ヤクソク〜後編



「宏和!」
「菫(すみれ)。どうした?」
 緩やかに結わえられた栗色の三つ編みが、動きにあわせ揺れるのが見える。
 後ろから追いかけてきた少女は、荒い息で俺に包みを差し出す。
「忘れ物、おべんとー」
「すまない」
 にっこりと無邪気に笑い、「お仕事頑張って」と言い残して少女は家に戻っていった。
 あの日少女を拾ってから、一ヶ月がたつ。
 共同生活の二日目、俺は少女に『菫』と名付け、ずっと一緒に暮らしてきた。
 彼女について、いくつかわかったこともある。
 だがいまだに、彼女の身の振り方は決まらない。
「……元主人がとんでもない奴だったことだけは確かだな」
 菫からもらった弁当を持ち直しながら呟く。
 この一ヶ月、菫はどんどん成長した。もちろん、身体的にではない。精神的、技術的にだ。
 片言ぽかった言葉もわずか一ヶ月でほぼ普通だし、料理も出来るようになった。
 『グズ』どころか、彼女はかなり器用で、飲み込みも早い。
 それを生かさせてなかったのは、間違いなく元主人の落ち度。いかに彼女をぞんざいに扱っていたかの現れだ。
 だがそんな元主人を、菫は心から慕っている。こちらがムカついてしまうぐらい真っ直ぐに。おかしいと思うぐらい。 無条件で慕う姿は何かを連想させる。


「――ただいま」
「お帰りなさい、ご飯出来てるよ」
「ああ」
 今日の仕事も終わり、俺は家に帰ってきた。
 迎えてくれる人がいるのはいいものだ。しかも家に帰ればすぐに飯。これほど幸せなことはないと俺は思う。
 手と顔を洗ってテーブルを見れば、安くても味はしっかりとした料理の数々。
 ぱん!と手をあわせ
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
「……………………………………………………」
 黙々と食べる俺を、菫はじっと見つめている。
「おいしい?」
「ああ」
「よかった」
 ほっと息をつく。
 ここまではいい。
「あの方はこういうの食べてなかったから……」
 ――でた。『あの方』が。
 菫に悪気はないのだろう。『ドレイ』の性と言えば終わりかもしれない。が、彼女はしょっちゅう元主人であるところの『あの方』を持ちだしてくる。
 なにがあってもすぐ『あの方』。
 目の前にいるのは俺だというのに、「あの方は、あの方は」。その度に俺は、暗い気持ちを抱えるはめになる。馬鹿な考えだと、わかってはいるのだが。
 ――ピンポーン。
「あ、チャイム」
 俺が箸を置いて立ち上がろうとするのを、菫が止めた。
「いいよ、私出る………………はーい!」
 お言葉に甘え、もう一回座り、夕飯をぱくついた。
 しばらく食べ続けていたが、長い間かけても菫は玄関から戻ってこない。なにか、話が延々と続いている。
 おかしいと思ったその時だった。
「……イヤですっ!! ――宏和ッ!」
 一段と大きい声が聞こえた。
「……菫?!」
 確かに彼女の声だった。疑問に思い、玄関に行くと……。
「なんだと……!?」
 誰も、いなかった。開かれたままの扉が静かに揺れている。
 遠くで、車の走り去る音がした。
「馬鹿な……」
 さらわれた? そう思った途端、俺は外へと駆け出した。
 玄関に置き去りの上着を肩にかけ、スニーカーもまともに履かずに街へ。
 俺の姿はさぞ滑稽に見えるだろう。
 自分でも滑稽だ。何をそんなに焦っているのか。元々同情で拾っただけなのに。
 でも、彼女は嫌がっていた。それだけで、十分だった。
 どうしたらいいかわからずに俺はただ街を走った。目標らしきものは、遠くにかろうじて見えた高級車ぐらい。
 そして唐突に、見覚えのある店の前に辿り着いていた。

