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兄妹 ―２― シェリルの起床より少し前。兄であるジンは家ではなく外にいた。 「おやジン、おはようさん」 「おはよう、おやっさん」 まだ肌寒さが残る早朝、村の入り口付近で声をかけてきた顔なじみの男にジンは挨拶を返した、村に唯一ある宿屋兼食堂を営む彼は、名をホップという。駆け足を止め見れば、その背中には大きな荷がある。 よいしょとその荷を背負いなおしてホップは感心したようにつぶやいた。 「今日も早いなぁ、お前さんは」 「いや、おやっさんほどじゃないさ」 「わしは、仕事だからな」 「俺も似たようなもんだよ」 そう、ジンの朝は早い。 元傭兵である養い親から剣術を習い始めてから、毎日朝練という名のかるい駆け足を欠かしていないからである。 鍛錬は好きだ。頭は悪い方ではないと思うが体を動かす方が性に合っていたし、誰かを守る力を手に入れるための努力なら、ジンにとって苦にならなかった。 それに、普通の人の歩き回らない時間帯の駆け足は思った以上に爽快感がありくせになる。 「それにしたってなぁ、偉いわ。うちのどら息子に見習わせたいぐらいだ」 「ははっ。でもあいつはあいつで料理の修業頑張ってるみたいじゃないか」 ジンの言葉にホップはフン、と鼻息を一つついた。 「本気で料理人目指すなら、仕入れから学ばねえと」 「そういえば、今日もいいものが手に入ったのか？」 男の背にある荷を見ながらきけば、彼は胸を張ったポーズで答える。 「もちろんよ！ いくら小さな村の宿場とはいえ、飯は良いものを出すのがわしの信念だ」 「さっすがおやっさん」 それに……とホップは続けた。 「これからしばらくの間は客が増えるだろうしな。かき入れ時だよ。もうすぐ、あの方たちが来るだろう？」 彼の言葉が指すものを思い出し、ジンは少しだけ顔をゆがめた。 「……ああ、そういえばそんな話を聞いたな」 少しだけと思ったものの、その感情の動きは予想以上にホップに伝わったようで彼の苦笑をよぶ。 「ほんっとお前さんは嫌ってるなぁ、あの方たちを」 「…………」 無言を肯定ととったのか――まさしくその通りなわけだが――ホップは肩をすくめてジンを見た。 「まぁ、村の奴らは知ってるからいいけど、さっき言ったとおり今日あたりから少しずつ人が増えるから、言動には気をつけた方がいいぞ」 「ああ、わかってるよ」 声をひそめるようにされた忠告に、ジンはしっかりとうなずいてみせる。 みんながみんな村の住人のような反応を返してくれないことも、自分の異端さもジン自身が一番よく知っていた。 「ん、それならいいんだ。余計なことを言ってすまんな」 「いや、こっちこそ悪い」 本来なら眉をひそめられても仕方がないことなのに、この村の住人は最低限のこと以外余計なことは言わず、ただ見ないふりをしてくれる。それがジンにはありがたかった。 謝罪という名の感謝にホップはにかっと歯を見せると、ジンの背中を手のひらで思い切り叩いた。 「悪いって思うなら、またうちに晩飯でも食いにこいや。もちろんガルモアとシェリルちゃんも連れてな」 「……父さんはともかくシェリルはなぁ。おやっさんの店、夜は酔っぱらい多いだろ」 酔っぱらいの中に妹を連れて行くのはどうも気が引ける。村の年寄り連中だけならまだ良いが、外の人間の中には羽目をはずして問題を起こす輩がいるのも事実だ。 「出たなあ？ こーの過保護が。いくら五つ年下で可愛くて仕方ないとはいえ、あの子だってもう十五歳だぞ？」 「放っておいてくれ。シェリルは俺の大事な妹なの！」 力を込めた台詞に、ホップが呆れたように首を振る。 「あーあ、このままじゃシェリルちゃんも大変だな。嫁に行くときはひと騒動なのが目に見えてら」 「まあ、俺が認めた奴以外にはやらんよ」 心の底から本気で言ったそれに、ホップは大きなため息をついてジンを見た。 「……黙ってればいい男なのにな、お前さんも。まったくしょうがない兄貴だ」 「いまさらだろう？」 そんな会話を交わしているうちに鶏が鳴いた。それを聞いたホップが再び荷を背負いなおす。 「お、すっかり立ち話しちまったな。さっさと帰って仕込みするわ」 「引き止めて悪かったな、おやっさん」 「いやいや、またな」 「ああ」 ずいぶんと重そうな荷を担いで店へと帰る男を見送り、空を見上げる。だいぶん太陽が明るくなってきたようだ。 「そろそろ行かなきゃシェリルを起こす時間が遅くなるな」 寝ぼすけな妹は今日もまだ夢の中だろう。それを起こすのもある意味楽しみなのだと人に言って心底呆れられたことを思い出す。 「ま、本当なんだからしょうがない」 小さく笑んで、ジンは駆け足を再開することにする。今日はどうやって起こそうかなぁと考えながら。 そんなジンを評して人は言う。いわく、とんでもない兄馬鹿だと。 進む 戻る 物語ＴＯＰに戻る |