召使い日誌 
――とある日の、朝の光景――   ちなみに設定はコチラ


 
召使いの朝は早い――と、一般的には言われているが、異世界移住&召使い歴数週間になる、佐藤茜(サトウ・アカネ)の場合はそうでもない。
 実際、今日も彼女は布団の中で小鳥の声を聞いているし、閉じられたカーテンの隙間からは充分な日の光がさしている。どう考えても早朝ではない。
 一応『召使い』の身分である彼女が、なぜこんなにのんびりしているのか……答えはたった一つ。
「アカネ! 起きろ、朝だぞっ!!」
 ――他でもない彼女の主人自らが起こしに来るからである。
「アカネ、さっさと起きろ!」
 彼女を照らす日の光に、負けず劣らず輝く金の巻き毛をなびかせて入ってきた、大変見目麗しい少年、その名を ルヴィー……正式名、ルヴィフォルヒ・エルドネラ・エッグフィートと言う。
 その黄金色の髪といい、対になった深い青の瞳といい、一見して宗教画から飛び出てきた天使のようである――。
が、その実立派な現『魔王様』であり、まごうことなき茜の『ご主人様』だったりする。


 振り返れば数週間前、茜は何の因果か異世界――しかも『魔族』たちが支配する国、エルドヘッセに召喚され、魔王様に「今日からお前は僕の召使いだ!」と宣言されてしまったのである。
 帰る方法もわからず、意外とアットホームな魔族たちになんとなく安心した茜は、宣言を受け入れ、ルヴィフォルヒの召使いになった。もちろん、そこまで決心するのには少し勇気がいったが。
 しかしまあ、魔族とはいっても悪い者たちではないので、茜は平和に異世界生活を続けている。
 天使のごとき容貌の魔王様は、見た目も中身も、人間でいうならば六歳くらいのお子様で、要するに召使いとは子守りも同然だった。
 少し人間と違うのは、人間の十倍といわれる寿命に、『天使』の比喩に負けることのない可愛らしさに比例した口の悪さだろうか……いや、口が悪いというより、とんでもなく生意気なだけかもしれないが。


「おい、アカネ。いつまで寝てる気なんだ?」
 ルヴィフォルヒは、いくら声をかけても起きない召使いに少しムッとした顔をすると、助走をつけて彼女の眠るベッドに飛び乗った。
「アーカーネッ!! 僕の命令がきけないのか?起きろと言っているんだぞ?!」
「ぅ〜ん……」
 上等な羽毛布団の上で、遠慮無しにはねるルヴィフォルヒに、茜の意識は嫌でも覚醒に向かう。
「……ぅん……。ルヴィー? もう……朝?」
 半分寝こけたまま尋ねれば、憮然とした声がかえってくる。
「もう朝だ。それどころか朝食の時間が近い。一緒に食べに行くんだから、はやく起きるんだ!」
 魔王はえらそうに言いながら、召使いを布団の上からぽふぽふと叩いているようだった。
 布団ごしに小さな手の平の感触が、茜まで伝わってくる。
「ご飯……今日はなんだろー……」
「メニューか? 今朝は焼きたてのパンにサラダ、ベーコンに卵料理、それにシェフ自慢の逸品だというスープだぞ」
 うまそうだろう? というルヴィフォルヒの問いかけに、布団にかじりついたままの茜は何度も頷いた。
「おいしそー……本当においしそー……ぐぅ」
 そしてそのまま再び眠りにつきそうな茜の上で、ルヴィフォルヒがはねる。
「アカネッ、寝るな!!」
「うー……わかった、わかったわよ。今起きるから……布団の上から降りてちょうだい。起きあがれないから」
「本当に起きるのか?」
「ホントに。起きる、起きマス」
 しばらく疑わしそうな視線をおくっていたルヴィフォルヒだったが、やがて納得して布団から飛び降りた。
 それと同時に、茜がゆっくりと身を起こし、かけ声と共にのびをする。
 ベッドから降り、欠伸をしながら魔王を振り返った。
「ふぁ〜あ。よく寝たわ……ルヴィー、悪いけど一回外に出ててくれる?」
「なに? 僕に命令する気か!?」
「立派な魔王様が、レディの着替えをのぞく気? それとも私の下着姿が見たいの?」
 背伸びしてまで文句を言っていた魔王様は、間近で言われたセリフに、顔をボンと赤くした。
「だ、誰が! ……ふん、いいだろう。僕は立派な魔王だからな。召使いのいうことだって、ちゃんと聞いてやろう」
 真っ赤な顔で虚勢を張る主君に、茜は苦笑しながら一礼をする。
「それはそれは、光栄でゴザイマス」
「……誠意がたりないぞ」
「ほらほら、いいから。外で待っててちょうだい」
「わ、わかった……」
 追い立てられた小さな魔王が、扉の向こうに消える。
 それを見送り、茜は夜着をばさりと脱ぎすて、クローゼットに向かった。
 クローゼットの中には、ルヴィフォルヒや彼の兄達が、彼女のためにと集めた数々の衣装がつまっている。
「さあて、今日はどれを着たらいいかな……」
 どれを着れば、あの弟のように愛しい、幼い魔王は喜んでくれるだろうか。


