第三章 誰か常識を教えてやってくれ……
どっかーん!!!! 爆発音と、それとミックスされた鈍いがらごろという音と。 「ああああああああああああああああっっっ!!??」 俺は辺りをはばからず叫んだ。もう……声を潜めるなんて今更だ。叫んだって何も起こらない。 「ふう……すっきりした」 呆然とする俺の横で、紫明はわざとらしく汗をぬぐう動作をした。 がらがらがら……と音をたてながら、もとから脆くなっていたのだろう盗賊のアジトは、細かく砕け、単なるがれきの山となってしまっていた。 そう、俺の再三の注意を聞かず、紫明はアジトをその多大なる魔力で、きれいなまでにぶっ飛ばしてくれたのである……。 「紫明っ! てめえ俺の話をきーてなかっただろ!? ええっ!!」 怒りで震えながらつかみかかった俺に、紫明はムッとして言った。 「きいてたぞ」 「じゃあなんでっ、アジト吹っ飛ばしたんだよ!!」 「だーかーらあ、生け捕りにすりゃあいいんだろ? ちゃんと手加減したぞ? とりあえずがれきの下敷きにして、適度なケガを負わせてから……」 だうああああああああっ!! こいつ基本的なことがわかってねええええっ!! 「ふつーこんな落盤事故にあったら死ぬわ! っつーか、絶対あいつら全員死んでるわいっ!」 「なにっ?! そーなのか?」 俺のしぼりだしたような叫びに、紫明が驚愕をあらわにする。 「当たり前だろおおおおおおおおっ!?」 そーだっけ? と首を傾げる紫明に俺は脱力する。 「人間ってそんなに脆かったっけか?」 「『脆かったけ?』じゃねえええええっ!!」 ああ……失敗、失敗だよ。まあった血無が怒る。あの絶対零度の笑顔で「……役立たず」とかはっきりきっぱり言ってくれちゃうんだ。もう、泣いちゃうぜ俺は。 「……まあ、誰しも失敗はあるっちゅーことでひとつ」 全然すまなさそうな紫明。ひとつってなんだあああああっ!! 俺のこれまでの苦労はいったい何なんだああああああっっ!! ……最初っから紫明なんて当てにしたのが間違いだったんだな。次こそはっ、次こそは……紫明は置いてくる!! 絶対こいつの手を借りよーなんて思わねえ!! そう俺はかたく心に誓った。その時である。 「おやまあ、まあ、まあ……」 紫明が明らかにおもしろそうだといった、何かに興味を引かれたような声を出した。……嫌な予感。すんげーヤな予感。 冷や汗を垂らしながら、くるりと振り向いた俺が見たものは……。 「え……。け……結界……?」 落盤事故(人為、じゃなくて魔為的と言えばいいのか?)は、もう終わりに近づいていて、からからという軽い音をたてて、斜面を石が転がるのみになっていた。そしてその斜面というのは――魔力結界。 それだった。透明ではなく半透明であることと、崩れた岩の上げる土煙とでその中の様子を知ることは出来ないが……どうやら紫明の力をほぼ完全に防いだようだ。 こんなでかい範囲の魔力結界作るなんて、魔族以外に考えられない。 しかも手加減したとはいえ(本人談)紫明の魔力を遮断したなんて。もしかしなくてもこれを作った奴はかなりの力の持ち主じゃあ……。 「おもしろい、おもしろいじゃねえか……。手加減したとはいえ、このオレの魔力防いでくれるなんて……」 はうっ!? クスクスと笑う紫明の目は……完璧に切れちゃっていた。 なんで盗賊のアジトにそんな力を持った奴がいるのかも、さっきどこかで聞いたことのある声がすると言ったことも、きっとこいつの脳味噌からは全部消えてる。 「おい、出てこいよ。どこのどいつかしんねーけど。ほらっ!」 紫明の言葉と共に赤がほとばしる! じゅわっ!! その言葉と気だけで充分な力となり、魔力結界をつきぬける。そのまま紫明はパチン! と指を鳴らした。すると……。 なっ、結界がとけた!? さ、さすがは魔王。指ぱっちんだけで結界解くなんて……。 で、中にいるのは……気絶してる盗賊共と、それに……双子か ?