第一章 〜3〜
「駿河ぁ、まだかなあ〜……?」 ため息混じりで那智が呟いた。 ――無理もない、さっきの乱闘騒ぎからすでに二時間が経過している。那智でなくともはっきり言ってあきる。かくいう俺も、かなりつまらなくなってきていた。 ちなみに乱闘騒ぎは城の警備員によって取り締められた。「守り神を見なくていいのか」の一言で場は収まった。うん、へたに手を出さなくて良かったよな。 「しかし……かなりかかってますねえ」 これまたため息混じりで言うのは孤玖だ。こいつはどうやら那智と意気投合したようで――那智がかなりなついたという前提があるが――今は俺達と三人で並んでいるのだ。 「そういえば……孤玖、連れがいるって言ってなかったけ〜?」 そういえば……さっきまでの世間話の中で、そんなこと言ってたような気もする。 「ああ、彼女なら、そのうち来ますよ。じっとしてるってことができない人だから……またそこらへんで踊り狂ってるんでしょう。それでいて僕に並んどけっていうんだから、まったくちゃっかりしてるというか……」 やれやれとでもいったぐあいに首を振る孤玖。彼女というからには女なんだろう。 そ、それにしても……踊り狂うってどんな奴なんだよ、その連れとやらは……。 ――って、おや?なんか、陽気な音楽が聞こえてくる気が……。 「なんだ? この音楽」 「なんか楽しいねぇ!」 「……そうか?」 俺達の横で、孤玖がはあ……と大きなため息をついた。 「……どうやら、僕の連れが来たようです」 ずんちゃかずんちゃかという音楽は、確かにこちらに向かっているようだ。 そして、その孤玖の連れとやらは姿を現した。 「やっほー! 孤玖、ちゃんと場所取りやってたかしら?」 ……なんつーか、孤玖とはまるで正反対ということをまず述べておこう。見た目は踊り子。はっきり言って美人だ、少しきつめという形容詞はつくものの。 孤玖と同じ部族出身なのだろう、髪も、瞳の色も同じだ。ただし、彼女は、前髪の一部をバリバリの原色緑に染めていた。 服は踊り子としてはまあ、わりとありきたりなもので、両腕には鈴が紐でぶら下がっている。 ……派手だな。別に化粧しているわけではないんだが、目立ちまくる。雰囲気が華やかなんだな。孤玖が静の美形なら、彼女は動の美女と言ったところか。 「高嶺(たかね)……いつものことながら、もう少し静かにできませんか?」 彼女――高嶺というらしいが――は完璧孤玖のセリフを無視すると、 「ほら、見て見て! 城下町のあたりでちょっと踊ってきたんだけど、それなりに儲かったのよ〜!」 そう言って自慢げに、じゃらりと十数枚の銀貨・銅貨を懐から取り出した。 「へえ」 思わず感嘆の声を上げた俺に、彼女は不審気な眼差しを向けてくる。 まあ、それが普通の反応だろうな。知り合いの側に見知らぬ人物がいれば。 「……誰あんた?」 もっともな質問である。 「『守り神』を見に来た駿河だ」 「あたしは、那智!」 「あなたがいない間に親しくなったんです。いい人達ですよ」 俺達の自己紹介のあとにフォローをいれる孤玖に、彼女はふーんと呟く。 「駿河に、那智ね……。アタシは踊り子の高嶺、呼び捨てでいいわ。孤玖がここへ来るって言うから、ついてきたの。こいつだけじゃ心配だからねー!」 からからと笑う高嶺に孤玖が少し顔を赤くする。 「ん、でもしっかり場所取りをしてるようね。ご苦労、ご苦労!」 「ご苦労じゃないですよ! そろそろいてくれないと、順番来ても呼びませんよ?」 「けちけちしないでよ〜」 といって高嶺は足でリズムをとる。 「僕だけじゃ心配って言っても、あなただって『守り神』を見たくてついてきたんでしょう? だったら……いいかげんおとなしくしたらどうです?」 「………………」 図星だったのか高嶺が黙り込み、足でとっていたリズムも止まる。 「まあまあ、そんなことでもめてないで、みんなで仲良く順番待ちしようよ、ね!」 那智がいかにも那智らしいことを言う――でもまあ、こいつの言うことももっともだ。 「そーだな、那智の言うことはもっともだ。どうせ順番はまだこねえんだし、ゆっくりしようか」 この意見には誰も反対などしなかった。みんなしてそこに座り込み、しばらくぼーっと時を過ごしてたのだが……。 「あともうちょっとですね……」 俺は半ばぼーっとした頭で孤玖の言葉を聞いていた。 いやあもう、疲れるのなんのって。何にもしないってのが、ここまで疲れるとは知らんかった。 すでにつまらないの域を越している。多分他の奴らも――ただし、暇だからと一人で踊り狂ってる高嶺は完璧別だ。