拾いモノ　前編

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その日、彼は森で拾いモノをした。大きな、大きな拾いモノを……。


　木々がひしめく森の中を、一人の男が歩いていた。
　似たような景色が続いているにもかかわらず、彼は自分の現在位置と、目的地への方向をしっかり把握してるらしい。その足取りにはみじんの迷いもない。
　ただ、無造作に肩までのばされた髪が、歩きにあわせ静かに揺れるだけだ。
　生まれつきと思われる白銀のそれは、人を惑わすような妖しい光を放つ……が、ろくに手入れもしていないのだろう。
　切りそろえられているわけでもなく、ただ放置された髪は、ざんばらになっている。
　しかし、それがまた、ふしぎと男の雰囲気にあっていた。
　意志の強さを表したようなきりりとした顔立ち。
　瞳の色は赤。左目には一本の線のような傷跡。浅黒い肌に、一目で人外だとわかる、長くとがった耳と、右頬にある紋様。
　ダークエルフか、はたまた魔族か。
　男の名は、斬雪（ざんせつ）といった――。


　森の中をずんずん進む斬雪に、まとわりつくような風が触れた。途端彼は顔をしかめた。あるものを、感じ取ったのだ。
「血臭……？」
　かすかな、本当にかすかな匂い……。下手をすれば気づかないようなものではあったのだけど。
　だが、それは間違いなく生臭い、人の血の香りだった。
「こーんなとこでな〜にしてんだか。風の方向からいくと………げっ、ぶちあたるっぽいな……」
　めんどくさいねえと小さく呟いて、それでも斬雪は方向を変えようとはしなかった。この道こそが、彼の目的地……彼が住む家への近道だったからだ。
　何を隠そう、斬雪は家に帰る途中だったのだ。家に帰るのになぜ遠回りをしなければならないのか、斬雪はそう考えたのだ。
　それに、たとえなにがしかの危険――血臭をただよわせた張本人がダース単位で出たとしても、彼は軽くあしらう自信があった。
　ずんずんずんずん、斬雪は進む。そして、それにつれて血臭はどんどん強くなった。
「さてさて……鬼が出るか、蛇が出るか？」
　楽しそうにくつりと笑うと彼は目の前に残る最後の障害、木の枝をばさりと片手でよけた。そこに見えたのは。
「おやおや……」
　呆れとも、驚きともつかない声が上がる。
　今、斬雪の目の前に広がるのは―真っ赤に染まったかつては人であったモノと、生臭い香りを放つ池だった。
「仏さんが一、二、三、四体……っと、あっちの木陰にもあるな。ありゃあ、まだガキじゃねえか。むごいな……」
　ゆっくりと死体に近づくと、斬雪は一人一人ていねいに、その開かれたままの瞼を閉じてやった。
「放っておくわけにもいかねえし。埋めてやるぐらいはするか……」
　今日はえらく運が悪いとぼやきながらも、斬雪はけだるげに、なにか地面を掘ることが出来るような物を捜そうとした。その時。
　突然感じた人の気配に、振り向きざま腕を交差させてガードを取る。それと同時に振り下ろされた棍棒。
　ガッ！　という鈍い音に、棍棒を叩きつけた男は勝ったとばかりににやりと笑う。が、その笑いはすぐに、驚きと恐怖にとってかわった。
　――白銀の髪が、身体の動きにあわせて流れていた。
　棍棒を腕で受け止めておきながら、まるで何事もなかったかのように斬雪は痛烈な回し蹴りを放った。
　ずざっ！という音をたてて男が地に沈む。
「――がっ！　な……なぜ……！？」
　信じられないとうめく男に、不敵な笑みを浮かべた斬雪は、見せつけるように左腕を右の手の甲で叩きながら言った。
「悪いな、兄さん。あんたらとはちぃっとばかし、鍛え方が違うんだよ」
　男の視線が、斬雪のとがった耳で止まる。その途端、男から引きつったような声が上がった。
「ばっ……化け物！」
　とっさに出たらしい男の言葉に、斬雪は片眉をピクリと上げると嘲笑じみた声を上げた。
「はっ！　化け物……人間以外はみんなそれかい？　ああそうだな、俺は人間じゃねえぜ。だがなあ、兄さん……」
　斬雪の身体から、陽炎のような殺気が立ちのぼる。
「――そーゆーあんたらはどうなんだい？　ここまでひどいことをしておいて……まだ人道にとどまってるつもりかい？　だったらお笑いだな」
　乾いた笑い声。口の端はつり上がり笑みの形を作っているが……その赤い瞳は笑っていなかった。
「か、金を持ってる世間知らずの金持ちだと……」
「ほお？」
　男の言い訳を途中で止めて、なるほどと斬雪は頷く。
「金持ちなら襲うわけか。まあ、貧乏人じゃわりにあわねえよなあ」
　少しはわかると答えて、そのまま視線は鋭く男を貫く。
「俺も善人なんかじゃねえからな、そう人のことは言えんさ。――だが。抵抗できない女、子供まで狙うってのは……気にいらねえな。なあ、兄さんよぉ？」
「ひっ！」
　確実にふくれあがる殺気に気づいているんだろう。男怯えて、座り込んだまま、無様に後ずさる。
　そんな相手に斬雪はいたぶるようにゆっくりと近づくと
「そんな怯えるなよ。誰もあんたを取って食おうなんて思っちゃいねえんだからよ。いくら俺が人外でも、人間は食わねえよ」
「ば……化け物のくせに、人道なんていう奴のことが信用できるかよっ！」
「減らず口はたたけるのか。ご立派なことだな。だが……人間が言うよりも、俺達人外の者が言った方が、『人道』という言葉は真実味があるもんだぜ？」
　大きなため息をついて、斬雪は後を続けた。
「俺はこの仏さん達を埋めてやりたいだけだ。てめえごときに用はねえから安心しな。それとも……死体をもう一つ増やして欲しいというなら別、だがな」
　ぎらりと鋭く光った眼光にびびり、男は首を左右にぶんぶんと振る。
　斬雪はもう見たくもないといったように男から目をそむけると、吐き捨てるように言った。
「なら失せろ。目障りだ……二度と俺の前に姿を現すな」
　男はおずおずとしながらも、くるりと背中を向けいずこかへ消えた。
　それを首だけ回転させて確かめると、斬雪は再び土を掘る物を探し始めたのだった……。


