第二章 〜4〜
 それからしばらく。俺と紫明は、まだ盗賊を追っかけていた。俺は紫明に、ここまできて血無に聞こえるはずもないのだが、なんとなく小声で聞いてみた。
「あのよー紫明……お前あれのどこがいいの?」
「ん? 血無のこと? 那智のこと?」
「モチ、両方」
 那智は那智でどこをどうとってもガキにしか見えんし、血無はひたすらきっついし……一体どこに惚れたんだろーか?
 ――まあ、確かに……ほっとけないってのはあるかもしれんが。
「可愛いとこも、きっついとこも全部。ほっとけなくて」
「……全部って?」
「まず那智は素直でカワイーし、まさに汚れなしってゆーカンジの美少女だろ? あー、態度が初々しーってゆーの? 今までに遊んだ女にはいなかったタイプ。いつまでも側に置いて撫でくりまわしたいね」
「……美少女?」
 あれが? あのお子さまが?
「なんだよ駿河。那智の魅力に気づかんとは、お前見る目ねーなー。いい女だぞー、那智は」
 紫明は呆れたように言うのだが。
 ……?こいつの感覚はどーもよくわからん。あのお子さまをどうやったら『いい女』と言えるのだろーか?
「で、血無は?」
「あれもいい女だよな。度胸もある、力もある。あんないい目する女、他にはそーそーいねえ。まあ、いい目をするってのは那智にも言えるけど……。何よりもこのオレにあんな態度とる女はいねえよ」
 今度は態度かい。でもつれないってなら……。
「高嶺は? あいつだってそーじゃねえの?」
 俺の素朴な疑問に紫明はピッと、右の人差し指をたてて答える。
「今までの血無と高嶺の言動をよく比べてみろよ。このオレ様を殴って蹴っ飛ばして『死ね』だの『殺すぞ』だの言ったのは血無だけだぞ」
「……うっ」
 そ……それは確かに。魔王相手にビビリもせずにあんな言動できるのは血無ぐらいかもしれん……。
「だ、か、ら、二人ともいい女だろ?」
 にんまりと紫明は笑いながら同意を求めてくるけれども……。
「――やっぱわからん」
「んっだよ……やっぱお前、見る目ねえ。そんなんじゃあ婿の貰い手ねえぞ」
 あまりに趣味の悪いその言葉に、俺は顔をしかめる。
「俺の嫁になりたいってゆー奴なら山ほどいるんでね」
 近くの村にいる、一緒に遊んでやったりしているちびっ子達だけどさ……。結構懐いてくれてて、今回旅にでるときも泣いて引き留められたんだよな。元気、してるかな。
「まったまた嘘ばっかり。自意識過剰じゃねえの? オレ様ならともかく……てめえの嫁になろうとする物好きがいるとは考えられんな」
「その言葉、そっくりそのままてめえにお返しするぜ。わざわざ変わり種の那智、血無を選ぶあたり……特にな」
「さっきから言ってるだろうが! あいつらはいい女だって!!」
 そこまでかみつくように言って……スッと、紫明の雰囲気が変わる。思わずゾクリ……とするような、気配。
「ホント……思わず汚したくなるぐらい、壊したくなるくらい……もろくてきれいでかわいいよな……」
 クスクスという小さな笑い声。口調と声音はどこまでも甘くて、つい気づかずにごまかされそうになる……。だけど、セリフと瞳に宿る光は……狂気とすら言っていい冷たいものだった。
 思わず、足がすくむほどのその寒気。俺は足を止めて、紫明をにらみつけた……それだけで精一杯だった。
「てめっ……何考えて……!!」
 俺の言葉に、紫明は俺の少し前で止まりフッと笑う。
「まあった、そんな顔して。……心配すんなよ。壊すつもりはないよ、今は。那智と血無は、オレの可愛い可愛い……」
 『今は』に重点が置かれた言葉。語尾は俺が聞き取れないまま紫明の中に沈む。けど、その内容は容易に想像できた。
 オモチャ――。
 そう言いたいのだ、こいつは。
 ――忘れてた……。
 俺は自分の迂闊さを呪った。いくら極楽トンボのバカ男とはいえ、こいつはあくまで魔族。人間なんてオモチャ程度にしか考えてないのだ。
