星見 後編
 夕凪にとりついていたのは、聖職者から出ている聖なる気を糧にする邪悪で強大な力を持つ魔竜の胎児であったこと。
 それの住処が夕凪の心臓で、もはや取り出すことは不可能だったこと。
 胎児であるがゆえに、膨大な量の『気』を吸い続けていたこと。
 夕凪の『気』が、そーゆー類の化け物にとって、いかに素晴らしいご馳走であったかと言うこと。
 そのまま行けば、夕凪は『気』を吸い取られつくし、彼女だけが死に、『魔竜』の成体が誕生していたこと。
 『聖』の力は、攻撃魔法といえども、養分になったと言うこと。
 あれを胎児のまま消し去ることのできる力は、『魔』に属すものしかなかったこと。
 そして……だからこそ、夕凪は唯一『魔』に属す力を持った『斬雪』に殺されることを望んだこと。


「…………………………………」
 長い話を、斬雪は夕凪の隣で、シェルディは刹那に撫でられたまま聞いていた。やっと落ち着いたのか、彼女はもう泣いてはいなかった。真剣な顔で、こちらを見ている。
「……とまあ、簡単にすると、こーゆーことだわな」
 ふう、とため息をつくと、蒼月が「ご苦労」とでも言うように頷いた。
 しばらく沈黙が続いた。やがて、ゆっくりと、シェルディが立ち上がる。
 そして、オレ達の前に出てくると、ぺこり、と頭を下げた。
「ゴメンナサイ……ゴメンナサイ……ボク、いくら混乱してたとはいえ、ひどいこと言った。そうだよね、刹那の言うとおりだ。悲しいのは、ボクだけじゃない。なのに……ボクは、斬雪の気持ちも、細の気持ちも考えてなかった……」
 仲間失格だと、そう言ってまた泣き始めたシェルディに、俺は思わず立ち上がろうとしたが、刹那に止められる。
「……刹那!?」
 小さく咎めるように言うと、刹那はあごを使ってシェルディを示した。目に映ったのは、憮然とした表情で、彼女の前に立つ斬雪。
「……ほら」
「え……?斬、雪?」
 斬雪は、ポケットから意外にきれいなハンカチを取り出すと、泣いたままのシェルディに、いささか乱暴な仕草で押しつけた。
「汚い顔してないで、涙ふけ」
「斬雪……」
 ハンカチを受け取ったことを確認し、小さく息を吐き出すと、斬雪はつぶやく。
「……お前の言うとおりなんだ、シェルディ。どんな理由があったって、あいつを殺したのは、俺なんだ……それは、変えられない」
「でもっ!」
 横に首を振る斬雪。
「いいんだ。したくてやったことじゃない。だけど、やった『事実』に変わりはない……俺は、俺自身でそれを決断したんだ。あいつの願いを、叶えたんだ……」
 泣きそうな表情で呟いて、グッと拳を握る。しばらくして、その拳を開くと、斬雪は寂しそうに微笑みながら言った。
「さあ、さっさとこんなトコからおさらばしようぜ。夕凪も……いつまでも冷たい床の上においといてやりたくない」
 言って自ら夕凪を抱き上げ、出口に向かう。
 そしてオレ達は……悲しみと、怒りを胸に抱きながらその場を去った。


