第二章 〜2〜
「どうしたそなた達……旅に出ぬのか?」
 王様の言葉に、膝をついた高嶺がふわりと、極上の笑みを浮かべる。
「その前に、どうか我が踊りを見ていただきとうございます……」
「ほう……踊り、とな」
 結局あれから、高嶺はいっこうに折れる気配が無く……ほんの少し、という条件で高嶺は踊ることになったのだ。
 ……踊りのことになると、あいつの根性はすばらしいな、ホント……。
「おもしろい、見ようかのう」
 王の許可の言葉に、膝をついたまま頭を垂れて高嶺は言った。
「ありがたき幸せ……!」
 言って立ち上がった高嶺の腕についた鈴がチリン……という澄んだ音をたてる。
 そのまま彼女は、孤玖に向かってこくんと、小さく頷いてみせた。孤玖はそれにげっそりとした表情で、それでもゆっくり了承の合図をした。
 そして孤玖の笛――さっき吹いてたやつだ――の音が辺りに響き渡る。
 チリン……チリン……。
 鈴と一緒に高嶺の腕も――もちろん腕だけではないが――動く。流れるような、斬新で思い切りのよい、それでいて繊細な動き。
「すげえ……」
 ……まともに踊れるじゃないか、高嶺。
 いや、すでにこれはいい意味でまともとは言えないだろう。それほどまでに、高嶺の踊りはすばらしかった。素人の俺でさえ、高嶺の踊りのすごさがわかる。そのぐらい、練り込まれたものだ。
 もちろん、孤玖の笛の音が、踊りのすばらしさにが輪をかけている部分もあるが、高嶺の踊りは単独でもきっとすばらしいものだろう。
 ――まさに、名人芸としかいいようがない。
 やがて、チリン……という鈴の余韻を残し、高嶺の踊りが終わりを告げた。
 その途端、広間はわれるような拍手でいっぱいになった。もちろん、俺も、血無も、大きな拍手をしている。あの魔王でさえ、ちょっと感心したような顔つきで拍手をしている。
「見事なものだな、駿河」
「ああ、そうだな」
 高嶺がゆっくりと、丁寧に礼をする。
「わたくしごときの踊りを見ていただき、身に余る光栄でございました。では、わたくしたちはこれで……」
 そのまま去ろうとする高嶺。……ふぅ、やっといける。
「ちょ、ちょっと待て!」
 王様が呼び止める。……今度はなんじゃらほい。
「孤玖殿、先ほどの民間伝説の朗読、すばらしいものであった」
 ……聞いてたのか。
「そこで、だ。ひとつ、歌を披露してはくれんかのう?」
 王様のセリフが終わるか終わらんかの内に、孤玖の顔は青ざめていった。
「え…………」
「吟遊詩人の歌は、まだ聞いたことがなくてのう……」
 だらだらと、次々に孤玖から流れ出る冷や汗。……どうしたんだ?
「わ、わわわわわわ、わたくしごときの歌を、尊き王に聞かせるわけには参りません。耳の毒になりますからして、どうぞご勘弁を……!」
 なにいってんだ、孤玖。あんだけ見事な朗読しといて。なにどもってんだか。あれ聞いたら歌も聞きたくなるよな、うん。
「何を謙遜してるのだ。歌って見せておくれ!」
「し、しかし……!」
 なおも遠慮し続ける孤玖。…………? もしかして、なんかあるのか?
「貴様……王がこれほど頼み込んでいるというのに、断り続けるとは、どういう了見か!?」
 あ、ついにつるっぱげ大臣が切れた。
「わ、わたくしは修行中の身でして……」
「それがどうしたというのだ! 修行では歌えて、王のためには歌えぬと言うか!」
「大臣よ……嫌がるものを無理矢理……」
 おお、王様、いいこというじゃん。尊敬するぞ、今から!
「いいえ!」
 ……大臣。王様の言うこと無視すんなよ。
「王の命を聞けぬ人民など、人民ではありませぬ! こやつは大切なことを……誰のおかげで、自分がこの国で生きていけているのかを、忘れているのです! もう一度確認させるべきなのですっ!!」
 ……ざっけんなよ、このくそオヤジ。
 身を乗り出し叫びかけた俺を、すっと止めたのは、
「一つ……言わせていただきたいことがあります」
 た、高嶺……? 不気味だ。一番先に怒り出しそうな奴なのに……。静かな口調がさらに不気味だ。
「わたしたちは人間、生命あるものです。生命あるものに意志があるのは当然のこと。それは、身分の高き方も、わたしたち庶民も同じことのはず。命令では、人の心は動かせません。わたしたちを動かせるのは……心です」
 キッと大臣をにらむ。
「一番大事なことを忘れているのは、あなたの方ではないのですか? そんなことでは、ついてくる者も、ついてこないでしょうに」
「な、な、な……!?」
 よし、高嶺よく言った!! ざまあみやがれ、くそオヤジ!