そっくりな美形の男と女、一人ずつ。 ――いや……あれ、人間じゃねえな。姿形は人間でも、雰囲気が紫明と同じ人外、魔族のものだ。 二人は紫明を確認すると……いきなりその場に膝をついた! ってことはやっぱ…… 『お久しぶりでございます。紫明様』 「……なあんだ。壊啼(かいな)と涙啼(るいな)かよ」 仲良く紫明の名前ハモってくれちゃって。やっぱり知り合いだったわけね……。さっき言ってたどこかで聞いたよーな声ってあいつらのことだったんだろうな。 二人を見て、紫明の殺気がスッと消えていく。その代わりめんどくさそーな、明らかに、参ったなこりゃ……と言った感じの気をまき散らしている。 「若君、一体いつまで遊びほうけてるおつもりです?」 「その通りです、若君。貴方は跡継ぎとしての御自分の立場を、全く理解していらっしゃらない」 わ……若君? 紫明のこと? にあわねー!! ちゃんちゃら笑っちまうぜ! 吹き出しそうになるのをこらえている俺の表情に気づいたのか、紫明はわざとらしくせき込み、ぶつぶつと文句を言った。 「ったく、いつも言ってんだろーが。『若君』はやめろ」 『やはり、わかってらっしゃらない……』 二人は時には全く交互に、そして時には同時にという、訳のわからん喋り方をした。 「ああ、うっせえな。ホントうっせえ。別に何をしよーとオレの勝手だろうが……」 右手の小指で耳をほじりながら、めちゃめちゃ気のない素振りをする。 『いいえ若君』 またハモり、そして女の方が、無表情のままとつとつと喋る。 「先程も言ったとおり、貴方様は魔界の覇者の大いなる力を受け継ぎし、正当なる後継者でございます。勝手な行動は……慎んでいただかなければ」 「この度の貴方様の身勝手な御行動、御隠居様は大変お怒りでございます。早く魔界へ帰ってくるように……それが」 『御隠居様からの命にございます』 見事と言えば見事な喋り方ではある。けど……無表情のままとつとつと喋るっちゅーのは、かなり怖いよーな気がせんくもない。 「けっ! 御隠居、御隠居、御隠居! そんなにあのくそジジーが怖いのか!?」 『……自分達は……力が絶対ですから』 わーお。タイミングも声のトーンも、スピードもまるっきり同じ。さすがは魔族ってとこか? 幸か不幸かとりあえず、なんか俺は存在無視されてるみたいだし、とりあえず状況整理といこうか。 まず、あいつら双子もどきが魔族ってことはわかってる。うん、これは確かだ。で、『若君』って……紫明のことだろうな。紫明に向かって言ってるんだし。 だったら……『御隠居』って、誰? 確かついさっき、紫明からは『くそジジー』とも形容されてたな。 だがその御隠居とやらが何にしろ、かなりの力を持ってるみたいだな。魔族のあの二人がわざわざ『力が絶対』って言うことは……。 そこまで考えて、俺は顔から血の気が引いた。 紫明と同格、またはそれ以上……ってことになるっ!? 魔王のあいつよりも上ってなんだよっ!? なんだかんだと俺が悩んでいるそのうちに、三人の話はどんどん続いてたようだ。会話がいったん切れたと思うと、一呼吸の後双子もどきはまたハモりつつ宣告した。 『さあ、若君……魔界へ帰ってきていただきます』 「――やだね」 間髪入れずに紫明がベッと舌を出して反発する。なんちゅーガキっぽい言い方すんだこいつは。 『若君!』 二人の責めるような響きにも、紫明は一切頓着しない。 「オレには……目的があるんだ」 どこか遠い目をして、雰囲気満点に呟いた一言に、双子もどきは問い返す。 『目的……?』 目的ねえ……こいつにそんなご大層な目的があるとはおもえんけど。 訝しげに顔をゆがめた二人に、紫明は自信満々に言い放った。 「女口説き落とす!! ンで、連れ帰る!」 かっぽーん。 沈黙が落ちた。双子もどきの目が点になり、俺も意識が飛んだ。風がただその場で吹いていた。 