兄妹 ―1―


 その日まで、シェリル=ガードナーはごく普通の村娘だった。
 変わっている点があるとすれば、一つだけ。家族である父とも兄とも血が繋がっていないことぐらいだった。
 だがそれを言えば父と兄も血は繋がっていなく、実のところ家族全員が『赤の他人』とも言えた。
 けれどそんな事実を補って有り余るほどに彼女は家族を愛していたし、また愛されている自覚もあった。
 元傭兵で豪快という言葉のよく似合う父は、兄妹を実の子ども以上に可愛がってくれていたし、村でも好青年との呼び名が高かった五つ年上の兄は、いっそ溺愛と言っても良いぐらいにシェリルを大切に扱った。
 家族三人、贅沢なことは出来なくても幸せだった。日々の糧に感謝し、慎ましやかに静かに生きていた。
 だから、まさかその生活に終わりが来るなんて思いもしなかったのだ。


「……ル。シェ……、……リル?」
 遠くから、優しい声がする。暖かさをにじませたそれはとても心を安らがせ、さらなる海へと誘おうとする。
「ぅん……」
「おーい、シェーリールー?」
 先ほどよりも、少し明確になった声。
 名前を呼ばれていることには気づいたものの、逢瀬を楽しむ上まぶたと下まぶたはどうにも離れそうにないし、それ以上意識がはっきりすることもない。
 ころりと寝返りをうつと、頬にほのかなぬくもりを感じた。それがあまりに気持ちよくて、無意識にすりすりと頬をすりつける。
 それにぬくもりの主は少しだけ笑ったようだった。
「まったく……こら」
 困ったような言葉に反し、その雰囲気はどこまでも柔らかい。
 絶対に自分を傷つけないとわかっているからこそ、シェリルはどこまでも無防備に、わがままであれた。
「毎日毎日、よくそんなに寝れるもんだ……なぁ?」
 頬にあったぬくもりが頭に移動する。叩くような、撫でるようなその感触に「ああ、あれは手だったんだ」とぼんやりと思う。
 そう。父よりはいくぶんか小さいものの、いつだって自分を守ってくれる優しくて温かい大きな手だ。
「さ、起きるんだシェリル」
 シェリルの黒髪をすいていた手が、再び頬に戻る。指先がいたずらをするように軽やかにはねた。
「……ぅー」
 そこまでの時間をかけ、ようやくシェリルのまぶたは別れをきめてくれた。
 どうにかこうにか体を起こせば、ベッドに腰掛けた姿勢のまま、少しだけ困ったように微笑む兄の姿が一番に目に入った。
「ジンお兄ちゃん……おはよ」
 目をこすりながらの挨拶に「ああ、おはよう」と返しながら、まだこすり続ける妹の手をそっと押しとどめる。
「こら、赤くなるだろう」
「大丈夫だよ」
「だめだ。……ほら。ベッドから降りて、朝飯にしよう」
「……はぁい」
 シェリルがしぶしぶベッドから降りると、それを確認したジンは満足そうに笑い部屋のカーテンを開けに窓辺に寄った。
 軽い音を立ててカーテンが開かれる。差し込んだ朝日がジンの銀髪を照らしきらきらと光った。
「ああ、今日も良い天気だ」


進む  戻る  物語TOPに戻る