第二章 〜3〜
 およそ半月後――
「駿河? なあ〜にぼーっとしてるのよ?」
「えっ? あ、高嶺か……。ちょっと、半月前のこと思い出しててな……」
 クスクスという高嶺の笑い声。
「なあに、何かあったわけ?」
「別に……」
 ただ、何の因果で俺が勇者御一行になったのかと思ったんだが。
 でもよく考えてみれば、因果もくそも、ただの偶然じゃねえの。ホント俺って運がわりぃぜ。それとも……その偶然を因果というのか?
「セリルの街はもうすぐ、お祭りよ、お・ま・つ・り! 楽しみねー!」
「そーだなー」
 のんびりとしていた俺に、突如声がかかった。
「――おい」
「し、紫明!?」
 いつのまに後ろにまわった!? さてはまた瞬間移動しやがったな。心臓に悪いからやめろっていってんのに……。
「まだきづかねえのか?」
 不機嫌で、めんどくさそうな声。だが……。
「気づいてるよ、一応な」
 投げやりにそう小さく呟いて、俺は一応ちらりと周りを見回した。何人いるかは気配でなんとなく分かっていたが、まあ……念には念を入れてと言うことで。
 ……おいおい。
 俺が見回したその瞬間、びくりという擬音とガサガサという音をたて、茂みの中から生えてきた黒やら茶色やらのいくつかの色。
 見られたぐらいで動揺してんじゃねえよ……。
「七人……か」
 どうやらあっちは俺達に気づかれてないと思っているようだ。だから、声を潜めて紫明に確認をとる。
「そんなもんだな。まあ、雑魚っぽいけど。けどお前、気配に気づいてたならなんで何も反応しない?」
 非難するような紫明のセリフに、俺は正直に答えた。
「いや……その内力量の差に気づいて逃げ出すかと思ってたんだが……」
 可能性は限りなく低いけれど、この大所帯で戦闘シーンになるのは勘弁してもらいたかったしな。
「無理だろ。雑魚っつーのはな、相手と自分の力量の差に気づけないほどの力しかないから雑魚なんだよ」
 ずけずけと物を言う紫明に、俺はもっともだとうなずいた……珍しく意見が一致したな。何かの前触れか?
「あらなあに、敵?」
 俺と紫明のひそひそ話を聞きつけて、他の三人が寄ってきた。
「七人だ」
「ふーん……無粋な連中だこと」
 つまらなそうに、あごに指をかけて高嶺が言った。怯えなどというものは、まったく感じられない。それが虚勢なんかじゃないのを、俺はよく知っている。
 ――踊り子と吟遊詩人だけでは戦力がこころもとないから。
 そういう理由をつけて旅をし始めた俺達。だから俺はてっきり、二人はほとんど戦えないものだと思っていたんだが……それが間違いだったと気づくのに、そう時間はかからなかった。旅を初めてすぐに、ごろつきにからまれたからだ。
 ……結構強いんだ、これが。さすがに達人クラスとはいかないものの、自分の身を守れるぐらいには鍛えてあることが見て取れた。
 格闘術と言うよりは、護身術に近いだろうが、それぞれ自分のものにしている。高嶺なんて踊りと混ぜてるし。
「肝っ玉の小さい連中ねえ……さっさと出てくればいいのに」
 まるで高嶺の声を合図にしたかのように、周りの茂みから、わらわらと男達が飛び出してくる。
 ……さてとにかく、ここでその飛び出してきた男どもの外見を記しておこう。
 最初に目を引かれるのはぎらっと光る刃物。
 つづいて洗濯しろよ、と言いたくなる返り血のついた臭くてきったねえ服。
 櫛を通したことがあるのかさえ疑わしい、ざんばらな髪の毛。
 そして特筆すべきはいかにも悪人そうな面構え。
「……盗賊だな、こりゃ」
 俺のぽつりとつぶやいた言葉に、高嶺が嫌そうにうなずく。そして血無はお得意のセリフ「醜い……」を吐き捨てるかのようにつぶやく。
「さあさあ、金目のモンは全て置いてきな。なあに、安いもんだろう? 自分の命に比べりゃあな……!」
 と言って、うひゃうひゃ笑う。
 ワンパターンな。
 うーん、嫌悪感はすてきれん。思わず醜いと呟いた血無の気持ちもよくわかろうというものだ。
「――断る」
 低く、きっぱりと言ったのは血無。すでに腰から蒼月を抜き放ち、臨戦モードへ大突入している。
 その姿を見て、盗賊どもが、ぶっと吹き出した。
「おいおい……なんのつもりだ? 嬢ちゃんみたいな子供が、そんなモン振り回しちゃ危ねえじゃねえか、ん?」
 どっとまきおこる笑い。
 あーあ、バカな奴ら。気持ちはわかる。わかるが……血無は敵に回しちゃいかんって。外見だけ見て判断すると、痛い目見るぞ。俺はこの半月でそれを痛いほど学習した。
「お前たちごとき雑魚に……笑われる覚えはない」
 ……絶対零度の反応だね。これまたあっさりと、みもふたもないこと言うなあ。事実だけど。
 ぴたりと止まる笑い声。変わりに広まる殺気。すみずみまでぶつかる視線。
 そして盗賊どもが走り出す。
「蒼月、行くぞ。いいか?」
 血無の問い―いや、確認にかちゃり、と握りしめた相棒から返事が返る。
《ああ》
 戦闘開始!!
