第一章 〜4〜
「うわあ……!」
 そういったのは誰だったか。もしかしたら全員だったかもしれない。
 辺り一面が、青く、清浄な光であふれていた。そしてその光の源は――多分、『蒼の守り神』。
「『守り神』が……呼応している……!?」
 そう後ろから驚愕の声を漏らしたのは、さっき高嶺にぶちのめされた兵士だった。よかった、高嶺も一応手加減はしたらしい。
 次に目に入ったのは、不吉なほどに暗い黒髪と、底なしに暗い光を宿した瞳を持った男だった。『闇』という単語の似合う、人間離れした美しい容貌のその男が、満足そうに笑いながら立っている。
「ま……まさかまさかまさか!! あなた様が勇者殿なのですか!?」
 大臣らしき、てっぺんつるっぱげのおっさんが、驚きを隠せない表情で男に近寄った。
「勇者ァ? オレが?」
「守り神が呼応するもの、それすなわち勇者なり! 伝説の一つでございます! おお……勇者らしく、なんと立派な方なのでございましょう!!」
 おい、おっさん、涙ふけ涙。
 しかし、おっさんの言葉から想像するに……その伝説とやらが本当なら、『守り神』は勇者発見器だったわけだ。
 ――はっ! もしかして、あいつが勇者になったら……『守り神』に触れないっ!? そんな、ここまでのことが、全て……無駄? 旅費も? ここまでにかけた日数も?
 そりゃないだろ! ちょっとショックだ……。
 男はしばらく、呆れたような表情をしていたが、やがてくつくつと笑いをもらした。
 ……嫌な、笑い方だった。
「勇者。このオレが勇者ねえ……おもしろいじゃねえか」
「では、引き受けてくださるのですねっ!」
 満面の笑顔でおっさんが言った。瞳の中には星が飛んでいる。
 おっさん……その年で星飛ばすのはやめようぜ、気味悪いから……。
「――ばっかじゃねえの」
 笑い顔そのままに、男が言い放ったそのセリフに、大臣の慌てること慌てること。
「な……何を……?」
 ふと、そこで男が思いだしたように言った。
「ああ、そういえば姿変えてたんだっけ。悪い悪い、それじゃあわかんねえよなあ」
「姿を……変える……?」
「そ。だから……」
 大臣の驚きに目を見張る姿を、楽しそうに見つめながら男がささやくように呟いた。
「これなら、どう?」
 いたずらっ気に満ちた、子供のような……いっそ無邪気とさえ言える笑顔で男が言った途端。
 ざわり……っ。
 空気が震える。男のそれまで纏っていた雰囲気が、すごいスピードでまったく別のものへ変化する。
 そして俺はやっと気づいた。そいつが人間ではなく、魔族だということに――。


 魔族は一般的に、『神族に敵対するモノ』という定義をなされている。だが俺が考えるに、そんなことは問題じゃない。一応この世界に存在するらしき『神族』が『魔族』と戦っていたのは遙か昔の話だからだ。
 だから、『魔族』の一番の問題は、俺たち『人間』にちょっかいを出すことを、なによりの『娯楽』にしていることだと言える。
 ひとくくりに魔族と言っても、その力は上から下までピンキリ。低級なものは『モンスター』とか呼ばれるおどろどしい奇怪な姿をしていたりする。それらは『魔族』が暇つぶしに作ったという諸説から『魔物』――『魔族』が作った『モノ』――と呼ぶのがポピュラーと言えばポピュラーだ。
 しかしその一方、上級とも言える本当の、生粋の『魔族』。これは人によく似た姿をしている。なぜかはわかっていないが、それが現実だ。しかも、力があればあるほど、それに比例するように人に近い姿に、そして人間離れした美しさを持つという。
 だが、どの程度の力を持つにしろ、『魔族』はいつも、『人間』を『玩具』として考えているのは確かのようだ。それが、昔から変わることない魔族の本能。
 ――そこまで考えて、俺は目の前の男の変化に、卒倒しそうな恐怖を感じた。
 人間に近い、だけど限りなく遠い、魔に属する気配。しかも、変化の途中だというのにこの圧倒的で、巨大な存在感!
