消えた砂塵 後編
 ごほりと咳き込むと、喉の奥から熱いものがせり上がってくるのがわかった。
 鉄の香りが口の中一杯に広がって、流石は顔をしかめる。
「ここまで……か」
 小さく呟き目をつぶる。
 かつて騎士時代によく嗅いだ……慣れ親しんだと言ってもいい香りが、自分を取り巻いているのがわかる。
 とてつもなく不吉な香り……死がすぐそこまで近づいているのが、嫌というほどわかった。
 すでに盗賊達の姿はない。あらかたは流石と菖蒲の二人で片づけた。残りに数人は、逃げたのと、馬車をあさってたのと……まあ、そんな感じ。
 動かない二人を死んだと思ったのか、ほうほうの体で逃げていった。目的は果たしたと言うことだろう。
 ごふり……と吐血して、流石は笑う。
 しゃべれないこと、動けないことに歯がゆさを感じながらも、意識がなくなるまでの時間を必死に思考に費やそうとした。

“……後悔してない?”

 突然聞こえた、脳内に響いた声は、まぎれもない菖蒲のものだった。
 瞳をなんとかこじ開けると、すぐ先に、自分と同じく倒れた菖蒲がいた。血だらけのまま、彼女は思念だけ送ってくる。
“国を出たこと、後悔してない?”
 脳に直接響くその声に、流石は薄く笑うと、声に出さずに答えを出した。
“後悔? なんでそんなことをするって言うんだ?”
“あのまま騎士でいれば、少なくともこんな風に死ぬことはなかったでしょう? あの時に、皇子に言われたとおりにお見合いしていれば、もっと平和でいられたんじゃない?”
“それは、お前も同じだろう? 立場的には同じだった。だけど俺は、お前を皇子に渡すつもりはサラサラなかった……だから一緒に国を出てきたんだろう?”
 はっきりと、迷うことなくいった言葉に、菖蒲が小さく笑うのが見えた。
“あなたらしい……”
“それに、こういう生き方してた俺だ。遅かれ早かれ、のたれ死ぬのは覚悟の上だった……お前を守れなかったのは、予想外だったが”
“私は護られるだけじゃ嫌だったの”
“よーく知ってる”
 死に際に、こんな話をしている自分たちがバカみたいだと思いながら、流石は壊れきった体で大きく息を吸った。
“榛戯……無事だといいわね”
 心配そうに呟かれた一言。流石も同じ気持ちだったが、わざと明るく言った。
“なーに、俺とお前の子供だ。大丈夫だろ!”
“うん……”
 嬉しそうなそれを最後に、菖蒲の思考がとぎれる。悔しさと情けなさで、叫びたくなるのをこらえながら、もう一度大きく息を吸った。
 幸せに……どうか幸せに。
 孤児となるあの子は、これから色んなことを言われるかもしれない。
 たった一人になってしまう我が子の幸せを、祈らずにいられない。
 自分達がいなくても、強く、たくましく……そして優しく育って欲しい。
 泣いてもいい。くじけてもいい。後ろを振り向いても、いつか笑って立ち上がって……前に進めるならそれでいい。何物にも変えられない、己だけの人生を作れ。
 生きてる限り、苦しみも悲しみもあるだろう。
 それでも同じだけの喜びもあることを、感じて欲しい。そしてそれは自分で作れるものだということをわかって欲しい。
 それが望み。自分と菖蒲の、何よりの望み。
「生きろ、榛戯……そして…しあ、わせに……………………」
 静かに閉じられた流石の瞳は、二度と開かれることはなかった……。


