第三章 〜2〜
 いや、何をしてるって、ねえ? 今まさにお前のことが話題になってたってゆーんじゃい。
 タイミング悪い。双子もどきが那智血無、消す消さない言ってるときに……どーして来るかな。しかも全員。
「血無ー!! オレのこと心配してくれたのかあっ!?」
 一気にぱあっと表情を明るくする紫明に、双子もどきが眉をひそめた。
『それ……ですか?』
「それとかゆーなや。このオレの、将来の花嫁だぜ?」
 血無のとこまで一気に光速といっていい速さで駆け寄り、そのまま抱きつきながら紫明が言った。
「邪魔だ紫明。誰が誰の花嫁だと? ふざけるのも大概にするんだな」
「血無ってばきっついなー。でもでも、そんなとこが大好きさっv」
 肩に回された手をうるさげに払いのけつつ、苦虫を噛み潰したような顔で、当然の反応をする血無と、それをネタにのろける紫明。
 べろんべろんにとろけてる紫明の様子を、双子もどきは信じられないといった様子で見ていたが、やがて意を決したように紫明に話しかけた。
『本気なのですか!? 魔界へと帰っていただければ、そんな小娘の一人や二人……すぐに御用意できるというのに……』
「那智も血無も一人だけ! だからいいんじゃないか。こいつに似た女なんていねえぞ? なんたってこのオレのお眼鏡にかなったんだからな!」
『魔界へ帰ってはいただけないのですね……その小娘いる限り』
「あったりまえだろーて。もともと戻りたくなんかねえけど……オレの執着は人一倍、なんでね」
 紫明の挑発するような言葉に、ぐっと唇をかむ双子もどき。
『ならば無理にでも帰ってきていただきます……その小娘消してでも!!』
 やっぱそうきたかっ! 魔族ってホント短絡的だぜっ!
 カッときらめく閃光。近づく衝撃波。
 俺は反射的にその数瞬前、血無の前に飛び出した。なんの準備もせずに。
 自己犠牲精神なんかではなかった。それだけは確かだ。あと確かだったのは……親しい者が傷つくのを見たくなかったってこと。
 飛び出した瞬間おぼろげに、自分のバカさ加減に参ったと、どーしようかと思った。
 だがっ!
「よけんか馬鹿者っ!!」
 どげしっっ!!
 景気のいい音と共に感じた、背中のブーツの感触。間違いなくこれは蹴り。武闘家の俺が間違えるはずがない。
 …………蹴り? 蹴りって何? なぜゆえ蹴り?
 今の蹴り足って血無だよねええええ!? 後ろにいるの血無だけだしっ!? 俺なんで蹴られてんのおおおおおっ!?
「駿河っ!」
 孤玖の動揺した声。高嶺の声は聞こえない。つーかむしろ、噴き出す声が聞こえた気もする。あの人でなしめっ……。
 ごろんと転がりはい着地っ! ン、さすが俺。10.0!
 って、ちーなーはー!? 何で蹴られたんだ俺!?
 着地と同時にバッと血無の方を振り向くと……なんだ、蒼月でちゃっかり応戦してやがる。
 俺はホッと胸をなで下ろした……ああ、蹴っ飛ばされたってゆーのになんて健気な俺。
「いきなり攻撃とは……無礼な奴等め」
 チッと舌打ちする血無に、蒼月がたしなめるような声を上げる。
《血無よ……私でその攻撃を跳ね返したお前はどうなのだ?》
「正当防衛だろう? 蒼月よ」
 蒼い刀きらめかせ、血無は双子もどきの衝撃波を、きっちりと返していた。
 そして、避けきれなかったのだろう。呆然とした双子もどきの胸元には、ざっくりとした衝撃波の傷跡が残っている。もちろん二人からは血など流れず、ただ黒い傷口を見せているだけである。
『ばかな……! たかが人間の小娘に……っ、なぜっ、こんな力が……!!』
 半ば呆然としながらも、忌々しげに呟く双子もどきに、紫明はケケケケ! と笑う――趣味が悪い。
「バーカ! だれがただの人間ってゆったよ?」
『どういう……意味ですか……』
 かなり苦しそうだな。どっちかってゆーとプライドの方が傷ついたみたいだけど。
「那智、血無は……れっきとした『勇者様』だぜ? そー簡単にやられるかっちゅーの」
 まーたしかに。那智はともかく、血無は勇者らしい風格を持っている(性格はどうだか知らんが)。
 ――しかし、俺もまさか、血無があそこまで見事に蒼月使えるとは思ってなかった。魔族の衝撃波返せるほどとはねー。那智だったら即アウトだったろーけど。嬉しい誤算といやあ、そうだね。
 ……ん? もしかして、血無が俺を蹴ったのって……邪魔だったって事?そう言われればあの「よけんか馬鹿者」は「邪魔だ馬鹿者」に聞こえなくもない……。
 ――考えるのよそ。へこむわ、これ。
『勇者ですって……!? 若君、一体なにを考えておいでです!!』
 あ、双子もどきから冷静さなくなったな。まあ、人間に自分の技を返された上に、気まぐれとはいえ魔王である主君の想い人とやらが勇者じゃねえ……そうもなるさ。俺も何考えてんだって言ったもんな。
「なにって……よりよい将来設計と、俺と那智、血無の明るい未来のこと」
『そうではなく!』
「んじゃ、なによ」
『もともと魔族と人間は相容れぬもの。それどころか勇者といえば我らの敵! 勇者を花嫁になど……言語道断です!!』
 双子もどき……そんなに力説したって無駄のよーな気がするが?
