鬼哭  後編



 
「……なんだって!? 村長、なんと言った!?」
「――鈴は、人柱となった」
 雨が長く続く年だった。
 降り続ける雨が、やたらとうっとうしく、人々の不安をあおり立てていた。
 だから、人柱が必要だったのだと。
 人柱は神の機嫌を取るのではなく、人々の気休めのためにあった。
 それに、鈴が選ばれた。
「村長、矢は、矢は放たれていないだろう!? なのになぜ鈴がっ!!」
 人柱の人選は、村長が村の上の崖から無差別にはなった矢が刺さった家の娘と決められていた。
 この年は、まだ矢は放たれていないはずだった。
「……村人の総意じゃ」
 村長もまた、小次郎を鬼としてみない者の一人だった。
 ちらりと、痛ましそうに、意味ありげに送られた視線。それではっと気づいた。
 あるじゃないか。何よりの、そして唯一の理由が。
「――俺か? 俺のせいか……? 鬼の俺と、通じていたからか……!?」
 言って、疑惑は確信へと変わる。 
「まあ、その……なんじゃ。うむ……」
 村長の言いにくげな様子。瞬間、外から聞こえた声に、小次郎は血が逆流するような衝撃に襲われた。
「……鈴が人柱になってくれて本当に助かったよ」
「鬼と通じるような子だ。こうして村に貢献出来て嬉しかろう」
「村の恥が、一躍英雄だよ、ホントに」
 怒りのまま、外へ飛び出した。
「〜〜〜〜っ! ふざけるな!!」
「落ち着け、小次郎っ!」
「貴様ら……貴様らっ……ゆるさんぞ……絶対にっ!!」
 村長に押さえ込まれてどうにか暴れることをやめた小次郎に、噂をしていた女達は嫌悪と嘲りを込めクスクスと笑った。
「そんなに会いたいなら、村中駆け回りなさいな」
「鈴はあちらこちらに埋まっているよ」
「ほら、鬼門の方角には首が埋まっている」
「化け物らしく、死人と愛でも語らえばいい」
「腐りかけたその体を、存分に愛撫するがいいさ」
「ああ、本当にお似合いだ。醜い鬼にはぴったりだね!」
 ケタケタという女達の笑いが耳についた。

 ――気持ちが悪い。
 醜い。なんて醜い。
 人は、なんて愚か。
 なんて、憎たらしく不快な生き物か。
 消してしまおう。
 こんな世界いらない。
 こんな醜い世界、いらない。
 ……そして小さな村の中に、叫び声が響き渡る。
 辺りに香るは鉄さびの匂い。
 散らばるは紅き水。
 地獄絵図、阿鼻叫喚の言葉がふさわしい。
「鬼じゃ、鬼じゃあああ!!」
「助けてええええっ!」
 ――愛刀たずさえ男は舞う。
「消えてしまうが良い……俺が、消してやるよ」
 そして男は、真の鬼になった。
 己が憎む人から、本当に鬼になった――。


