LESSON
角川文庫
1988(昭和63)年4月25日 初版発行


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私たちは迷わずに歩いていきましょう。
もう、ここまで来てしまいました。
月日は、すぎていきます。あのころに帰りたいなんて言わないでください。
今、目の前にいるのが私です。
今、目の前にいるのがあなたです。
どうしようもないことは、もう
どうしようもないでしょう。
笑えることが素敵です。

      (「LESSON」表紙うらより引用)

「LESSON」は、ちょっとクールな詩集にしたくて、文字は和文タイプでうちました。写真を撮るのが楽しくて、遊びにくるみんなをとっていました。
(「つれづれノート」160ページより引用)


月日はすぎていく、あのころに帰りたい。
でも、この言葉は、老人が若いころを思い出すというようなカビの生えたような思いではない。この本が出版されたのは、夏生さんが20歳代ですから。数年という時間の流れでしょう。数年という長い時間ではないかもしれない。月日、本の短い時間の流れなのかもしれない。
恋人たちが出会ってそしてお互いが変わってしまったというそんな短い時間。そんな恋人たちには、刻々とすぎていく時間の中で、やはり出会ったころのような二人に戻りたいというものがあり、それが「あのころに帰りたい」なのかもしれない。
もちろん、夏生さんが20歳代になったときの、数年前の「あのころに帰りたい」というものが合ったのかもしれません。このようなことが左に抜書きした夏生さんの言葉になったのかと思います。
時間の流れ、元には戻れない時間の流れ。後悔してもどうすることもできない時間の流れの中に過ぎ去ったこと。そんな過去の時間を笑えることが素敵だと。
    「確かにそれしか選べない
          ひとつひとつがムダじゃない
       これも二人のLESSONです」
             (「LESSON」巻頭の詩より)
後悔してしまうような、思わず笑って忘れたくなるような過去の自分。そして二人。でもこう思う自分が今の自分です。過去に過ぎ去っていった時間の中でしたこと、それはそのときの自分がしたこと。それは今の自分、二人にとってはLESSOONだったのだ。
    「何ひとつ変わらなかったけど
              何もかも変わった」
             (48頁の詩LESSONより)
自分そして二人は別人になったわけではない。その意味では変わってやいない。であったころの時間と、今という時間とが変わっただけ。その時間のなかでふたりのしたLESSON 。この意味で何もかも変わっただけ。
「光かがやく希望の中にいた」(同)
LESSONをした二人、ここからまた時間が流れていく。
どんなLESSONをするのか?
はじめて出会ったころの光かがやくような希望。今から流れていく時間にそれを持たなくては。。。。。。
どんな世代にも勇気を持たせてくれる詩集だと思います。
  