 ――こいつ、強い……!!
「駿河ぁ……」
 那智もその気配に気づいたのだろう……こいつの場合、正体には気づいてないが、恐ろしさだけは感じ取ったと言うところか。不安そうにこちらを見て、俺の服のすそをぎゅっとつかんできた。
 大丈夫だと言ってやりたかったが、いかんせんそれは無理だった。俺も腕に多少の覚えはあったが、あいつの力は……巨大すぎる。
 やがて変化は終わりを告げる。男は容貌は変わってないものの、まったく違う気配、色彩をまとっていた。
 深く暗い黒だった髪が深紅へ、暗黒のようだった黒曜石の瞳は、何もかも同じ色で染めてしまいそうな、血のような赤へと……!
 おいおいおいおい……! ビンゴもビンゴ。大ビンゴじゃねえかよ……!
 嘘だろ? それが俺の正直な気持ちだった。俺には……いや、俺だけではない。ここにいる全員が、男の正体がわかっただろう。
「これでも……オレのこと勇者だって言える?」
 にやりと意地悪げな笑いを顔に乗せ、わざわざ大臣の方を見る男。さすがといえば、さすがに性格が悪いな……。
 「あ」と小さく大臣が呟く。恐怖のあまり、声も出ないか。
 目を見開き、震えながら、大臣が次の言葉をつむいだ。
「……赤い髪と瞳ぐらい、なんだって言うんです?」
『――っ!?』
 その場にいた全員が、大臣のその答えに硬直した。
 真面目に言ってんのか、あのオヤジ!? あんな禍々しく深い色の赤い髪、赤い瞳の人物なんて、この世に一人しかいないだろ! ってゆーか、普通の人間は変化なんてしないだろーがっ!
 ふう……と、深いため息を、男がついた。
 魔族のくせに、なんかやけに人間くさい行動をとる奴だな。だが、わからんでもない、その気持ち……。
「ちょ〜っと数百年大人しくしてただけで、こんなに知名度って落ちるものなのかねえ……? オレがわからないとは、どうしょうもないマヌケなのか、それとも、ホントにオレは全人類から忘れさられてるのか……」
 答えはもちろん前者――大臣がマヌケなだけだ。しかも、大がつくほどの。あの男が、たった数百年で忘れ去られるはずがないじゃないか!
「だから、いったい何なんです!?」
 いまだ状況を把握していない大臣。誰かあいつを黙らせろ。
 俺が痛切にそう思ったとき、孤玖が口を開いた。
「血のような深紅。それまとうこと許されるのはただ一人……」
 しんとなった会場に、孤玖の声が朗々と響く。
 ……さすが吟遊詩人。俺も詳しくは知らないが、このフレーズは誰もが一度は聞いたことがあるほどに有名な民間伝説の一部だ。
 ちらりっと大臣を見てみたが、まだわかってない様子。孤玖は小さくため息をつき、なおも言い続けた。
「闇の中に生きしモノ、闇の世界に君臨せしモノ、鮮血を纏いしモノ、魔の中の魔、赤き血の魔王……赤羅(せきら)!」
 そう、ビンゴの正体は……魔王だったのだ。
 孤玖の暗唱に、男、魔王赤羅は感心したようにヒュゥと口笛を吹いた。
「おやおや、よく知ってるじゃないか、ボーヤ。ご名答。オレがお前達人間が言うところの魔王だよ。以後よろしくな」
 ――よろしくしたくねーよ。
 そこまで言われて大臣がやっとことの重大さに気づいたらしい。みるまに顔が青ざめる。
「そ……それではなぜ『守り神』が呼応したのだ!?」
「……お前正真正銘のバカだったようだな」
 俺もそれには反対しない。むしろ賛同する。
「これが呼応? 救いようねーなお前。あいつはなあ……このオレを威嚇してるのさ!」
 セリフの終わりと同時に、魔王の手の中に赤い光球が出現する。それをボールか何かを投げるかのように、そいつは無造作に『守り神』へ投げつける。
 ごがあっ!!