 救いといえば、オモチャである那智と血無は今かなりのお気に入りの位置にあるらしいこと――魔族から言わせりゃ、人間をそこまで言ってること自体が最高の賞賛なのかもしれんが……やはり気にいらんことに変わりはない。
「壊すつもりはない……。それは本気なのか? 急に気が変わるなんてことになるんじゃあねえだろーな?」
 確認の意味で俺は問いかけた。気に入ったなんて言っても、こいつら魔族は気分一つで何をするかわからんし、第一その気分事態が変わりやすい。信用なんてよほどのことがなけりゃできやしねえ。
「さーねえ……?」
「………………」
 にらみつける俺に、紫明はにやりと笑った。
「冗談だ。なんなら誓ってもいい。この魔力にかけて、壊したりなんかしないってな……それで安心だろ?」
 予想外の言葉に俺は少し詰まった。
「魔力に……誓う? 本当にか?」
 生粋の魔族にとって、全ての源ともいえるその純粋なる魔力は、プライドそのものと言っていい。魔力に誓うとは己のプライドをかけるということだ。
 そして上級魔族のプライドはとてつもなく高い。プライドを損なうことはけしてしない――それが魔族の性、持って生まれた性質。ならば……。
「魔力まで持ちだすってんなら……信じてもいい。だが、俺が信じるのはお前じゃない、あくまでその誓いだからな」
「ふっ、交渉成立だな……では、盗賊共をしばこうか」
 紫明がそう言って指さした先には洞窟があった。木に囲まれて、すごくわかりにくい配置になっているが、ありゃあ確かに洞窟だろう。見張りらしき奴もいるし、こりゃまずあたりと見ていいだろう。
 では早速……と足を進めようとした俺に、無意味に威張りくさった、超絶ワガママ男紫明の声が聞こえた。
「うーんオレ様天才! さあ、下僕よ行ってこい!!」
 げ・ぼ・く?
「――待てこら」
「ん?」
「ん? じゃねえだろ……!」
 誰に向かって下僕だのなんぞと……やっぱりこいつは死ぬまで気にいらねえ!
「てめえも行くんだよ!」
 俺のめちゃくちゃ怒りをこめた声に、紫明はきょとんと答えを返す。
「なんで」
 なんでって……こいつは……!
 疑問ですらなかったぞ、今。
 いやいやいやっ。待て、今しばし冷静になれ俺! まともに言ったって、どーせこいつは聞きやしねえ。何か方法を……そーだ!
「そんなことばかりしてるとよー……今度こそ、那智と血無に嫌われたりして」
 ピクン……と紫明が反応する。
 ビ・ン・ゴ! しめしめ……うまくいきそーだ。そのままここぞとばかりに俺は言葉を続けた。
「あいつら倒したら血無もそれなりに見直すだろーし、金も手にはいる。あ、そーだ。最近気づいたんだけど、なんか那智ってあんまり服持ってねえみたいだよな」
 俺の『那智はあまり服を持っていないよーだ』の一言に、紫明は予想以上に驚いた顔をする。
「那智が……!? 本当か駿河!」
「ああ、ほんとさ。気づかなかったのか?」
 これはホントである。
 嘘をつく時の鉄則。全てを嘘で固めずに、少しの真実を混ぜるべし。その方が信用させやすいのだ。
 荷物を少なくしたいのか、それとも単に興味がないのか――おそらく両方だろうが――那智はあまり服を持っていない。
 この那智の服の話。一見、盗賊しばきにはなんの関係もなさそうだが、この話には紫明を釣る餌がたくさん仕込んであるのだ。
「女なんだから、少しぐらいのおしゃれはさせてやりたいよなー?」
「ああ……まあ、そりゃあ、な」
 腕組みして言う俺に、紫明はつられるかのように同意する。
 ……よし、ここまでのつかみはオッケー!! だが、まだまだ油断はできん。慎重に事を進めねば!
「それなら……」
 ん?
「オレがいくらでも取りよせてやんのに……」
 チッ! やはりそう来たか。さすがは魔族思考。いつものことながら、なかなかあこぎなことを言ってくれる。
 しかし、俺はちゃんとそれへの対処も考えてある!
