俺が入ったのに気づいてないのか?
 いぶかしく思いながらも観察してみれば、椅子に座ったままの背格好と雰囲気を見る限り、男はかなり若い。協会の支部長というのは、ほとんどがいい年の人だから、ここもそうだと思ってたんだが……。
 ただこうして突っ立ってるのもあれだな、時間の無駄だ。宿屋では待ってる奴らもいることだし、さっさと片をつけよう。
「――失礼します。要請通り出頭しました……なんのご用件でしょうか?」
 クスリと、小さく男が笑ったのがわかった。気のせいかその声質が、すごく懐かしいような風に聞こえる。
 そしてそれが気のせいではないだと気づくのに、数秒とかからなかった。
「……変わらないねえ、スル君は」
 あきれと親しみと……色々ごちゃ混ぜになった声音に、俺は目を見開いた。
「その声っ、まさか……!」
 声だけじゃない。口調も完璧に聞き覚えがある。何よりも、俺は俺を『スル君』と呼ぶ人物を、たった一人だけしか知らないのだ。
 驚き、まさかで言葉を止めた俺に、彼は楽しげに聞き返した。
「まさか?」
 男はまだこちらを向かない。当ててみろと言わんばかりの態度に、俺は相変わらずだと思いながらその名を呼ぶ。
「壱夜(いちや)先輩……!」
「――大当たり〜!」
 くるりと椅子が回転し、ようやく正面を向いた男の正体が思ったとおりで、俺は安堵のため息をついた。
 黒髪に、同色の瞳。紫明とはまた違う、自信にあふれた笑みは、以前とまったく変わっていなかった。
「久しぶりだねえ、スル君。僕の卒業式以来かな?」
「そうなりますね」
 一見すればとても人の良さそうな笑みを浮かべた彼は、俺が学生の頃の先輩だ。所属学科が同じ格闘科だったこととで知り合いになり、それからなんだかんだと世話になった、当時はかなり親しくしていた人だったりする。ちなみに歳は一つ上。
「あれからもう三年になるのか……本当懐かしいや。君が変わってなくてうれしいよ」
「なんですかそれ……」
「ほめてるんだよ」
 なんでこんなとこにいるのかとか、三年間どうしていたのかなど、聞きたいことはたくさんある。でも、今一番聞かなければならないのはそこじゃない。
 俺は先輩に近づくと、本題に入った。
「ききたいことは色々ありますけど……とりあえず、なんで俺を呼んだんですか?」
 先輩は俺の疑問に薄く笑みを浮かべる。学生時代、俺をからかっていた時とまったく同じ笑みだ。
「おや? スル君は、僕に会えてうれしくないのかい?」
「はいはい、うれしいですよ」
 適当に言えば、先輩は顔を曇らせる。
「……誠意がないなあ」
「細かいことは気にしないでください。本題、俺を呼んだわけは?」
 不機嫌そうにしたのが本気ではないと知っているから、それなりにあしらって、また少し先輩に近づく。執務用の机はもう目の前、彼がこちらを見るのに上を向かなければならないほどの距離まで近づいた。
 先輩は上目づかいにじっとこちらをうかがうと、やがて眼を細めて、にこやかに言い放った。
「――可愛い後輩に会いたかったから」
「……せ〜ん〜ぱ〜い〜!?」
 怒鳴りたい衝動を必至にこらえ、拳を握る。同時にすーはーすーはーと呼吸を繰り返し、自分をだましてみた。
 俺のそんな様子に、先輩は悪びれた様子もなくからからと笑った。
「修行が足りないね、スル君。前よりも短気になったんじゃないかい?人間進歩しなければいけないよ」
「うっ……」
 からかい方にはつっこみようがあるが、短気になったという指摘は自分でもその通りな気がして反論出来ない……つーか、短気になったというなら、間違いなく現在のお仲間たちのせいだと思うんですが。
「ほんとにもう……素直だね、スル君はさ。昔と変わってなくて安心したよ」
「どうせ俺は未熟者ですよ」
「いいじゃない、自分を未熟だと認められるのは。素直さは謙虚さに通じる……まあ、通じない人もいるけど。少なくとも君はそうじゃないだろう?」
 静かに笑う先輩の姿が、昔と重なった。
 思わず、つぶやいた。
「……先輩だって、変わってないでしょう」
「え?」
 いつだって彼の言葉は的確で、同時に優しかった。甘いだけじゃなく、厳しさももった優しさだった。それは今も……変わってないように見えた。
「変わってないのは、先輩もですよ」
 一瞬きょとんとした先輩は、しばらく目を開けたり閉じたりしていたが、やがて小さく微笑んで「ありがとう」と言った。 


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