第三章 〜3〜
「おはよ〜しゅるがぁ……」
 朝である。いつも朝は俺が一番早い。だが、珍しく今日は那智も早かった。なんたって、まだ朝もやがはれてない。
「……ろれつ回ってねえぞ、那智。ほら、顔洗ってこい」
「うぅ〜ん……」
 目をこすりながらも、なんかふらふらしながら川まで歩いてくが……大丈夫か? 川に落ちたりせんだろーな。あいつぼけてるし、ありえないことじゃない……。しかも、確かここの川深いんだよな……。
 ――いかん。なんか無性に心配になってきた。み、見に行ってくるか……?
「しゅるがぁ〜」
「おお!? ……びっくりした。那智、顔洗ったのか?」
 っつーか、なぜ後ろから?
「うん、洗ったぁ〜。ねえ、今日の夕方ぐらいにセリルの街に着くんだよねえ……?」
 なんか語尾がいつもよりさらにまのびしている……。まだ夢の中か? よく川おちんかったなあ、おい。
「ああ、そのはずだけど。なんで?」
「おまちゅりぃ〜」
 ……おまちゅり?
 考えること数瞬。そしてやっと正解を思いつく――ああ、お祭り。
「ああ、十分間に合う。心配せんくても平気だから。な?」
 ほへら、と笑う那智。
「わたあめ買っていい? イカ焼き買っていい?」
 食いモンばっかしだな。まあ……祭りにはかかせんものだから、気持ちはわかる。だが祭りと言えば……!
「チョコバナナとか、ヨーヨーは? いらんのか?」
 俺の言葉に那智がパアッと顔を輝かせた。
「いいの? 買ってくれるの?」
 お。目、覚めてきたみたいだな。……餌付けという言葉が一瞬脳裏に浮かんで、すぐにはじけた。
「祭りだからな。特別な日だろ? いいぞ。買ってやる」
 本音を言うと祭りが特別だからではなく、今日賞金が入ってだいぶん懐に余裕が出来るだろうから、なのだが……そんなことをわざわざいわんくてもいいだろう。子供の夢をわざわざ壊すこともあるまい。
「お祭り〜お祭り〜!」
 ろれつもちゃんと回ってる。目が覚めたみたいだな。多少目を離しても平気だろう。
 さてと……とりあえず朝飯でも作るか……。
 うーんと、大きくのびをして、俺は立ち上がり、昨日のままの簡易コンロまで――といっても石で囲んだけのたき火のことなんだが――移動した。
「ぅん……? 那智、どうしたの。そんなに喜んで……?」
「――高嶺も起きたのか。孤玖と紫明は?」
 高嶺の眠そうな声に気づき、俺は鍋に向かったまま、つまり高嶺に背を向けたまま問いかけた。
「んぁ? ……まだ寝てるけど? アタシも……まだ、ね……むい……ぐー」
「高嶺……朝飯いらねえんだな?」
 途端ガバッという高嶺が起きる音。
「いいえ、起きますとも! そりゃあ、さわやかなまでに!だ・か・ら、朝ご飯ちゃんとお願いね?」
「てめえ……たまには手伝いやがれっ……!」
 低い、俺のうなるような怒りの呟きに、
「ほえ? あたし、ちゃんと手伝ってるよぉ?」
 横で俺の手伝いをしようとしていた那智が、ちょっとびっくりしたのか不安げに呟く。
 俺は慌てて手を振った。
「いや、那智じゃない、那智じゃない。那智はいつも手伝ってくれるもんな? ……って、たーかーねえ?」
 それを見て高嶺がクスクスと笑う。なんだって言うんだ。
「いやー、やっぱあんたも那智には甘いわね」
「……そうか? ――いや、そんなことはどうでもいいんだ。どうでもいいから手伝え、高嶺。たまにはお前が作ってもいいだろ?」
「ええ? なんで。駿河が作った方がおいしいじゃない!同じ食べるならおいしい方がいいわよ。ねえ、那智……駿河のご飯おいしいわよねえ?」
「うん!」
 なぬっ!小動物を味方に付けるとは……ずるいじゃないか!
「駿河の朝ご飯……食べたいわよねー?」
「うん!」
 ぐはっ! 那智の……那智の……『お願い食べたいのキラキラおめめ攻撃』となっ!?
 そんな、小動物攻撃はいかんだろ! 人はみな、子供と小動物には弱いものなのだ!
「クッ……」
 キラキラキラキラ……! 攻撃はつづく。
「っ……わかったよ! つくるよ、朝飯!」
『やったー!』
 女二人の黄色い歓声。……負けた。
 俺は仕方なくコンロに向かい、朝飯を作り始め、一時間後には朝食となった。
「うん! やっぱ駿河のご飯はおいしーわ!」
「確かに、料理の腕だけはいいな」
 交互に勝手なことを言って、うなずきあう高嶺と紫明。
 特に紫明! 『だけ』は余計だ!
