おとぎ話 後編
 しかし、それも長くは続きませんでした。夜が来ないというのは、予想以上に辛く厳しいことだったのです。光だけでは、人間は生きられませんでした。
「こんな……こんな馬鹿な!」
 後悔しても、もはや後の祭りです。魔神の封印は、かけることは出来ても人間の力で解くことはできませんでした。
「……仕方ありませんね」
 女神が立ち上がり、側にあった短剣に手を伸ばしました。
「何をなさるおつもりです!?」
 女神はにっこり微笑むと、手にした短剣で己の胸を突きました。赤い染みが広がり、がくりと、女神が床に倒れ込みます。
「女神様!!」
 助け起こした彼女は、すでに虫の息でした。短剣は正確に、心臓を捉えていました。それでも生きていたのは、やはり彼女が生き神だったからでしょう。
「……私が死ねば、彼の、封印が解けない限り……双生神どちらともの、不在と……なります……バランスは、それで取れるのです……そうすれば、夜が……来ます。安、心……して、下さい……」
 そう言い残し、女神は小さく微笑んで息を引き取りました。
 人々が悲しみにうちひがれ泣き続けていると、空に暗雲が立ちこめ、不吉な稲光が光りました。
 まぶしさに目を閉じ、再び目を開けると、横たわっていたはずの女神の亡骸が消えていたのです。
 慌てる人間たちの中、一人ぽかんと空を見上げる者がいました。
 それにつられ、皆が上を見れば、そこには封印したはずの魔神が、血だらけで浮かんでいました。
 そして彼は、女神の亡骸を、大事そうに抱えているのでした。
 そう、魔神は女神の死を感じ、何重にもされた封印を、満身創痍になりながらも、振り払ってきたようでした。血は体中いたるところから流れ、彼の漆黒の髪を深紅へと変えていました。
「め……女神様を返せっ!!」
 勇気を振り絞り、叫んだ人間がいました。
魔神はうつろな瞳でその者を見ると、手も触れずに後方に飛ばしました。それに怒って自分に向かってきた人間も、また魔神は無表情に全員飛ばしました。
 怯えと恐れでしん……とした人々の上で、魔神は一筋の涙をこぼしました。
 彼の血と混ざり、その様子はまるで、血の涙を流してるかのような凄惨さを生みました。
 上空から、うつろで、静かな……しかし途方もない怒りを含んだ声が響き渡ります。
「愚かな人間ども……貴様らが、こいつを殺したんだ……」
 魔神の瞳が、徐々に狂気に染まっていきます。
「後悔するがいい、後悔するがいい……っ!! 俺からこの女を奪った大罪の報いは、いつか必ず受けてもらう!!」
 そう叫び、魔神は姿を消しました。残ったのは、先程と同じように横たわる女神のみ。
 ただ魔神の来訪を証明するように、彼女の頬に、魔神の血が残されていました。


 それから数日間、今度は昼に代わり闇夜が続きましたが、やがて朝が来ました。光と闇のバランスが取れた……人間は、魔神も死んだものと思い、後悔とそれ以上の安心を、胸に抱きました。
 しかし、そうではないことが少しして判明しました。魔神は神の位から堕ちて、憎しみと絶望を糧に、己の分身を創り出していたのです。
 その制作により、魔神自身の命は失われ、消滅したものの、彼の途方もない力と、負の部分だけを受け継いだ、人間の敵が生み出されていました。後に、『魔王』と呼ばれる存在です。
 人間への憎しみをふんだんに持った彼は、次々と非道な行いを繰り返しました。
 悩み苦しむ人間の前に、死んだはずの女神が姿を見せたのは、そんな時でした。
「この子を、あなた達に託します……。真実をまとうこの子なら、聖と闇を持つこの子なら……きっと彼を止められる。だから……!!」
 そういって、女神はかき消え、赤ん坊という希望だけが残されました。人々は女神の言葉を信じ、その赤子を育てる決心をしたのです。
 成長したその赤子こそが、初代の勇者。
 魔王と勇者が惹かれ、憎みあうのは、きっと己に流れる血のせいなのでしょう。
 そう、魔王と勇者の因縁は、ここから始まったのです……。


