夕螺の「ぶらり旅」にようこそ。。。。
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*52福島 温泉 2008年5月1,2日

残雪の高き山道下りおり
雪解けの冷たき水は滴りて
蕗のとう淡き緑はぽつねんと
下萌の芽吹きし心ふるえおり
涙とも滴る水は見えにけり

福島は霞むがごとく漂えり
笑う山紅さす色は山桜
濃き緑淡き緑と混じりあい
悲しみの笑みに変わりてふるえおり
さまざまに涙の色も交じり合う
美しき涙の笑顔芽吹くかな
山桜風に震える紅の色

残雪の遠くに見えて笑う山
雪解けの冷たき涙思いおり
花見山春の花々咲きそろい
遅き春冷たき涙も温みけり
悲しさは思う気持ちに別れかな









*51南房総 仁右衛門島 2008年3月3日
船頭の 語りも揺れて 春の風
海鳥の 声も優しく 風光る
いとしさの 意味問う娘 春の海
                (南房総仁衛右門島にて)
大きなおにぎり二つ作って出かけました。
空いた高速を快適に走り、房総半島の真ん中の山の見えるドライブインで食べました。
雨かという天気でしたが、房総は薄日。
おいしいですなぁ。。。。
手作りおにぎりは。
具はタラコと昆布。
コンビニのおにぎりでは味わえない味。。。。
今回の目的地は、南房総鴨川市近くにある仁衛右門島でした。この島には子供たちがまだ小さいころに家族で来たことがあるのですが、子どもたちも小さくて島の中を探索する事も出来ず、磯遊びをして帰りました。ですから今回が始めて島の中の探索でした。
小さな港から間近に島は見えます。橋を架けようとすれば簡単に架けられるような距離です。そこを手漕ぎの船で渡ります。5分ぐらいで付いてしまうのですが、手漕ぎの船独特な揺れが春ののどかさにかさなります。
鎌倉時代に源頼朝から初代の仁衛右門さんがこの島に住むことを許されたといいます。頼朝は一時戦に負けてここまで落ち延びてきたようです。隠れていたという伝説のある洞穴がありました。仁衛右門さんは、今もこの島を所有されているようです。
島の小高いところにお住まいが残っています。
独特な風景の庭。。。。
島は遊歩道で囲まれています。
所々から美しい海が見えました。
なぜかアロエが群生をしていた。。。。
芭蕉の句碑もあったり、行く認可の型の句碑もありました。
訪れた文人も多いようでした。
というわけで、まぁ、句碑は残せませんが一句。。。。
上の三句を。。。。
野島崎灯台
南房総の海岸線の道路をぐるっと廻り野島崎灯台へ。
日本初の様式灯台だそうで、灯台の中の螺旋階段を上り展望所のようなところへいけます。360度のパノラマ。灯台についているカメラの風景を見れますよ。。。こちら
灯台を見終わってお昼にしようと思い、灯台前の数ある飲食店に迷ったのですが、だいぶ前に友人から聞いた覚えのある店に入ることにしました。国道沿いにたくさんの飲食店があるのですが、灯台から降りて来るとすぐに右側にあるうどん屋さんです。黄色く塗られた壁のお店ですからすぐにわかります。ここのうどんは、わかめを練りこんだスベスベなうどんでして、腰もありうまいです。スープが独特でして。。。何の出汁だろ?濃い目の味付けですが甘さもあり、なんとなくたまり醤油を使ったような味です。鯨の刺身とかもありますから、房総の味も味わえますよ。
早めに帰宅しようと、やはり海岸線を通り館山方向へ。
今回は南房パラダイスだったかな温室はやめて満開の菜の花を眺めたり、道の駅で切花を買ったりして帰りました。
そうそう。。。
仁衛右門島の売店でハナヅルソウというのを一鉢100円で買ってきたのですが、植え替えたら根も付いてたくさんの小さな葉が出始めています。花は夏に咲くそうです。。。。。楽しみ!





