砂糖菓子人形〜前編



「女の子はね、砂糖菓子なのよ!!」
「……は?」
 目の前で断言する友人かつ小姑に、椎名恭一(しいな・きょういち)は、あぜんとするはめにおちいった。
「あー……」
 言われた言葉を反芻つつ、頭をバリバリと乱暴にかく。しかし、どうこねくり回そうと、『砂糖菓子』のセリフに変化はない。
 言った当人の瀬川峰子(せがわ・みねこ)は、そんな恭一の様子をふんぞり返るようにして見つめているようだ。
 もう一度、確認のために聞き返した。
「砂糖菓子って、ケーキの上とかにのってる……あの砂糖菓子か?」
「それだけじゃないけど……まあ、そうよ」
 他に何があるのかと言い切られては、もう他に返せる言葉もなく。
「砂糖菓子、ねえ……?」
「不満そうね」
「いや、そういうわけじゃねえけどな」
 ごまかすように、ブラックコーヒーを一口だけ飲んだ。
 『不満』と言うより、あまりに突拍子もない彼女のその例えというか、話の展開に、ついていけなかったという方が正しい表現だろう。
 眉間にしわを作って黙り込んだ恭一に、峰子はもう一度宣言する。
「女の子はね、砂糖菓子なの。おわかり?」
 パフェにささっていた銀色のスプーンをこちらに突きつけるその様子に、今反論するのは、あまりに愚かな行為に思えた。
「お前の言う、砂糖どうのいうのが事実として……それが今、いったいなんの関係があるんだ?」
 現在、恭一と峰子がいるのは、お互いの家からさほど遠くない駅前の喫茶店だ。
 昨日の夜、恭一は急に電話で呼び出しをかけられたのだ。
 今まで『色々と』世話になったことと、峰子の性格をを考えれば……へたに断るとどうなるか、想像することすら恐ろしい。
 だからしかたなく、せっかくの休日を潰してまでこんなところにいるのだ。
「重要な話とやらがあるんじゃなかったのか?」
 ため息を吐き出し、コーヒーをまた一口。
 疲れ切った恭一を見る峰子の瞳が、いたずらめいた輝きを灯す。口の端を上げ、にいっという効果音が聞こえそうな笑みで峰子は確認してきた。
「そうそう……あんた達、とうとうつきあい始めたんだって?」
 ――思わず、コーヒーを吹きだしかけた。
 すさまじい努力で噴き出すのをこらえ、どうにか飲み下した黒い液体は、いつもより苦みを増してるように感じられる。
 深呼吸を一つ。
「誰に……聞いたんだ?」
「あらやだ。このアタシが、可愛い小夜(さよ)の変化に気づかないような鈍い女に見えて?」
「……聞くだけ野暮だったな」
「そーよ」
 小夜とは、つい先日……恭一と晴れて恋人同士になったお相手だ。
 美人というより可愛いタイプ。とてつもない美少女というわけでもないのに、性別を問わず周りから好意を抱かれやすいのは、その性格ゆえだろう。
 しっかり者のようでうっかり者で。人の気持ちに敏感なくせして自分のことと、そして恋愛事には超鈍感。なのにその明るさと優しさで人を引きつけまくるという……好意を抱く相手からしてみれば、厄介この上ない相手だ。
 峰子はそんな小夜の親友で、聞けば二人は幼なじみらしい。峰子には、小さい頃から小夜を自分が守ってきたのだという自負がある。
 そんな峰子の、小夜に対する愛情は尋常ではなく、小夜に近づくには、まず峰子に認められなければならないという暗黙の了解まで出来ていた。
 もちろん恭一もその例にもれなかった。邪魔されたことは数知れず。
 しかし、同時に助けられた数も同じくらいなので……峰子にはむかうことが出来ないのだ。
「で、小夜のことと『砂糖菓子』がどうつながるんだ」
 ひきつりそうな頬を無理矢理抑え、平静を装いながら尋ねる。
「だから、女の子は砂糖菓子なのよ。そこをきっちり理解してもらわないと……」
「なにを理解しろっていうんだ」
 尋ね続ける恭一を、峰子はぎりりとにらんだ。
「もうっ! これだから男は……やっぱりあんたに小夜を任せたのは間違いだったかしら!?」
「間違いって……お前なあ」
 『女の子は砂糖菓子』。それだけで全てをわかれというのは、あまりに乱暴な主張ではなかろうか。
 正当な主張を心に秘めつつ、恭一はひとまず自分が折れることにした。
 そうでないと、目の前の小姑は本気で恭一から小夜を奪っていきそうだったからだ。
「――悪かった。だが、俺には何がなんだかわからん。だからきちんと説明してくれ」
「最初っからそう言えばいいのよ」
 出来るだけていねいに謝罪した恭一の様子に満足したのか、峰子は大きくため息をつきながらも、えらそうにうなずく。
 ――この女、いつか殺す。
 その姿に少しだけ殺意を覚えたのを、責める男はそうそういないだろう。
 殺意を抑える恭一に、峰子はさっそくレクチャーを始めた。
「だから、砂糖菓子は、砂糖で出来てるでしょ?」
「ああ」
「砂糖は、甘いわよね?」
「そりゃあな」
「そして、口の中で溶けやすい」
「……ああ」
 再び目の前に突きつけられるスプーン。
「――さて問題です。アタシはさっき『女の子は砂糖菓子』と言いました。これと今までの私の説明から出る答えは? はい、恭一くん」
 突きつけられたスプーンを、のけぞってさけつつ、視線を空中にさまよわせた。
 砂糖菓子……砂糖……甘い……溶けやすい……。
「あー……女は砂糖で出来てて甘くて溶けやすい??」
 とりあえず、全部総合してみた。
「うーん、おしいわね。六十点!!」
「……のこり四十は?」
「応用力が足りないわ」
「……四十は?」
 四十をくりかえす恭一に、峰子はやれやれといった風に肩を上げる。
「女の子は砂糖菓子。砂糖で出来てる甘い甘いお人形よ。だけど注意なさい。甘くておいしそうな分、他の男(ひと)に狙われやすいし……とっても、もろいのよ」


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