第五章 今日もいい天気!
 今、俺の目の前には一着の服がある。肌触りのいい黒い布で出来た、武闘着だ。
 朝起きて、顔を洗って飯を食った後、俺達は着替えて欲しいと頼まれた。
 例え『影』を退治に行くのだとしても、場所は潮来様の神殿だから、体を清め、そしてなおかつ、正装で行って欲しいとの理由だった。まあ……筋は通ってるわな。
 他のメンバーも、風呂に入れられ、ごしごし体をこすられて、各自用意された服を着ようとしているのだろう。……しかし、体が痛い。ちょっと擦りすぎじゃないか?
 ちなみに俺だけは、特別に頼んで、服は自分のものにさせてもらった。
 相手は神を封じるほどの力の持ち主だ。俺も、全力でかからなければならないだろう。下手したら死力を尽くすことになるかもしれない。そうなると、普通の服では、俺の動きに耐えられない。特別なものが必要になるのだ。
 ズボンをはいて、タンクトップを着てから中紐を縛る。その上から上着を羽織った。ひんやりとした肌触りが心地いい。腰布を幾重にも巻いて、横で縛れば、はい完成。最後にざんばらなままの髪の毛を黒紐で縛れば完璧だ。
 鏡の前でおかしな所がないか確かめる。……ん。平気。
 黒い武闘着は銀糸で刺繍がなされた、見るからに高価そうな品だ。これは旅に出るとき、師匠がもしもの時のためにと、持たせてくれたものだ。
“もしも、お前が本気を出さなくちゃならない時が来たら、まずいだろう?”
 そう言って、ぶっきらぼうに渡されたこの服。その『もしも』時に着てなかったらどうするのかと、どうやって着替えるんだと言った俺に、師匠は煙草をふかしながら言った。
“そんなのは運だ、運。てめえに運があるなら、着れる状態にあるだろうさ”
 ……確かにその通りだったよ、師匠。早速着なきゃならない状態にぶち当たった。持たせてくれて、感謝してる。
 妙に確信めいた風に渡されたことを考えると、師匠はこんな事が起こると予想してたんだろうか?あの人はいつも意味もなく自信満々な表情をしているから、どうにも真意が推し量りにくい。
 とりあえず、俺は師匠の気遣いに感謝する。この服を持たせてくれただけで、かなり助かった。
 鏡の前で、パン! と自分の両頬を叩いて気合いを入れた。
「うっし……行きますか!」
 そのまま、部屋を出て集合場所に向かう。
「あ、駿河ぁ〜。やっと来たね!」
「あらら。俺が最後か」
 広間に行くと、すでに全員が集まっていた。みんな、それぞれ用意されたらしい、見慣れない服を着ている。正装というだけあって、微妙に豪華で高そうだ。
 那智が、薄いレースの裾をひらひら揺らして近づいてきた。髪の毛や肩から腕にかけて巻いたピンク色の薄手のショールには、色とりどりの小さな花が散りばめられている。それが那智自身の小柄さも相まって、妖精のような感じをかもし出していた。
 どう見ても『勇者』とか、『戦う』とかいう言葉が思いつかない彼女の服は、もしかしたら『巫女様』が着るはずだった衣装なのかもしれない。
「駿河の服、かっこいいねえ〜」
「おや、駿河。これは東方の衣装じゃないですか。こっちではなかなか手に入らないでしょう? 珍しいものを持ってますね」
 ひょいと俺の腰ひもを持ち上げて、しげしげと見る孤玖。
「ああ。なんか知らんが、師匠が沢山持っててな。俺も昔からこれを着てたんだ。師匠の知り合いが特別に仕入れてくれてるらしい」
「ではみなさん、お集まりになったようですし……神殿へ、ご案内させていただきます。私の後を着いてきてください」
 言って、霞さんと平波が先頭に立った。俺達はその後をぞろぞろ着いてゆくことに。
 玄関から出ると、目の前には立派な黒塗りの馬車が。つながれた栗毛の馬が二頭、召使いらしき人物にブラッシングされている。
「とりあえず、海岸まではうちの馬車でお送りいたしますわ……爺、頼むわね」
「承知いたしました……」
 言われて、昨日に続いて音もなく出現した執事さん。どうやら彼が御者を務めるらしい。なかなかオールマイティな人だ。
 御者台に上がって、手綱を取る。霞さんが自ら入り口の戸を開け、中を指し示した。