「っ……! 今の……なに!?」
 くらりとめまいを起こし、少女は座り込んだ。
 一瞬のような、永遠のような、不思議な感覚だった。
 脳裏に残る、彼の激しい怒り。
 鼻につく、血の匂い。
 腕に残る、肉を立つ感触。
 ――全てが、リアルだった。
「……小次郎さん、だっけ?」
 すっと細くなる、鬼の……小次郎の瞳。
 全く変わらない男の姿がそこにあった。
《俺の心を読んだか……本当に、人ではないのかもしれんな、お前は》
 呆れたような、感心したような小次郎に、少女は息を整えながら答えた。
「――その者、人にあって人にあらず」
《……?》
 興味深そうに見たことを、話を続ける了承と見なし、続けた。
「怪を見るのは怪の目のみ。よってその者人にあらず。人の形、人の心を持ちし、哀れな鬼なり。其はけして人にあらず」
《なんだ、それは》
「うちの村に伝わる唄よ。つまり、人は妖なんぞ見えるわけがない。見えるのはその子に妖の血が混ざっているか、妖そのものだからに違いないって唄」
《手前勝手な……》
「そうね。でも、一理あると思うわ」
《だから、人じゃないと?》
「そうよ」
 村人達の目を思い出す。
 自分の村と、小次郎の村と。送られる視線はうり二つ。
 相手を人と思わぬ、認めぬ冷たい目。絶対的な拒絶の意志。
 反抗しても無駄だった。普通ではない力を持つ者は、人間ではないのだ。
 『人ではない』
 それは言霊。
 人が、人を鬼にした。
「私は、鬼よ……」
 反抗することに疲れた。
 開き直る方が、虚勢を張るより楽だったのだ。
 そして本当に自分は、鬼になってしまった。
 再び断言した少女に、小次郎は懐かしむように笑った。
《言うとおりになったか……》
「え?」
《俺をここに封印した――眠らせてくれた坊主が最後に言ったんだ。いつかお前と同じ『鬼』が来るだろう、ってな》
 楽しそうなその様子に、つい、少女は尋ねた。
「……私が一緒にいるわ。だから、封印から解かれない? 鬼神様をやめて、ただの鬼にならない?」
《……何を言うんだ?》
「あなたが眠っていたのは、たった一つの理由からでしょう?」
《…………》
 沈黙が、何よりの肯定だ。
 過ごした時間の長さは違いすぎる。けれど、自分と抱えていたものは同じはずだ。
 そうでなければ、彼がおとなしく封印になどかかっているものか。
 同じ鬼なのだからわかっている。彼にとってこの結界は無意味。むしろ、人が影響を受けるものだ。本当に必要な時以外、人間がここへ入れぬように、と。
 たった一つの理由。
 寂しくて、寂しくて。悲しくて、悲しくて。
 人が嫌いなのに、それでも愛おしい。
 人と関わるのは怖くて、でも孤独が、完全に人と離れるのも嫌だった。だから、霊能者のようなまねごとをして関わりを完全には絶たなかった。
 小次郎も、同じ理由のはずなのだ。
 完全に眠らなかったのは、人の姿を見たいから。人が踏みいる隙のある結界の中にいるのは、彼がまだ人の情を望んでいるからだ。
 ……自分は、やはり人にとけ込めなく、だからここに来た。
 仕事にかこつけて、自分と同じ『鬼』気配がするここへ入り込んだのだ。
 ほのかな期待を抱いて、鳥居をくぐったのだ。
「一緒にいるわ。共に生きましょう?」
《傷をなめあえと?》
「それも悪くないと思うわ……私達は、傷つきすぎた。違う?」
《否定はしない》
 一歩、小次郎に近づいた。
 相手は思案するように立ちつくしている。
「今の時代なら、あなたが鬼とされた昔よりも、楽に紛れて暮らしていけるわ。鬼よりも鬼らしい人がいる、この世ですもの……」
《そんなヤツ、昔もいたさ》
「でも、今しかいない者もいるでしょう?」
 自信たっぷりに笑えば、小次郎が訝しげに見つめてくる。
 わからないのかと、わざと顔をしかめて宣言した。
「私よ! 今は私がいるわ。同じ存在が、あなたの前にいるわ」
《ずいぶんとでかく出たな》
「事実だもの」
 ついとあごをそらせた姿に、鬼はニヤリと笑う。
《……確かに、いい機会かもしれん。坊主の言った『鬼』のお前が来た今なら。あいつは言った。巡り会った時が選択の時だと》
「なら、契約成立ね?」
 差し出した右手を、鬼の手が掴んだ。
《ただし……》
 どこまでも真剣な顔で呟かれた言葉に、少女は聞き逃すまいと身を乗り出した。
《裏切るなよ、我が同胞よ。裏切ったら……殺すぞ。どこまでも追いかけて、俺はお前を殺す》
 危険な光をはらんだ言葉は、鬼の心が哭する声。
 もう二度と、一人にしてくれるなという嘆き。
 知らずに同じ悲しみを共有してきたからこそ、ためらいなく少女は誓約した。
「約束するわ。私はあなたを裏切らない。なにがあっても側にいる。私の名前、尊(みこと)にかけて誓う、ただ一人の同胞よ」
 

 とある山奥にある神社から、ずっと感じられていた妙な威圧感が消えさっているという話が、その道の者達の間で噂になったのはしばらくしてのこと。
 そして類い希なる瞳、全てを見透かす鬼眼を持つ少女と、茶にしては赤い髪と全てを斬り捨てる刀を持った青年のコンビが、次々と怪事件を解決するようになったのもその頃だという。
 二人が何者なのか、誰も知らない。
 知っているのは、本人達のみ――。

                               Fin


アトガキ
わけわからん!
いや、ほんとマジでわかんなくなっちまいました………。
本当は二人はラブラブになるはずだったんだけど………らぶらぶ???(疑問系)
「裏切ったら殺す」も、「自分を置いて死んだら許さない」みたいな一種告白の予定でしたし。ラブラブと言うより友情ですな。相棒かな?
舞台は日本らしきところ。そして小次郎君が生きてたというか……人だったのは、かなり昔。鎖国とかしてた頃??(細かく考えてない)(爆)
赤毛とかを見られなかった時代。要するに、小次郎君の一件は、外国人が恐れられた理由と一緒なんですね。
尊がいる今は……現代にさりげなく近い感じの過去?(わけわからなさ増量中)
まあ、尊が元々いたのはド田舎。そう思っていただければ結構です。
なんだかわけわからない逸品ですが、楽しまれたことを祈って。  
 

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