第四章 〜3〜
「紫明、お帰りなさーい」 にこぱーと笑う那智。ご馳走でかなりゴキゲンの模様。その笑顔を見て紫明もにっこりと笑う。 「那智ー、駿河に変なことされなかったかー?」 この野郎。 「……人を変態みたく言うな」 とりあえずここで暴れるわけにもいかないので、怒りを押し殺した低い声でそう言って、席に座った。 紫明は空けておいた俺の斜め向かい側……那智のすぐ隣りに座る。それと同時に運ばれる料理に、紫明は早速を手をつけた。 ナイフで器用に切り分けたそれを口に運ぶと、ゆっくりと味わいながら噛みしめる。 「……良いシェフを、使ってるね。いい味だ」 にっこりと、霞さんに笑顔を向ける紫明。どうやら彼女が美人なので、笑顔も特別サービスバージョンのようである。この女たらしが。 それにぽっと頬を薄く染める霞さん。………………だーまーさーれーてーるー。 「うちのヘボ料理人とはやっぱり大違いだね」 そう言って微笑むと、紫明はこちらを向く。 ……料理人って俺のことかよ。いつ俺がお前の料理人になったんじゃっ! まずいまずいと言いながら、一番食っとるのはお前だっ!! 「すっ、駿河っ。落ち着いてください……っ」 ごおおっ! とバックに怒りの炎を背負った俺に、慌てて孤玖がフォローにはいる。 まあ、ここで乱闘騒ぎを起こすわけにはいかんからな……。我慢、我慢。 俺が必死に我慢こいたおかげで、会食(?)は実に平和に終わりかけた。 しかし、しかしだ。やっぱり運命は俺を見逃してはくれなかった。なんというか、疫病神にでも憑かれてるのかもしれない。 きっかけといえるであろう、執事さんがまた現れたのは、食事が済むか済まないかの頃。また例のすり足歩行で、霞さんの隣りに音もなく近づいた。 「お嬢様……」 「爺、どうしたの。まだ食事中よ?」 咎めるように言った霞さんに、執事さんは、再び来客だと告げた。 「待ってはいただけないのかしら?」 「急ぎ、取り次ぐようにと言われております……」 「……一体どちら様?」 大きくため息をついてナイフとフォークを置いた霞さんに、執事さんは俺達の方をちらり……と見ると、言いはばかるように、小さく答えた。 「例の……役員の方々でございます」 そのセリフを聞いた途端、じゃっかん霞さんの表情がこわばった。 「役員の皆様が……?」 何かあったのかしら……という、声には出さず唇に乗せただけの呟きを、俺はなんとか読み取った。 様子からすると、なんだか深刻気だ。役員と言うからには何かの集まりで、そいつらがここに来るということは、霞さんは結構上の地位にいると言うことだろうか?それとも、この家自体の地位が高いのか……。 どちらかと言えば後者かな。この家は街でも有名な金持ちでお偉いさんだ。いつの時代も金が物を言うのは変わりがない。 まあとにかく、執事さんの様子から言っても、部外者の俺達がいては都合が悪いのに間違いはないだろうし……。 「あの、霞さん……」 俺達のことは気にしないでいいと言おうとした時だった。扉の向こうから、ばたばたばた! という、数人が廊下を走る音と、「お願いします!」だの「お待ち下さい!」などという、かなり必死な声が聞こえてきた。 「……なんだ?」 俺は何を言おうとしてたかも忘れ、扉の方を見た。それと、扉が勢いよく開いて、中年のおっさんと若い兄さん二人が転がり込んできたのは、ほとんど同時だった。 男達はゼーハーゼーハーと荒い息をつき、ふらつきながらも、なんとか霞さんの前で礼をした。 「……し、失礼します、霞様っ」 「至急、お伝え、したいことが……」 「お食事中だとは、お聞き、したのですが……」 中年の、いかにも景気よさげな体格をしたおっさんに、疲れ切った表情をしたのと、なんか死にそうな顔したのがあわせて三人。 ゼーハーゼーハーという、荒い息はまだ収まらない。 「一体なんですか? 来客中なのですが……」 おっさんは、霞さんの非難めいた厳しい言葉に、別の意味で汗を流しながら 「申し訳、ありません……しかし、しかし巫女様が……!」 その『巫女様』という単語に、霞さんが見る見る青ざめた。がたりと勢いよく席を立ち、その拍子に椅子が後ろに倒れた。 「巫女様!? 巫女様に何かあったのですか!?」 話が通じそうなことに安心したのか、おっさんは明らかにほっとした顔をして、下を向いていた顔を霞さんの方に向けた。その時。 「!!!!!!!!」 おっさんの顔が凍り付く。呆気というか、仰天というか……なんとも言えない表情のまま五秒。 さすがに心配になったのか、霞さんが「平波(ひらなみ)さん……?」と声をかける。 