『若君。本気、ですか……?』 双子もどきが、かろうじてかすれた声を発する。 無理もない。魔王が雰囲気満点に言い放った一言の続きが、女を口説き落とすでは……。ちょっぴり同情しちゃうね。 「本気も本気、だああい本気よっ! あんないい女そうそういねえ。今帰るなんて考えられないねっ!」 にぃいんまりと浮かぶデビルスマイル。いい女とは那智血無のことだろーけど。 『まさか、その女とは、人間では……』 「大当たりっ! さえてるじゃねえか二人とも」 ピンポーン! と意地悪く笑う紫明を見て、双子もどきは無表情のまま(ポイント)一気に青ざめた。 「人間などにつくと!? たかが、たかが人間ごときに!?御隠居様も……御父上も、どれだけお怒りになられることか!!」 ち……父上っ!? 紫明に父親っ!? ってことは『御隠居』ってゆーのはつまり……祖父かあっ!? そしてさらに言うなれば『隠居』は、主に定年後の老人を指す単語(国語辞典よりっ)なわけだからして……もしや、魔王って代替わりしてる……!? 「父上もお怒りねえ……あのぼけた親父がこんな事ぐらいで怒ると思う? あのヒト、魔族にゃ珍しく平和主義の上に人間界マニアだしねえ……オレが人間の嫁もらうって言ったらかなり喜ぶと思うけどなあ?」 しかも平和主義で人間界マニアの親父!? いやいや、魔族の平和主義だ。俺達から見たら全然かもしれん。だまされんぞ俺は!! 「そ……それは……。でも御隠居様は猛反対なされます。今一度、よくお考えください。貴方様がどれだけ気に入ろうと……たかが人間に過ぎないのですよ?」 紫明の自信たっぷりの異様なセリフに、双子もどきがなぜか答えに詰まった。そのままたたみかけて毒舌を披露する紫明。 「そりゃあ、人間嫁にするなんて言ったら怒るだろうな。ジジーは堅苦しくてクソ古い、天日干しミイラだし? 若いモンの明日への心意気なんてわかっちゃくんねえだろーな」 て……天日干しミイラ……? どないなモンなんだよ、そのジジーは……。 「隠居されたとはいえ、先代様になんて事を……」 「ミイラとは……いくら次期魔王の貴方様とはいえ、そのような暴言は許されませぬ」 「オレはね、やりたいようにやる。誰にも文句なんか言わせねーぜ? 言えるもんなら言ってみればいい」 みればいいって……んな軽く。要するに邪魔したいなら実力勝負、無理矢理力ずくで止めてみろ、って言ってるんだよな、コイツ。 『とにかく、人間など貴方が想うに価値いたしません。その辺のことを無理にでもお考えいただき、何がなんでも魔界に戻っていただきます。……その人間を消してでも』 「人間だろーとなんだろーと気に入ったんだ。消させたりなんかしねーよ。俺は帰らないって言ってるだろう?」 俺はどっちかってゆーと帰って欲しいぞ。那智消すってのは没だけど。 心底そう思っていると、紫明は俺の方をいきなり振り返った。 「おい駿河! お前も那智と血無の素晴らしさについてなんか語れよ。ぼーっとしてんじゃねえぞ、ボケたかコラ!」 語れって……何を、どーやって。俺に何しろと、ってゆーか……ボケだと!? 「何言ってやがる!てめえこそボケてんじゃねえのかよ。さっさと魔界帰れや!」 「けっ! てめえ如きに帰れと言われて帰るかってんだよボーケ!」 ごとき!? ごときとか言いやがるかこいつ! 紫明の実力からいってそう言われても仕方ないんだろーが、やはり腹が立たないわけがない。 『若君……この生意気な人間は一体……?』 双子もどきに聞かれ紫明は一言。 「おまけ」 ………………おまけってなんやねん。 『――そうですか』 「っつーかおまえらも納得すんじゃねえっ!!」 俺が思わずつっこみをいれたその時だった。 じゃりっ……という土を踏む音と、小柄な黒い影が出没したのは。 「駿河、紫明、一体なにをしている?」 ←BACK◆NEXT→◆本編TOP |