第四章 俺、何かしたっけ?(ため息)
 ――おや?
 その時それに気づいたのは、俺だけではなかった。その証拠に、全員が一斉に同じ方向を見たのだから。
「やめて下さいッ! あたし、用事があるんです!!」
 ……からまれてる女の子。夕焼け色の髪と、それと対照的な深い緑色の瞳が印象的な、なっかなかの薄幸的美人サン。
 からんでる方といえば、いかにも『酔ってべろんべろん』な、柄の悪い三流チンピラ風情。なんでアロハシャツを着てるんだろう……謎だ。
 こーゆー場合、どっちが悪かは考えるまでもないだろう。パターンに沿って考えれば、ここらで正義の味方が現れるのもお約束なわけで。
そして助けた正義の味方が、ヒロインから「お礼に家に泊まっていってください!」と言われるのもまた、お約束だろう。(多分)
 そこまでうまくいくと、人生なめてんのかこら。という感じでもあるが……『ものは試し』という、いい格言もあることだし、試す価値はあるだろう。
 そしてなによりも。
 あんな美少女を見捨てちゃ男が廃る!!
 ――いや、美少女と違ったら助けない、と言うわけではないのだが……男として、やはりそっちの方が助けがいがあるというのもまた事実。気合いの入り方が違うというかなんというか……ま、男なら少なからずそーゆー部分、あるんじゃねえか?
「駿河ぁ、駿河ぁ、助けてあげて!!」
 服の袖を引っ張りつつ、上目遣いで言う那智。
「わかってる。危ねえから、那智はここにいろよ? 孤玖、高嶺。那智と……それから俺の荷物頼むわ」
「はいな。行ってらっしゃい。あーゆー女の敵は、手加減しないでやっちゃいなさい!」
 ぽいっと投げた俺の荷物をキャッチして、高嶺はにこやかに手を振る。もちろん高嶺の言うとおり、あんなバカ共に情けをかけるつもりはない。
「高嶺、けしかけてどうするんですか……行動するのは駿河なんですよ? まったく……駿河、あまり被害を広げないでくださいね?」
 無責任に俺を応援する高嶺とは逆に、孤玖はしかめっ面で釘をさした。
「わかってるよ」
 そして俺は駆け出した。


「あん? あんだぁ、兄ちゃん……やる! ってのかぁ?」
 酔っぱらい独特の、一オクターブ高い声。っかー、うるせえな。何が楽しいのか知らんが、始終にやにやしおってからに。
 うわー……酒くさー……。
「てめえら少し黙れや、近所迷惑ってモンを考えな」
 あまりの酒臭さに顔をしかめていった俺に。
「そりゃー悪うございましたねーーーーーーーー!!」
 と、また叫ぶ。……だから迷惑考えろって……まあ、こんな酔っぱらいに何言っても無駄か。
 その酔っぱらいに手を掴まれたまま、美人サンが叫ぶ。
「お願いします、助けてくださいっ!」
「ほぉら姉ちゃん、こーんなカッコつけたがりのいけ好かない野郎なんてほっといてぇ〜、オイラ達とあそぼーぜぇ?」
 美人サンの腕をつかむ酔っぱらい。それに美人サンは露骨に顔をしかめ、力強くその手を振り払った。
「やめて下さいって言ってるでしょう!? 触らないでッ!!」
 おー、強い強い。拍手モンの強さだねこりゃ。しかし酔っぱらい相手にそれは逆効果なのでは?