「さ、どうぞ」


 ひんやりとして澄んだ空気が頬に当たっている。静かな建物の中には、どこか神聖な雰囲気が満ちていた。
 ほんの十数分前に、俺達は件の神殿とやらについた。ちなみにその時点で、霞さんや執事さん達は帰した。……何があるかわからないしな。
 海に面した崖の下に、その建物はあった。建物とは言っても、元は自然に出来た洞窟に、潮来様を慕う街の者達が改修を施して作られたものらしいのだが。
 作られて何百年と経っているにもかかわらず、損傷などはほとんど見られない。きれいなものだ。
 外から見ると、少し豪華な扉のついた洞窟そのものだったのだが、中はまるで違っていた。
 白い壁と柱に、同じく白の祭壇。全体的に白で整えられた神殿は、そこにいるだけで気持ちが引き締まるというか……厳かな気分になる。
「へえ……結構たいしたもんだな、潮来ってのは」
 きょろきょろと辺りを物珍しそうに見ていた紫明が、感心したように口笛を鳴らした。
「紫明がそんなこと言うなんて、珍しいわね?」
「言っておくが、オレが言ってるのは、この神殿の事じゃなくて、神殿に張られた結界についてだからな?」
「結界?」
 オウム返しに尋ねた俺に、紫明は頷く。
「ああ。潮来って奴が張ってるんだろうな。眠りの中でもこれだけ有効だとすると……なかなかやるな」
 ぺろり、と唇を一なめ。腕組みをした紫明の瞳は、楽しげに輝いている。
 ……あー、なんだか違う意味でやる気満々ですか?
「じゃあとりあえず、奥に行きましょうか。確か、祭壇の後ろにある扉が入り口だって、言ってましたよね?」
 祭壇を見ると……お、あるある。
 壁と同じく白だから同一化してわかりにくかったが、確かに祭壇の後ろには、扉があった。その奥が、普段潮来様がいる本当の場所へと繋がる道なのだそうだ。
 全員で近寄って、その場に立つ。扉が他に見あたらないところを見ると、ここで間違いないらしい。
「……あれぇ?」
 のほほんとした声が、一番後ろで待機していた那智からあがった。見れば、彼女の視線は祭壇の下の方に向かっている。
「なんかあったのか?」
「んっとぉ〜」
 俺の問いと同時に那智はその場にしゃがみ込むと、勢いよく祭壇の下に手を突っ込んだ。
「おっ、おい……!?」
 あせる俺達の目の前で、彼女はつっこんでた腕をごそごそ動かすと、しばらくして引き抜いた。その手には、何かが入った入れ物が。
「見〜つけた!」
 自分の手の平よりも小さなそれを指でつかみ、見せつけるようにして誇らしげに笑う那智に、俺は大きくため息をつく。
「お前、何かあってからじゃ遅いんだぞ!? 勝手なことするなよ!」
 ……はーあ。良かった、何もなくて。
「だってー、呼ばれたんだもん」
 那智は不服げにぷうと頬をふくらませると、下から俺を見上げた。
 呼ばれた……って。
「……なにに?」
「これ!」
 満面の笑みで、先程の入れ物を差し出す那智。ちゃぷん……と小さな水音がする。
 み、ミステリー……。
「これに、呼ばれたと……ちょっと、見せてもらってもいいですか?」
「うん。いいよ〜、孤玖」
 孤玖は那智の手から慎重にその入れ物を受け取ると、ひっくり返したり、太陽にすかしてみたりと丁寧に調べ始めた。
 俺も一緒に見てみたが……細工とかのせいで多少高価そうではあるが、入れ物は簡単に手に入りそうなものだ。中身が液体なのは、音からも確かだろう。
 さすがに中を開けるまではしなかったが、十分調べた後、孤玖は入れ物を返した。 
「……ありがとうございました、那智」
「何かわかったの? 孤玖?」
 高嶺の問いに、孤玖はゆっくり瞳を閉じ、しばらく黙り込む。そして、再び瞳を開け、はっきりきっぱりと言い放った。
「――わかりませんでした」
「ちょっと待ちなさい」
 あまりにもはっきり言ったせいか、高嶺の額に青筋が。襟をつかんでにっこりと凄味のある笑顔を近づける。
「あの、高嶺……苦しいんですけど……」
「あんたの無駄な知識はこーゆー時にしか使わないのよ!?わかんないとはどーゆーわけかしら?」
「さ、さりげに失礼なこと言ってますねえ……」