*50川上弘美さんの「真鶴」の地 2008年1月24日

路地裏に風も吹かずに春近し
人も無き路地を下れば海光る
静まりて小さき船は揺れもせず
見上げれば貴船の石段古びたり
華やかな祭りの景色思いおり


凪に似て動かぬ時はゆらゆらと
真鶴や人の心は幻か
華やかな祭りの影に心揺れ
時も無き心の景色激しけり
誘われて波打つ磯に何を見る
波に濡れ誘うも心我が心
ゆらゆらと祭りの船は燃えており

現(うつつ)世の光る水面も幻か
燃える船うつつの闇も光りけり
夢うつつ時の流れにさ迷えり
庭先に時は動いて梅一輪
磯辺にて海苔掻く音は響きおり

川上弘美さんの作品「真鶴」の舞台になった真鶴岬に行ってきました。
小田原の左下あたりにある龍の頭のような形をした岬です。
上の17文字・17行の詩のようなものは、「真鶴」の世界を思い出しながら港や遊歩道を歩いたときに感じたものを書いてみたのですが、まったくの私的感情と「真鶴」の世界を思い出してのものですからわかりづらいかもしれません。
真鶴には2度ほど行った覚えがあるのですが、岬の付け根当たりで海産物を見たぐらいで、岬の先端まで言ったのは初めてではないかと思います。また、真鶴は有料道路の乗り方を間違えると通り過ぎてしまう変な地にあるので、伊豆半島などの帰りに寄ろうと思ってもこの有料道路を間違えて通り越してしまい寄れませんでした。
こんなわけで、個人的な錯覚とはいえ僕にとっては真鶴というところは不思議な感覚のある地でして、こんな感覚と「真鶴」の作品に見る不思議な世界が交じり合ったものがあります。
ひきつけられるがたどり着かない。。。。(笑)
海洋博物館だったかな?
まずはそこに行こうと思ったのですが行ってみたらない。。。。細い路地のような港町独特の道をぐるぐる回ったのですが、それらしき建物もありませんでした。なんだか狐につままれたような気持ちでした。さっそく「不思議な」真鶴に迷い込む。。。。うううう
あるはずなんだよなぁ。。。。へんだよなぁ。。。と、考えながら不思議な気持ちで細い道を下ったら真鶴漁港に出ました。たぶん、この港で貴船神社の祭りや灯篭祭りが行われるはず?「真鶴」ではその祭りの華やかさとその外界の裏というような不思議な世界が描かれます。
貴船神社はその港から見上げるように石段が延びていました。
港から岬の先端までは来るまで10分ぐらい。
「ケープ真鶴」というレストハウスのようなものがあります。
駐車場は広くて無料でした。
このレストハウス横から石段を降りると遊歩道があります。「三つ石」という、三重県の夫婦岩のような綱を渡した石があります。あたりは岩場の海岸です。この辺も「真鶴」に出てきた不思議な世界の風景だと思います。この日は天気もよくて海は静かでした。。。
岩のりを掻いているお年寄りが3人ほど。。。
歩いて15分ほどの遊歩道で、駐車場に出てきますので気楽に歩けますよ。
それにしても暖かでした。。。。
梅一輪。。。。。。
もう真鶴は春!という感じでした。








*49新春のどぶ汁ドライブ  2008年1月3日 

家族で茨城県の北茨城に行ってきました。
目的はこの地方の名物(郷土料理)「どぶ汁」(金波楼さんという旅館のページにリンクさせていただきました)。。。
アンコウ鍋なのですが、普通の鍋と違い、味噌とアンコウの肝をすりつぶしたものに野菜を入れてこの野菜から出る水分だけの鍋です。アンコウは、七つ道具といってアンコウのいろいろな部位が入っています。
すごく濃厚なうまい汁の鍋ですよ!!
もう1品。。。。もちろんアン肝!家族そろって大好物です。
お近くにいらしたときは是非!!
このあと福島県小名浜まで足を伸ばしアクアマリン福島という水族館へ行きました。
すごく楽しめる水族館でした。
近くに海産物を売っているところがありましたのでよりました。
そこで見つけた名物。。。。。
「ウニの貝焼き」
ハマグリの貝殻に山のように盛り付けられた蒸しウニです。
磯の香りがすごくて味は甘さがありおいしかったですよ。お土産にも買いましたが、ちとよいお値段
「紫蘇巻きタクアン」
細いタクアンに紫蘇の葉が巻かれています。美味です。。。。
この地方の名物ではないかもしれませんが、珍しいものとしては「数の子たっぷりのニシンの干物」
いやぁ。。。。初めての味でしたがおいしかった。。。。
「塩皮くじら」
懐かしい味でした。くじらの皮がついた脂身の塩漬けです。
塩抜きをして大根と一緒に味噌汁。。。子供の頃のお袋の味