 その夜、夕凪の遺体を埋めた後、オレ達は近くの宿屋に泊まった。
ベッドに入ったはいいが、十分寝ては目が覚め、十分寝ては目が覚めを繰り返していたオレは、眠れないことに苛つき、外へ出てみることにした。
 あんな後味の悪いことがあった後だというのに、夜空にはそれこそ雲一つなく、星がよく見えた。
 オレは、星を見上げながら、のんびりと歩いた。
 すると、むぎゅ。という、何かを踏んだ感触。下を見ると……人。
「……いてえ」
 その声は……。
「斬雪……か?」
「そーゆーそっちは、細か?」
「ああ」
 いいかとも聞かずに、オレは問答無用で寝転がった斬雪の横に腰かけた。
 一瞬、嫌そうな顔をするが、すぐに斬雪は星を見上げる。その横顔を見ながら、俺は尋ねた。
「星を見てたのか?」
「見りゃわかるだろうが」
「そりゃ確かに……」
 お互い、話すことも特にないので黙って星を見上げていた。
 今回だけではない。オレ達は、よくこうやって『星見』をした。
 何も言わず、それこそ星が見えなくなる朝方まで見ていて、寝不足になっては夕凪に「馬鹿」だの「とんま」だのいわれたっけか。
 ククッ……と、二人同時に含み笑いが出た。
「なに思い出し笑いしてるんだよ、斬雪」
「てめえも同じこと思い出したんだろ?」
「……ばれたか」
 小さく笑った後、斬雪はまた、どこか遠くを見ている。
 さっさと泣いちまえば、楽になるだろうに、と思う。それが出来ないのが……こいつらしいといえばらしい。
 ――唐突に、後ろに気配を感じた。
「さっさと泣いちゃいなよ」
 刹那だった。
 見事オレの言いたかったことをさらりと言って、「ここ座るから」と小柄さを利用し、オレ達の間に陣取った。
 ぽかんとしている斬雪に、オレも言った。
「だから、さっさと泣けって」
 言った瞬間、刹那から、頭をげんこではたかれた。
「お前もだよ、細」
「は? オレ?!」
 いったいなにを言ってるんだ……こいつは。なぜ今ここで、オレが泣かなければいけないのか。
 斬雪は、そしてオレも、心外といった顔をしていたのだろう、刹那は大きくため息をついた。
「我慢してないで……ほら、シェルディいないし。それに、蒼月も……な?」
 首をかしげてくるぽややん小僧に、オレはどーしたもんだかと悩む。
「斬雪はともかく、なんでオレが泣かなくちゃいけねえんだ」
「……それはこっちのセリフだ」
「ンだと!?」
「……やるか?」
 にらみあうオレ達に、刹那はそりゃあ盛大な、先程とは比にならないほどのでかいため息をついた。
「なんで自分のことになると、そう鈍感なんだよ、お前らは……」
 こいつにだけは言われたくないという思いは、一緒なんだろう。オレと斬雪は、同じような顔で黙っていた。
「斬雪……。自分が殺したから、自分に泣く権利がないなんて……思っちゃいけない。それは間違いだよ。原因は、他にあるんだから」
 はっとした表情の斬雪。
「細も……夕凪を止めることは出来なかったのか、他に方法がなかったのかって、自分のことを責めるのはやめにして。一生懸命、考えたんだろ?」
 次は、オレがはっとする番だった。
「……知ってたのか?」
「お前と、夕凪が、相談していたこと?」
「ああ……」
「内容は、後から想像した。……魔竜を倒す方法を、相談してたんだろう?」
 その通りだ。でも……オレはあいつを止められなかった。だから……。
「斬雪、お前の痛みの半分は、オレが受ける分だ」
 半分ですら、少ないだろう。
 そう言ったオレに、再びげんこが飛んだ。
「バカ細。なんで背負い込もうとするんだよ? シェルディがまた泣くよ」
 いや……バカって。
「斬雪もだよ。痛みは全員でわければいいじゃないか。どうして全部背負うんだよ。なんのための仲間なんだ? そのために僕たちは……いるんだろ?」
 夕凪もそれを望んでるはずなのに……と。
 その一言を聞いた途端、オレと斬雪、二人から涙がこぼれた。ぬぐっても、ぬぐっても、ぬぐいきれない涙が。
「ほらほら、全部はきだして」
 ぽんぽん、とオレ達の背中を叩く刹那に、心の中でオレは呟いた。
 まったく、刹那にはかなわねえな……と。
 ちゃちなセリフ。
 他の奴が言ったなら、鼻で笑い飛ばしただろうセリフが、刹那が言うと、心の底までしみこんでくる。
 夜空の下で男三人、仲良くかたまって、しかもその内二人が泣いている状況なんて後から想像するとすごく寒い光景だが……。
 刹那の一言で、オレ達は、救われたのかもしれない……。


