第五章 〜5〜
 岩に立てかけられたままの蒼月が、ぽつりと呟いたのはしばらくたってからだった。
《――方法が、無いわけではない》
 ぎりりと歯ぎしりをしていた俺達に、蒼月が小さく、独り言のように呟いた。
「じゃあ、それ」
 即答した俺に、蒼月が慌てる。
《内容を聞いてからにせんか!》
「……とりあえず言ってみろって。その、方法を」
「まあ、聞くだけはタダですしねえ」
 蒼月はかなり乗り気でないらしく、口が重い。
《……リスクが、高いぞ?》
「だが……このままだと全員お陀仏だろ?」
「この若さで死ぬのはいやよ、アタシ」
 ちゃかした風に言った俺達のセリフに、蒼月はやっと覚悟を決めたのか、ゆっくりと口を開いた。
《駿河が、私を使うのだ》
「……勇者以外に使えないはずでしょう? 駿河にどう使えと言うんです」
 そう、『守り神・蒼月』は勇者の、勇者のためだけにある剣。他のものが握ったとて、本来の力を発揮するどころか、剣としてすら使えないはずだ……。
 ああ、鈍器として殴るなら使えるか。だがそんなモン、なんの足しにもならん。それなら道端の岩を投げた方がよっぽど効果的だ。
《駿河よ、まどろみの中で出会ったことを、覚えているか?》
「まどろみ……? ああ、あの夢か? 紫明が出てくる前の。俺がまだ並んでたときの」
 そうだと頷く蒼月。
《あの時私は言ったはずだ。似た雰囲気をまとっていると……》
 その一言で、今まで記憶の彼方に追いやられていた会話が、少しだがフィードバックしてきた。
 似た雰囲気ねえ……? そういえばそんなことも言っていた気がするが。それが?
「駿河、あの前に蒼月と面識があったんですか?」
「あ、ああ……まあな」
 聞きたいと目を光らせる高嶺と孤玖に、ここから無事に脱出が出来たらと無理矢理納得させ、蒼月に先をせかした。
《今こうして剣としているのは、訳あってのことで、私は……元々はただの精霊だった。だから、私が持つ剣としての性質は、私自身の性質ではない。そこに、つけ込む隙があると思う》
 あごに手を当て、真剣な表情で蒼月は自分の考えを話す。
「つけ込む隙ですか?」
《そうだ。私が勇者を選ぶのは、剣になる前からのことだが、好みの問題だ。しかし剣自体はそうではない》
「で、結論は?」
 先をせかした俺に、蒼月はそれまで下にしていた視線を、俺の方に向けた。
《剣は雰囲気で判断している。その者が勇者か勇者でないか。ようするに、剣の力が勇者の雰囲気に反応する仕掛けになっているのだ》
 そこまで言われれば、なんとなく言いたいことが理解できた。思わずパチン!と指を鳴らす。
「なぁるほど。俺は那智と似た雰囲気……つまり、俺は勇者の雰囲気に近いわけだな」
「剣を、騙そうというわけですか?」
 俺の後に続いていった孤玖の模範解答に、蒼月はゆっくりと頷いた。
《ああ。かぎりなくお前と那智の雰囲気は似ている。その差は薄皮一枚といっていいだろう。だが、その薄皮一枚が決定的な違いでもある。いくら似ていても、剣を完全にごまかすことは難しい……》
「じゃあ、どうするのよ?」
《だから、私も一緒に剣をごまかそう。薄皮一枚分を、私の感覚でカバーする》
「……出来るのか?」
 確かめた俺に、蒼月は言った。
《努力はする……が、先程も言ったとおり、リスクが高い。私ではない。駿河、お前のだ。いくら私がごまかしても、だましきれない部分が出る。その反発は私ではなく、全てお前の方に行くだろう……それは、お前の寿命を縮ませかねない》
「寿命……ですか」
 俺よりも、側で聞いていた高嶺と孤玖が顔を青くした。
 寿命ねえ……。あんまり、ピンとこないというのが事実だが。
 俺は地面に刺さったままだった蒼月を、グッと引き抜いた。
