第三章 〜4〜
「ほいほいっ! ほいじゃあここに、ちょちょいのちょ〜いってサインしてちょうだい。あ、偽名とかナシね、本名プリーズ!」
 目の前のやたらと明るい係の男に言われるまま、俺はサラサラと書類にサインをする。
 なにが楽しいんだか知らないが、先程からこの係は、ハイテンションのまましゃべりたおしている。その細められた瞳はにこにこと笑いをたたえ、先程からまともに開いたところを見ていない。
 係は、俺がサインした紙を指先でつまむと、自分の目の高さまで持ち上げた。
「ん〜と、駿河さん……ね。少々お待ちをっと……」
 係は手元にある水晶に手をかざす。すると水晶が光を放ち、係の目の前にばーっと多数の文字が浮き出た。その中で赤く点滅する箇所がある……駿河、俺の名前。
「お、君もしかして、最近の常連さんだね? ここ数年のリストに、君の名前がずいぶん上がってるじゃない。若いのにすごいね!」
 ハハハ! と、係が機嫌よさげに笑う。
 俺が今いる場所は役所。だがここの正体はただの役所ではなく、全国各地に支部を持つ、賞金稼ぎ専用の協会『WANTED!』である。……ネーミングがそのまんまなのが少し悲しい。
 リストというのは、別名『捕縛帳(ほばくちょう)』と呼ばれる、協会本部にある巨大水晶に魔法で封じ込まれた膨大なデータのことをさし、そこには協会創立以来のデータ―今現在の賞金首や、全国に散らばる協会所属の賞金稼ぎ達のことなど……実に多彩なデータが、かき込まれている。
 係の手元にある水晶は、あくまでデータを引き出すための媒介で、それ自体にはなんのデータもかき込まれてはいない。ちなみに俺も『捕縛帳』中に――もちろん賞金稼ぎの一人として――登録されている。
「一応カードチェックするから、出して出して」
「あ、はい」
 懐から取り出し、係に渡したカードが、水晶の光に照らされ空中に浮かぶ。
 カードとは、賞金稼ぎとして協会に登録されたときに貰える、マジックアイテムの通称で、それは一種の身分証明書であり……ぶっちゃけた話、魔法を使ったスタンプカードである。
 厚さは一ミリ程度で、薄くて軽くて、しかも衝撃に対しかなりの強度を持っている。
 これがまた、捕まえてきた賞金首のランクによって、それに応じたポイントがたまるというなんともお茶目な代物だ。ポイントは賞金以外のおまけとして貰え、たまると景品と交換できたりする。
 これを考え出した奴はかなりのお茶目野郎だと思う。
「はい、カードチェック終わり。で……あの賞金首にかかってた賞金、全額現金でいいんだよね?」
「はい、現金でお願いします」
 俺の即答に、係が心配そうに聞いてくる。
「大丈夫? 結構あるけど」
「ええ。大丈夫です」
「まあ……君なら盗られるようなヘマしないだろうけど」
 それはそうだ。せっかく手に入れた賞金、盗まれるようなことは絶対にしない。
「じゃ、手続きも終了したから、はい賞金」
 スッと手元に置かれるカードと現金。
 ああ……これでまともな宿屋に泊まれる。
 節約しながら使わなきゃな。紫明に勝手に使われないように気をつけて……と。
「そうだ。かなりポイントたまってるから、欲しい景品考えた方がいいよ」
「わかりまし……」
 「た」を続けようとしたその時。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』
 聞いただけでは、一揆かなんかと間違えそうな咆吼の大合唱が外から聞こえてきた!そして驚く暇もなく第二波として。
『ワシたちが悪かったあああああああああああああああああああああっっっ!!』
 続いてずずううううううううううううううん……という重い響きが俺のいる受付まで伝わってきた。
『……………………………………………………………………………………』
 額から顎にかけて冷や汗が流れ落ち、俺と係は沈黙する。
 受付のある建物の戸はガラス戸で、ここからだと外の様子がはっきりと見て取れた。
 ――そう、おろおろする那智の真っ正面で、大泣きしながら地に額をこすらんばかりに土下座している盗賊共の姿が。
「…………………………………………あれさあ」
 係がしばらくの沈黙の後、声を震わせて問いかけてくる。
「君の連れてきた、賞金首のみなさん、だよねえ?」
 俺はただ頷く。……頭が痛い。
「そんで、その前でおろおろしてる女の子、確か君の連れだよね?」
「いわんでください……」
 心底からそう思った。その表情を読みとったのか、係はどもりながらも元気に言った。
「…………ま、まあ、それじゃあ、またのご来店をお待ちしてるよ。GoodLuck! 君に幸運の女神の加護がありますように! 死なない程度に頑張っておいで」


 係の言葉に見送られ、協会から出て俺は那智の方を見た。
 那智の必殺技が、こんなとこでも爆発してしまったようだ。見境がないっつーか、なんっつーか……盗賊まで改心させるとはっ!
