二幕・第一章 〜2〜

「はい、ちゅーもくっ!!」
 パンパン! と手を二回叩き、部屋をぐるりと見回した。
「これから第七回、恒例あみだくじ大会を始めます!」
 ぱちぱちと拍手。パーティメンバー全員が俺の目の前に座っている。
 盛り上がってるよーな上がってないよーな。微妙な雰囲気のまま俺は話を進めた。
「いつものように、自分の名前を書くこと。印のついてる棒に当たったやつが、今回の決定権を持つこと。以上、質問は?」
「ないよ〜」
「それじゃあ……今回は孤玖からだったか? ほら、紙」
 五本線が引かれた紙を、俺は孤玖に押しつけた。
「はい。それではかきますね」
 少し悩む様子を見せたあと、さらさらと自分の名前を書き付けた。
 そして次、紫明に紙が回る。
「どうぞ、紫明」
「おう。サンキュー。……どこにすっかな」
 真剣な顔で棒を選ぶ紫明。
 どうでもいいが、あみだをする魔王(次期)なんぞ、前代未聞なんじゃなかろうか。
「……ん。オレはこれ。次は誰だ?」
「アタシよっ!」
 金色の髪を揺らして高嶺が手を出した。紙は彼女に回る。
「ふっふっふ。いい女は即決よ!!」
 あんまり関係なさそうなセリフを言って、シュビッ! という音と共にペンを走らせる。そのまま流れるような動作で、紙は那智へと渡された。
「んーと……余ったのはあと二本? どっちにしようかなぁ」
 好きな方にしてくれ。余った方はどうせ俺のだ。
「んとんと〜……これ!」
 彼女はお気に入りらしいピンクのペンで『なち』と丸っこい文字で書きつける。
 俺に紙が回ってきた。
「っつーことはなんだ。この、真ん中の線が俺のだな」
 左から、那智、紫明、俺、孤玖、高嶺という順で線は選ばれた。
「さてさて、ごかいひょー」
 言って、ぺりぺりと隠された部分をめくった。五本の線の下、三本目に当たりの花丸がでかく描かれている。
 俺は紙を机の上に置き、一本ずつ線をたどった。横では興味しんしんに全員が俺の指先を見つめている。
 今回の『当たり』は誰かなっと……
「お、今回の当たりは……那智、お前だな」
「にゅ、あたし? やったぁ!」
 無邪気に喜ぶ那智に、紫明が拍手を送る。
「すごいぞ! 那智」
 ……何がすごいのかは、いまいちよくわからない。
「じゃあ那智、次の行き先はお前が選ぶんだぞ?」
「うん! わかったぁ!」
 そう、このもはや恒例とかしているあみだくじは、この当てのない旅の行き先を決めるために始めたものだった。
 目的地というものが無く、勇者としての巡業(?)自体が目的である俺達にとって、行き先は好みで決めるしかない。
 とは言っても全員の意見を聞いていたんじゃ決まるわけもなく。そしてそんなことになったら、俺の苦労が増えるのは目に見えている。
 そんなわけで『あみだくじ決定制』が導入されたわけだ。
 ちなみに提案者は孤玖。じゃんけんという案もあったが、あいこが出てくるとめんどくさいのであみだになった。
 前回は孤玖。前々回は俺が当たりをひいて、次の行き先地を決めた。
 ――とは言ってもまさか逆流するわけにもいかないから、いくつかある町の内、どれかを選ぶ程度のものだったんだがね。
「次に行ける街は……ビアンカとエルムですね」
 孤玖が取りだした地図を眺めながら言った。
「う?駿河、どこが違うの?」
 俺に話をふらんでくれ。俺も知らないから。
「さあ?」
「そうですね、ビアンカは山の幸、エルムは海の幸が豊富ですよ」
「海……この前みたいな感じ?」
 那智が言うのは、旅の最初の頃行った街……セリルのことだろう。一番ひどい眼にあったことで思い出深いなあ。はは。
 ……っつーか、忘れられないって、あんな目にあえば。
「セリルよりはにぎわってませんね。町と言ってようやく通る……ヘタしたら村と呼んでも差し支えなさそうですから」
「んとー、じゃあ山かもー」
 山ねえ。まあ、どちらにしても歩いていくのに変わりはないしな。
 とりあえず確認、と。
「山でいいのか? 那智」
「うん。海のはいっぱい食べたから」
 ――そこかいっ。
 口には出さずにツッコミを入れつつ、行き先はビアンカ、と心に留める。
「じゃあ、次はビアンカねっ。楽しみだわ、山の幸っ」
 高嶺の足が、軽く弧を描き始め、そのかかとがリズムを刻む。
「宿屋で踊るな、高嶺」
「ふふ〜ん」
 ああ、人の話なんか聞いちゃいねえ。
 くるくると回る高嶺を半ば諦めの境地で見つめていた時、コンコン! とノック音が聞こえた。
 え!? まさか騒音への苦情ですか、宿屋さん!!
「は〜い。いまあけまーす」
 那智が、とてとてとドアに駆け寄り、扉を開けた。
 すると、予想通り宿屋の親父さんが立っていた。
 ――マジで苦情ですか!?
 内心びくびくする俺をよそに、親父さんはのんびりとした声を出す。
「駿河さんいるかい?」
 多分高嶺で見えなかったのだろう。俺の名を出した。
 ドアを開けてすぐ見えた、踊り狂う高嶺に一瞬ぎょっとした顔をしたが、すぐにいつもの人好きのする笑顔に戻っていた。
 ……もしかして親父さんも慣れたのだろうか。しばらく滞在してたしな。
「はい、いますよ。俺になんか用ですか?」
「うん、それがねえ。ほら……なんとら協会からお使いが来てねえ」
 な、なんとら協会?