 部屋から追い出され、廊下で茜の着替えを待つルヴィフォルヒは、廊下の向こうから二人組の男が現れるのを発見した。
 二人ともかなりの長身で、見た目は二十代前後。どちらも彼の兄だ。
「――兄様!」
 次兄が、ルヴィフォルヒの声に気づいたようだった。爽やかに笑って片手を上げる。
「おはよう、ルヴィー。こんなところでどうしたんだ?」
 髪と同じ赤銅色の瞳が、好奇心に満ちていた。
 次兄、ユングラッド・エッグフィート。軍師にして参謀、そして腕のよい剣士。
 その物腰通り柔軟な思考と人当たりの良い性格の好青年だ。だが怒らせると誰より怖いと、ちまたで評判でもある。
 しゃがみ込んでルヴィフォルヒの髪を撫でるユングラッドの隣で、長兄は長い銀髪を後ろにやりながら、その赤い瞳で弟を見つめている。
「ルヴィフォルヒ、ここは、アカネの部屋だろう……?」
 低い声が、ルヴィフォルヒの鼓膜をゆすった。
 茜がルヴィフォルヒをあだ名で呼び始めたのと同時に、新しい物好きの次兄はそれに乗ったが、長兄は前と変わらぬ呼び方をする。
 長兄、ウェドミッド・エッグフィートは、軍隊の総帥という肩書きと、その見た目通り真面目で堅い性格をしている。
 が、ただ一つ皆の思惑と違うのは、強面でありながらも子供好きで面倒見がよいことだ。
 ただし、その思いが報われたことはほとんど無い。なぜなら、彼の顔を見た子供は十中八九泣きだすからだ。
 ――まったくもって哀れである。
「朝食を一緒にとるためむかえにきたんです」
「俺たちも朝食に行くところだけど……アカネはなにを?」
「着替えるから出てけって言われました」
 先程のセリフを想いだし顔が赤くなったルヴィフォルヒを、眉間にしわを寄せ、不思議そうに見ていたウェドミッドが「なるほど」とつぶやいた。
「彼女も女性だからな……」
「それで待ってるわけか? ルヴィー」
「はい……」
「そうか、えらいな」
 年相応の子供らしく、少しうなだれたようにする弟王を抱き上げながら、ユングラッドは楽しげに長兄に語りかけた。
「しかし、楽しみだね」
「なにがだ?」
 心底わからないという表情をする兄に、ユングラッドは答えを渡す。
「アカネが、今日はどんな服を着てくれるのか。昨日もなかなか可愛かった」
「……くだらないな」
 表面上、苛立たしげに顔をしかめる長兄の様子にもめげず、次男は聞き返した。
「そのわりには、ずいぶん熱心にアカネに服を贈っていたようだけど……違うのか、兄さん?」
「むっ……」
 鉄壁の無表情に、少し動揺が走る。彼の頬に一筋の汗が流れたのを、ルヴィフォルヒは確かに見た。
「な、なんのことだ……?」
 ごまかそうとしているらしいが、それは無理というものだ。
 なんだかんだいいながらも、ウェドミッドも茜を気に入っていることを、ユングラッドも、もちろんルヴィフォルヒも知っている。
 子供好きのウェドミッドにとって、実年齢よりも幼く見え、しかも彼を怖がらない茜は、ある意味心のオアシスだろう。
「……まあ、気持ちはわからなくもないけど。送ったのは俺も同じだし」
 さらりと言われた一言に、ルヴィフォルヒは大きく反応した。
 ウェドミッドのことは知っていても、ユングラッドまでが茜に贈り物をしていたのは初耳だったのだ。
「ユングラッド兄様、アカネは僕の召使いですよっ!?」
 言ってから、なんて馬鹿らしいことを、とルヴィフォルヒは思った。
 ユングラッドは子供特有の嫉妬を見せた弟を下に降ろすと、おどけたように手を挙げ、降伏のポーズをとる。
 それでも表情は人好きのする笑顔のままだ。
「ははっ。心配しなくても、お前からアカネを取り上げたりしないよ」
「そんなことを言って……ユングラッド兄様は、いつもアカネを部屋に呼んで話してるじゃないですか!」
 かみつくように言って、また後悔する。
 少しでも魔王らしく、兄たちのようにと思うのに、自分はこんなに子供っぽいことしか言えないのだ。
「そりゃあ逆だ。アカネが、俺のところに来てるだけさ」
「う〜〜〜〜!」