 ――恐るべし那智。
 盗賊共は大人しくこちらに向かってきている。その横では那智が目に涙をためて、一生懸命話しかけている。
「おじさん達、一日も早く出れるように頑張ってくださいね! あたし……応援してますから!」
『嬢ちゃん……!!』
 うるうるおめめで見つめる那智に、盗賊共が感動の涙をこぼす。
「ああ、ワシたちは一日も早く真っ当な人間になれるよう努力するぞ!!」
「そのとおりだ! 嬢ちゃんに二度とこんな顔させちゃいけねえっ」
「今までのことを深く反省しようじゃないかっ!!」
 ……なんかやたらと時代劇チック? やってる本人達は大まじめだけど。
「そしてワシらはっ!」
『真っ当な人間になるんだああああああああああああああああああっっっ!!!』
 あう。耳が……痛い。なんっちゅー音量で叫んどるんだ、こいつら。これが男泣き言うのかなあ……はは。
「駿河……」
 いつの間にか隣りに、静かに近寄ってきた孤玖がいた。
「孤玖。これはもしかしなくても、那智のせいだよな?」
「はい……那智の、例の攻撃を受けて感化されたみたいです」
 例の攻撃とは『ねえねえ、どうしてそんなことしたの? 純粋キラキラビーム』のことだろう。
「……まさか盗賊までこうなるとはねえ……」
「あれは一種の才能ですよ。彼女が勇者に選ばれて、正しかったのかもしれませんね」
「……そうか?」
 一概にいいとはいえんだろう。もちろん悪いということはないと思うが、ちと純粋すぎのような気がする……。まあ、血無と足せばプラマイゼロかな。
 そこで俺ははたと気づいた。でも……パーティを組んでる俺の寿命が削られてく気がする……と。
「――おい、ボウズ」
「ぬおっ!?」
 後ろにいきなりぬうっと出現したそれは。
「なんだ……あの時戦った、おっさんか」
 盗賊達の中、一番最初に戦った筋肉マッチョのおっさんだった。
 おっさんは俺に、にやりと笑う。
「ああ、お前との勝負に負けた奴さ」
 がっはっはとおっさんは豪快に笑うと、俺を後ろから羽交い締めにする。那智が紫明に頼んで、かけてた魔法を解いたらしい。盗賊達はかなり自由に動き回っていた。
 殺気はなく、ただの悪ふざけだとわかったので、俺も特に抵抗はしない。
「ボウズ……嬢ちゃんは、お前が守ってやれよ?」
「へ?」
 後ろから、突然真面目にささやかれたおっさんの言葉の内容に、俺は目をしばたかせた。
「近いうちに……何か起こるぞ。ま、これはオレのカンだから、信用するもしないも、お前の勝手だがな」
 くるりと振り向いて、おっさんに向き直り、俺は言う。
「わざわざ言うってことは……よほど気になるんだろ? しかも、よく当たるんじゃねえの? そのカンとやら」
「ご想像にお任せしよう」
 ふっと自嘲気味におっさんは笑う。
「嬢ちゃんのおかげで、やっと目が覚めたからな。オレ達は真面目に刑期を過ごす。刑が終わったら……もう一度会いに来る。そう約束したんでな」
「那智と?」
「そう、嬢ちゃんとだ。その時お前らがどんな風になってるかってのも興味があってな。だから……それまで嬢ちゃんを守っててくれや」
「それまでって……俺、あんたらの刑期が終わるまであいつと一緒にいるかなんてわからねえぜ?」
 おっさんは静かに首を横に振った。
「きっとお前らは全員、一緒にいる。長い間……な」
「何、それもカン?」
 おっさんは何も答えず、ただ俺の頭をボスッと叩いた。
「お迎えだ」
 奥の方から兵士らしき男達が手に縄を持って歩いてきた。
 おっさんは兵士に歩み寄ると、スッと両手を差し出した。兵士が驚いたように目を見開き、かるく縄をかける。
「あのっ、おじさん達に、縄なんていりません。みなさん……いい人です! だから……っ!」
 那智が駆け寄ろうとするのを、盗賊のおっさん達は、片手で押さえた。
「いいんだよ、嬢ちゃん……」
 薄く微笑むと(強面なので結構怖い)一人が腕を振り上げ叫んだ。
「さてと……行こうじゃねえか、野郎共!!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
 今から刑を受ける罪人だなんて、欠片ほども感じさせぬその威勢の良さ。
 これが……那智の力か……。
 きっとこいつらが、刑を無事に終わらせて真人間に戻る日は、そう遠くないだろう。
 そしてきっと、那智に、俺達に会いに来てくれる。そんな確信が俺の中にはあった。
「じゃあな、また会おう嬢ちゃん。そしてボウズ……オレとの約束、絶対忘れるんじゃねえぞ!」
「オッケー。覚えとくさ……おっさん、忠告ありがとよ!」


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