 その後、オレ達は、諸悪の根元である魔王をぶち倒しにいった。
 あの魔竜は、魔王が悪戯心を起こして、夕凪にとりつかせたものだったからだ。
 だいぶ苦戦に苦戦を重ね、倒すまではいかなかったが、それでもその力の四分の一を封印することに成功した。
 その犠牲は……まだマシな方かも知れないが、結構あった。
 魔王の力を封じるため、本当に全魔力を出し切り、シェルディが魔法を使えなくなったことが一つ。
 同じく力を使いすぎ、蒼月が消えかけたことが一つ。
 ああ、だが、刹那の努力により、魔王の力を封じ込めた剣・華咲(かしょう)に、憑くことで消えることだけは免れた。刹那はそれを、自分のワガママだったと気にしているが、大きな問題ではない。
 後は、斬雪が左目に傷を負ったことが一つ。今でも縦に線が残っているが、失明には至らなかった。
 オレと刹那は大怪我はしたものの、死にはしなかった。
 そして……戦いが終わった後、オレたちは各自バラバラになった。
 シェルディはエルフの村に戻るようなことをいってたし、刹那は剣になった蒼月と旅を続けるといっていた。
 斬雪は、夕凪を埋めたあの森で、墓守をしながら暮らすようなことをいっていた。
 あいつの心の傷は、いつふさがるだろうか? もしかしたら、あいつ自身がふさがないかもしれない。
 例え、それでもいいから、とりあえず幸せになってほしいと思う。夕凪もそれを望んでると思うし。
 まあオレは、育った村に戻ってきて、養父である神父と一緒に教会にいる。保父みたいにガキの相手をする毎日だ。
 よくグラサンを取れと言われるが、それだけは出来ねえ話だと言って、逃げ回っている。
うるせえが、それなりに充実してるさ。
 ……あれからもう五年。みんな元気にやっているだろうか?
 刹那と蒼月とは、いつか会うかもしれねえな。旅だって言ってたし。こんな田舎に寄れば……の話だが。
 バタン! と教会の扉を開ける音。
 ……ま〜たガキが来たぜ。うるせえこった。せっかく、人が珍しく考えにふけってたってのによ……。
「細さん、細さん!!」
「あん? なんだ」
 いつも見るメンバーだが……数人足りねえ。珍しい、いつもかたまってるのに。
「あのね、あのね、お客様なの!」
 バタバタと手を振りながら、少女が嬉しそうに言う。
「すんげー優しそうな人! 細さんとが全然ちがっ……ぐっ、ゴメンナサイ」
「……うし」
 ふざけたことをいったボウズを締め上げて、開け放れたままの扉のほうを見る。いなかった数人が、客の手を引いてやって来るところだった。
 グラサンを外してるから、逆光でよくみえねえな……。
 目を細めているオレに、『お客様』だと言った少女が、嬉しそうに手を振り回す。
「あのね、あのね、勇者様なの!」
「は?」
 まさか……まさかな。
 期待と不安が入り交じる、奇妙な感覚でオレはじっとそいつを見つめる。
 やがて、『お客様』が教会に入った。逆光のまま、そいつは言った。
「細、子供には優しくしなきゃ」
 子供と一緒に「ねー?」と言う。雰囲気で、笑ったのがわかった。
 声も、雰囲気も、五年前とまるで変わってなくて。
 つられてか、オレも自然に笑みがあふれた。それを隠すように、手に持ったままだったグラサンをかけた。
「チッ……相変わらずうるせえな」
 とりあえず今日はお勤めなし。決定だ。
「とりあえず、ヒサシブリ」
 今夜は……久しぶりに星見でもするか。『お客様』と一緒によ。


―終―

アトガキ
昔話……ですね。
蒼月がまだ単なる守護精霊で、斬雪は本当に若くて、恋人がいた。
本編にあった『魔王の力を一部封印した』パーティが彼等です。
刹那の死後、蒼月はまた新たな勇者の誕生を待つのでしょう。
那智を待っていた時と同じように。
みんな、幸せになって欲しいな……。


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