 あははははと苦笑いで逃げようとする孤玖。しかし、高嶺は逃がさない。たらりと汗を流すと、彼は正直に答えた。
「そんなこと言われても……わからないものはわからないんです。マジックアイテムとかでもないようですし……そうだ。紫明、あなたなら何か感じませんか?」
 襟をつかまれたまま首だけ回転させて紫明の方を見る。
「ああん?」
「わかるの、紫明〜?」
 めんどくさそうにする紫明に、那智が期待に満ちた眼差しを送る。その途端、紫明はいつものごとく、にっこりと輝かんばかりの笑顔で那智を見た。
 ひょいと那智から入れ物を取り上げると、紫明はそれを手の平で転がした。目を細めて観察するように見つめると、小さく確信に満ちた声を出す。
「こりゃ……水だな」
「水? ただの水なのか?」
「いや、ただのじゃない。祈りが……力が込められてる。なんて言うんだっけ、こーゆーの。清掃? 精製? 正数??」
「きれいにしてどうする、何を作る気だ、数がどーして出てくるっ!!」
 真剣に悩んでるらしい人間事にうとい次期魔王の天然ボケに、とりあえず俺はつっこみを入れてゆく。
「で、結局お前は何が言いたいんだよ?」
「……うんとー、もしかしてぇ、紫明が言いたいのって『聖水』?」
 那智の言った正解に、紫明はぽん! と手を打つ。
「そうそう、それそれ! さっすが那智!!」
 そう言ってぎゅっと那智を抱きしめて、頬ずりをする。
「うにゃ?」
 ぱたぱた揺れる那智の手足。そのまま十数秒が経過。高嶺が少し苦笑いしながら、紫明を那智から引っぺがした。それに紫明はムッとした表情をする。
「なにをすんだ」
「はい、おあずけ。待てね、待て」
「オレを犬と一緒にしないでもらいたいんだが」
「那智がこんな危険なことする羽目になったのはあなたのせいだもの。少しぐらいの意趣返しは良いと思うのよ、アタシは」
 そう言って、引きはがしたばかりの那智を、今度は自分が抱きしめる。
「わーい! 高嶺、ふかふかー」
「くっ……!!」
 高嶺の胸に頭を押しつけられ、機嫌よさげに笑う那智の姿。そして勝ち誇った表情で「ふふん」とあごをそらした高嶺に、紫明は悔しそうに歯ぎしりをする……。
 高嶺よ、お前もなんだかんだ言って那智スキーか。今にも高笑いし出しそうなその様子に、俺はこっそりとため息をついた。 
「まあとにかく!」
 このままどこまでも脱線(特に那智争奪戦)していきそうな雰囲気を感じ取り、俺は声を大にした。
「この奥に行かなきゃなんねえだろ。那智、それでいいな?」
「うん、いいよ〜。お話しなきゃ。……でね、駿河ぁ」
「ん? なんかあるのか」
 言いづらそうにする那智に、俺は首をかしげた。
「あのね、このこもつれてってあげていい?」
「このこ……?」
 そう言って握りしめてるのは、先程の入れ物。その瞳は真剣そのものだ。
「一緒につれてって、って言ってるの〜」
「……お前がそうしたいなら、止める気はないけど?」
 どうやらその無生物と会話が成り立っているらしいことに、俺は心の底から驚愕する。が、那智ならありえないこともない気がして、とりあえず了承を出す。
「うん! ありがと、駿河っ」
 入れ物相手に「良かったねー」と話しかけるその姿は、多少怖いような気もするが、とりあえず考えないことにしよう。
「じゃあ那智。霞さんから預かった、鍵を出してください」
「うん!」
 那智はポケットに手を入れると、がさごそとまさぐり始める。
「えっと〜……あ。あった!」
 ポケットから取りだしたのは、いかにも年代物の風格を持った鍵だ。年代物ではあるがよく手入れされていて、錆などはない。
「ほんじゃあ那智。思いっきりあけちまえ!!」
「わかった〜」
 紫明の声援に答え、那智が扉に近づく。知らず全員が、ごくりと唾をのんだ。
 那智の手が鍵穴の前に行き、鍵の先っぽが、黒い穴に埋まった。カチッと金属が当たる音がして、奥深くまで突き刺さる。そして那智がそれを、ゆっくりと回した。
 カチャリ。鍵があき、扉が開かれた……。


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