「相容れない? おもしれーじゃん。出来ないと言われることをやり遂げたときのあの満足感。お前らだって知ってるだろ? だったらオレは、世界中で一番難関な事に挑戦してやろーじゃねえの」
 ほら……一見まともなこと言ってるよーだけど、実は全然まともじゃない。
 あいつの行動基準は、おもしろいかどうかなんだよ……。俺より双子もどきの方がよっぽど知ってるだろーに。なぜ理解しよーとしない。
『それは……その娘への想い、気まぐれと理解してよろしいということでしょうか?』
「さあてねえ……?」
 三人の間になんとも言えない緊張感が走った。しかし……それを感じていたのは双子もどきだけのようだが。
『……仕方ありません、自分達は退きます』
 おや、やーっと帰ってくれるのか。
『貴方様と争うことは、愚の骨頂といえますから……しかし、この度の出来事、全て御隠居様に伝えさせていただきましょう。それを機に火遊びは……おやめいただきますように!』
 シュン! と音をたて、俺達に目もくれずに双子もどきはどっかに消えた。
「はははっ! ばいびー!」
 紫明の呑気な笑い声が青空に響いていた。


 双子もどきが姿を消し、気絶した盗賊共を縛り上げてからのこと。俺達はもう夕暮れが近づいたということで、その場でそれぞれ野宿の準備をしていた。
 場所は最初盗賊に遭遇した辺り。森の中で、円をかくように樹のないところ。他の冒険者達もよく野営地に使うのだろう、すすけた石などがそこら辺に転がっている。
 仕事はいつも、各自決まっている。
 俺はメシの下ごしらえ――余談だが俺は料理が得意だ――孤玖は薪拾いと材料探し、高嶺は水くみと火つけ。
 那智はいつも俺の手伝いをするのだが……今回血無だったので、蒼月を使って疲れたからと、昼寝。
 蒼月は剣なので除外。そして紫明はめんどくさいと言って、モンスターが来ないように見張りとしてつっ立っていた。
 嬉しいことに、盗賊共は全員無事。ケガもかすり傷程度しかしていなかった。そこら辺のことは双子もどきに感謝せねばなるまい。
 盗賊どもは今、そこら辺に縄でぐるぐる巻きにした上で紫明の魔力でもって、動くことはもちろん喋ることすら出来なくしている。
 これで明日になれば賞金が入るだろう。やはり人間、懐があったかい方がいいからな。心にも余裕が出来るってもんよ。
「おい、紫明!」
 下ごしらえがある程度すみ、時間に余裕が出来たため、俺は問いつめることがあって紫明の名を呼んだ。
 紫明はチラッとこちらを見ると、
「なんだよ? 賞金の話は後でもいいじゃねえか」
「そうじゃねえよ」
 問いつめることとは……もちろん、さっきの双子もどき事件で発覚した、あれである。
「てめえ……よくも今まで騙してくれてたな」
「……? なに、なんかあったっけか?」
「てめえが魔王だなんて……うそっぱちじゃねえかっ! コンのエセ魔王!」
 俺の怒りをこめた叫びに、孤玖と高嶺が一斉にこちらを向いた!
