第二章 秘密は誰でもあるものさ……
パッパラパパ、パラパラパー!じゃんっ! 突如辺りに響き渡るファンファーレ。そしておまけのように奥から出てきたのは、豪華できらびやかな衣装の、そこら辺によくいるよーな、いかにも影の薄いおっちゃん――正確に言うとじーさん、だった。 おっちゃんは、ふるふるとその両手を震わすと、 「おおおおお……! よくぞ来てくださりました! 最初に魔王を魅了し仲間に引き入れるとは、なんたる技量でありましょうか!」 じーさんの演説はさらにつづく。 「すばらしい、すばらしいですぞ! あなた様こそ真なる勇者! ワシから称号を与えさせていただこう。『蒼の守り神 蒼月(そうげつ)』を用い、どうぞこの国に平和をもたらしてくだされ!」 このセリフまわしからいくと……この村人Aみたいなおっちゃんが王様? ――見えない。絶対クワもって、畑仕事の方が似合ってるって。 とりあえず俺達は、全員王様の前で自己紹介をした。そのはたで、那智はのんびりと守り神と会話している。 「……ねーねー守り神さん。そーげつって、何?」 《私の名だ》 「そっか。守り神さんが名前じゃ、変だもんね!」 《……………………………》 ……この会話で、絶対那智を勇者にしたこと後悔してるだろうなあ……。王様はもちろんのこと、守り神蒼月も、少しぐらいは……。 「じゃあ、じゃあ、そーちゃんって呼んでもいい?」 《……べ、別にいいが……》 ハートマークが付きそうなその呼び名に、蒼月が一瞬息を呑む。なんとか立ち直ったものの、動揺は隠せないのか言葉がどもっている。 「わーい!」 屈託無く笑う那智。勇者としての自覚は皆無であると見た。 「ゆ……勇者那智よ、ワシの前へ。記念メダルを渡そう」 王様の声が震えているように聞こえるのは、気のせいではないだろう。 ……しかし、勇者にメダル。記念メダル。すんげー感性してるな。卒業式や運動会のがんばり賞じゃないんだからさあ……。もうちょい凝ったの出てもいいと思うぞ。 「あーちなみにぃ、メダルは純金。混じりっけなしじゃ!」 ぴくり。 ――純金。じゅううんんきいいんんん? 「――よっしゃあっ! 行ってこい那智!」 びゅーてぃほー、わんだほー! 王様ステキ! やあっぱ、メダルだよな! 那智は俺のかけ声と同時に、少し首をかしげながらも、王様の前に進み出た。 「さあ、頭を出すのじゃ!」 そういって那智の首にメダルをかけようとする王様。 ごんっ。 あ……。頭に、メダルが当たった……。 ……ひゅうううう〜。ぽてっ。 あっ! 倒れたっ。……打ち所が悪かったのか? むくっ。 あ、起きあがった。……なんかどこぞの漫才みたいなノリだな、オイ。 那智は起きあがった後、何事もなかったかのように服に付いたほこりを払っている。 ……おや? 何か異様な雰囲気がただよってる。那智にしては、なんか変だ。 とりあえず黙ってメダルをかけてもらってこっちへ帰ってきてるけど……心なしか表情が冷めてるような。 いつもなら「駿河ぁ、駿河ぁ! こんなのもらっちゃったあ!」ぐらいは言いそうなもんだが……それすらない。 俺達の目の前に戻ってきた那智は、ふうとため息をついた。その動作はどこか……いつもと違って子供っぽさがまるでない。 彼女はつい、と指先でメダルを掴むとどこか皮肉げに唇をゆがめた。 「……ふん、勇者の証がこんなちゃっちいメダルだとは……情けなくて涙が出るな」 ――!? な、那智のうすらぼけさがない!? いや、ちゃっちいメダルというのには何の反対もしないが……って、そうじゃなくて! 言葉遣いも雰囲気も、そして何より――。 「那智……どうしたんです? その瞳……」 孤玖の言うとおり、那智の瞳はいつもの青い色ではなく、朱色にと変化していた。慌てる俺達の横では、魔王が呑気に「わーい、お揃いだなっ!」とかほざいてるが……。 「おい那智、どうしたんだ?」 俺のおそるおそるした問いかけに、那智はピクリと片眉を上げた。 「那智? ……あれ一緒にしないでもらおう」 ――ま、まさか……これがあの世に名高い……!? 「わたしは血無(ちな)。那智の陰に在りし者、那智にないモノを保持せし者。那智の……もう一つの人格、とでも言っておこう」 や、やっぱり!? 「もしかして……二重人格ってやつなの?」 