 辺りに爆風と赤い光をまき散らし、それは爆発した。
「ああああっ!! 『守り神』があっ!!」
 大臣の叫びがこだまする。
 いちいちうっせーな。黙らしたいけど、そんなことをすれば間違いなく俺はお尋ね者になってしまう。
 ――まあ、生きてたら、だけどな……。
 煙が少しずつ薄れる中、魔王は顎に手を当てつまらなそうに呟いた。
「ふむ。やっぱこれくらいじゃびくともしない、か……」
 煙のはれた中、そこには魔王の言葉通り、傷一つない『守り神』が青く光っていた――なぜか、俺達の前で。爆風で飛ばされたのか?
 すっと魔王が、足を一歩こちらに出した途端、青い光はさらに激しくなった。
「マスターである勇者がいないとはいえ、魔王の血の気配ぐらいは感じるか。……守り神よ、今こそかつて封印されし魔王の力、返してもらおうか!」
 ヴゥン!!
 音を立てて魔王が何もない空中から真っ赤な剣を取り出した。
「目的は封印の解除か!!」
 大臣の悲痛な叫び。
 数代前の勇者が苦労の末に、魔王の力の一部を封印したというのは本当の話だったのか……! デマだと思ってたんだが……。
 そして、話の流れから推理すると……その鍵となるのが、『守り神』。
「そーゆーことっ! このままでも別に不満なんか感じないが、やっぱり不完全より完全の方がいいだろう? まあ、不完全の方がハンデがあって戦いも楽しいけどな」
 悲鳴じみた声を上げる大臣とは対照的に、一方的な考えに同意を求める魔王は実に楽しげだった。千数百年ぶりに力が戻ろうとしているのだから当たり前かもしれない。
「〜……っっ!ここにいる者全員、『守り神』を守るんだ!」
 大臣の声に、周りの男どもは、わらわらと魔王に飛びかかった!
 ――バカ野郎どもがっ!!
「……人間って時々無駄なことするよな」
 信じられないといった口調で魔王。
 魔王の言うことは正しい。あの木偶の坊ばかりでは、逆立ちしても勝てない。かといって、俺が勝てるかといったらそんなわけないのだから……人のことは言えない!
 このまま向かっていっても、返り討ちにされるだけだろう。となると――。
 不意打ち……か。
 それで勝てる相手でもないだろうけど、見て見ぬふりはさすがにできない。それに、たとえ逃げるにしても、あの魔王がみすみす俺達を見逃すとは思えない。
 ならば低い確率の中から、一番高い確率を選ばなければならない。例えそれが五十歩百歩でも。
 俺はチャンスを待つことにする。那智はどうだかわからないが、高嶺と孤玖を見ると、二人とも目は死んでいない。俺と同じつもりのようだ。
「どいてくれる?」
 道でも譲って欲しいというような口調で男達に言う。
「誰が……!!」
 ふっと笑って肩をすくめる魔王。
「しかたないな。そーゆーと思った。……じゃあ、腕ずくでもどいてもらおう!」
 力の発動。魔王にまとわりつく血の雰囲気が、さらに鮮やかに燃え上がる。
 同時に、周りにいた男達の身体が、魔王とは反対方向の壁まで行ってぶちあたる!
 ……よそー以上に弱っちいぞ、こいつら。
「か……勝てるわけがない……!! 我が輩は逃げる!」
 情けないセリフを残してへっぴり腰で最初に逃げ出したのは……あ、さっきの自称武闘家殿じゃないか。
 どんっ!
「きゃっ!」
 自称武闘家は、那智にぶつかってころがるように逃げていく。
「てめえ! 謝るぐらい謝ってけ!!」
 俺の怒声も耳に届いちゃいまい。
 今になって那智がよろけた。そして……彼女の手が『守り神』の柄にふれた。その時だ。
 ――かっ!!
 魔王の時と同じような、しかし断然温かみのある青い光がその場にあふれた。
 『守り神が呼応せし者、それすなわち勇者なり――』
 俺は、さっきの大臣のセリフを思い出していた――。


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