「旦那さん、もしかしてそれ……ハンター協会じゃないですか?」
 俺が考えていると、孤玖がフォローをしてくれた。それに親父さんがぽんと手を叩いて大きく頷いた。
「それだそれだ! そう、その協会がだな、お使いをよこしたんだよ」
「使いって……俺に?」
 話の流れから言うと、そういうことになりそうだよな?
 話に出ている通称『ハンター協会』とは、全国各地に支部を持つ、賞金稼ぎ専用の協会『WANTED!』のことを指す。……言う度になんだが、ネーミングがそのまんまなのが、なんともはや。
 賞金稼ぎに関するあらゆるデータを管理、保管するところで、俺達の総元締めのような所だ。賞金も、ここを通して支払われる。
 全国というのは語弊ではなく、最近は小さな村にもあるのが普通になってきた。まあ、規模の大小はあるけど。ちなみにその場合は自警団も兼ねているらしい。
 しかし……俺にお使い? 一体なんなんだか。
「それでだね、これを渡してくれと頼まれたんだ」
 はい、と手渡されたのは封筒。ご丁寧にも、星と風をかたどった、協会独特の印まで押してある。
「確かに。間違いなく協会からだな……あ、他になんか言ってたかな?」
「いんや? “駿河さんが滞在してると聞きました。これを渡していただけませんか”と言われただけだよ。他は何も言ってなかったねえ」
「そっか……ありがとう、親父さん」
「いやいや、なにもしとらんに等しいからね。それじゃあワシはこれで」
 バイバイ、おじさん、と手を振る那智に愛想良く返事を返しながら、親父さんは下へと降りていった。
「で、駿河。いったいなんなのよ、それ」
「高嶺……俺は超能力者じゃない」
 せかすような高嶺に、孤玖が苦笑した。
「駿河だって見てないんですから。駿河、はやくしないと高嶺がキレますよ」
 忠告はごもっともなので、俺は慌てて封を切る。
「ちょっと、ペーパーナイフぐらい使ったら?」
「めんどいって」
 封筒をさぐると便せんが一枚。
 ――ん? 触り心地が……なんか妙に上質。なんでこんな紙使ってるんだ?経費削減が最近の合い言葉だろうに。
 嫌な予感が、する……。
 いぶかしく思いながらも、俺は二つに折られた便せんを開き、数行目を通し……そして勢いよく閉じた。
「……駿河?」
 今度は俺以外の全員が、いぶかしげに俺を見つめた。
「どうかしたの?」
「なんだよ、てめえへの捕獲命令でもでたのかよ」
「――うるさいっ」
 だらだら出る汗を抑えながら、俺はさりげなく便せんをしまい、懐に入れた。
「な、なんか協会へ来いって言うから、ちょっくら行ってくるな」
 なるべくナチュラルに言ったつもりだが高嶺と紫明がじとーっとした目で俺を見つめ続けている。
『――怪しい』
「はもるなっ!」
「なんかあるんでしょー?」
「さっきの封筒が怪しいぞ」
「そうね、アタシもそう思うわ。気が合うわね、紫明」
「おおよ」
 ニヤリ、と顔を見合わす二人。
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!! こいつらはっ!!
 どーしてっ、どーっしてっっ! こーゆー時だけヤケに勘が鋭いんだよ! しかもなんで協力体制に入るっ!?
「すーるがっ」
 一歩、高嶺が距離をつめた。
 さりげなく、紫明も近づいてくる。
「なあ、駿河?」
 紫明まで、にこやかな、ワタシは人畜無害です的笑み。
 こんな嘘くさい笑顔、誰が信じられるか!!
「さあ駿河、封筒を渡してごらんなさいよっ」
「――断る」
 じりじりと後退しつつきっぱり言う。
 孤玖の方を見るが、助けてくれる気はサラサラないようで、「平和ですねえ」と茶を飲んでいる……俺が平和じゃないって!
 ちなみに那智はさっぱり状況をわかっていないので却下。
「あら。渡さない気ね?なら……」
「力ずく、だな」
 紫明が楽しそうに、わきわきと手を動かす。
 うわっ、こいつマジだっ。退屈してやがったな!?
「誰がッ!!」
 この書類だけは見せられるもんかっ!
 俺は隙を見て廊下に飛び出す。
「あ、逃げたわ!」
「待ちやがれっ!!」
「誰が待つかっ!!」
 紫明も追っかけてこようと廊下に顔を出した。だが。
「紫明? 紫明もどっかいくの?」
 ちょっと寂しそうな那智の声!それを紫明が無視するはずもない。
「どこにも行かないぞ、那智☆」
 声だけでもわかる、全開スマイル。
 天の助け!!
 俺はそのまま、宿屋から逃げ出した。後ろで高嶺の怒りの声が聞こえるが、当然無視!
 懐の書類の入った封筒を思いつつ呟く。
「ったく、なんだってわざわざこんなこと書き付けやがるっ……!?」
 舌打ちをしながら俺は協会に向かうことにする。書類の内容は、確かに協会への出頭要請だったからだ。
 あー。でも、宿屋帰ったら、また見せろ見せろとうるさそうだな……協会で墨でも借りて、問題の部分だけ消そう。
 そう心に誓って、俺は真っ直ぐに協会に向かったのだった。


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