「――ダメ、ダメ、ダメ!ダ〜メだってばよ!」
 俺は少々オーバーなぐらい手を横に振った。紫明は不審気な顔でそれを見つめる。
「何がだめなんだよ? オレだったら那智の服ぐらい、いくらでも……」
 面倒くさげに言う紫明に、俺は指を突きつけた。
「魔力で取り出せる、だろ? それがだめなんだよ」
 俺の言ってることの意味が分からず、とまどいの表情を浮かべる紫明。
「考えてもみろよ。あの那智が、魔力なんかで、どこからか出したわからない服を着ると思うか?」
 うっ……と答えに詰まる紫明。この半月で、こいつもかなり那智の行動パターンを理解したらしい。
 ここで紫明が言う魔力で物を取り出せる、というのは取り出すというより、取り寄せるに近いもので……簡単にいっちまうと、余所からちょいと失敬する……常識的に、というか、人間的に言えば盗みのことだ。
 紫明に言わせれば、力が絶対視される魔族の世界では、強い者がやることはみな正しく、やられた方が弱いから悪い、横取りぐらい当たり前のことだそうだ。
 だが、それをあの清廉潔白な那智が許せるわけがない。
「どーせなら、可愛い姿見て、那智にはにっこり笑って、喜んで欲しくないか?」
 その時のことでも想像したのか、紫明の機嫌は一気によくなっていく。
「那智はさ、素直なうえ正直者だろ?」
「ああ……その通りだ」
「そこが世間一般から見ても可愛いとこだと……この俺も思うわけなんだが、やっかいだよな、お前には」
 違うか? と言えば、紫明は違わないと答えを返す。
 よし、うまい具合に仕掛けに引っかかりつつあるな……。
「那智が喜んでお前から服を受け取るとすればだな……」
 一呼吸。
「やっぱり、お前がきちんとした金で服を買った時だろう。もちろん、金は盗み物じゃいかんぞ。言わなけりゃばれないと思うが……あいつ妙にそーゆーとこカンいいから」
 さあ……仕上げだ。紫明は俺の話を真剣な顔で聞いている。ここさえうまくいきゃあ、俺の作戦は完璧に終わる!
「そしてあそこは俺達の追ってきた盗賊のいる洞窟だ。あいつら倒せば賞金というきちんとした金が貰える。それで服を買えばいい。どうだ? あれぐらいの雑魚は、お前と俺にとっちゃヘでもないはずだ。――悪い条件じゃないだろ?」
 どうだ……!?
「確かに、悪い話じゃないわな。……だが」
 顎に手をあて、紫明は呟いた。その魔力で変えてある闇色の瞳がじろり……とこちらを見た。
 ……やっぱばれたかな?
「どー考えたってその話はオレを手伝わせるための口実だよな……?」
 あっちゃー。やあっぱだめか。あ、しかもなんかだまそうとしたからご機嫌斜め?
 でも、さっきの様子からして、服の話にはかなり心を動かされたっぽいし……。
 ならば!
「……ばれちゃあしかたねえな。ま、最初からこんな手に、てめえがひっかるとは思ってなかったがな」
 とりあえず俺は、のせようとしたことをあっさり暴露した。
「そう思ってたんなら、なんであんな嘘言い出した? ったく……時間の無駄だな」
「嘘? 心外だな」
 肩をすくめて言うと、紫明は顔をしかめて反論を返してきた。
「何が心外なんだ?全部嘘だったんだろーが」
 予想通りの言葉できた紫明に、俺は心の中で力を入れ、外見上は冷静そのもの、まるで無関心なように、出来るだけ素っ気なく言った。
「那智の服のことはホントだけど?」
「………………」
 よおおおおおしっ!! ビンゴッ!!