「ふむ……」
 両手で柄を握り、感触を確かめる……悪くはない。むしろ、感触だけはいい方ではないか。さっすが伝説の剣、いい仕事してるねえ。
「駿河、どうする気なの?」
 心配そうに見てくる高嶺に答えないで、俺は今一時タッグを組む相棒に声をかけた。
「そいじゃあ、蒼月。行こうか」
《お前、人の話聞いてたか?》
「聞いてたさ。寿命が縮む……だろ?」
 あまりに軽く言ったせいだろうか。蒼月が疑わしげに俺に問いかけてきた。
《そうだ。脅しなどではない。しかもそこまでしたとて、私の力は本来の数分の一しか発揮されない……命を懸けるのにだ。一体どれだけ消費するかもわからぬ》
 重々しく言う蒼月に、俺は剣をクルクル振り回して手に馴染ませながらすっぱり言った。
「ンな細かいことは、後で考えりゃいいだろうが」
《こ、細かい!?》
 目を見開いて動揺する蒼月。
「今の状態でそんなこと言ったって始まんねえんだ。確かに、寿命が縮むってのはお世辞にも嬉しいことじゃないさ。だが……ここでその方法をとらなければ、縮むどころか人生の終わりだろうが。他に手がねえなら、やるしかねえだろ!」
 言いきった俺に、蒼月が痛ましそうに目を細める。
《……死が、怖くないのか? それとも実感がないだけなのか?自分が犠牲になるのを嫌だと感じぬのか?》
 恐る恐るといった感で問いかけてくる蒼月に、俺は肩をすくめてみせる。剣を持ったままだから、少し変だったけど。
「さーて、どっちだろうな。死が怖くない訳じゃないが、ここで全員のたれ死にも嫌だしな……それに、身内が目の前で死ぬことほど、後味の悪いことはねえし」
 再び脳にフラッシュバック。
 ああまたか。旅に出てから最近よく思い出す。両親が死んだ時のことを。俺は幼すぎて、何の力にもなれなくて。ただ、守られることしか出来なかった。
《……駿河?》
「――あ、いや……。なんでもない」
 思わず自嘲気味に言ってしまった一言に、俺ははっとする。
 蒼月が、そして仲間達が心配そうに俺を見ていた。もう一度なんでもないと繰り返す。
 なんでもないと言った俺の言葉を信じたのか、蒼月は、話を元に戻した。
《覚悟は出来ているというのか?》
「さっさとあの自称神サマぶっ飛ばして、宿屋でうまいモン食い過ぎて死にそうになる覚悟は出来てるな」
 俺の答えを聞き、蒼月は《やれやれ》といった様に苦笑めいた顔をした。
《まったく、どこまでもつかみにくい奴だ……いいだろう。そこまで言うならば、私の力、なんとかお前が使えるように努力してみよう……》
「そーこなくちゃな!」
 にんまりと笑ったすぐ横で、小さくため息をつく声が聞こえた。金色の髪をさらりと揺らし、俺の目の前に孤玖が立った。
「止めても……無駄なんでしょうね」
「……そうだな」
 ぽん、と肩に手を置かれた。……高嶺だ。
「死んでも骨は拾ってやんないわよ? ここで死なれたら、後味が悪すぎるわ……だから、なんとしても生き残りなさい!」
「……わかったよ」
 高嶺流の励まし方なんだろうが、思わずがくりとくるその言葉に、俺は脱力する。
 すると今度は、紫明が逆さになって空中に浮かんだまま、俺の前に顔を出した。
「紫明……」
「俺がサポートしてやる。数秒だがあの蛇野郎の動きを止めるからありがたく思いな! ただし……これは切り札だ。最後の手段だ。チャンスは一回。その一回で、決めろ!」
 指を突きつけられ、尚かつ「いいな!」と念押しされて、俺はこっくりと頷いた。 
《では駿河。私をつかんでいるな……意識を集中しろ。気の使い方は、血無よりも、武闘家のお前の方が優れている……自分を信じろ。それがお前の武器だ!》