新春の日帰りドライブは、めいぶつざんまいでしたぁ。。。。。
ご馳走様♪
        (今夜はブログから引用。。。。どもども)






*48もう冬景色。。。。 2007年11月25日

家族でドライブに行ってきた
高速道路の脇には
雑木林の紅葉
遠い高い山には
うっすらと白い雪
太陽は車の窓から射し込む
サービスエリアで休憩。。。
トイレを済まし家族は車に乗り込む
息子は運転席へ。。。。
僕は車の外でもう一服しようと
タバコに火をつける
周りの家族連れなどを眺めながら
おいしい空気のもとタバコの煙を吸い込む
ふぅ・・・・・
気づくと我が家の車が走り出している。。。。
ムム。。。。あわてた・・・
追いかけて、かろうじて車の後ろをたたく
父。。。夫。。。。忘れらレる・・・・・・
ううう。。。。
息子・娘「ハハハ・・・」
妻「乗ってなかったの?ぜんぜん気づかなかったわ」
ううう。。。。
のどかに遅すぎた紅葉見物

                (ブログより)
家族4人で栃木県まで紅葉見物に行ってきました。
よく晴れて風もなく穏やかな天気の中、息子が運転する車の後ろ座席でちんまりと朝ごはんのおにぎり。早起きをして具沢山のおにぎりをつくりました。手作りの味。。。サービスエリアのコンビニでは売っていないですねぇ。。。。早起きをして良かったです。
那須のインターで降り、塩原温泉郷方面へ。
途中、長い釣り橋があるというので寄りましたが、僕と娘は吊橋の揺れによってしまい引き返しました。後で妻から聞いたら、先のほうで若い人が吊橋を揺らしていたらしい。
娘と売っていた焼き栗を食べながら待ちました。天津甘栗より素朴な味ですがおいしかったです。
息子から運転を代わり、塩原温泉郷を過ぎて鬼怒川温泉へ抜ける山岳道路のもみじライン(有料道路)へ入りました。
しかし。。。
有料道路の入り口付近には、「この先積雪あり。用チェーン」と。。。。。ううう
我が家の車にはチェーンなどは積んでいない。。。
とりあえず雪があったら引き返そうと思い坂道を登りました。登っていくとだんだんと道の脇には雪が。心配性の僕としてはもう心臓がバクバク。
紅葉どころか山はもう冬景色でした。
スキー場はまだオープンできるほどの雪ではありませんが、雪景色でした。幸い気温も高くなり道路には積雪はなく、鬼怒川温泉方面へ抜けることが出来ました。
道を下るとすぐに龍王峡
ここまで降りてくると紅葉の名残もありました。
山には色とりどりの紅葉した樹があり、もう遅い紅葉でしたがきれいでした。
石段を滝を見ながら降りていくと、龍王峡の渓谷が広がります。橋の上からの風景は、少し大げさかもしれませんがこの世を忘れそうになるような風景でした。エメラルド色の水に山の紅葉が写り、青い空も写っています。渓谷の岩は切り立っています。子供たちが小さいころに一度来たことがあるのですが、息子は覚えていたようです。息子は携帯で写真。
滝落ちて 名残のもみじ 陽に映える
龍王峡 小春日和に 背も温し
滝寒し 天ぷらそばや 柚子香る
というわけで、茶店で天ぷらそば。。。。暖かでした。
日光といえば湯葉。
本とは日光市内まで出て湯葉懐石をと思ったのですが、腹も減り「天ぷらそば」の品書きにつられて茶店に飛び込んでしまいました。湯葉の刺身もありましたから食べることが出来ました。
鬼怒川温泉といえば、僕の大好物の銘菓「きぬの清流」。
どらやき風ですが、皮が独特な食感であっさりしたお菓子です。帰りの車の中でと思い買いました。しかし、息子がどらやき好きというのを忘れていた。6個入りなのに4個も食いやがって。。。。。(笑)
我が家のドライブは、早朝に出かけて夕方の渋滞前には帰るというのが鉄則。3連休でもあり渋滞もあるかなと思い早めに帰路へ。今市方面に出て日光街道の杉並木の道を走りながら帰りました。







