〜とんでもねぇ勇者ども外伝・三者面談 前編〜 −魁氏に捧ぐ−

「師匠、四時だからな?」
 朝食時。差し出されたどんぶり飯とともに聞こえた「わかってるよな?」という弟子の問いに、斬雪(ざんせつ)は一瞬動きを止める。
「…………」
 外庭で、ニワトリが羽ばたく音がした。
 ――四時に、何があっただろうか。
「……あー、四時?」
 正直に聞き返すと、目の前からどんぶりが消えた。
「あっ、バカ弟子、なに……」
 なにしやがる、と言おうとした斬雪に、冷たい視線が突き刺さった。はしばみ色の目から繰り出される目力ビームに、少しだけ斬雪はひるむ。
「……あれだけ、あれっだけ言ったってのに、すっかり忘れるとはいい度胸じゃねえか。なあ、師匠!?」
「おい、駿河……」
 呼びかけるものの、御歳十三才の弟子は、黒いオーラを出しながら低く笑っていた。
「ふーん。へー。ほー。べっつにいいけどさあ」
 全然よさそうじゃないその態度に、斬雪は頭を抱える。
「駿河(するが)……おい、ちょっと」
 どうにかして話を聞き出そうにも、当の弟子はすっかりへそを曲げてしまったようで、こちらのことなど完璧無視。どんぶり飯もどうやらおあずけらしい。
 そして、こちらをちらりと見たかと思うと苛立たしげにどんぶりを置いて、台所から出て行ってしまった。
 呆然とする斬雪の後ろ、その怒りを表すように、いつもの数倍音を立てながら、駿河は学校へ行く準備をしている。あんな音を立てて、家の床は無事なんだろうか。
「…………………………………」
 何を言えばいいのかわからず、しばらく考えて、一言後ろに投げかけた。
「家、壊すんじゃねえぞ」
「――わかってらあっ!!」
 怒りの声と共に、壺が飛んで来た。
「――! ……っと」
 慌てて片手で受け止めたが……かなり、でかい壺だ。
「……オイオイ」
 やがて準備が終わったのか、むすっとした顔で、駿河がこちらに顔を出した。やっと言う気になったのかとほっとしたのも束の間、弟子は怒りを込めた満面の笑みを浮かべると一言。
「行ってきます!!!」
 ――バンッ!!!
 やっぱり、何も言わないで出ていった。
「…………本気で怒ってやがる」
 ため息を一つ。
 ……思春期の少年の考えは、わからない。


「で、黙って見送ったの? 斬雪さん」
「他にどうすれば良かったってんだ、希陽(きよ)さんよ」
 茶飲み友達の品の良い老婆に、斬雪は大きくため息をついて見せた。
「駄目ねえ、男親は」
 男親という言葉に眉を上げつつも、斬雪は極平坦に問い返した。
「そーゆー問題か?」
「ちゃんと話を聞いてあげれば良かったじゃない」
「聞いてあげればって……」
 言って、今朝の様子を思い出す。
 空を見上げれば、ちょうど真上に来た太陽の光が目に刺さった。まぶしさに目を細めながら、斬雪は首を横に振った。
「とりつくしまもねえよ。怒ったらそのまんま、でけえ壺は投げてくるわ、扉を力いっぱい閉めるわ……」
 ころころと、希陽が笑う。疲れ切った斬雪とは対照的に、その友人はとても楽しげだった。
「ずいぶん、ご立腹のようねえ?」
「笑い事じゃねえよ。ったく……なにが気にいらねえのか」
「あら、そんなの決まってるじゃない」
 まだ気づかないの?と、希陽は呆れたような声を出した。
「決まってる?」
「そうよ。あの子が怒っているのはね、あなたが、その『四時』の約束を覚えてないからに決まってるわ」
「だが、それを思い出せないんだ」
 仕方ないだろうと呟く保護者に、希陽は言い聞かせた。
「いくら出来た子だっていったってね、坊やはまだ十三よ。親に甘えたい年頃……とはもう言わなくても、まだ親元で大事にされてるはずの子よ。それが、今は天涯孤独。家族は、あなたしかいないんですからね?」
 だから……と希陽は続ける。
「拗ねてるのよ。たった一人の大事な家族が、約束を覚えていてくれなかったことに。なんてことないわ、可愛いじゃないの」
「――要するに……どう転がっても、約束を思い出さなきゃいけねえんだろうが」
 苛立ちとともに、頭をかきむしる。
「でも、当然の報いね。普段本気で怒ることのないあの子が、それだけの態度に出たのよ?あなたがやったことが、そこまであの子を傷つけたっていう事実……しっかりと、自覚なさいな」
 すました老婆の横顔、彼女の瞳がいたずらっぽく輝いているのに気づいたのはその時だった。まさか……と斬雪は呟いた。
「『四時』の約束……なんだか知ってるのか?」
「まあ、ばれちゃった?」
 悪気の欠片もなさそうに、希陽は微笑む。
 ――タチが悪い。
 そう思いつつも、斬雪は彼女に問いかけるしか出来なかった。いや、頼み込むしか出来なかった。
「頼む! 教えてくれ、希陽さん。このままじゃ時間にまにあわねえっ!」
 どんな約束だかわからないとはいえ、駿河の願いを、叶えてやりたいという気持ちは確かにあるのだ。
 今はちょうど昼過ぎ。タイムリミットまで後四時間弱。自分の記憶がこんなである以上、希陽にすがるしか方法はない。
「反省してるのかしら?」
「してるっ。してるから……頼む!」
 真っ正面からガチンコ対決。
 穏やかな微笑みと怖いほどに真剣な表情。端から見ればまるで強面の男が老婆に難癖をつけているようである。しかし、実体はその逆であると、誰が考えよう。
『………………………………………………』
 どれほどにらみあって(?)いただろうか。やがて希陽が、ゆっくりと頷いた。
「――まあ、反省しているようですし、私も坊やを泣かせたくないですし……教えてあげるとしましょうか」
 希陽の言葉に、斬雪はほっと胸をなで下ろす。同時に、この老婆だけは敵には回せないと、改めて実感した。
「四時の約束って言うのはね……」