 『気』というのは……有り体に言えば精神力に近い。自然にも体にも存在し、絶えず流れている目に見えない力だ。気合いと言ってもいいかもしれない。
 言われたとおり、意識を集中する。すると蒼月が、蒼く輝いていくのが見えた。
《そうだ、うまいぞ……刀身が輝いているのが見えるだろう?》
 こっくりと頷くと、蒼月も静かに頷いた。
《辛いだろうが、その状態を維持しろ。後は普通の剣と同じだ。敵に叩きつけた瞬間、気を解放するのだ》
「オッケー……」
 とはいったものの、かなり辛い。予想以上だった。寿命が削られるというのもあながちはずれてはいなさそうだ。
 ――たしかにこりゃあ、重労働だな……。
 額に脂汗が流れてきた。体中の力という力、それら全てが吸い取られていく……。剣を握ってるのでも精一杯かもしれない。
《行くぞ、駿河!》
「おうよ!」
 手からこぼれ落ちそうになる蒼月を必死に握り、汐澄の前に飛び出した。結界から出た途端、汐澄が俺の存在を確認する。
「邪魔者ガ! 巫女ヲ出セッ」
「そう簡単に渡すかよっ!」
 鎌首を揺らして襲いかかる汐澄を、俺はすんでで避けた。
《駿河、無事か!?》
「ああ、なんとかな」
 いいながらも、すれ違いざま、汐澄に一撃。ぷしっという軽い音とともに、汐澄から血が流れた。
「かすっただけか……それでも、なんとか効くみたいだな」
 蒼月の力が俺でもなんとか使え、しかも通用していることがはっきりして、俺は口元の笑みを深くした。
「グッ。コシャクナ……!」
 ゆらりゆらりと左右に振れながら襲いかかる巨大白蛇を、俺は隙間をくぐり抜けながら何度も斬りつける。
 一つ傷を付ける度に、体からどんどん力が抜けてゆく。そのせいで何度も剣をすべり落としそうになるのを、内心冷や冷やしながらもなんとか抑えた。
「蒼月……刀身の色がどんどん深くなってる気がするんだが……?」
 刀を振るう度、疲労にあわせるようにどんどん蒼さが増している。それは俺の気のせいではないと思う。それとも、疲れで目が霞んできたとでも言うのだろうか。
《うむ。それはお前の気と共鳴して、剣の力が高まっている証拠。魔王ではないが、倒せるチャンスは一回になるだろう。お前の体が持たないからな。後もう少し……私の合図を待て》
「……わかった」
 要するに、もう少しふんばれってことね。
「やってやるよ……!」
 もう少し、もう少しと自分に言い聞かせ、剣をふるう。それをくり返すほど疲労は蓄積され、息は荒くなり、めまいまで起きてくる。汐澄の攻撃がかすったことも、何度かあった。
 それでも倒れず、剣をふるえているのは気合いというか根性というか、半ば以上の意地だろう。こんな所でくたばってたまるか、という。
 だが、その間にもどんどん刀身の光は強くなった。蒼い蒼い、那智が勇者として目覚めた時の光によく似ている。どんどんあの日の輝かしさを取り戻す。
 そろそろ意識がとぎれそうだと思ったその時、今までよりもはっきりとした蒼月の声が聞こえた。
《駿河、よくやった。いくぞ……!》
 その声に、意識が覚醒する。汐澄を、倒すのだという決意で、目の前も霞も取り除かれた。目の前には、幾筋も赤い血を流した白蛇の姿。
 これで最後だと、もう一度、しっかりと剣を握りなおした俺を確認した蒼月が、頷き声を上げた。
《――魔王、足止めを!》
 蒼月の合図とともに、紫明が印を結び、詠唱を始めた。
「へーへー……………魔に属せしモノ、我が配下たりしモノ、我が力流れしモノよ。我が命に従うことこそ汝の理。汝が名、我が望みにおいてその身を束縛せん。汝が名は汐澄、我が声を聞け!」
「――グオッ……!? ナ、ニッ………」
 しめたっ!! さっき紫明がわざわざ名前を聞いたのはこーゆーわけか!!