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「ここは……」
 骨董品店だった。 
 外から見ても少し薄暗い店内にはかなりの骨董品があるが、不快にならない程度の感覚を保ち広がっている。それが、たまらなく心地よく懐かしい。
 ――頭の隅で、もう一人の自分が何かを言った気がした。頭痛がする。
 どうするべきかと、もちろん菫のためにこのまま無視するべきなのに、どうしても気になるその店に、俺は立ち往生した。
 その時、俺の心を読んだかのように、店の扉がゆっくりと開いた。扉についた鈴は、全く音を発しない。
「…………」
 「お入りなさい」と言われた気がして、俺は恐る恐る足を踏み入れた。
「やっと……来て下さいましたね。ようこそ、わしの店に」
 店の最奥。古めかしいレジの所に、片眼鏡の老爺が座っていた。
「あなたは……そしてここは……」
 頭が痛い。思い出せと誰かが言っている。
 眉間にしわを寄せ、痛みにこらえる俺に、老爺は笑いかけた。静かな……何かを達観したような笑みだった。
「あなたは覚えてらっしゃるはずですよ。封じた記憶を取り出しなさいませ。現実だけが経験だと思ってはなりません。夢とて経験なのです」
 俺は辺りを見回す。どこもかしこも見覚えがあって、俺はかき回されたような気分におちいる。
なぜか視線が、ある一点に動いた。
「あ……?」
 あるべきもの。あったはずのもの。あるべき場所にそれがない。
「彼女が……いない」
 呟いた瞬間。頭に光が放たれる。
 記憶という名のフィルムが、瞬間的に光り、見せつけ、消えてゆく。
 『菫』と、『彼女』の姿が重なった。
「え……?」
 慌てて振り向いた俺に、主人はしっかりと肯定した。
「はい。あの少女は元はうちの……とはいっても商品ではなく、売りに出すつもりも毛頭なかったもの。そしてあなたが夢見た人形でもありません。あそこには元から人形なんてなかったんです」
「ならば……」
「お話します。あの子のためにも」
 その後の主人の話は驚きの連続だった。
 俺が菫と名付けた彼女、人形だと思ってた彼女は、化学の力で創られた、いわゆる人工生命体だったらしい。
 そうはいってもクローンを元にしているらしいから、人間とそう変わりがあるわけではないと言う。
 ただ彼女は遺伝子をいじられた実験体だった。
 扱いやすい『ドレイ』を生み出す研究――その成功体一号が、彼女。
 見目麗しく、従順で、主人だけを慕い、教えられたことをすぐに飲み込む。
 それが彼女の性質。そのために、刷り込みの性質まで入れたという。どうりで『あの方』を連続するわけだ。
「わしは怖くなったんですよ。研究中は何も考えてませんでしたが、いざあの子が出来ると……」
 『ドレイ』――『奴隷』となるべく生まれる命。そんなものがこの世にあっていいはずがない。
 主人は生まれたばかりの彼女を連れ、ここに逃げ延びた。カモフラージュのために骨董屋までして。
 だがある日、彼女のことがどこからかもれ、あの夢に出てきたような男が彼女を売るように強制したという。
「大切にしてくれるならと、わしは眠ったままだったあの子を渡した。こんなボロ屋で一生を終えるよりはと思ったのだが……間違いだったようですね」
 小さく老爺がため息をついた。それは、心の底から後悔した表情だった。
「――菫の居場所はわかりますか?」
 俺の問いに、老爺は薄く笑った。
「――今、来ます」
 瞬間だった。
「貴様っ、主人!! とんだ欠陥を渡してくれたものだな!?」
 ばたばたと、夢で見たあの男がレジまで走ってきた。その腕に抱え込まれるようにして、菫もいた。
 目が合う。ほっとしたように、菫が笑う。
「何を笑っているか、このグズ奴隷めっ! 僕の許可無しに笑うなと言っただろう!? だいたい、なぜそのような男に笑うのか!!」
「……宏和が、好きだから」
 菫の答えに、男が怒りにぶるぶると震える
「主人、見てのとうりこれは欠陥品だ!! どう責任を取るっ?!」
 覚悟を決めたのか、主人が真っ向から男を見た。
「責任を取るも何も、無理矢理お連れになったのは貴方様でしょう。その子はわしの可愛い娘。乱暴はおやめいただきたい」
 老爺の毅然とした態度に、男がたじろぐ。
「ぶっ、無礼者がっ! この僕に逆らって、生きていけるとでも思っているのか!! ええい、いまいましい。この欠陥品共々生ゴミに出してやるっ!!」
 男の手が菫の腕から髪に移る。ぐっと、菫の髪が引っ張られ、彼女の顔が痛みに歪む。
「……貴様っ!!」
 カッとしたと思った途端、俺は男に殴りかかって……というか、思いっきり殴っていた。
 ごりゅっ……! という鈍い音と共に、男の身体が宙を飛び、どさっ! と、男が床に倒れ込んだ。
「…………………………………………………やっちまった」
 痛む自分の拳を振りながら、呆然と呟いた俺に、菫が後ろから抱きついた。老爺が、拍手をする。
「お見事です」
 抱きついたままの菫が、泣きべそをかき始めた。
「宏和〜ッ!!」
「大丈夫か?」
 我ながら、色気もくそもありゃしない。
 そう思いながらも、彼女の頭を確かめた。大丈夫。そんなに髪も痛んでいないようだ。
「よくも、よくも僕にこんな事をっ……」
 ……生きてたか。
 ボロボロになりながら、男が立ち上がろうとする。
「お前ら、覚えていろ、どんな目に遭うか、今から恐ろしがってるといいっ!」
 捨てぜりふだったのだろう。
 男は憎しみのこもった眼差しで俺達を見つめていたが、主人の言葉で陥落した。
「どうぞ御勝手に。ただし貴方様がこの店の中でした発言は、全て録音されております。……痛い目を見るのはどちらでございましょうかね?」
「………!!!」
 なんて周到な。確かに今までの会話では、一方的に男の悪事だけ判明する。
 対してこちらはなんのデメリットもなし。
 男は半泣きになって出ていった。
 …………これで少しドレイへの考えが変わればいいんだが。