 那智はなにも言わずに一心不乱に目の前の食物だけを見て、孤玖はいつもながら大人しーく、控えめに、優雅とさえ言える手つきで食っている……高嶺より孤玖の方が女らしいとさえ思える。
 そうして朝食を取った俺達は、再びセリルの街を目指し始めたのだった。


 夕暮れ時。祭りが近いせいか、それとも元々のことなのか……太陽が沈みゆく中でも、街は活気にあふれていた。
 石造りの家と石畳。たくさんの人が行き交う大通りは坂道になっていて、そのまま海へとつながっている。坂の下から、風に乗って潮の香りが漂ってきた。
 そう、やっとセリルの街に着いたのだ。さーてと、俺の目的地はっと……。
 きょろきょろ辺りを見回す俺の耳に、高嶺の嬉しそうな声が届いた。
「う〜ん、さすが港町! いい風ね、踊りたくなっちゃう!」
『――お願いだからやめてくれ!!』
 思い切りのびをして言った高嶺の一言に、那智をのぞく全員が慌てて答えを返した。「む〜っ」と、ふくれる高嶺。
「ま、まあ……踊りたいのなら、祭りが始まってからにしてください」
「それからならいいの?」
「きっと飛び入り参加とかもオッケーだろ? 祭りが始まったら好きなだけ踊ってこい!」
 半ばやけくそで言った俺の『好きなだけ』という一言に機嫌を直したのか、高嶺はにっこりと笑う。
「駿河、駿河、『ぎょかくさい』は明日から??」
「ああ」
 目をきらきらさせて聞いてくる那智と、その横でなにやら考え込んでいる紫明。
「なあ……『漁獲祭』って結局なんなんだ?」
 …………………………なんちゅー今更で基本的な疑問をぶつけてくるんだ紫明。しかも真顔だし。
 やっぱ魔族だから人間の行事とかはうといのか?それにしたって、この半月あまり、ここを目指してたっていうのに……目的わかってなかったんかい。
「あー、『漁獲祭』ってぇのはぁ………」
 どう説明したらいいんかなあ。
 そう悩む俺の後ろから、控えめに孤玖が説明しだした。
「一年間で、海から授かった大量の収穫に対し、海の神……潮来(いたこ)様に感謝の気持ちを捧げるんですよ。『一年間ありがとうございました、来年もよろしくお願いします』とね」
「感謝〜?」
 何かもろ嫌そうなっつーか、めんどくさそうな表情してやがるな……。気持ちはわからんでもないけど。俺は無宗教者だから。
「でも、ま、感謝とかそーゆーのより、今はただの街おこしイベントだろーな。もちろん、御神体とかに捧げる祈りとか、踊りとかもあるが……部外者の俺達にとっちゃなんだろーと関係ないし。うまいもの食って、楽しめりゃあそれでいいだろ」
 俺が辺りを見回しながら言うと、紫明はぱちくりと目をしばたかせ、
「要するに……でかい規模の宴会か?」
「ま、そんな感じかしらね」
 でかい規模の宴会ってことで話をまとめようとした俺たちに、孤玖は呆れたようにぼやく。
「……駿河も高嶺も、勝手なこと言わないでくださいよ。一応『セリルの漁獲祭』と言えば、由緒あるものなんですよ?」
「なによ。由緒なんて言葉……ただ古ければつくじゃないの!」
「でも、ここの街の『海神・潮来伝説』はとても興味深くてですねえ、神である潮来様と街人の交流が……」
 高嶺と孤玖が紫明の相手をしている隙に、俺はまた辺りをきょろきょろと見回す。
 あっれ〜? どこにあるんだよ……。
「……おい、駿河。なにやってんだよ、お前。すげえ怪しいぞ。当社比従来の五倍、って感じ」
「なにか捜してるんですか?」
「そんなきょろきょろして、田舎者みたいよ?」
「駿河〜、おなか減ったの」
 ……こ・い・つ・ら・はっ! 勝手なこといいやがって!
 俺は後ろの団子もどきを指さしながら言った。
「あのなあっ! さっさとこの盗賊ども、引き取ってもらわねえとしょうがねえだろ!」
 全員が縛られた盗賊に視線を移し、一瞬ぽかんとした表情をすると、やがて大きくこっくりと頷いた。
『――ああ!』
 ……全員でハモリおってからに。忘れてたな、さては。
 やぱり孤玖もまともじゃないよな……。
「ほえ、いつからぁ? おじさん達、誰?」
 那智、気づいてなかったのか……。
「えー!? 駿河、お前だけ行って来いよ。オレ腹減ったからついてくのヤダ。先に宿屋捜してメシ食っとく」
 いつもことながら紫明はわがまま放題いいやがって。だが今回ばかりはそうもいかんぞ。
「メシ食うねえ……どうやって?」
「どうやってって……」
 ムッとした顔で反論しようとする紫明に、俺は会心の一撃を放った。
「金、ないのに?」
「――は?」
「だぁら、金ないの!」
「なんでさ」
「なんでさって、毎日毎日、あんだけ遠慮しねえでメシ食ってたら、そら、金減るのが普通だろーが。金は湧いてきやせん」
 これまでからもわかるとおり、紫明は次期魔王で立派な正真正銘の魔族のくせして、飯を食うことを楽しみにする質らしい。
 しかも、かなり味にうるさい。やれ塩っ気が足んねえだの、甘みが強すぎだの、臭みが消えきってねえだの……実にたくさんの不備を指摘してくれるっ! そんぐらい我慢せんかというと作り直せとだだをこねる……。
 くっっはーっっ!! 言ってるだけで腹立ってきた!
 だが最近の進歩といえば、何も言わずに力ずくで物を取ってくることだけはしなくなったことだろう。那智がそーゆーことをとことん嫌がるため、金を使うようになった。
 ただし……節約という言葉がこいつの中にはない。おかげでパーティの家計は火の車だ。財布を預かる者の身にもなれ!!
「だから、さっさとこいつら引き渡しに行くぞ。金さえ入ればこっちのもんだ」
 俺は肩にひっかけた旅道具を担ぎなおし、再び辺りを見回し始める。
 横で孤玖の「駿河、それ悪役のセリフです……」と呟く声が聞こえたが、聞こえなかったフリをして黙殺した。


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