 紫明の呪文……命令とともに、汐澄の動きが止まる。
「駿河、さっさとしやがれっ!」
《行けッ、駿河ッ!!》
「駿河! やっちゃいなさい!!」
「今です!」
 四人の声が重なって聞こえた。
 ――腕が痛い。
 ――足も痛い。
 ――目はちかちかするし、指先に力は入らない。
 それでも。
 四人に後押しされながら、俺は最後の力をふりしぼるように、剣を振りかざし汐澄の頭部まで跳ね上がった。
「でええええええええええええええええええええええいっ!! くたばりやがれええええええっっっ!!!!」
 渾身の力を込めて汐澄の頭に振り下ろした剣先は、あっさりとその身を断ち切っていった。頭から真っ二つに、汐澄の体が裂けていく!!
「グガッ、グッ、グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!」
 汐澄の断末魔。そして白い煙が一面に広がり、俺の足はやっと大地についた。
「つう……っ」
 これでだめだったら、もうだめだ。情けない話、俺はもう、立ち上がることさえ出来ない。蒼月を握りしめたまま、その場に座り込んだ。
《大丈夫かっ、駿河!?》
「なん、とか……生きてる、けど……」
 汗がだらだらと止まらず、あごから滴り落ちるのが、非常に不快だった。咳き込みそうになる体をなんとかごまかして、俺は荒い息をつく。……これで吐血とかしたらどーしようか、もう。
 やがて、煙が晴れるとそこには一匹の白蛇がいた。とはいえ、普通サイズ。
「……これ、汐澄……か?」
《そうだ。お前に斬られ、魔力が尽きたんだろう……先程の白い煙は、ここの主のものだと思われるがな》
「主。つーことは……?」
 潮来様がよみがえるって事か……?そう思いながら呆然と座り込んだままだったそこに、駆け足が近づいてきた。
「駿河ぁぁぁぁっ!!」
 半泣きの声に、この足音は……。
「那智! 目が覚めたのか!」
「うわあああああああああん! 駿河死んじゃヤダああああああああ!!」
「いや、生きてるし。な、生きてるって」
 飛びついてきた那智をなんとか抱きとめながらその後ろを見れば、のんびりと歩いてくる他のメンバー。
「なんだ、生きてたのねっ!!」
「しぶてえ野郎だぜ……」
 ……なんか、素直に喜べない。生きてちゃ悪かったのかよ。
「ご無事で、安心しましたよ、駿河」
 一番まとも。ありがとう、孤玖。
「……終わった、な」
 大きく疲労と安堵のため息をついた俺に、孤玖と高嶺が頷く。
「はい、終わりましたね……」
「一時はどうなるかと思ったけどね」
 蒼月を杖代わりに、どうにか立ち上がる。ふらふらで、歩けるかどうか定かじゃないが、いつまでもここにいるわけにもいかない。
「はぁ……さ、帰るか!」
 俺の意見に満場一致。みんなが喜色満面の笑みを浮かべる。
 帰ろうと足を洞窟の方に向けたとき、那智がぴたり止まった。
「駿河、ちょっと待って。この子、ここに返すから」
 そう言って那智は、先程拾った無生物を懐から取り出す。そして未だ汚い湖に近づくと、躊躇しないでふたを開け、中身を全部ぶちまけた。
 するとどうだろう。今の今ままで汚くてどうしようもなかった湖が、まるで波紋を広げるように、透き通ったそれに変化していくではないか!
 湖が完全に透き通り、澱んだ空気も消えたそこは、先程とはまるで違って見える。変化が終わった後すぐに、どこからか、美しい女の声がした。
《――大儀であった、皆の者………》
 同時に、湖の上に半透明な髪の長い女性の姿が現れた。蒼月にそっくりな状態のこの女は、もしかして……!
《妾は潮来。この海にてセリルの者と共存するものなり……》
 やはり。ビンゴ!!