 大臣は金魚みたいに口をぱくぱくさせている。
「だ、誰に向かってそのような無礼な口を……!」
 ……これだから嫌だね。こーゆーバカなオヤジは。先に無礼なことしたのはどっちだっつーの。自分の非を認めやがれ。
 まだ何か言いそうな、オヤジに、俺は必要以上に丁寧な口調で言った。
「大臣様、国があるから国民があるのではない。国民があるから、国がある。国民は、王のためにいるのではない。王こそが、国民のためにいる……違いますか?」
 青くなったり、赤くなったり、オヤジは忙しい。俺の言葉に再び「無礼なっ!」と言った後、文句をつけようとした大臣は、次の一言で陥落した。
「おい、オヤジ。いい加減黙らねえと……殺すぞ?」
 魔王のめちゃくちゃ本気っぽい、にっこりとした笑い。
「う……」
 それでも大臣は何かを言おうとする。……いい加減、ホントに黙れよ。なかなかくじけないその情熱、もっと違うところに使えばいいのに。
「黙るんじゃ、大臣!」
 とうとう、王様の叱責が飛んだ。おお、そうすると、王様にもなんか威厳が……。
「しかし、王……!」
「これ以上ワシに、恥をかかせる気か!?」
 さすがの大臣も、王様にここまで言われちゃ黙るしかないらしい。悔しそうに顔をゆがめながらも、やっとの事で黙った。
「いや、失礼したのう。孤玖殿、そこまで嫌がるには何か理由がおありなのじゃろう。いくら王とて、民のプライベートまで干渉はできん。残念じゃが諦めるとしよう……」
 ほう。なかなか人間できた王様だな、バカな大臣抱えてるわりには。
「高嶺殿、駿河殿、そなた達の話、耳が痛かった。その通りだと、ワシも思う。この者の非は、ワシの非でもある。これからは大臣達にもそのことをわかってもらえるように努めよう」
 ……本気かどうかはわからないが、『勇者様』の仲間とはいえ、俺達一般人にあっさり頭を下げられるあたり、この王様は思ったよりでかい器をしているようだ……似合わねえとか言って、悪かったな。
「これは……踊りへのお礼と、これから当分の間の旅の当座金じゃ。受け取ってくだされい」
 おお、金がいっぱい!
「では今度こそ……お気をつけて行ってくだされ……」


「いや、助かりましたよ高嶺」
 城を出てすぐに、孤玖はふぅ、と一息ついた。
「べっつにー。あんたの歌なんて聞きたくないからねぇ!」
 聞きたくないって……。
「何言ってんだよ高嶺。孤玖の歌、お前聞いたことあんのかよ?」
 まあ、同じ部族出身ぽいから聞いたことあるんだろうけど……。俺が尋ねると、高嶺は露骨にいや〜な顔をした。
「嫌って言うほどね」
「えー!? いいないいな高嶺。あたしも聞きたいなぁ……!」
 と、ミーハー根性丸出しなのは那智。お城のながーいながーい廊下を歩く内に、いつの間にか血無と入れ替わっていたのだ。
「おい、孤玖。那智がこんなに言ってんだから、聞かせたれ!」
 容姿はそのまま、色彩だけ見事に、先ほど守り神見にきていたときと同じく、暗黒へと変えた魔王は、態度のでかさそのままに命令する。
 ちなみになぜまた色を黒に直させたかというと、街を歩くのにあれだけ珍しい赤のままだと、街を混乱に落とすだけだとわかりきっていたからだ。だから、本人は嫌がったが旅をする最低条件として無理矢理変化させた。
「しかし……」
「やめときなさいって! そいつの歌聞くのだけは、絶対やめた方がいいってば!」
「なんで? 高嶺、なんでそんなこというの?」
 キラキラおめめの那智に、「ねえ、教えて?」とばかりに見つめられ、高嶺は決まり悪げにぽりぽりと頭をかくと、信じられないことを言った。
「そいつ……音痴だから」
『へ!?』
 俺と那智と魔王の声が重なった。
 音痴って……あれだよな? あの、歌を歌うのが苦手っつーか、なんつーか……少なくとも吟遊詩人がなってるような症状ではないはずだけど……。
「……人間って音痴でも吟遊詩人になれるのか?」
 硬直状態から一番最初に抜け出したのは魔王だった。
「なれたのよ……」
「お、音痴ったって、ほんの少し、だろ?」
 俺のセリフにふるふると高嶺が首を振る。
「超絶音痴。アタシは二度と聞きたくないわ……」
 そんなにすごいのか……?
 孤玖の方をちらりと見ると、黙ったまんま孤玖はうつむいている。……なんかマジみたいだな。
「朗読とか、楽器とかは、すごくうまいのよ。それこそ並の吟遊詩人じゃ比べものになんないくらいね! ただ……」
 歌だけがだめだと……。ある意味致命的。
「――まあ、いーんじゃねえの? そーゆーのがいたって」
 そう楽観的な意見を述べてくれたのは魔王だった。
「……ま、そーだな。たまにはいいこと言うんだな、魔王」
 うなずき、納得した俺に、魔王は大きくため息をつく。
「たまには……ってあのなあ。第一、お前ら魔王魔王って言うけどな、オレには紫明(しめい)という立派な名前が……」
「ふーん、紫明ね、紫明って……」
『ええ!?』
 今度は魔王……本名、紫明以外の全員の声がはもった。
「魔王さんって……赤羅さんっていうんじゃないの〜?」
「あー、それ通り名。本名は紫明って言うのよ。那智、覚えてくれな。――さて……他の奴ら、ありがたく思えよ。オレはホントなら気に入った奴にしか、この名を教えないんだ」
「つまり、俺らはおまけかい」
「その通り。理解力のある奴はわりと好きだぞ」
 ……いい根性してるな。さっすが魔王。
 しかし、秘密って、誰にでもあるモンだな……。
 遠い目をしてたそがれる俺の耳に、無意味に明るい紫明の声が響き渡った。
「さーて、次はどこへ行くのかなっ!?」
「セリルの街だよ……」
「ではっ、行こうぜえ!!」
 びしっと紫明があさっての方を指さした。
 旅はまだ、始まったばかりだ……。
 追記 勇者の証である純金のメダルとやらは、単なる金メッキだった。クソ……やっぱりちゃっちい国だ。


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