「このアマッ……人が下手に出てりゃ、つけあがりやがって……!!」
 ほらな……この手の人間の思考回路なんて決まってるんだって。
 ぶん! と頭上に振り上げられる、怒りだか酔いだかで真っ赤な顔した酔っぱらいの手。そのまま美人サンの顔まで勢いよく振り下ろされようとしたそれを、俺はぶつかる寸前でつかみ、力ずくで止めた。
「ぐっ!? ……てめえ、邪魔すんな!!」
 ぎりぎりと、つかまれた腕を無理矢理振り下ろそうとする酔っぱらいに、俺は腕を放さず大きくため息をつく。
 ったく……状況判断が出来てねえな。
「無抵抗の女に手をあげるのは、最低の野郎のすることだぜ? ほら、嫌がってんだからもうやめとけよ……恥かく前にな」
「んなっ……なんだとぉ〜!?」
 優しく言ってやったにもかかわらず、酔っぱらい達は笑うのをやめ、ただでさえ赤い顔を怒りに染めて黙り込んだ。
「お姉さん、そっち……俺の仲間のトコ行ってな」
 俺は後ろにいる美人サンに声をかけた。「ありがとうございます」という声と、ぱたぱたという足音から、彼女が那智達の元へ行ったのがわかった。
 ……これで俺も、気兼ねなく暴れられるというものだ。
「オイ兄ちゃん、オイラ達とやろうってのかい? オイラ達を一体誰だと……!」
 あーはいはい。このセリフもお約束ね。
「しらねえよ、すったらこと。てめえら如きチンピラのことなんざ、知りたいともおもわねえよ、俺は」
 大概こーゆー口上は長くなるもんだと相場が決まっているので、俺は早々に口を挟んだ。酔っぱらいなんざの長話を聞くつもりなんざ、俺にはサラッサラない。なんたって吐く息臭いしな。
「ち……チンピラだとぉ〜!?」
 ……チンピラじゃん、どっからどう見ても。そのナリ見たら一発でそう言えるぞ。自覚症状ない辺り重症だと見た。
「誇り高きサイコストリファミリーの一員であるオイラ達をチンピラ呼ばわりとは……てめえ、命懸ける覚悟できてんだろうなっ!?」
 鼻息も荒く言われたそのセリフに、俺は小さく笑った。
「なっ、なにがおかしい!」
「チンピラだと言われて怒るのがチンピラの証だろうが。大物はそんぐらいじゃビクともしねえんだよ! 大体、俺に腕つかまれたままタンカきったって全然迫力ねえぜ? ……そっちこそ、喧嘩売るなら相手見て売るんだな!!」
 俺の正直な言葉に、酔っぱらいのリーダー格が手をスッと挙げた。その様子に俺はつかんでいた小物の手を離し、後ろに一歩下がった。
「〜〜〜〜やっちまえっ!!!」
 フン……予想通りというかなんというか。全く馬鹿ぞろいだ。
「ったく……めんどいなっ!」
 声を上げて早々、最初に向かってきた輩に突きを一発。
 面白いように転がったそいつを横目で見ながら、俺は身体をひねりながら殴りかかってきたやつの攻撃をかわす。
 そのままの体勢から前に出した足を軸にして、近寄ってきた酔っぱらいの下顎に回し蹴りを入れてやった。
 まともに蹴りをくらった酔っぱらいは、ちょうどその後ろでおろおろしてた仲間にぶつかり、人間ボーリングを見ているような錯覚を俺に与えた。
 そして最後に、仲間を次々にやられて信号のように顔色をパカパカ変えているリーダー格に、俺は数瞬で詰め寄る。
「クッ……なめるなっ!!」
 反射的に繰り出されたその一撃を、俺は易々とかわすと、軽く牽制の意味を込めた攻撃をし、そのままワンステップで後ろに飛んだ。
 じゃり……っという砂の音が、踏みしめた足下でする。
「こ……小僧、なかなか……おお、なかなかやるじゃねえか」
 ……おっさんもなかなか強がるねえ。
 額にだらだらと汗を浮かべながら、それでもなお強がろうとするリーダー格に、俺は出来るだけ冷たく、顎をしゃくって言った。
「……手加減はしたが骨にヒビぐらいははいってるかもしれねえな。俺が大人しくしてるうちに、病院でもどこでもつれてきな」
 リーダー格は悔しそうに歯ぎしりすると、周りを見渡した。その目に映るのは俺がぶっ倒した自分の部下(?)。みんな痛みにうめきながら、地面に転がっている。
 ……骨にヒビがはいってるかもとは言ったが、そこまではやっていない。ぎりぎりの力でやったからせいぜいかなり重度の打撲ぐらいだろうが、わざわざ教えてやる義理もない。
「……くそっ、今日はこの辺にしといてやる! ……覚えてやがれっ!!」
「へーへー。三日で忘れるからご心配なく」
 お決まりの捨てぜりふを残して、酔っぱらい達は去っていった。
 遠くから、「しっかりしろ!」だの「後ちょっとで病院だからなっ!」などの声が聞こえてくる……リーダー格、実は仲間思い……?
 ……俺には関係ないか。


←BACKNEXT→本編TOP