*47鰮雲と潮の香り 2007年10月25日
久しぶりに釣りに行ってきました。
南房総は秋薄し。。。。。
釣りといっても素人釣りでして、竿も数千円の安いものばかりです。仕掛けとかも自己流でして堤防の片隅や浜でつっています。
釣りをはじめたのは、子供たちが小さい頃でして小さな魚を釣っては楽しい時間を過ごしていました。それでもキスやカレーも時々は釣れて子供たちとおいしく食べたりもしました。
こんな釣りですから、恥ずかしながら大きな声で「釣りに言ってきました!」などと大きな声ではいえない。こういう釣りが何で楽しいのかなと改めて考えると、子供の頃に近くの川でハゼ釣りをした思い出にあるのかもしれない。ノベ竿を担いで餌は砂をほじくってゴカイを捕り釣ったあの思い出。。。。
ですから大きな魚を釣ってみたいという期待はもちろんあるのですが、キス1匹でも釣れれば楽しいという釣りをやめられません。
子供たちも成長をしてもう一緒に釣りなどには行かなくなりました。
ちょっと寂しいのですが、海のほうへ家族で旅行というと時々は竿を伸ばしています。
今回の釣果はいわし2匹!(笑)
いつも行っていた南房総の堤防なのですが、近くには釣り餌屋さんもあるので竿だけを持って出かけたのですが、なんと戸が閉まっていました。仕方ないので他の釣具屋さんにと思い車を走らせたのですが、ない。。。。数年前までは釣りブームというものがあり、あっちこっちに釣具屋さんがあったのですが今はもうあまりないようです。
あきらめてまた堤防に帰ってきたのですが、そしたらとが開いていた。。。。
どんよりしながらオキアミ餌を買い釣り始めました。
20センチほどのイワシですが引きは強いですねぇ。。。。
浮きがググッと沈み手にはブルブルという感触。
2匹しかつれなかったのですが楽しかったです。空を見上げると鰮雲。。。空にはあんなにたむさんのイワシが泳いでいるのに。。。。浅い秋の風は肌に気持ちがいい。潮の香り。漁船のエンジン音。遠くの堤防には釣り人の姿。
浜辺に行くとススキの帆がたくさんありました。
赤とんぼが走る車すれすれに飛んでいきます。
そこで一句。。。
釣り人と 波の音聞く ススキかな
眠気さし ウキも動かず 鰯雲
海鳥も アホウと鳴くや いわし二尾

昼食はいつも行く道の駅の中にある食堂。
今回は天丼を食べてみました。どんぶりからはみ出ある大きな海老天が2匹とその他野菜てんぷらが!少しタレが甘すぎでしたがおいしかったです。






