第四章 〜4〜
「あのね……」
 紫明の後ろに注目が集まる。そう、それまでずっとフォークを持ったまま黙っていた、那智だ。
「那智?」
 俺の呼びかけに首をかしげると、那智は平波の方を向いた。
「うんとね、ずっと考えてたんだけど、紫明が巫女様を逃がしちゃったのは、いいことだけど、やっぱりいけないことだと思うの」
 たどたどしく、多少つっかかりながらも言う那智に、全員が耳を傾ける。
「でも、イケニエは一番いけないと思うの。みんなが『諦め』てできた平和は、何より悲しいものなんだって」
 おにーちゃんが言ってたと、那智。
「時には立ち向かうこと……『戦う』ことが必要なんだって。諦めるだけじゃ生まれないものもあるって。それって、今のこのじょーたいを言うんじゃないかな?」
 みんなが、一種感動していた。責任を取れと言い続けていたおっさんも、肩を下げて、愛しいものを見るような眼差しで、那智を見た。
 改めて感じる。那智の力を。盗賊を改心させたときと同じ暖かさだ。
 その中で、霞さんが、痛そうに言った。
「――かつては、戦ったこともあったんです。この街を助けようと、戦ってくれた冒険者の方もいました。けれど……」
 ……返り討ちにされた、か。
 沈黙の中に、何よりの答えを見つけ、何も言えない。
「だから私達は、一年に一度の犠牲を選びました。沢山の方々の命を散らすよりは……と。事実、一人差し出せば、海は私達に平和を約束してくれたのです」
 那智が、悲しそうに眉を寄せた。スカートの端をぎゅっと握り、決意した表情で前を見る。
「だからね、あたし、行くよ」
 ――へ?
「神様のトコ……行ってくる」
「那智!? お前……!!」
 お前が犠牲になるのかと焦る俺に、我等が小さな勇者様はにっこり笑った。
「お話、してくる」
「……話?」
「ん。『もうイケニエ取らないでください』って頼んでくる」
「頼んでくるって、お前、そんな簡単に……」
 いきなりの那智の言葉に、その場にいる全員が目を丸くした。
「でも、話してわからない人は、いないよ?」
 人じゃないだろ……っても、無駄だよなあ。こいつにそんな理屈は、いつものことながら通用しない。
「それに、ゆーしゃのお仕事は、困ってる人を、助けることだよね?」
 ……変なトコで自覚があるんだな、こいつは。
「まあ……確かにな」
「困ってる人は、出来る範囲でいいから助けてあげなさいって、お兄ちゃんも言ってたんだよ?」
 今日ばかりはこいつのお兄ちゃんとやらを恨みそうだ。
「ゆう……しゃ……?」
「勇者?」
「勇者だって?!」
 ……やばっ。那智は勇者には見えねえ。ふかしこいてる思われるのがオチか!?
《――その通りだ》
 その場に、蒼い光が控えめに広がった。
《那智は我が認めし者。我が守護を受けし者だ……》
「……精霊!?」
「まさか、『蒼の守り神』か!?」
 なーいす。いいタイミングで、心理効果ばっちりに蒼月が姿を現した。
 『蒼の守り神』の伝説は、わりと知られている。那智を包むように現れたその姿は、まさに神秘的と言っていい。よし、よくやったぞ、蒼月!!
《我が名は蒼月。『蒼の守り神』の二つ名を持ちしもの……》
「で、では……こちらの方々はっ!!」
 急に丁寧語になった平波に苦笑しつつ、成り行きで俺達は自己紹介を始める。
「――武闘家、駿河」
「踊り子、高嶺」
「吟遊詩人、孤玖」
 俺は那智の横に立ち、高嶺はいつもの癖かポーズをつける。孤玖はただ一礼するにとどめた。そして紫明の番。不敵に笑って、紫明はえらそうにする。
「次期まお……むぐっ!?」
 俺は慌てて紫明の口をふさいだ。
 ……こいつ、次期魔王って言いそうになりやがったな……せっかくうまくいきそうなのに、ここで魔王とかいいだしたら妖しさ大爆発だろうが!!