「……父さん?」
 森の中、助けを呼ぶために走っていた榛戯は、流石に呼ばれた気がして、その場で振り返った。
 森の中には他に誰もいない。いるはずがない。
「……おかしいな」
 首をかしげる。
 胸に広がる、もやもやがあった。言いしれぬ、不安にも似たこの気持ちは……いったい何なんだろう?
 戻れという声と、そのまま走れと言う声。両方が心の奥でする。
 どっちに従えばいいのかわからなくて、その場で立ち往生した。
 迷って迷って……。
「……なんか、気になる」
 胸がざわめく。予感めいた物が、榛戯の心を押しつぶそうとしていた。
「母さんは助けを呼べって言ってたけど………」
 ……怒られてもいいと、そう考えて、榛戯は結局来た道を戻ることにした。
 道なき道を、走る、走る、走る。
 目の前をふさぐ木の枝を振り払い、邪魔な小石を蹴っ飛ばし、ただがむしゃらに走って、元の場所に戻るのに、助けを呼びにいったときほどの時間はかからなかった。
 戦いの音はすでに止んでいた。
 しーんとして、物音一つ無い。その雰囲気に榛戯は嫌な予感を覚える。それがなんなのか、幼い少年には、よくわからなかったのだが。
「……うっ」
 鼻につく血のにおい。むせかえるようなその香りに、思わず吐き気を覚えて吐いた。たいしたものを食べてないせいか、それとも消化されたのか、出たのは黄色い胃液だけで、舌がビリビリした。
「父さん……? 母さん……?」
 吐くだけ吐いて、恐る恐る、奥に足を踏み入れる……そこは、死が満ちあふれた、地獄のような有様で。
「……死んでる」
 先程の盗賊が、何人も何人も、血をまき散らして死んでいた。
「……父さん!? 母さん!?」
 これ以上ないと言うほどの不安感に襲われ、榛戯は大声で父と母を呼ぶ……が、返事は返ってこない。
 辺りを見回すと……見覚えのある服……母の、菖蒲のだ。
「母さん!!」
 叫んで、駆け寄る。血だらけになった彼女から、返事はない。
「母さんってば!!」
 青白い顔に……生気はない。心臓に耳をあて、心音がないことを確認してしまい、涙があふれた。
 すぐ近くに、今度は父を発見した。
「父さん……父さん…起きてよぉ……!」
 何度も何度も揺り動かす……が、やはり反応はなくて。
また心音を確認し、動いていないことを自ら証明してしまって。榛戯はぺたん、と座り込む。
「嘘だ……嘘だ……こんなの嘘だ!」
 涙があふれて、何も見えなくなってくる。ごしごしと袖で目元をぬぐって、無理矢理笑いのような物を作った。
「……助け呼んで来てって、言ったじゃないか。それまで……それまで待ってるって言ったじゃないか。……ねえ、死んだフリしてるだけでしょ? 俺を脅かそうとしてるだけなんでしょ?」
 何度も何度も。今度は母の体を揺り動かす。
「俺が母さんの言うこと聞かないで、助けを呼んでこなかったから怒ってるの? ……ごめんなさい、ごめんなさい。ねえ謝るから。謝るから……俺が悪かったから……目ぇ開けてよ……ねえってば……ねえ!」
 反応のない父と母に、何度も話しかけて、でも当然のごとく返事はなくて。ひきつったような笑顔は、すぐに泣き顔に取って代わられた。
「う……ふぇ………うぇ……」
 抑えようもない嗚咽。
「ふぇっ……母さん……父さん……」
 座り込んだまま泣いて、悲しむことしかできない。その時、目の前に剣が振り下ろされた。
 ざしゅっ……という鈍い音と、目の前に広がった赤。頬についた……液体。
「え……?」
 泣くことさえやめて驚いた榛戯は、頬についた何かをこすり取る……そして知る。
「……血?」
 目の前に突き刺さる剣。刺さっている先は…母の、体。
「母さん!?」
 思わず立ち上がって剣に手をかけ、横から来る何かに気づく。
「へええ……ガキがいたとはな」
 ……男。見た瞬間、榛戯の中に敵意がわき上がる。
 こいつは……敵だ。
 じろじろと無遠慮に自分を見る男を、榛戯はぎっと睨んだ。
「お前が……父さんと母さんを……!!」
 確信。先程見た盗賊達と、同じ雰囲気をした男に、榛戯は憎しみを隠さなかった。
「そう怒るなよ、ボク……こっちもかなりやられたんだぜ?」
 周りを見回しながら、男がふざけるように言う。視線の先には、倒れた盗賊の数々。
「うるさいっ!」
「威勢のいいこった。……ふうん。それに……まあまあ上玉じゃねえか。母親似か、悪くはない。男なのが残念だが……それでも結構な金になるだろうな」
 見聞するかのようにじろじろ見ていた男はにやり、と笑った。
「喜べ、言うことを聞いてればお前は殺さないぜ? 金持ちのおっさんに可愛がってもらえ……まあ、その可愛がり方がどうなるかはわからねえけどな」
 くくくっ、と嘲笑もあらわに言われ、かっ! と榛戯の頭に血が上る。
 こんな……こんなやつに、父さんと母さんがやられたなんて!!
「お前みたいなクズの言うことを、聞いてたまるもんか!!」
 バカにしきった態度で言い放った榛戯に、男の表情が固まる。
「このクソガキ……やっぱお前も殺すか?!」
 がしりと首をつかまれる。そのまま男は、榛戯を宙につり上げ、少しずつ喉を絞めて空気を奪っていった。
「ぐっ…………………か、はっ」
「謝れよ……謝れよ! 膝をついて許しをこいな!」
 この状態でどうやって膝つけって言うんだ……そう思いながらも榛戯は決心していた。
 例え殺されたって、こんなやつに屈したりはしない――。
 口をぱくぱくして、少ない空気を吸いながらも、榛戯は信念を曲げなかった。
「クソ……やろー……お前なんかに……謝ったり、しない……死んだ、ほ、が………マシだ……ぐっ!!」
 もう一度首をぐいと絞め、男は苦々しげに言う。
「少し値が下がるが、死体でも買い手はあるんだ。なら……死ね! このガキ!!」
 ぶん!と 片手で、樹の密集した方へ投げられる。
 宙を舞いながらも、榛戯は後悔してなかった。
 少し……両親へのすまないという思いはあったものの、言うとおりにするよりマシだった。
 ガン!! という衝撃が背中と後頭部に伝わって、樹にぶつかったのだと自覚できた。
 そのままずるり……と下に落ちて、最後の記憶はそう、男の「チッ、誰かきやがった……」という一言。
 そのまま榛戯の意識は薄れて……気を失った。


