おとぎ話 前編
 それはとってもうららかな日だった。俺はのんびり優雅に、宿屋のベッドに寝ころんでいた。
 うつらうつらしかかるぐらい、日の光がぽかぽかして気持ちよかった。
 だが突然、その平和は破られたのだ。


「那智(なち)……なんなんだ、それ」
 汗だらだらで尋ねた俺に、那智はいつものごとく天真爛漫な、満面の笑みで応えた。
「んっとね、迷子ぉっ!!」
 あまりにあっさりとした答えに、俺の魂は口から半分でかかった。
魂半分、天国行き列車に乗りかかったさ、そうともさ。
 だからきっと、間抜けな声で聞き返した俺に罪はない。
「ま、迷子……なに、それ……」
「ほえ? 知らないのぉ、駿河(するが)?迷子ってゆーのはー」
 指を立てて説明しだした那智を、俺は片手で制した。
「いや、いい。知ってる、知ってるから! 俺が言いたいのはだね、どこでその少年を拾ったんだってゆーこと。オッケ?」
「オッケー!!」
 よし、と俺はうなずいて、少年と向き合った。
 目の前で不安そうに辺りを見回しているのは、弱冠三、四歳の少年だった。
 亜麻色の髪と、同じ色の瞳が、俺をじっと見つめていた。
「俺は駿河だ。少年、名前は?」
「…………麻人(あさと)」
 警戒心むき出しのその様子に、俺は少し微笑んだ。
「誰も取って食いやしねえよ。安心しろって。ところで麻人、お前の親は?」
「はぐれた。迷った。その姉ちゃんと会った。んで、ここにいる」
「……簡潔な答えをありがとさん」
 なんというか、愛想のない子供であることだけは確かだ。
「那智、警吏にはもう伝えてきたんだろうな? 迷子がいるって」
 言った俺の顔を、ほえっとした顔で見つめること数秒、那智は和やかに言った。
「あ〜、忘れてきちゃった」
「おいいいいいいいいいいいいいっ!」
 ヤバイ!!このままでは俺達は誘拐犯だ!!
 頭を抱えて絶叫する俺の隣りに、気配が二つ現れた。
「――しょうがないわねえ」
「僕たちが、行ってきましょう」
「あー、高嶺(たかね)、孤玖ぅ(こきゅう)!」
 那智の喜びの声に二人はにっこりと笑い、もう一度先程の言葉を繰り返した。
「僕たち、行ってきますよ。警吏に言えばいいんでしょう?」
「ああ。頼んでいいか?」
「ちょうど買い物行こうと思ってたところだし、かまわないわよ。その代わり、ちゃんとその子の面倒見てるのよ?」
「へえへえ」
 「じゃ、行ってくるから」と、二人は部屋を出ていった。「お土産を買ってくる」と言い残して。
「いってらっしゃーい!」
 青空の下、那智の声が気持ちよく広がった。