直球だな、高嶺……。もうちょい考えてから口に出そうや。 「……その言い方はあまり好きではないのだが……まあ、そういうことだ」 高嶺の問いを那智、じゃなくてええと……血無? が肯定した。 確かに血無は、一緒にするなと言うだけあって、目つきが少し鋭く雰囲気がまったく違う。目つきが違うだけでこうも表情が変わるのかと、俺は改めて実感した。 「でも……何でいきなり人格が交代したんですか?」 孤玖……いきなり本人から二重人格だと聞いて、すぐに対応できるのはなぜだ。 「さっきのメダルだ。あのショックであれが意識飛ばしたまま帰ってこなくてな……仕方なくわたしが出たわけだ。ちっ、しばらく出なくてすんでたというのに、面倒をかけおって……」 いらだたしげに言う血無に、俺の中に一つの疑問がわき上がった。 「お前……表に出たくないのか?」 普通は出たがるもんだと何かの本で読んだ気がするけど……。 「わたしはめんどくさいから嫌いだ。意識の奥底で眠っている方が性にあっている。だからよっぽどのことがないと表には出てこないのだ――わかったか? 駿河」 「お、お前……! 俺の名前知ってんのか?」 「……知らなかったら呼べるわけあるまい」 驚き混じりで言った俺のセリフに、何をバカなことを言ってるのだと、不快げに言ってくる血無。 ……どうやら予想はしていたが、那智とは似てもにつかぬ、どちらかといえば魔王に近い性格らしいな。口調もきついが言うこともきつい。 「あの……さっきのセリフからいうと、もしかして血無さん……あなた自分の意志で那智と入れ替われるんですか?」 「血無でいい。……お前のいってることは正解だ、孤玖。わたしは自分の意志で出入りできる」 まあ、めんどくさいからやらんがな……と後に付け足す。と、ここで少し考える素振りを見せる血無。 「――なぜお前らのことがわかるかといえば、わたしは那智の記憶を一方的に共有しているし、眠っていても意識があるからだ……これでお前らの疑問はなくなったと思うが?」 「はいはいはいはいはーい! 質問! 一方的に共有ってどういうことですかぁ?」 生徒さんよろしく手を挙げて、高嶺が尋ねた。 「わたしは那智の記憶を持っているが、那智はわたしの記憶を持っていないということだ。――ちなみに、那智はそのせいでわたしという存在すら知らん」 言葉とかはつっけんどんで素っ気ないが、質問に一応は答えてくれる辺り、まあ律儀な性格をしているのかもしれない。 「じゃあ、俺達も那智にお前のこと言わない方がいいのか?」 「ああ、そうしてくれ。あのボケじゃあ、混乱するだけで徒労に終わるだろうからな。……さてと」 がちゃりと左手に持っていた蒼月を持ち上げる。 「蒼月」 《なんだ?》 すぐに返る蒼月の返答。 「今までのわたしの話は聞いていただろう? わたしは那智と共にあるが那智ではない。それでもわたしに忠誠を誓えるか?」 ふっとシニカルな笑いをする血無。……うーん、そーゆーのが似合うんだもんな。どこまでも那智とは違うな、やっぱり。 でも、なるほど。ここで聞いとかなきゃいけないよな、そーゆーことは。 考えてみよう。王様まで出てきたならば、このままなし崩しに『勇者』として旅に出ることは決定したも同然だ。まあ、それには俺達全員が含まれているようだが。 もし戦闘の時に那智ではなく血無へと変化したら……確かに血無ならば、那智と違い戦いを嫌がって逃げるなどしなさそうだ。だが、武器が一つもなかったら? 蒼月も武器だ、確かに。しかし意志を持つ、という注釈がつく。戦闘の最中にもし蒼月が《私は那智以外マスターと認めん。お前には使われん!》とでも言ったら終わりである。武器のない彼女に、何ができるだろう? だから、今、わざわざここで聞くのだ。「自分をマスターと認めるか」と――。 しかし蒼月から返ってきた答えはというと……。 《もちろんだ》 というなんともあっさりした答え。これには血無も意外といった顔をする。 「ほう……? どういうつもりだ?」 《どういうつもりも何も……私は勇者に仕えし者。お前は勇者以外の何者でもない。ならばお前に忠誠を誓うのに何をためらうことがあろうか……》 「わたしが勇者……? おもしろいことを言う。那智はどうしたんだ。お前がマスターと認める人物はただ一人のはずだろう?」 