《汐澄をうち破ってもらったおかげで、妾もやっと目覚めることが出来た……心から礼を言おう。妾だけの力では、今回の事件解決まで、もっとかかっただろう。特に那智、妾の声を聞き、よくぞここまで連れてきてくれた》
「あの水が、あなたそのものだったわけですか?」
 照れてる那智の横、孤玖の問い。
《近いな。妾の力は水。特にあれは妾が力をこめしもの。そして精霊である妾達にとって、力こそが自分自身……そうであろう? 蒼月。久方ぶりだのう》
《……そうだな》
 いきなり話を振られた蒼月は、特に驚いた様子もなく頷いている。
「そーちゃんと、潮来様、お知り合いなの!?」
 那智が、俺達全員の驚きを代弁して叫んだ。その様子に潮来様が「ほほほ」と口元に手をやり優雅に笑う。
《それは気の遠くなるほどののう! 蒼月、いつもの事ながら良いマスターじゃ。うらやましいぞえ?》
 からかうような一言に、蒼月は少し眉をひそめた。
《お前こそ。この街自体がそうなのだろうが》
 照れたのか、いつもよりもさらに口調がぶっきらぼうだった。それに対し潮来様は、否定も肯定もせずに、ただ「ほほほ」と微笑むだけ。
《さて那智。迷惑ついでにもう一つ頼みたいのだが》
「はい、あたしにできることなら!」
 那智の元気良い発言に、潮来様は《そうかえ、そうかえ!》と微笑む。そして地面に横たわる白蛇をそっと持ち上げた。
《頼みたいこととはのう……汐澄を、浄化させてやることじゃ》
 浄化……? 自分を封印していたものに、わざわざそんなことをするのか?
「てめえも物好きだな、潮来よ」
 バカにしたような紫明の声に、潮来様は悲しそうに微笑んだ。
《そう言うな、赤き覇者殿よ。これも可哀相な男でな。遠い大陸で、元は土地神として崇められておったのだが、そこに別文化が入ってきてのう。邪神として家族を殺され、自らもまた重傷を負ったのじゃ。そして妾の元に来て、ここにある力に心を奪われてしまったのじゃろうなあ。我が力の源を全て奪い取り、自らのものとして人に復讐を果たそうとしたのじゃよ……》
 どちらが悪いとも言えないと、潮来様は呟く。そんな様子に心を打たれたのか、那智は潮来様に近寄り大きくうなずいた。
「どこまで出来るかわからないけど、お手伝いします!」
《すまないの。ならばこちらに来てたもれ》
 手招きする潮来様に、那智は素直に近づいた。
「あたしは、なにをすればいいんですか?」
《そなたがそなたであればよいのだよ……。そなたの力は、もうすでに目覚めているのだから……》
「ほえ?」
 那智の手に、潮来様の半透明な手が重なる。愛おしそうに那智を見つめ、ささやくように教える。
《祈ってたもれ。この可哀相な魂のために。来世では幸せになれるよう、今生でのしがらみから解放されるよう……この者のために、祈りを》
 潮来様の透き通ったからだが、青銀に光る。蛍のような光の粒が、洞窟内に発生し、汐澄の周りでくるくると踊った。
 それを見た那智に、異変が起こったのはすぐだった。潮来様の光を見た途端、那智も蒼く光り出したのだ。覚醒の時と、汐澄をどこからか引きずり出した時と同じ蒼だ。
 だが、前者のような眩しさもなく、後者のような厳しさもない。それは暖かな、優しい、全てを包み込むような光だった。
《汐澄……空と大地に還れ。妾と那智がおくってやろう。空に、大地に広がれ。そしていつか巡り巡って戻ってくるがいい。妾はその時を楽しみにしていよう……》
「そう、還りなさい、空と大地に。憎しみも悲しみも全て忘れてお眠りなさい。ただ安らぎに身をあずけて、来世の夢を見るといい……」
 潮来様の祈りに続いて、那智の祈りが続いた。那智の声でもなく、血無の声でもなく、まるで初めて聞くようなその響きに、俺たち全員がただ呆気にとられていた。
 蒼い光のせいか、那智の姿が、神々しく見えた。それは、俺だけではなかったと、後日にわかる。


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