 それに気づいたのは、孤玖と高嶺が出て少しした頃だった。麻人が、やたらと目をこすっていたのだ。
「麻人、眠いのか?」
「眠くなんて……ない」
 そういいながらも目を赤くしてこするその姿に、俺は忍び笑いをもらす。
 いくら隠そうとしても、その目がもはや半開きだ。相当眠いに違いない。
「親御さんが来るまで、寝てたらどうだ? 俺も那智も、ここにいるから……」
 でも……、とさらに不安そうに言い募る麻人の頭に、手をぽんとのせる。
「起きるまで、側にいてやるよ。どこにも行かない……それならどうだ?」
 そこまで言って、麻人はようやく、少しほっとしたように頷いた。
 かわいげがないとはいえまだ幼児。やはり親と離れ離れなのが、不安に近い人恋しさを生むようだ。
 俺が使っているベッドに寝かせて、俺と那智がそれぞれ、ベッドの右と左についた。
「ゆっくり寝てね〜、麻人クン」
 なぜかやたらと嬉しそうな那智をしりめに、俺はゆっくりとその場に腰を下ろす。
「……ねえ」
「なんだ? 麻人」
 上目遣いで、少し恥ずかしそうに、麻人が自分から俺に声をかけた。
「お話、してほしい」
 言った後すぐに、照れたようにそっぽを向いた。
「話? 『青ずきん』とか、『狼と七本の花』とか、『白樺姫』とか?」
 全部、誰もが子供の頃一度は聞いたことのあるはずの、有名なおとぎ話だ。
 有名どころを羅列しながら首をかしげた俺に、麻人は頬を赤くしながらそうだと言った。しかし、それではダメなのだとも。
「聞いたことあるのばっかり……なんか、あたらしいのききたい」
「新しいのか?」
 また難しいことを。
 ふと、そこで昔、死んだ親父か師匠か、どちらかにしてもらったおとぎ話を思い出した。
おとぎ話というか、神話に近い話なのだが……あまり有名ではないらしい。
「麻人、『双生神』の話は知ってるか?」
 空中に字を書きながら言う俺に、麻人は目を見開きながら首を横に振った。どうやら知らないらしい。
 よし……それなら、いっちょやるか!
「駿河、あたしも聞いてていい?」
 目をキラキラさせて聞いてくる那智。どうやら彼女も聞いたことがないらしい。
 やれやれ、どちらがオコサマなんだか……。
「――オレも聞く」
「あ! 紫明(しめい)だぁ」
 突然現れた紫明に驚きつつも、オレは平静を装った。まあ、空間移動しなかっただけマシだしな。
 びしい! と俺を指さし、紫明は宣言した。
「お前と那智が二人っきりなんて許さん」
「……さようか」
 麻人は完璧カウントに入ってないらしいな。まあ、いいが。
 なんかギャラリーが増えたけど、とりあえず始めるか。吟遊詩人でもない、武闘家の俺が昔話なんて、なんか変な感じだ。
 孤玖までは無理だけど、やれるだけやってみよう。
 俺は静かに息を吸って、目を閉じた。
「むかーし、むかし。世界に人間という種族が生まれたばかりの頃のお話です……」


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 昔々、世界に『人間』という種族が生まれたばかりの頃のお話です。
 その頃、人間を導くために神様に作られた、二人の生き神様がおりました。
その二人は双生神と呼ばれる、表と裏のような存在でした。
 女神と呼ばれ、人に安らぎと光を与える存在だった聖女と、魔神と呼ばれ、人に審判と闇を与える存在だった強者です。
 しかし、誰にでも好かれる女神とは逆に、魔神は人々から恐れられ、うとまれていました。
闇を司る魔神は、それだけで光を好む人間には恐怖だったのです。
 人間は女神に、魔神と共にいることをやめてくれるように何度も願いました。
人間は魔神をどこか悪い存在であると無条件に思いこみ、聖なるものの象徴である彼女が汚されてしまうように錯覚していたのです。
 しかし女神は、いつも困ったように微笑みながら、首を横に振るのでした。
「なぜですか!?」
「彼は私にも……あなた達にも必要な人だから……」
 人間たちは納得出来ませんでした。
そして、女神が魔神といつも一緒にいるのは嫌々なのに違いないと、歪んだ見方さえ持つようになったのです。


 そんなある日、女神が急に倒れました。しかし、いつもならすぐに現れるはずの魔神はいません。
人間はそれを喜びながら女神の看病をしました。
 やがて女神が目を覚ましました。
「……彼は……どこに……?」
 不安そうに周りを見回す女神に人々は知らないと首を振り、もう少し休むように言ったのでした。
 その夜、世界は混乱しました。来るはずの闇夜がいつまでたっても来ず、どれだけ時間がたち、真夜中になってもまだ明るいのです。
「なんてこと……彼を、彼をどうしたのですか!?」
 女神らしかぬ厳しい声と、自分達がしたことが、こうまで早く発覚したことに、人間は驚きながらも答えました。
「彼の方は封印しました。それが皆のため、そしてあなたのためなのです」
「何をバカなことを……! このままでは、永遠に夜が来ません!!」
 女神は光を、魔神は闇を。二人の力によって、毎日時は過ぎていっていたのでした。夜が来ないのは、彼が封印され、闇を使役出来ないからだったのです。
「いいじゃないですか、夜なんて来なくても。あなたの昼だけで十分ですよ」
「……そう思うなら、しばらくそうしているがいいでしょう」
 真っ青になった女神をいぶかしく思いながらも。人々は二度と来ない夜に歓喜し、昼を讃える日々が続いたのです。


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