「こ、こっちは魔術師の紫明だ!!」
 高嶺と孤玖も、俺に会わせてうんうん頷く。この様子もかなり怪しいが『魔王』とか言い出されるよりは、格段にましだ。それに、完璧嘘ではないし。
 とりあえず紫明が恨ましげな顔でこちらを睨んでいるが、無視しておく。
 霞さんが、潤んだ瞳で俺達を見つめる。
「で……では、勇者様が新しく選ばれたという、あの噂は……ホントのことだったんですね……! しかも、あなた方だったなんて……」
 口に手を当て、黙ってしまった霞さんの横で、おっさん達は絶望的に暗かった表情から、少しずつ希望を持った表情に変わる。
「霞様……もしやこれこそ我等が神、潮来様のお導きかも……!」
「そうです、虐げられし我等に、潮来様が救いを下さったのではないでしょうか?!」
「やっと……やっと望みが……!」
 そうに違いないと口々に騒ぐ三人に、霞さんが小さく頷く。
「そうかもしれません。眠りの中でも、潮来様は私達を見守っていてくれたのですね……」 「感謝します」と呟いて、全員が変わった印を結ぶ。
「……ねえねえ、あたしがお話しに行くのは、潮来様じゃないの??」
 当然と言えば当然の疑問。那智を含む、セリルの住人じゃない人間は、頭の上にハテナマークをつけていた。
「まず、詳しく話を聞きたいです。時間はありますか?」
 俺の問いに、はたと結んでいた印を解き、その場にいたセリルの住人達が、俺達に向かって礼をした。そして霞さんがその中から一歩前にでると
「勇者様方、どうかお座りを。限られていますが、まだ時間はあります。今こそ、全てお話しましょう。この街の歴史、この街の運命……そして、悪夢を……」


「潮来様について、どのくらい知ってらっしゃいますか?」
 霞さんの問いに
「俺は、あんまり……守護神だってぐらいしか」
「にゅ? あたし、わかんない」
「オレが知ってるわけがないだろう」
「アタシも知らない。伝説とか詳しくないから……」
「なら……潮来様の伝承から始めた方がよろしいでしょうね」
 そのセリフに何か感じるものがあったのか、高嶺がぽん! と手を打ち、孤玖の方を向いた。
「こーゆーのは、あんたの番よっ」
「……ッ!!」
 ばし!! と、力強く孤玖の背を叩く高嶺。そして飲んでた水を噴き出しかける我等が吟遊詩人。……苦しそうだ。
「ごほっ、ごほっ、ごほっ………! な、何するんですか、高嶺?!」
 何回もむせ、ようやく落ち着いてから抗議する孤玖。ところが高嶺はどこ吹く風。
「何するんですかじゃないわよ。あんたの専売特許でしょう? ほらほら、さっさといつものやりなさいっ!」
「ちょ、語りはですねっ、結構デリケートなっ……!」
「はいっ、さっさとやる!!」
 ……なんか、哀れだ。それに比例し強い、強いぞ高嶺!!
「あ……あの……」
 ためらいがちに声をかける霞さんに、高嶺は孤玖を指さした。
「ああ、霞さん。潮来様の伝承、こいつに任せてみない? 孤玖はうちの部族でも一番の語り手なのよ?」
「うん。孤玖ねー、すごく上手なの」
 高嶺の自信満々の笑顔と言葉。そしてとどめに勇者である那智の言葉に、霞さん達はゆっくり頷く。
「なら……お願いします」
「だって。さ、早くやってね? 孤玖」
 『問答無用』という言葉をその笑みに貼り付けて、高嶺は宣告した。
「……なんだか、僕の意見が完全無視されてる気がするんですけど……まあ、しょうがないですね」
 今更あーだこーだ言ってもどうにもならないことに気づいているせいか、孤玖は仕方なさそうに了承した。
 そして「それと……」と、一言付け足した。
「僕の伝承は、旅人から聞いたり、本から見つけたものなので、間違っていたら言っていただけると助かります。今後の参考にもなりますし」
「ええ、わかりました」
「では……」
 すう……と大きく息を吸い込む。その瞬間、部屋の空気が変わった。いや、正確には、孤玖の雰囲気でつつまさった感じ。
 瞳をつぶり、孤玖の口が開かれた。
「美しき港町。人と神とが共存する街。その歴史はかの神魔戦争までさかのぼる」
 神魔戦争というのは、俺達一般人の間でも、勇者や『蒼の守り神』と同じぐらいメジャーな話の一つで、考えるのもバカらしくなるほど昔の出来事だという。
 まだ『人』という種族が出来る前。魔族と神族だけで世界が出来ていた頃に、その二種間で覇権を争って起こった戦争だそうだ……単なるおとぎ話だろうが。
「神魔の戦いにより傷ついた神がいた。水を愛し、海をはぐくみ、潮風とたわむれるを喜びとする神。彼の神は傷ついた身を癒す場を捜し、そして辿り着いた。美しき海。麗しき潮風の薫る場に。神は海底に居をおいた。誰にも知られず眠りにつくために……」
 霞さんが口を挟まないところを見ると、まだ違いとかはないようだな。
「それから那由他の時が過ぎ、力を取り戻した神はその目を開き、身を起こした。彼の神には、地上の様子が手に取るようにわかった。遙か昔、他の神が戯れで創り出した『人』と呼ばれる種族が増え、己に祈りを捧げていることも知った。その祈りがまた、自分にとって平穏と安穏を招くものであるとも気づいた。そして彼の神は、人とふれあうようになり、さらに人に愛され、また愛すようになった」
 うんうんと、感慨深げに頷いている平波。
「彼の神は人に言った。自分がこの海を、いつまでも守ろうと。人は言った。いつまでもあなたに感謝と親愛の情を持ち続けようと。始まりは遙か昔。しかし、きっかけは人の祈り。それが契約。確固とした約束。そして人は守護神となる神に、新しく名を捧げた……すなわち」
 一拍の間をおいた。そして、全員の口が開く。
『――海神・潮来……』


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