「え!? なに、紫明って魔王じゃないの!?」
「髪も瞳も赤なのにですか……!?」
「おうともさっ!」
 じとーっとした、三人の目に、紫明がジリ……っと後ずさる。
「オレは嘘いってねえぞ!」
 おや、珍しい。慌てちょる慌てちょる。
「なあにが魔王だよ! まだ、若君のくせに」
 おやおや? 『若君』という単語に対してだろーか。珍しく照れたよーな表情をしている。
「若君ゆーなっ!」
「ははん! 若君若君若君ぃ〜」
 こんな機会滅多にないと、俺は歌うように『若君』を連呼した。
「じゃかましゃあっ!」
 じゅわっっ!! という音、首のすぐ横を通り抜けていった、なんか熱い熱風。
 …………………!? こ・げ・て・る、後ろの木?
「てっめ、なにしやがる!?」
 もうちょっとでローストチキンの仲間入りだったではないかっ! 食うならいいが、自分がなるのはお断りだ!
「ちっ、はずしたかっ」
 心底残念そうにいう紫明。
 ……なんかすごい生命の危機を感じたりして?
「ったく……紫明も駿河も落ち着きなさいよ。――で、紫明がまだ魔王じゃないってのは、どういうことなのかしら?」
 高嶺が自慢の金髪をかき上げ、ジロリと俺達をにらみつけた。
「なんかさー、魔王って代替わりしてるっぽい。話を聞いてると……今の魔王は紫明の親父らしーんだよな」
「魔王って……代替わりするんですか?」
 真剣な面持ちで聞いてきたのは孤玖。そこへ紫明が割り込んできた。
「なあにお前ら、そんなことも知らなかったわけ? 人間ってホント無知だよなー」
 あのなあ、普通の人間が魔族の内情を知るかよっ!
「じゃあ……魔族うちでは普通のことなんですね、紫明?」
 ……魔族うちってのは孤玖の造語だろーか? まあ、身内とゆー言葉もあるからして、別にどーのこーのいうつもりはねえけど。
「おおともさっ! 常識よ、常識! なーんでそんなことも知らんかなあ……。だいたい見てたらわかるだろ」
 見てたら……?
 思わず目を点にした俺達。そこで高嶺が大きくため息をついた。
「あのね、紫明……魔王見たことのある人間なんてそういないわよ。わかってる? そこんとこ」
 高嶺の正論にも、紫明は首を縦に振らない。
「そういない……ってほら、この前の城の人間とかは? いっぱいオレのこと見てたぞ?」
「ありゃ、お前がわざわざ城まで来たからだろーが。勇者の剣がある城に堂々と来る魔王なんて、お前ぐらいしかいねえよ」
「じゃ、なんで伝説……詩か? でオレ達魔王の容姿が伝わってるわけ? 代々の魔王見てないなら、なんで魔王は全員瞳と髪、赤だって知ってるんだよ?」
 その質問に答えたのは吟遊詩人の孤玖。
「あれは、貴方のご先祖の力を封印した、勇者の証言からもとづいてるんです。魔王が代替わりするなんて、人間は知りませんでしたから……勇者の『魔王は赤い髪と瞳を持った男だった』その証言が、魔王のイメージとして定着してるんですよ」
 孤玖のなんとも親切な説明に、紫明はただ「ふーん」とだけ答えた。
 さてと……。
「紫明、こっちの質問にもちゃんと答えてもらうからな。なんでまだ『跡継ぎ』だっていうのに『魔王』だっていったんだよ?」
 ちゃんと説明してもらわんと納得がいかんぞ。
「嘘はいってねえだろ?」
 いや、そりゃま……。
「でも、全部ホントでもないじゃない?」
 高嶺の首をかしげての問いに、
「ただ『次期』抜かしただけだろーが」
 ……………………だろーがって。肝心の部分抜かしてどーする。
 けろんという紫明に、俺達は黙るしかなかった。
 誰かこいつに常識を教えてやってくれ……。前々から思ってたんだが、こいつはどーも人間的一般常識が非情に欠如してる。魔族にそんなモンを求めること自体間違いなのかも知れないが、これからも一緒に旅をする以上、もうちょいマシになってもらわねば。
「……メシ、まだ?」
 ああっ! こいつは人の気も知らんでっ。だいたいなんで魔族がメシ食うんだよっ!
「今つくるっ!」
 とりあえず紫明の謎も解けたし……納得はあまりいかんけど。まあ、解けただけでよしとする。情けないながらも、俺も腹が減ったのは事実。しょうがないから作業に戻ることにしようか。
「早くつくれよー」
「わあっとるわい!」
 紫明の声を背中に受けながら、俺は下ごしらえの済んだ小型の鍋の中に、ぶつ切りにしたキャベツを少々の怒りと共にぶち込んだ。


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