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「…………そう、魔王と勇者の因縁は、ここから始まったのです――おしまい」
 ふっと小さく息を吐くと、小さく拍手が聞こえた。よっこらしょっと顔を上げてみたものは……すやすや寝てる那智と喜んでる麻人。そしてちゃっかり那智の横で寝顔を観察してる紫明。
「……麻人、寝なかったのか」
 今の拍手は、てっきり那智のものと思っていたんだが……麻人だった。
 つーか、麻人が寝ないで那智が寝てどうするんだ、コンチクショウ。
「おもしろかった!」
「……そうか?」
 でもまあ……喜んでくれてるようだし、いいか。
 その時、また拍手が聞こえた。麻人よりも大きな、大人の手の音だ。
「駿河、楽しかったですよ。ずいぶんうまいじゃないですか」
「ホント、珍しいもの見ちゃったわ」
 ――げっ。孤玖に高嶺!?
 扉の影から、警吏に連絡に行ったままだった二人が現れた。
笑いを噛み殺しながら、すすす……と部屋に入ってくる。
「お前らっ、聞いてたのか?!」
 高嶺が楽しそうに親指を立てる。
「ばっちり!!」
「ええ、ほとんど聞けたと思います」
「……いつ帰ってたんだよ」
 ため息と共に出した問いに、孤玖は人のよい(よさそう見える)笑みをする。
「結構前ですね。警吏にはきちんと連絡してきたので、心配はいりませんよ」
「ふふっ。ホント意外だわ。まさか駿河に語りが出来るなんてねえ?人間なにが出来るかわかったもんじゃないわ」
「……うるさい」
「照れることないじゃない」
 そう歌うように言って、くるくるくると三回転。
 那智はいまだに寝てるし、紫明は観察の進行形だ。
 その時部屋にノックがあり、人が入ってきた。
「すいません、失礼します……」
 麻人が顔を輝かせた。
「ママ!!」
 さっきまでの眠気はどこへやら、勢いよくベッドから飛び出して、母親の元へ一直線に走っていく。
「麻人!心配したのよ!? ――息子を助けてくださったようで……お礼申し上げます」
「いいえ、とんでもない」
 こうして麻人は親元へ帰った。去り際に「こんど会ったら、またおもしろい話きかせてね」と、母親がいたせいか、少し饒舌に言い残して。
 そして、親子が出ていった後……孤玖が俺の背後で不思議な笑いを浮かべていた。
「こ……孤玖?」
 俺は……何度かこの笑みを見たことがある! この笑みは、孤玖が興味深いことを見つけ、本気でそれを調べることにした時のものだ……。
 ――まさか。
 ぽん、と。俺の肩に孤玖の手が置かれる。
「駿河。今の話、最初から話してくれませんか?」
 や……やっぱり……。
 孤玖の笑顔には、「はい」以外は言わせないという、正体不明だがとんでもない迫力がただよっていた。
「今度じゃ……」
「――ダメです」
 固まる俺に、迫力の笑顔がせまる。
「今すぐに」
「う……」
 目線をそらせないでいる俺の横で、もそりという音がした。
「うにゅ〜。駿河ぁ?」
「な、那智!」
 天の助け! の彼女に近寄る。後ろでは孤玖の舌打ちが聞こえた。
 …………怖い。紫明のにらみより、怖い。
「お話はぁ?」
「終わったよ」
「え〜〜〜?あたしきいてない!!」
 そりゃ、寝てたしな。
 頬をふくらませていた那智が、とんでもないことを言った。
「もう一回、話して?」
「えっ」
 後ろで、孤玖はとびっきりの笑顔をしているのがわかった。
「そうですよねえ、那智。もう一度、聞きたいですよね?」
「うん!」
 味方を得たと大きく頷く那智。
「駿河、僕たちからの、『お願い』です」
 にっこり。
 それは……お願いじゃなくて脅迫なのではないだろうか。
 遠くなる意識の片隅で、俺はそんなことを思っていた。
「駿河、無理よ。さっさと楽になったら?」
 鼻歌交じりの高嶺の声に、がっくりとうなだれながら、俺は孤玖の『お願い』を了承したのだった。
 ――その日が平和とはかけ離れたものになったのは、言うまでもない。


 ちなみにあの後、俺は孤玖と那智におとぎ話を語ったのだが、孤玖が話の裏まで読んでつっこみまくり、かなり疲労を蓄積するはめになった。
 勉強になったとも言えなくはないが、やはり、疲れた。
 そして那智は、やはり途中で寝てしまった。
 そうして、ことあるごとにおとぎ話をねだるようになったが、いつも途中で寝てしまい、最後まで聞いたことが一度もない。彼女がきちんと、このおとぎ話の最後を知るのはいつになる事やら。
 はー…………やれやれ。おとぎ話も疲れるね。


〜とんでもねぇ勇者ども外伝・おとぎ話 終〜

〜あとがき(かどうか謎な代物)〜
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。(深々とおじぎ)
――さてさて。
今日は、または今晩は。作者の刃流輝(はる・あきら)でございます。
さてさて、今回の外伝のゲストは迷子の麻人クン。
そして主役は……いるのかな、これ?(爆)――謎です。作者ですら謎ってなんですか。
元々この話は、中に書かれている『神話もどき』だけの構成したが、ほーきの「駿河にしゃべらせて」の一言により、こんな形式とあいなりました。
まあ、今回の主役といえる人は、いないという方向で。
駿河の語った神話もどき。話名は彼が言ったままの『双生神(そうせいしん)』です。
要するに『二人で生きる神』のごとき意味合いでつけました。女神と魔神は二人で生きてる、離れがたい存在。お互いがいないと生きていけない存在……と、そう取っていただければ結構です。
話が語り終わった後も、いくつか納得出来ないところ、期待の種だけ蒔いといて、謎が解けていない部分もあると思いますが、それはわざとです。(きっぱり)
おとぎ話とかって、そんなもんだと思ったんで……。不快に思った方はスイマセン。
その謎の部分は、みなさんに代わって孤玖が駿河を問いつめておいてくれるでしょう(笑)

それでは、次の『勇者ども』でお会いしましょう……。

                       2002.7.25 刃流輝


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