第四章 〜2〜
「助けてくださって、ありがとうございます」
 夕食の席、お盆を持ったまま深々と頭を下げる霞(かすみ)さんに、俺達は少し苦笑していた。
「そう何回も礼はいらないって」
「そーそー、だって当然のコトしただけですもの!」
「高嶺……あなたは何もしてないでしょう?」
「うっさいわね、孤玖」
 顔は笑ったままで、高嶺が孤玖の足をテーブルの下で秘かに踏んでいたのを、俺はしっかりと目の端にとらえていた。哀れ、孤玖。
 目の前に広がる数々の料理に、俺達は少なからず感動を覚えていた。
 海藻サラダ、貝の酒蒸し、魚の塩焼き、魚介類のスープ……港町であることを生かした新鮮な魚介類たち! 全体的に薄味で整えられた料理の数々は、見た目だけではなく、味もかーなーり、いい!
 ……こりゃあ良いシェフ使ってんな。このレシピ知りてえ……って、ますます主夫化してどうするよ、俺!!
「ほ〜え〜。オイシーよ、これ♪」
「うふふ、ありがとう。うちのシェフも喜ぶわ」
 那智が、にこにこしながら料理をほおばる。その姿はどこか小動物を連想させた。
 その様子に霞さんは微笑み、那智の皿に新しい料理をのせる。
「さ、どうぞ」
「わ〜い!」
「那智……少しは遠慮しろよ。――すいません、霞さん」
 ぺこりと頭を下げた俺の皿にも、霞さんは料理をのせる。料理からは、ふわりと、潮の香りがした。
「何言ってるんですか。助けてもらったんですもの、これぐらいは当然でしょう?」
 静かに笑う彼女は、夕焼け色の髪と深緑の瞳。
 そう。さっき俺が、酔っぱらい共から助けた美人サンである。あの後、彼女は何やら大層感謝してくれて、俺達を自分の家に招待してくれたのだ。
 ちなみに霞さんの家とはこの街のお偉いさんの一つだった。
 霞さんが、手に持ったボールを、トン……とテーブルに置いて、申し訳なさそうにため息をついた。
「でも、本当にすいません。どこの宿ももういっぱいで……うちに来てもらうしかないんです」
 霞さんは俺たちのためにいい宿を紹介してくれようとしたのだが、やはりこの季節、どこも満杯で。結局彼女は自分の屋敷に俺たちを泊めてくれると言ってくれたのだ。
「とんでもない。この時期に宿がいっぱいなのは当然でしょう?わざわざ家に止めてもらえて……すごい助かります」
 屋根のある家……しかもこんな豪華なところに泊まれて、飯までこんなにうまいときちゃ、他に望むことなんてありゃしない! しかもタダ!! 本来ならこの料理だけでもかなりするはずだ。いやー、やっぱ人助けはするモンだな!
 うんうんと一人で頷いて、食事を続ける……が、そこでナイフとフォークを持ったまま俺は固まった。
 でも……なんだか都合良すぎな展開。よくないことが起こりそうだ……って、そんなこと言ってはホントによくないことが起きる!