 誘拐事件の後、菫は俺の家からでていった。老爺が、菫に言ったのだ。
「刷り込みを取り除く方法がある」と。
 自分の出生などを全て知った菫は、老爺のことを信用し、全てを任せることに決めた。
 それは、俺の意志でもある。『ドレイの成功体』ではなく『人』になることは、大事なことだと思ったのだ。
「何年かかるかわからん。だが、必ず『刷り込み』を取り除こう」
「約束ね。私が帰ってきたら、また一緒にいてね? 必ず、戻ってくるから待っててね?」
 そう言って、二人は俺に一時の別れを告げた。
「これあげる。お守り……なんか縁起悪いっぽいけど」
 笑って、菫は俺にブレスを渡した。

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 何年たっただろうか。すでに覚えていない。
 数えるのは気が滅入る。だからなるべく考えないようにした。
 時々、あの出来事が夢ではなかったかと疑ってしまう。
 時々、無理な約束だったのかと思ってしまう。
 それでもこの手には『お守り』があり。
 記憶は約束を鮮明に思い出させる。

「――なあ、知ってるか宏和?」
「なんだよ」
「なんか、あそこの骨董品屋、ずっと閉まってたヤツがオープンするらしいぜ? 主人が帰ってきたとかで」
「まさか……主人に娘とか、いるか?!」
「え? なんで知ってるんだよ。情報はやいじゃん、お前。って、何その嬉しそうな顔!? 天変地異が起こるからやめろっ!!」
 ああそういえば、なぜ俺があんな夢を見たのか聞いてなかった。
今度こそ、答えを教えてもらっていいはずだよな?

 時は無駄ではなく。約束は、今はたされる――。    


〜ヤクソク・終〜


アトガキ
こんにちは。刃流輝(はる・あきら)です
せっかくなので、新境地(現代幻想モノ風)を目指しましたものの、あえなく撃沈。
個人的には主人公の宏和クンよりも、名も無き彼の友人二名の方が気に入っていたりします。
ちなみに最後に宏和と一緒にいる人は、その友人君の片割れです。
四時間で書きあげた作品になっております(笑)
精進せねば…… 


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