「スル君、なぁにいじけているんだい?」
「いじけてません!!」
「スル、いじけてるだろう、お前」
「……いじけてません!」
 学校内の裏庭。今日の授業は午前のみで、ほとんどの生徒が帰っている中、彼等に見つかったのは運が悪いとしかいいようがない。
 後ろからかけられた声に、駿河は頑として否定していた。
 追いかけてくる足音、そして肩に置かれた手の感触に、駿河は振り向く。声と手の主はやはり、一つ年上である壱夜(いちや)と志摩(しま)だった。
「隠し事はいけないよ、スル君?」
「どー見てもいじけ虫だろうが。何あったんだよ、スル」
「何も……ないですってば」
 小さく言った言葉に、志摩が不満げな顔をした。
「この俺に隠す気か」
「いや、隠してないし」
「嘘つけ。お前の嘘ぐらいお見通しだぞ」
 ――困った。どうしてこの人はこんなに勘がいいのだろう。
 今の自分は確かに『いじけている』のだと、駿河はしっかり自覚していた。
 だが、自覚したからどうこうなるわけではない。
 悩みこんだ駿河の首を、志摩は後ろから締め上げた。
「うわっ、先輩、ギブ、ギブッ!!」
 完璧に決まったその技に、壱夜は朗らかに笑って傍観を決め込んだ。
「アハハ。見事に決まったねえ、志摩」
 志摩の目が、後方でキラーンと光る音を聞いた気がした。
「……白状しないと締め上げる」
「もう充分締まってますってばーーー!!」
「死にたくなければ言え」
「殺す気っすか!?」
 猛攻に、流石の駿河も落ちた。実力的に言えば志摩と同等かそれ以上の力があるはずだが、精神的な差はでかい。精神面で、駿河は志摩には勝てなかった。
「わかりました、言います! 言いますからとりあえずギブーーー!!」
 命がけの絶叫の後、ようやく駿河は解放される。先程まで傍観を決め込んでいた先輩は、変わらずにこやかに目の前に立っていた。
「ほらスル君、吐いちゃいなさい」
 どこまでも爽やかな笑顔に、駿河の力は抜けた。座り込んだ駿河を取り囲むように、志摩と壱夜も腰を下ろす。
「なんでいじけてるんだよ。なに、誰かにいじめられたか?」
「志摩……スル君にこんな仕打ち出来るのお前だけだよ、自覚しろ。普通なら二秒フラットで地獄行きだ」
 微妙に不穏当なことを言われた気もするが、それは気にせず駿河は首を横に振った。
「違いますよ……」
「じゃあなんだ?」
「……言わなくちゃ」
 駄目ですか?と続くはずのそれを、志摩がさえぎる。
「――締めるぞ?」
「言います」
 小さくため息。方法はこんなんでも、この二人は一応、純粋に自分を心配しているということがわかっていたので、全力で抵抗することも出来なかった。


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