                  夕螺

僕の好きな詩
P、1「春の嵐 らんまんの三日月」 
春の嵐のように過ぎ去ったあのころ。追いかけて逃したもの、傷ついたり笑ったりそんな青春。迷って走ったけどそのときはそれしかなかった。無駄のようで無駄ではない。これがlessonすべて二人のlesson 
P、8「目の前に見えるすべてが」
友人たちと誓ったあのころの誓い。今はもう何にでも笑うような僕たちではない。時間が僕たちを変化させる。あのころの一途さも、心の中にある感触としてしか存在はしない。
P、10「運転手さん、光のほうへ進んでください」
僕は彼女と逃避行。何もかも捨てるつもりで。パラダイス号という観光船は、何でこんなに裏寂れているんだろ。でもこんな船だから逃避行の僕たちの悲しみを美しくする。彼女は明るい。観光ガイドを見ながら次に現れるライオン島を楽しみにしている。そしてもう少ししたらきれいな風景があるよと希望を失わない。逃避行にも。。。。。帰り道、僕たちはタクシーに乗った。彼女は運転手に夕日が輝く光のほうへ進んでといった。逃避行をしても大きな変化などはなかった。この一瞬を彼女と夕日の光に向かって一緒にいられたらいいんだ。それだけ。。。。
P、26「いろんなことをきくたびに」
周りからいろんなことを聞くと、僕はわけがわからなくなる。信じる気持ちが大切だとはわかっているんだけど。。。。
P、30「わがままも」
初めての君のわがまま、かわいいと思った。そして今、別れようとするときの君のわがままもかわいいと思うよ。
P、34「夢をみたことがある」
夢をみた。あなたが誰かと逃げていってしまった。僕はだまされたんだけど、そのときのんびりとレースを編んでいた。僕も逃げる。神様のおうちという心の中へ。そうすれば誰も僕をいじめやしないから。
P、36「いつかぼくがみたこと」
指を茶色に染めながら甘栗を向いて食べていたら、急に彼が現れた。指が茶色いから見られるのがいやで逃げた。というよりもそれはごまかしで、自分の気持ちが彼のために準備できていなかったからだ。彼を受け入れるいつの日かのために、こうして夕焼けを見て生きていこう。
P、「今はチラリとTokyo」
今、チラリとあなたの住む東京を思いました。私は沈丁花の道を暗い気分で歩いています。元気ですか。でもあふれる気持ちはテレビを見ている間に忘れてしまうこともあります。東京、あなたはもっと遠い人。気持ちがわからないから。わけがわからなくなって何か起きるたびに笑ってしまいます。
うう・・・・ん。難しい詩です。でも、言葉の流れが好きです。
この詩は、「ONLY PLACE・・・・・」の巻末の詩にもなっています。
P、44「走ってきた」
明るい電話の音がした。私はテレビも宿題もすべてからすり抜けてあなたのところへ走って向かった。出会えてよかった、出会えてよかったといおうと思いながら走った。でもあなたの顔を見たらそんなことはどうでもいいと思い、あなたの顔ばかりを見ていた。明るく笑った。
P、48「LESSON」
ある夏の日、僕たちは出会った。そしてそれは新たな誕生。光かがやく希望の中にいた。しかし若い僕らにわけのわからない恐れが襲う。それは希望を失わせた。そんな恐れを忘れようとした。そんなとき「君」が僕たちの意識の中に自覚された。僕たちは「君」から逃げようとしたが逃げ切れるものではなかった。「君」それは現実という時間の流れ。その現実という時間の流れを認めると今ある僕たちは消えてしまう。しかしそれを認めざるを得ない。いさぎよく「君」の言葉に耳を傾けるよ。
P、62「フルスピードでお店へ」
彼の車で雨の降る町並みの景色の中にいた。ふと、恋人がいたらいいのにと思った。二人だけだと気まずくなってしまった二人。どうにかやっている二人。車がいつもの店に入った。そこにはいつもの友達たちが。友達の中に入ると二人もいつもの二人。恋人がいなくてもいいと思った。.
P、71「ゆうすずみ君と少女ペポロリン」
「君の幸せって、どんなの?」ゆうすずみ君は聞いた。ペポロリンは、こんなものと絵を描く。でも上手にかけない。幸せって絵にも言葉にも現せないもの。何もしていないけどゆうすずみ君は、幸せなどは考えたことないけど今この時が幸せだと。何でゆうすずみ君が幸せでペポロリンは幸せではないのか。ゆうすずみ君の瞳を見てペポロリンは「常夏の幸福ね」と。幸せなんて、絵に書けるような形のある「物」ではなくて心の中にある。「サリサリ君」を思い出しました。
P、79「架空のそら」
もがき苦しむようなこの心の中にある秘密にした苦しみ。この劇場を飛躍的な笑顔を作って耐えよ。雨の降る線の切れ目にある架空の空という一点。心はその明るい架空の空をつかもうとした。しかし顔に笑顔を作れても心はその架空の空はつかめなかった。
P、88「サト君とトモ君と私」
「私」がお茶でも入れようと言いトモ君のスロロベリーティをおいしく入れたら、それは片思いの娘からもらったたったひとつの贈り物だった。トモ君は泣いた。このような日常を送る私たち。私たちはぱっとした人生を送りたかった。何か楽しいものだと思っている。平凡な少しだけ楽しい現実、この中にぱっとした人生を探しながら現実の中で生きていく。これからも。。。。
P、102「頭の中は涙でいっぱい」
「何もかも嫌いになっちゃった」「何もかも嫌いになっちゃったのか・・・」と別れた二人。そんな君は今バスに乗って本を読んでいる。たぶん恋とか愛とか懐かしい文字がある本だね。君はふと目を本から離し風景の中にきっと砂山の上の僕を見つけるだろう。別れた今は悲しいだろう。しかしほんとの悲しみは僕たち二人が一緒にいたときにあったんだ。若い僕たちは無防備で無心だ。それがたった一つの若い僕たちに許される権利だ、今ならそんな無心を取り戻せるのではないか。今の悲しみからやり直せるのではないか。バスの窓の景色に僕を心で見つけてくれたなら、きっと次のバス停で降りてくれるよね。僕はそんな君のために近道を教えるよ。