「おやおや……」
 そんなのんびりとしたセリフとともに、人外の男が登場したのは、榛戯が意識を失った数十秒後。
「仏さんが一、二、三、四体……っと、あっちの木陰にもあるな。ありゃあ、まだガキじゃねえか。むごいな……」
 顔をしかめて、さほど警戒心もなく真ん中まで来る男に、盗賊はしめしめと舌なめずりをして見ていた。
「放っておくわけにもいかねえし……埋めてやるぐらいはするか……」
 何か掘るものを捜して下を向いたその瞬間を、男の油断と見た盗賊は、後ろから力の限り襲いかかる。とっさに男はガードしたが、かなりダメージがいったはずだと、勝ったと盗賊は心の中でニヤリとした。
 しかし、相手が悪かった。
 ――男の白銀の髪が、身体の動きにあわせて流れていた。
 棍棒を腕で受け止めておきながら、まるで何事もなかったかのように、男は痛烈な回し蹴りを放った。
 あまりの攻撃に、ずざっ! という音をたてて、盗賊は地に沈むしかなかった。
「――がっ! な……なぜ……!?」
 あっさりと鍛え方が違うと言われ、男の耳が尖ってることにやっと気づく。
「化け物……っ!!」
 怯える盗賊に、男は冷たく言い放つ。
「失せろ。目障りだ……二度と俺の前に姿を現すな」
 人間ではないその男に恐怖し、盗賊はさっさと逃げた。
子供を置いていくのは惜しかったが、そのまま行かなければ、殺されると感じたからだ。
 盗賊が逃げ、墓穴を掘ったその後に、男はやっと榛戯が生きてることに気づき、家まで連れ帰るのだが、榛戯は記憶を失っていた。
 記憶を失った榛戯は、自分を拾った男――斬雪(ざんせつ)に駿河という名をもらい、その後は彼の家で居候として……やがて弟子として暮らすようになる。
 そして十七の年、ちょっとした好奇心で旅に出た榛戯=駿河(するが)が、幸運なんだか、悲運なんだか、よくわからない運命に導かれてしまうのは……また、別のお話。

―終―


アトガキ
この話によって、なぜだかパパさん大人気!
――なぜだ!!!
サブキャラが愛されるのは『勇者ども』の宿命のようです。


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