こいつはホントにいつでも踊り狂っている――俺と同じなんだろう。普段からぼけてる那智でさえ、目がかなりうつろになっている。 「おい、那智。生きてるかー?」 「ほーえー……」 ……だめだ、死んどる。目に生気がない。 「そういえば……」 ぽつりと、孤玖が言った。 「お二人はこのあとどうするんですか?」 「え? ああ……この先のセリルの街で、漁獲祭が行われるらしいんで『守り神』の見物が終わったら行ってみるつもりだ。かなり距離があるが……二、三日中に出れば、十分間に合うからな」 そう、なんか知らんが俺は、うやむやのうちにセリルの街まで一緒に行くことを那智に約束させられていた。 本当うやむや。いつ約束したのか覚えていない辺り、なんかやばい気がするんだが。大丈夫か、俺。 「そのあとは?」 「うーん……俺は特に予定ないし……。那智、お前は?」 「………………ほえ? 別に何もないよ」 少しの奇妙な間隔を置いて那智が答えた。 「だとさ。那智はどうだか知らんが、俺は多分、しばらく適当にぶらぶらすると思う」 いつまで一緒にいるかは、さっぱりわからんけど。 ふむ……と考え込む孤玖。 「……でしたら、しばらくでもいいです。一緒させてもらえませんか?」 一緒、というのはつまり……。 「四人で旅をしようということか?」 「そうです」 頷く孤玖に俺は続けて聞いた。 「それならそれでいいけど……なんか、目的地とかないわけ? お前ら」 「目的地はありません。僕らの目的は、世界を見て回るための『旅』という行動そのものですから」 俺は別にいいし、那智に聞くのは時間の無駄だ。しかし、なぜ……? いや、一緒に旅をするのは嫌じゃないのだが。 「俺達と一緒にというのに、何か理由があるのか?」 「……この先は、最近よくモンスターがでると聞きます。僕も高嶺も少々は魔法を使えます。しかしそれはあくまで少々です。決定的なモンスターに対抗できる力というものがありません」 それでか……納得はいく。吟遊詩人と踊り子じゃ、安心して旅などできまい。 「俺は別にいいけど、高嶺はそれでもいいのか?」 反対したりしないだろうかという俺のささやかな疑問に、孤玖ははっきりきっぱりと答えた。 「彼女は自分が踊れればそれでいいんです。だから反対はしないでしょう」 ……ま、いいけどさ。孤玖の言ってることは事実だろう。高嶺はいつでも踊っている。彼女は踊ってないと思ったら、絶対どこかでリズムをとっている。天性の踊り子なんだろうという一言だけでは語れない。かなり変わってるよなあ……。 「そ。じゃあ……よろしくな!」 「こちらこそ……!」 すっと差し出した俺の手を、孤玖がそっと握ってにっこり笑う。 うーむ、心温まる光景じゃあないか! ――ちなみにそんな心温まる光景の隣では那智がまた死んでたし、高嶺の踊りはさらにエキサイトしていた。 ……こんな奴ら――孤玖はのぞかれることは言うまでもない――と一緒で、はたしてまともな旅ができるのだろうか。一抹の不安があるぞ。 そう思った矢先だ。 ――かかっ!! 蒼い光が奥の、そう、ちょうど『蒼の守り神』が祭られているらしい見学会場から漏れてきた。 ――一体、何事だ!? そう思うと同時に俺は走り出している。何かが起こっているかもしれない――そう思うと、じっとしてはいられなかった。 野次馬根性と言えばそうかもしれないが、知的探求心に止めて欲しい。 「ちょっと、おいてかないでよ!」 三人も俺のあとからついてきたようだ。 「止まれ止まれとーまーれーっ!!」 扉の前で兵士が立ちふさがり、大声を張り上げる。 ああ! もう、うっせーなー!! どうにかしてこいつをどかせようと思った俺の耳に届いたのは 「邪魔よっ!!」 という高嶺の喜々とした警告。 俺の横を風のようにすり抜けた彼女は、そのまま兵士の目の前まで詰め寄った。 「え? ちょ、ちょっと……!」 どげしっ! 兵士の慌てもなんのその。高嶺の蹴りが、兵士の顔面にのめり込んだ。 不謹慎だが、あまりの光景に思わず噴き出した。 「……やるじゃん」 感嘆の意をこめ笑って言うと、高嶺もにっと笑う。 「ふっふっふ、まかせなさい!」 「うっし、先に行くぞ!」 「そうですね」 意外にも、にこやかに賛同したのは孤玖だった。めちゃくちゃ爽やかな笑顔で言ってる分、けっこう怖いかもしれない。孤玖もなんだかんだ言って、一筋縄でいく性格ではないようだ。 とにかく、俺は兵士を横にずらして扉を開けた。 ←BACK◆NEXT→◆本編TOP |