 俺の方へも向かってきた、筋肉マッチョのおっさんが一人。
「ボウズ、オレが相手してやるよ……」

 
 ぶわっという音とともに繰り出される剣。
 ふーん、ただの盗賊にしてはなかなか。そのまま埋もれさせとくには惜しい腕ではある。スピードも切れも……うけてないからわかんないけど、多分パワーもあるだろうし。
 争いごとの絶えないこのご時世、でっかい国いきゃあ、傭兵としてそこそこ儲けることが出来るだろう。もったいない、もったいない。
 でもまあ……負けるつもりなんてさらさらないけどな。
 斬りかかるおっさんの一撃をひねってかわし、そのまましゃがみ込んで足下を狙い蹴りをいれる。こーゆータイプは……結構足技に弱いんだよねっ!
「おっ……!?」 
 俺の怪力を考えれば、当然といえば当然だが、おっさんは少しバランスを崩した。これを逃す機会はない。体勢を素早く元に戻し、懐まで入り込み、渾身の力で腹に一発いれる。
「ぐっ……」
 いくら鍛え抜かれた筋肉マッチョといえども、俺が渾身の力でいれた一発、効かないわけがない。
 おっさんがぐらりと倒れそうになる。
 ……おし、このまま……。
「みんな!!」
 ん? 孤玖?
 戦うのではなく、ひらりひらりと身をかわしていた孤玖が、そのままでかい声を出した。
「こいつら全員、捕まえて下さい!」
「ああ!?」
 なに甘いことを……。
「この顔……どこかで見たと思ったんです!こいつらはここらでは有名な盗賊で、賞金がかかっています!」
 へ!? 賞金!?
「ただし、賞金が出るのは生け捕りの場合だけです! このまま役所まで連れて行けば……!」
「うおっしゃ、賞金だ! みんな、気絶だけさせろ! 特に紫明、殺すなよ!」
 紫明が盗賊の相手をしながら「えー!?」と非難めいた声を上げる。こいつほっといたら、皆殺しにする気だったんじゃ……。くそ! 賞金、生活費っ!!
「えー!? じゃねえ! てめえ何殺す気でいるんだよ!」
「だって、生意気だし? こーゆーのはけっちょんくっちょんにしないとっ! もう二度とやる気が起きないよーになっ!」
 はっはっは!と、大いばりで言う紫明。
「死んだらやる気以前の問題だろうがっ!!」
「いーじゃん、別に。めでたしめでたしでさ。人間なんて、す〜ぐぽこぽこわいてくるんだから」
「めーでーたーくーねーっ!! 生け捕りじゃねえと賞金でねえだろっ!!」
 なんのために人が苦労して盗賊とっつかまえようとがんばってんのか、わかってるだろうにこいつはっ!
 ……うんにゃ、ぜってえわかってねえ! お前のせいで生活費がピンチなんだっつーの!!!
「てめえは賞金欲しいだけじゃねえかよ! 偽善者面してんじゃねえ!」
「だあれがいつ、偽善者面した!? 俺は最初から素直に、金が欲しいといってるだろうが!」
 偽善者面とは人聞きが悪い。俺はそんな奴ではない! 自分に正直に生きているという確信がある!!
「けっ! 金の亡者、金の亡者、金の亡者、金の亡者!!」
「なんっだと! このエセ魔王、エセ魔王、エセ魔王、エセ魔王!!」
 二人の間の雰囲気が、ぐっと険悪なものになる。
「……あのーすいません。お取り込み中だとはわかってるんですけどねえ」
 ちょっと疲れたようなその声は、けして聞き慣れないものではない。むしろその逆だ。だからこそ腹が立つ。なぜ俺とエセ魔王の勝負(?)の邪魔をするのか。
『なんだ、孤玖!?』
 俺と紫明の声が、不本意だがハモる。にっこーという孤玖の微笑み。
「あいつら、逃げてますよ?」
『なんだとっ!?』
 孤玖の言葉で気づいたのだが……ああっ、ホントに逃げてるっ! 俺の、俺の賞金がっ!!
 ショックを受ける俺の横で、紫明は一人感心したように呟いた。
「ほぉ〜。この紫明様から逃げるとは……顔は悪いが頭の方はまーまーのよーだな」
「なあにバカげたこといってんだよ! んなこと言う間に、追うぞ!!」
 そう当然のことを言った俺に、紫明のバカ野郎はキッとにらんできた。
「オレに命令すんじゃねえ!! この守銭奴!」
「命令とかそーゆー問題じゃねえだろーがっ!! さっさとしねえと見えなくなるだろこのバカ魔王!!」
「うるせえっ、潰すぞこの野郎っ!!」
「んなっ……!? てめっ……!」
 ぐぐ……っという音をたてて、逃げ出した盗賊どものことなどすっかり忘れ去り、俺は一気に紫明との臨戦モードに……。
「――こんっのバカ共がっ!!」
 ……り、臨戦モードに入ろうとした俺達の間に、心底の怒りを含んだ血無の声が響き渡った。ちらりと彼女を見ると、額に青筋が……。
「さっさと……追いかけんかっ!!」
『は……はいっ!!』
 血無のあまりの迫力に、俺と紫明は声を合わせて盗賊共の逃げた方に駆けだした。
 それでも紫明は、
「血無っ、俺はお前の言うことならいっくらでも聞くからなー」
 しっかりと愛想を振りまいていた。しかしまたもやあっさりと、
「うるさい、さっさと行け」
 あしらわれていた。


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