第三章 〜5〜
感動というか、熱気というか……まあ、そのようなものが過ぎ去った中で、俺は仲間の方をゆっくりと振り向いた。 「さてと……宿、とりに行くか?」 俺の問いに全員がこっくり頷く。そしていつものごとく紫明が叫んだ。 「高いトコ! もちろんオレは最高級スイート!!」 「紫明、お前は……」 毎回毎回よくあきずに言うな、こいつは。ある意味尊敬もんだぞ。 「あンだよ駿河。――あ、そーいやお前……!」 いきなり人をビシッと指さしたかと思うと、紫明はコソリと声をひそめた。そしてぐいっと人を引っ張る。 「ちょっ……」 「なにしやがる」と続けようとした俺の耳元で、紫明は少しイライラとした口調で言った。 「約束通り……金、渡しやがれ」 「――へ?」 金? 約束?? なんだっけ。金渡せって……。 「盗賊共をしばく手伝いするかわりに、那智の服を買う金をよこす……どうなったんだよ!?」 間近に顔を寄せ、小声で怒鳴る――これも変な表現かもしれんがそんな感じだった――紫明に、俺は、ぽん! と手をうった。 あー、思い出した思い出した。だけど、協力というより……どっちかっていうと邪魔された気も少しせんでもない。ま、約束だから仕方ないか。 俺は懐から財布をとりだし、手に入れたばかりの賞金の内、服を買える分だけの紙幣を数枚、抜き出して紫明に差し出した。 ああ……もったいない。さよなら、俺の金……ッ! 「ほら、服買う分。今ならまだ店も開いてるから、行って来いよ。港町だから、品物は結構いいと思うぞ?」 紫明はただ俺の差し出した金をじーっと見つめて、微動だにしない。……なんだ? 紫明はそこで唐突に言った。 「少ない」 ………………………………………………オイ。 続いて口をへの字に曲げると、不満たらたらと 「たったこんだけ? 駿河のドケチ」 「あーのーなー!!」 『こんだけ』ってなあ、これでも結構な額だぞ!? 少なくとも服の一着や二着はかるく買えるぐらいはある。一体なに買うつもりなんだこいつ! 俺の叫びに紫明は、 「だって、いいの買ってやりたいだろーが」 「…………あんまいいの買ったって、那智が困るだけだぞ?」 仕方なく俺は、静かに紫明を説き伏せる。……こーゆー時、力ずくで黙らせようとするのが逆効果なのは経験済みである。 「あのお人好し、下手に高価なの送ったって、おろおろするだけだ。それなりの値段のものにしとくのをお勧めするけどな」 俺のアドバイスに、紫明はまだ不満げな顔をしているが、しばらくして大きなため息をついた。 「……しゃーねえか」 珍しく人の言うことを聞いたようである。 「行ってこい、行ってこい。その間に俺らは宿を探しとくから。お前、気配追ってこれるだろ?」 このままここにいられたら、ワガママずっと言い続けて、宿探しどころじゃなくなる気もするし。 ぺしぺし手を動かして、行けという動作をする俺に、紫明は疑い深げに呟いた。 「お前……オレのこと厄介払いしよーとしてねえ?」 ぎっくー。す……鋭い。 「知るか! さっさと行かんと店閉まるぞ」 「……おう」 店が閉まるのというのにはやはり焦りを感じたのか、いつもならねちねちと続ける追求をやめ、渋々といった感じに紫明は街中――繁華街の方向に歩き出す。ちょうど宿場とは反対方向だ。 と、思い出したように振り返ると、 「飯はうまいトコだぞ。てめえの料理はもう食い飽きたからな!」 …………あんだけ文句言って大食いして、パーティを火の車にしておきながら、よく言いやがるなこのスチャラカ若様はっ。お願いだから、お願いだからこれ以上問題を起こしてくれるなよ!? そう切実な思いを秘めながら、俺は紫明の後ろ姿を見送った。 「……あんら〜?」 血管の浮き出た俺の後ろから、ぴょこりと頭を出したのは 「高嶺……なにやってんだよ。俺の後ろから顔を出すのに、なにか意味あるのか?」 「いや、別にとくには」 ……んな、あっさりと。 「それにしたって、紫明はどこに行ったの?」 「やけに……楽しそうでしたねえ」 ……孤玖まで。そんなに気になるのか?あのアホの行動が。 「ヤボ用だとよ。気配追ってこれるから、ほっといても平気だろ」 だから……と俺は言う。 「宿、探そーぜ?」 「駿河、駿河ぁ、お腹減ったの! 宿……ご飯おいしいトコにしよーねっ!」 ぴょんぴょんと那智がはねる。それに高嶺が同調するようにリズムを取り出す……踊り出す前兆だ。早く宿見つけなきゃ、やべえな、こりゃ。 「わかってるって。ほら、宿探しに行くぞ!」 ぽんっと那智の背中を叩いて歩き出せば、全員が鼻歌交じりについてくる。 俺だって、飯がうまい宿というのには賛成だ。ここしばらく、野宿の間はほとんど俺が料理を作ってたんだから。久しぶりに他人の作った料理が食いたいというのは、自然な思いだろう。 しかし、そう簡単に見つかるかねえ……? 俺もこの辺来たのは初めてだからな。正直、どこがいいのかはさっぱりわからない。 いくらなんでも飯のうまさだけで決めるわけにもいかんし。飯うまくて宿ボロだの……いや、それはそれで我慢できる。何より俺が恐れるのは、ぼったくられることだ。いくらうまくたって、メチャメチャ高いっつーのは洒落にならん。 ただでさえ漁獲祭で人の出入りが多いこの時期、ここらへんの宿の方はパンク寸前だ。飯がうまくて宿の状態も宿泊費もそれなりの店……ちょっと欲張りすぎかもしれない。妥協は致し方ないことかな……飯だけは譲れないから……後は値段か状態か。 ……なんにせよ、それなりの覚悟がいるな。ふう……気が重いねえ。 ←BACK◆NEXT→◆本編TOP |