まあ、平波というのはおっさんの名前だろう。 しかし、問題なのは、その後のおっさんの行動だ。霞さんの声に反応したのか、今度彼はフルフルと体を震わせ、顔を真っ赤にした。 その視線は霞さんを越えて、俺達に向かっている。 ……………なんでっ!? 「き、き、き、き、……きさっ、きさっ……」 興奮のあまり、声をうまく出せないのか、彼の口はただぱくぱくしている。 「……貴様ーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!」 絶叫。つーか、むしろ怒声。額に青筋立てたおっさんの姿は、今にも血管がぶちぎれそうである。びしいっ!と突き出された右の人差し指。それが指し示すのは………… 「紫明いいいいいいいいいいいいいいっ!? お前何したああああああああっ!?」 俺は思わず、冷や汗だらだらで平波とやらと同じぐらいのボリュームで叫んだ。 切羽詰まった俺の声にも、紫明はなんの反応もしない。首をかしげて、何かを考える素振りをする。 「えーと……誰だったけか」 ――オイ。いつもの事ながら……こいつ、人の顔とか覚えねえな。 紫明がどーにも思い出せないようなので、俺はまずありえないと思いながらも、とりあえず平波に問いかけた。 「えっと……人違い……とかじゃないですよねえ?」 紫明が人かと言われたら、違うと答えるしかないが。 平波はまだ額に青筋を立てながら 「く……悔しいが、そのような美形がごろごろしてるわけがあるまいッ」 「あはは……ごもっとも」 ……美形っつーのも考えモンだな。 「――ああ!」 ずっと考え込んでた紫明が、ぽん! と手を打った。すっきりした顔を見ると、どーやら誰だか思い出したらしい。 指さし確認、一、二、三。 「さっきの、スダレ頭!!」 がふっ。 怒鳴りこまれて、『貴様』呼ばわりされて『スダレ』って……。そんな思い切り気にしてそうなとこをつくなっ、紫明……! その発言、完璧に喧嘩売ってるぞっ。それとも、『貴様』呼ばわりされた事への仕返しかっ?! そんな俺の思いもなんのその、紫明はなおも『スダレ』を連発し、一人で納得して頷いている。なんだか異様に嬉しそうなのが気になるところだ。やはり、復讐だったのかもしれない。 対照的に、平波の方といえば、そんりゃあ、真っ赤に顔色を変えて、まるで今にも憤死しそうな勢いだ。その横ではおつきの兄さん二人が、真っ青になってぶつぶつ二人で言い合っている。 「ああ……禁句をあっさり言ってしまった……!」 「私達が言いたくて言いたくて、たまらなかったことを、ンなあっさりっ!」 ……なんか、微妙に論点が違う気がするのは俺の気のせいか? 「……おーまーえーら〜……!!」 ゆらりっと揺れる人影。平波が二人の会話に気づいたのだ。「ひいっ」と顔をひきつらせる兄さん方。 「――天誅ッ!!!」 平波が宙を飛び、二人の頭に猛烈なチョップをかます。がすっ。ごすっ。という、なかなか鈍い音……。 『いってぇ〜〜〜ッ』 声をそろえ、涙目になってしゃがみ込む二人に、平波はフッと渋く笑う。 「天の裁きと知れっ……!」 その体裁き……なかなかやるなっ、おっさん!しかし、どう考えてもそれは『天誅』じゃなくて『人誅』だっ!! 思わず心でつっこみを入れた俺の横で、呆れかえった声が響く。 「んでー、スダレ。オレ様になんか用かよ?」 もちろん、我等がワガママ大魔王、紫明である。 「縮めるなっ!!」 「じゃあ、スダレ頭男」 「言うなあああああっ!!」 「……ワガママだな、お前」 ……紫明にだけは言われたくないだろうセリフだ。俺も言われたくない。 やっぱり、髪のこと気にしてんだな、おっさん……。ガンバ。あんまエキサイティングすると、体に毒だぞ……と、密かに心の中で応援を送る俺。 「あの……話、ずれてます。ずれてます……!!」 死にそうな兄さんが、平波の服の裾を引っ張った。はたとおっさんは正気に返る。大きく深呼吸を繰り返し、どこか血走った目で紫明をにらみつけた。 「ぐっ……貴様、巫女様をどこへやったのだ!?」 額には脂汗。低い声は掠れ気味で、とてつもなくシリアスチック。 それを紫明は不可解そうに見つめると、片眉をピン、とはねさせる。 「……巫女? なんだそりゃ」 本気でわからないと言った表情をする紫明に、平波は頭をかきむしり、今にも目の前のワガママ男につかみかからん勢いだ。 「とぼけるなっ!! 先程貴様が連れ出した、あの少女のことだ!!」 「……もしかして、あの生け贄の娘のことか?」 生け贄? 生け贄って……? 「生け贄ではないっ。