確かに。那智も勇者なら血無も勇者と言えば、つじつまがあわん。 《……私には、那智もお前も同じように感じるが?》 「わたしと那智が……同じ?」 蒼月の言葉に、血無が驚いたように目を見開く。 《ああ》 「そんなことを言われたのは初めてだ。逆なら言われたこともあるがな」 くすりっ……という血無のバカにしたような笑い声。 「わーい、かっくいー!」 もちろん今のはそれまで黙っていた魔王の奴のちゃちゃである。こいつ、さては自分に話題がこないから寂しくなったな……。 「一体、どこが同じだというのだ?」 《どこが同じか、か……。どこがとか、そういう問題でもないのだが……》 「なら、なんだというのだ」 《そうだな……言葉にすると、ひどくあやふやになるのだが……。そう、お前と那智の気配が、まったく同じ『真実をまといし者』なのだ》 「気配だと?」 真実をまといし者? そういえばこいつさっき、最初に夢の中に現れたときもそんなこと言ってたような……。 《ああ……この言い方は誤解を招くな。さっきお前は私はただ一人のマスターを選ぶと言ったがそうではない。私は『勇者』を選ぶのだ……》 「同じことだろう?」 《人の話は最後まで聞け……。そもそも勇者とは『真実をまといし者』なのだ。そしてその者は、唯一にして絶対なる気配をまとっている。ちょうど、魔王が血の気配をまとっているように……》 ここで魔王がきょとんとした顔をして自分を指さしているが……見なかったことにするとして。 「……わたしと那智が、その気配をまとっていると?」 《そうだ。いまだかつて、二つの全く異なる人格に同じ勇者の気配がしたということはなかったのだが……。これも天命なれば。私はお前もマスターとして認めよう》 「……いまいち納得はいかんが、まあいい。言っておくがわたしは那智とは違う。お前の力、存分に使わせてもらうからな」 《わかっている。私は、そのためにここにいる……》 静かに蒼月が言い終わると、血無は「ふん……」と言って蒼月を腰帯に差し込んだ。 今は血無だから小柄な身体でも女剣士といった風体でなかなか様になっているが、これが那智なら、死ぬほど似合わないだろうなあ……。 「――あのお……」 ……? 人がシリアスしてるのに誰じゃい! あ。 「相談は……終わった、かな……?」 お……王様……。そ、そーいや……那智が血無に変わってからそっちの方に驚いて、影の薄い王様のこと、すっかり忘れてた……。 「え、ええ。もう、終わりました」 慌てて言いつくろったのは孤玖だった。 もちろん、これまでの会話は小声でしてきたものだ。王座の方にいる王やその側近達には聞こえなかっただろうが……那智と血無の雰囲気の違いは一目でわかる。出発までなんとかごまかさなければ……。ばれたら一悶着が起きる。そんなめんどくさいことはごめんだからな。 「では、俺達は旅に出ますんで……ほら那智、行くぞ」 「なっ、何をする! それにわたしは血無だと……!」 「しっ! 黙ってろって」 反論して暴れかける血無の腕をひっつかんで、めちゃくちゃ不自然な空笑いをしつつ、退場を始める俺達。 そうして面倒なことになる前にその場からさっさと立ち去ろうとしたとき、 「ああっ!!」 いきなり高嶺が叫んだ。 「高嶺……!? どうしたんです?」 問いを完璧に無視し、がっ! と自分の手を握る高嶺に、孤玖は何か心当たりでもあるのか表情をサッと曇らせた。 「や、やめましょう。ね、高嶺、今回は……やめましょう?」 なんなんだ? なにをやめるっって? 不謹慎ながら、興味津々で二人の会話をのぞき込んだ俺の前で、高嶺はゆっくりと目をつぶると、かみしめるように言った。 「――踊っていこう」 はあっ!? 一体何を言ってんだ!? 踊るって……どーゆー意味だ!? 「王様と会う機会なんてそうそうないわ。ここは一発……記念として王様に踊りを見せるのよっ!」 踊り見せるって……そんな暇はないぞ!? いや、だからっ、ファイティングポーズ取られても困るんですけどっ?! 「高嶺……! 今はそういう場合では……!」 そーだそーだ! 早く、ばれないうちに……! 俺達――魔王と血無の方はどう思ってるのか不明――の思いもむなしく、高嶺は一言こういった。 「い、や!!」 ←BACK◆NEXT→◆本編TOP |