 ぶるぶると頭を横に振って、俺はその考えを捨て去った。
 ちなみに今この場にいるのは、俺と那智、孤玖と高嶺、そして招待主の霞さんの五人。紫明はあれから、まだ帰ってこない。ずいぶん時間がかかっているが……一体どんな服を選んでいるんだろう。
 ……問題とか起こさないでくれているといいが。
 そう思った矢先、音も立てずにという表現がぴったりな感じに、一人の身なりのいい老人が入室すると、霞さんに声をかけた。
「……お嬢様」
「あら爺、どうしたの?」
 『爺』……執事さんか。本気で金持ちなんだなあと、俺はいらんことに感心してしまう。
「そちらの方々のお連れ様と名乗る方がきております……客間にお通ししました」
 無表情に「いかがなさいますか?」と、声を出さずに問いかける執事さんに、霞さんがこちらを向く。
「お連れ様がいらっしやったんですか?」
 俺達は全員顔を見合わせた。
「お連れ様……ってゆーと、紫明よね?」
「それしかないでしょう?」
 高嶺の呟きに、孤玖がにっこりと笑う。そして執事さんの方を向くと
「ああ、すいませんが……その僕たちの連れと名乗る人は、黒い髪と瞳を持つ、見るからに性格の悪そうな美男子ですか?」
 孤玖、朗らかに笑いながらすげえ言い方するな。誉めてんだかけなしてんだか、さっぱりわかんねーよ……。まあ、その言い方がとてつもなく紫明にぴったりなのは認めるけど。
「……左様でございます」
 執事さんは少し呆気にとられた顔をしていたが、すぐに元の無表情に戻し小さく頷いた。さすがプロ……。
「みゅ。紫明がきたの?」
 魚が刺さったフォークを握ったままで、那智がきょとんとして問いかける。
 那智、さっさと口に入れろ。
「そうみたいだな」
 俺は頷くと、カタンとその場にたった。
「駿河さん?」
「霞さん、食事を中断して失礼ですが、俺が確認しますよ」
「え……そうですか?うちの者に任せておけば、ここまで来ていただけますけど」
「いいえ……一応仲間である俺達の一人が行ったほうがいと思いますんで。失礼だと思いますが……」
 あいつのことだ、俺達の中で一人も出迎えをしないで飯を食っていたら、一体何をしだすか……「このオレ様をさしおいてっ!」とか意味不明なことをいいながら、攻撃するくらいのことはやりかねん。
 考え込んで沈黙する俺を見て、霞さんはいい方に解釈したのかにっこりと笑う。
「そうですわね。お仲間が行った方が、お連れ様も安心なさるかも……じゃあ、爺。案内してさしあげて」
「かしこまりました……どうぞこちらに」
 霞さんに一礼し、すすすす……とスムーズに移動する執事の人。……すり足? 音が全くたってねえ……。
 とりあえずその後を追っかけて行くのだが……本当に広い屋敷だ。廊下もかなりの幅がある。その途中にはオブジェや絵画……いくつもの芸術品が飾ってある。
 多分……かなりの価値がある、と思う。俺は芸術品に詳しくないからよくわからんけど。だが、素人目にも高そうなものが、ごろごろごろごろと。
 普通、そーゆーものがこれだけあると、メチャクチャ悪趣味に見えるのだが……その置き方がかなり自然で、嫌味な感じも、悪趣味な成金の雰囲気もない。それどころか、洗練された趣味の良さを感じる。見事なものだ。
「ここでございます」
 気がつくと目の前にどでかい扉があった。それも細かくレリーフが施されていて……一目で名のある職人の作だとわかる。
 執事さんが白手袋をはいた手で扉を開く……と、すぐに大きいソファが見えた。
「……なんだ、てめえかよ」
「てめえかはねえだろ、このすっとこどっこい」
 俺が部屋に入って早々、第一声がそれか。
 紫明はソファにゆったりと座りながら、赤ワインの入ったグラスを優雅に回していた……なんか、いかにも『魔王!!』って感じの図だ。
 これで「よくここまで来たな勇者よ……誉めてつかわそう」とかいったら、完璧昔話の世界だよ……いや、確かに本物の魔王(次期)なんだけどさ。
 グラスの中のワインを一気にクッと飲み干して、紫明はそれをテーブルにおく。そして横にあった紙袋(ピンクのリボンでラッピング済み)を小脇に抱える。
「まったく……待ちくたびれたぜ。出迎えは那智がよかったんだが?」
「そりゃあ、わるーござんしたねえ。あっち行きゃ、嫌でも会えるぜ」
 首をコキコキ鳴らしながら立ち上がった紫明に俺は来い来いと手招きする。
 俺の横まで着た紫明を確認して、執事さんが再び扉を開けて一礼する。
「ご案内いたします」


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