神の怒りを静めるために選ばれた、巫女様だっ!!」 「字面変えただけじゃねえか」 不敵に笑う紫明に、気圧される役員達。 確かに、詳しいことはわからないが想像する限り、それは紫明の言うとおり、字面、言い方を変えただけで、生け贄と何ら変わりないのだろう。 だが悲しいかな。そんな話は、この時代になってもわりとどこにでも転がっているのだ。よくある話とはいえ、だからといって認めていい訳じゃないことは子供だってわかる。俺は完璧反対派の人間だし。 だが、それが確かに効果を上げ、関係者がその方法を認めている限り、部外者の俺達が簡単に口を出せることではない。 しかも、平波さんや、霞さんの慌てようを見ると、かなりやばいんじゃないか? その『巫女様』がいないと。 「貴様……どれだけ大変なことをしたと思っている……」 「はん! しらねえな」 「何だと………!? 貴様の、貴様のせいで……数日後の夜にはこの街は滅亡するかもしれないのだぞ!?」 …………………………………………………来たよ。街滅亡かよ。 「あの、スイマセン」 俺は急いで口を挟んだ。 「なにかねっ!?」 うわっ。おっさん目ェ座ってるよ。 「その『巫女様』とやらは、本当に必要なんですか?」 「無論だ」 「なぜ、そう判断出来るんです。その神とやらは、本当に生け贄を出す価値があるんですか!?」 俺の問いかけに、孤玖が便乗した。 「海の神とは、潮来様でしょう? 潮来様は本来、穏和な神だと聞きます。生け贄を取るなんて聞いたことがありませんよ? 我々吟遊詩人の伝説の中でも、人との共存を望んだ神として語り継がれています」 俺達の言葉に、霞さんを含めた、海神の恩恵を受けているはずの者達が、ひどく疲れた顔をした。 「この街には……生け贄がどうしても必要なんですよ……」 「……!」 全く、要領が得ない。 沈黙が降りたその場で、紫明がかなり非人道的発言をした。 「たかが女一人でどうかなるような街、勝手に潰れちまえ」 はん! という嘲笑も露わなその態度に、平波が再び顔を真っ赤にした。 「好きで……好きでやってるわけではない……!! こんな事、やりたいはずがないではないかっ!!」 「そーかい。だが、結局は女犠牲にして街成り立たせてるんだろうが。好き嫌いが関係あるのかよ」 「それを言うならば、好き嫌いで、この街を丸々犠牲にするわけにもいかんのだ!!」 ……平行線、だな。どちらの意見も、正しい。つーか、紫明が珍しく正しい意見を言っているのが気になるところだ。 「ねえ紫明?」 「何だ、高嶺?」 「なんであなた、そこまで『巫女様』を庇うの?」 キラリっと高嶺の目が光った。 まあ、それは俺も聞きたい。あくまでゴーイングマイウェイなこいつがそこまで庇うのには、何か理由があるはずだ。 ぽつりと、紫明の唇から言葉がもれた。 「那智に……」 那智? 紫明はその続きを、無意味に上の方を見上げながら、爽やかに言った。 「那智に、すげー似てたから」 ――一同沈黙。すでに誰もつっこむことが出来ない。 自然と那智に視線がむかい、その中でも平波が、凝視といっていいほど那智を見つめた。当の那智は、フォークを口に含んだままの状態できょとんとしている。 ……もしかして、この騒ぎの中一人で食ってたのか? 「――似ている……」 「え?」 「確かに似ている。これなら、この少女ならば……」 いや〜な予感がするんダケド? 「巫女に……ぴったりだ!!」 ビンゴッ!! そのセリフの次の瞬間、紫明は素早く那智を自分の後ろに隠した。ピクピクとひきつっている顔のまま、低くドスの利いた声で、下にある平波の顔をにらみつける。 「人様のモンに手ェつけようとは、いい度胸じゃねえか……。海神の怒りで潰れるより前に、オレがこの街を潰してやろうか……!?」 「先に問題を起こしたのは貴様だろう……!? 責任は、きちんと取ってもらおうじゃないか……!!」 とぐろ渦巻く暗黒の気。平波が、ぐりんと俺の方を見た。 「賞金首には、なりたくないでしょう……?」 小さく呟かれた一言に、小さいからこそ迫力と本気を感じる。 しかし、かえってそういう言い方をされると、かちんと来る。誰がいうことを聞くかという風になる。 泣いて頼めばいいというわけではけしてない。俺達に(正確には紫明に)責任があるのも理解している。だが、その言い方は卑怯だ。 それに、例え頼まれたって「ええわかりました」と、仲間を素直に渡せるほど、馬鹿正直な性格もしていない。 俺は争論する腹を決めて、口を開こうとした。しかし、先に口を開いた者がいた。 ←BACK◆NEXT→◆本編TOP |