*46大阪・岡山 文学散歩 2007年9月24・25日
少し用事があり大阪に行ってきました。
自分の自由な時間もありましたので、大阪の町を歩きました。大阪はずっと昔に来たことがあったのですが、ほとんど地理もわからずにどこをどう歩いたらよいのか迷いました。そこで思い出したのが川上弘美さんの「ニシノユキヒコ恋と冒険」の中の章「通天閣」でした。
「さよ子、と昴はテレビのことを呼んだ。(中略)昴はじっとさよ子の画面に見入っていた。砂の嵐の時間になると(中略)あの砂の嵐の向こうに通天閣があるんだよ、きっと。」
「タワーのてっぺんで笑っている昴の姿。。。。」
そういえば僕も通天閣は見たことないしと思い、スバルを探しに出かけて見ました。
100メートルほどの当で、東京タワーに比べるとこじんまりとしていました。塔をさせる骨格の柱が立つ敷地は狭し、柱自体も細くてなんとなく心細かった。通天閣の下は、串揚げとどて焼きの店が所狭しと連なり、歌謡道場やら将棋道場もある。将棋道場ではお年寄りで満杯で昼間から将棋を指している。たち飲み屋では、これまた昼間から親父たちでいっぱい。このように賑やかそうなのだが、新世界の商店街には客もまばらで寂しさも。。。。
東京の上野・浅草界隈のようなところでした。大阪のおっちゃんやおばちゃんは明るかった。
昴はこの町に何を求めたのだろう?
寂しいんだけど、どこか心から温かみのある光の世界。。。。
釣鐘饅頭という人形焼のようなものをお土産に買いました。
ここまで来たついでにと、今宮戎(えびす)にも行ったのですが、浅草の浅草寺(せんそうじ)のイメージもありましたがただの神社でした。
次の朝は早起きをして岡山へ。
新大阪から新幹線で50分でした。
帰りの新幹線の時間までそうは時間がないのでとりあえず町外れの山の上にある仏心寺へ。
バスも途中まであるのですが、そこから先は山道を登らなくてはならないのでタクシーで行きました。
大きなお寺でも観光名所でもないのですが、このお寺は先に読んだ内田百閧フ「恋文・恋日記」にも出てくる寺で、百閧フ父久吉のなくなった寺でもあります。古京町に住んでいた百閧ヘ、毎日のように父親の見舞いにこの山道を登りお寺に来たようです。
「仏心寺の山門に起ちて遥かに南を思えば海はきらきらと光れり。あの光る波を外海に出でたる岸に牛窓の港に清さんは在り、巨きな松の樹や杉の樹が麓のほうから生え上って要るその枝越しに、秋の近い小串の海がきらきらと光りました。」
記憶に残るきれいな文章が続きます。
そんな風景が今も見ることができるかなと着てみました。

先を飛び案内するか赤とんぼ
高く飛び見上げる空にいわし雲
淡き恋桜もみじに色づいて
いにしえの恋は遠くに過ぎ去りて
山寺の御堂の屋根も古びたり

赤とんぼ小串の浜は見えたるや
浅き秋葉の落ちぬ木々さらさらと
木の葉の音足音もなき山道に
振り向けば霞むかなたに瀬戸の海
百年の恋の心よ百鬼園
波光りあれが小串か恋の海
静けさに恋の心も仏心寺

赤とんぼ瀬戸の光に去ってゆき
心ゆれ恋の心は去っていく
悲しさに残る心を愛という
目を伏せて足下を見れば細き道
彼岸花別れ別れて愛の色

たくさんの俳句のようですが、俳句の17文字を17行つなげてひとつの詩のように仕様かと作ってみたのですが、意味が伝わるかどうか。。。。?
感覚でお読みください(笑)

この後は、またタクシーで戻り、県立図書館に残る百閧フ資料を見ようとしたのですが、振り替え休館でした。
仕方ないので岡山上司と偕楽園を見物し、お堀のような川の土手を歩き相生橋に出ました。
橋の袂は百閧フ生まれた古京町です。
三光荘という県立の宿泊施設があるのですが、そこに百閧フ遺稿を少し見ることができました。達筆な時でした。ちょうど百閧フ句についての展示でしたし、日記にも関連していて面白かったです。
さて古京町ですが、今の地番では、ほんと狭い地域に町です。
国道に切られるように2丁目までしかなく、ほんの10分も歩けば一回りできました。今は路地のような道しか面影はないのですが、小さな小川が流れ、落ちつた雰囲気を残していました。百閧フ生まれた家の跡というのはないようです。
百閧ニいう雅号は、百間川から来ているそうですが、残念ながらこの川は市外から遠くていけませんでした。帰りの新幹線から注意深く探したらありました。。。。ほんの一瞬見ただけですが、この川は水が途中で流れなくなる川という百間の記述あったように記憶していましたが、たしかに川の水があるかないかよくわからない川でした。。。。
新幹線はすごい勢いで明石を通り抜けました。時間があれば漱石が講演をし、百間もその講演を聞いたという公民館のような建物が残っているようなので見たかったのですが、残念でした。。。。
なんかゆっくりと文学散歩のようなぶらり旅でした。