「一、二、三、四、五……ちゃんとあるな。これで穴は掘り終わったし……後は埋めてやるだけか」
　そこらへんで拾ったシャベル代わりの木の棒に寄りかかりながら、泥だらけのまま斬雪はポケットから煙草を出し、疲れを癒すようにそれを吸った。
　大きなため息と共に吹き出された白い煙が赤く染まる……辺りはもう夕闇に包まれつつあった。
　煙草を取り出したのと同じポケットから、今度は携帯灰皿を取り出すと、煙草をそこへぐりぐりとねじ込む。
「さて……続きをするかな」
　ごきごきと肩をならすと、最初に木により掛かったままの少年の方に近づいた。
「……ん？」
　気のせいだろうか……子供の身体が、一瞬ゆれた、動いたように見えたのは。
「――！！　まさかっ！」
　慌てて駆け寄って、抱き起こしてみれば……かすかに、だがしっかりと胸が上下している。
　血がべったりとついた赤茶の髪……
　体中いたるところに、小さい擦り傷がたくさんあったが、命に関わるような外傷はない。
　ついている血が人間のものであることは確かだが、この少年のものではないようだ。
「気絶してるだけか……」
　ホッと胸をなでおろす。と同時に、この子供をどうするべきだろうと考え込んだ。
　このまま気絶してる間に、どこかの施設に預けるのも手だろうが……目覚めたとき、母と父の行方が気になることだろう。
　例え死んだとわかっても、墓参りぐらいはしたいに違いない。
　そう思うと、今すぐ施設に送るということは出来なかった。
　別に明日でもいい……そう、せめて目が覚めて、墓参りぐらいはさせてやろうじゃないかと。
　チッという舌打ち。
「しかたねえな……目が覚めるまで家においとくか」
　ぐいっとお世辞にもていねいとは言えない動作で少年を肩に担ぎ上げると、再び彼は歩き出した。
　当初の予定通り、家へと――。


「希陽（きよ）さん、いるかい？」
　家に帰ってすぐ、斬雪は気絶したままの少年を自分のベッドに寝かせると、普段から懇意にしている希陽という老女のもとに赴いた。
「あら……斬雪さん。どうしたの？」
　長い白髪を後ろでまとめた、大人しく、人のいい、上品な老婆。それが希陽だった。
　それだけではなく洒落っ気もあり、斬雪のような、明らかに人外に見えるモノでも公平に扱う、おおらかな女性である。
「いや……実はな、ガキ拾ったんだが……」
　ためらいがちに告げる斬雪に、希陽は首をかしげながら問いかける。
「子供？　誘拐でもしてきたの？それとも……あなたの隠し子かしら？」
「希陽さん……そりゃあないぜ」
　がくっと力が抜けたフリをした斬雪に、希陽は上品に笑う。
　そしてとにかく、これまでの経緯を簡単に聞かせると、希陽はにっこりと微笑んだ。
「つまり……亡くなった人たちをあなたが埋めに行っている間、私が坊やの面倒を見ていればいいのね？」
「ああ、頼めるか？」
「ええ。斬雪さん、男前ですもの。ここで恩を売っておかなきゃね」
「ああ、感謝するぜ、希陽さん」
　そう言って、斬雪はもう一度あの血臭ただよう場所に向かったのだった……。


「あーらよっと」
　気が入らぬ気合いを入れて、斬雪は穴の中に最後の一人を埋めた。
「あーあ、あのガキ置いてくる前に手、組ませてやっときゃよかったな」
　思わず後悔のため息をつく。
　こっちに来てすぐ、祈りの形を取らせてやろうと思ったのだが……
　すでに死後硬直が始まりつつあって、無理にそうすることは出来なかった。
　死体の数は男が八体と、女が一体。
　男のうち一体と、女、そして唯一の生き残りのあの少年は、家族だったのだろう。どこか少年は二人に似ている。
　残りの七体は返り討ちにあった盗賊のようだ。その風貌からしてそれモンである。
　斬雪の手には今、一振りの剣があった。
　見たかんじ、特に高価そうでもないが、手に不思議となじむ剣で、使い手に愛され、大切にされていたのがよくわかる品だ。
　それを見つめて彼は呟く。
「家族を守ったんだな……」
　その剣は少年の父と思われる男性が、最期まで手にしていた物で、家で眠る少年への形見にと、他にめぼしい物がなかったので、わざわざ埋めずに置いておいたものだ。
「さてと……」
　全員埋め終わり、斬雪はその場に立ち上がった。手に持っていた剣を、腰の剣帯につるし、「成仏しろよ」とかるく言ってから足を踏み出す。
「あ、食料切れそうだったな。村によってなんか買ってくか」
　少年は希陽が見ててくれるから大丈夫だと、そう確信があるから寄り道を決める。
　斬雪は墓に向かって薄く笑った。
「じゃあな、明日、明後日にでも、目え覚めたあんたらの息子つれてきてやるさ」



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