 いきなり沈黙した紫明に、俺はかなりの手応えを感じた。ここが正念場だと感じた俺は、さりげなく紫明の側に近寄って、わざとこいつの顔を見ないで言い募った。
「確かに俺はてめえをのせよーとした。だがな、話は全部ホントだぞ?那智の服が数少ないのも、盗賊しばけば賞金が入るってのも……全部だ」
「……ううむ」
 俺の静かな迫力に押されてか、紫明が小さく呟きを漏らす。そこで俺はくるりと振り返り、紫明に指を突きつける。
「どーだ紫明。俺は金が欲しい、お前は服を買ってやりたい。敵はひたすら弱っちい。お互い利害が一致するじゃねえか。ここは一つ、協力しねえか?」
 俺の提案に紫明は少し渋い顔をしたが……結局大人しく同意したのだった。


「で、どーすればいんだ? いっとくが、オレは作戦なんて考えねーぞ」
「はいはい! わかってるよ!」
 盗賊のアジトの洞窟より少し遠くの茂みで、俺は紫明と二人で――とは言ってもやってるのは実質俺一人なんだが――作戦を練っていた。
 どうやら見た感じ、盗賊共は、かなりのメンバー数がいるようで。あの程度ならば、一対一なら負けるつもりはサラサラないし、人数がいても多少ならば相手もできるだろう。が……あれだけの人数と、あの洞窟でまともに戦うのは、さすがにつらいものがある。
 だからこそ、紫明の力を借りようと思ったのだが。
「作戦なんていらねーって! ドカンと一発やっちまえばいいだろうが!」
 そーれーがーいーけーなーいってゆっとんじゃああああああっ!!
 盗賊のアジトの近くにいるという、今の状態を忘れて叫び出しそうになる自分を必死に抑えつつ、俺は紫明にさっきから何度も言ってることを繰り返した。
「し〜め〜い〜? 俺、さっきから何度も言ってるよなあ……? 殺したらだめだって、生け捕りが必須条件だって……」
「だってめんどくさいじゃん」
 きっぱり言ってくれやがってこの野郎……。
「金はいんないと困るのはお前も同じだろーが紫明」
「そーゆーお前はどーしてそこまで金にこだわる?」
 そーきたかい。
「別にいいだろ。……金が好きなんだよ、単純に。無いよりある方がいいからな」
 金はないより、あった方がいい。別に金の亡者になる気はないが、少ないより多い方がいいのは事実。少なくても、日々を無事に過ごせるだけの金は欲しい。
「ふーん……そーゆもんかね。オレ様魔界の貴公子だしい? 力が強いから困ったことないしぃ?人間ごときのビンボったらしい考えなんてわかんないねえ」
 ……語尾のばすなや。
「あームカつく。そーやって苦労してないこと自慢するやつって俺嫌い」
「そりゃよかった。オレもお前が嫌いだ。なんかしらんが、たかが人間のくせして那智に懐かれやがって」
『………………』
 二人の間に沈黙が落ちた。
 ――やっぱ俺達って気があわねえよ……。
 最初からわかってたことだが、改めて自覚したその時だ。
「あ」
「ん? なんだよ紫明」
「きこえねえのか?」
 ……何がだろう? 何も俺には聞こえねえけど……。
「ったく、これだから人間は……」
「いちいちムカつく言い方する奴だな……なんなんだよ」
「なんか……仲間割れしてるみたいだな。さすがにきちんとした内容までは聞こえねえけど……言い争いが聞こえる」
 ……マジ? 森の中、ざっと二十メーター以上離れてるというのに、洞窟の中の声が聞こえるなんて……さすが、と言うべきなのだろうか?
 しかし、仲間割れ。それは……………………チャンス!
 仲間割れとはなかなかタイミングがいい。攻撃を仕掛けるなら、それによって混乱があると予想される、今だろう。
「おい、紫明。そのケンカ、まだしばらく続きそうか?」
「ああ、そうだな。なんか片方が一方的って言っていいぐらい、えらい盛り上がりようだ。しっかし……」
「どうかしたのか?」
「言い争いのもう片方がどーも……聞き覚えあるよーな声してんだよな」
 聞き覚えのある声ねえ……。
 俺はたいした考えもせず軽く言った。
「気のせいだろ」
「そうだな。こんなとこにオレの知り合いがいるわけねえし」
 紫明の何気なくいった一言が……よもや予想を裏切っていたとは、その時俺は夢にも思っちゃいなかったのだった……。


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