 ぐうの音も出ない。
 こんな子供っぽい魔王より、茜はきっと兄たちの方がいいに違いない。
 そう思うと、少し悲しくなる。
 黙り込んだ末っ子をフォローするように、長男が口を開いた。
「ユングラッド、おふざけがすぎるぞ。アカネはルヴィフォルヒのお気に入りなんだから、そうからかうな」
「だ、誰があんなやつっ!」
 『お気に入り』というのは例えようもなく事実で。
 照れくさくって思わず口走ったら、次の瞬間、そばで声がした。
「誰が『あんな奴』なのかしら?」
 いつの間にかドアが開かれて、ルヴィフォルヒお気に入りの召使いが、苦笑しながら立っていた。
 驚いてなにも言えないルヴィフォルヒに代わり、真っ先に口を開いたのはやはりユングラッド。
「アカネ、おはよう。よく眠れたかい?」
「おはよう、ユング。よく眠れたけど、ルヴィーのおかげで目覚めは悪かったわね」
「そうか、大変だな」
「まあ、いつものことだし……そうだ、ウェド。この前は素敵な服をありがとう。今日着させてもらったよ」
 にっこりと笑った茜が身につけているのは、オレンジを基調にしたスカートに、華美すぎない白のブラウス。
 どちらも明るい彼女によく似合っていた。
 あっさりと送った本人に秘密をばらされてしまったウェドミッドは、少し困ったようにしながらも、口の端で小さく笑ったようだった。
「よく……似合っている」
 普段なら口にしないようなことまで言うところを見れば、彼の機嫌がかなりいいのは一目瞭然だ。
 兄二人が、茜を憎からず思っている。それはとてもいいことだと思うが、同時にルヴィフォルヒには不安でもある。
 いつかどちらかが、自分から彼女を奪ってしまうのではないかと。
「……ルヴィー? どうしたの」
 ずっと黙っているのをいぶかしく思ったのか、茜が首をかしげてルヴィフォルヒを見てきた。
「……………………」
「ルヴィー?」
「お前は……」
「私は?」
 自分よりもずいぶん背の高い少女の腰に抱きついて、ルヴィフォルヒはいつもと同じセリフを言った。
「お前は、僕の、僕だけの召使いなんだからな!」
 きっと彼女はまた怒る。それでも、こうでも言わないと本当に茜が兄の元へ行ってしまうように思えたのだ。
 しばらくきょとんとしていた少女が、ルヴィフォルヒの頭を優しくなぜたのは数瞬あとのこと。
「はいはい……わかったわよ、ご主人様」
 珍しく怒らない彼女に、現金にも不安がどこかへ飛んでいくのを、ルヴィフォルヒは感じていた。
 もう一度ぎゅっと抱きついて、彼女の手を握りしめる。
「……よし。さあアカネ、朝食に行くぞ!!」
「そうね。ルヴィー、待たせてごめんね」
「まったくだ。この僕を待たせるなんて……」
 そのまま茜を連れて行くことに夢中になっていたルヴィフォルヒは気づかなかった。
 少女と兄二人が、優しく自分を見つめていたことに。
 なんだかんだいいながらも、魔王ルヴィフォルヒは周りから愛されているのだ。

 ある日のエルドヘッセ、そんな朝のお話。





アトガキ
こんにちは、刃流輝(ハル・アキラ)です。
『召使い日誌番外編〜とある日の、朝の光景〜』をおおくりしました。
本編書いてなくて設定のみ。なのに番外編とはいかなることか。
設定編見てからの方がわかりやすいでしょうね、やっぱり。
まあ、とりあえず設定無しでも読めるようになっている……と思います。
とりあえずキャラクター達はこんな性格ということがわかっただけでもよし(爆)
短編ということで、なんだかわからないままに終わってますが、見た限りルヴィーの独壇場(笑)次点がユングかな。
ウェドと茜は……次回に期待?
ちなみに一番のお気に入りキャラはユング。大好きです、こーゆー人。
自分のキャラでそんなこと言ってちゃ世話ないですが。
まあ、そんなわけで。
読んで下さった方、ありがとうございました!

2003,2,3


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