*45新米。。。秋ですなぁ。 2007年9月22日
秋分の前日、新米を求めてドライブに行きました。
ここ3年ほど行っている瑞穂蔵という、お米の販売とそのお米をお釜で炊いたご飯がいただける食堂があるところです。
行くたびに食堂は混んでいたり昼食時間をはずしたりして入れなかったのですが、今回はご飯をいただく!というのをメインの目標にして11時半ごろはいりました。もう席もだいぶ埋まっていたのですが、待たずに座れました。昔の農家を思い出すような座敷に通されました。
妻も娘も僕も「田舎膳」を注文。小鉢のいろいろなおかずが乗り、手作り納豆か温泉卵も付いてきます。おかずはあんがいおいしかったですよ。でもご飯が、、、、御ひつに入ってくるのですが、おこげも入っていますというので昔おふくろの実家で食べた釜で炊いたご飯のおこげを懐かしく思い出しながらふたを開けましたが、なんか、おこげが黒い。。。ううう
おこげというのは、こげ茶色。。。。
ヘルシーでおいしかったのですが、しばらくはもういいかなぁ。。。という気持ちです。
お米の販売所に行き新米を探しました。
精米したてと思われる新米がありました。。。
せっかくなので5キロ入りを2袋買って来ました。去年の味が忘れられなくて。。。。
しかし、帰宅してからさっそく炊いてみたのですが、どうも去年の米と違う。炊きたてはピカピカ光りもちっとした粘り気が新米にはあるのですが、どうもそれが少ない。
なんかなぁ。。。少し期待はずれでした。
これからが新米の本格的なシーズンですから、食堂のご飯も売られる新米もおいしくなるのかもしれませんので、ここに書いたことは参考程度にお読みください。もちろん一度は訪れてみる価値のあるお店ですよ♪
一句。。。。。

ほんのりと 桜紅葉の 足湯かな

那須岳や 一人見上げし 鰯雲

薪の香に 新米恋し 塩むすび


ううう。。。ん、どうもうまい句とはいえない。どもども

この後、なすだけのロープウェイにでも乗ろうかと有料道路を登ったのですが、ロープウェイ駅の周辺はすごい車の渋滞で車を止められませんでした。あきらめて車の止められる展望所で那須の風景を眺めました。なすだけなどの高い山に雲がかかりきれいでした。
紅葉はまだまだ。。。。
有料道路を下ったところに、妻が無料の足湯を発見。
親子三人ズボンをたくし上げてどんよりと少し色づいてきた桜を見ながら座っていました。
かなり熱い湯で水でうめていましたが、足だけをつけていただけで汗が出てきます。どうも左足が少しだるかったのですが、すっきりしました。いい湯でしたぁ。。。立ち寄りの湯もあっちこっちにありましたが時間もないので足湯だけ。
お米もおいしくなることでしょうし、うまいものを食べ、立ち寄り(日帰り)の湯に浸かり、別荘地が集まる界隈にあるお店めぐりと、那須は楽しめますよ。関東ではおしゃれな別荘地といえば軽井沢ですが、観光客がぐちゃぐちゃいる軽井沢より落ち着いて楽しめるのではないでしょうか。牧場もたくさんあるし。。。(でも、牛が見えないけど(笑))
毎日どんよりと「新米」を食い続けています。。。







*44京都奈良。。。残暑 2007年8月21日〜23日
家族で2泊3日の修学旅行のようなあわただしい旅行でした。
家族4人ともなれば、新幹線往復の運賃を考えるとどんよりとしてしまいます。かといってツアーに申し込んで観光バスに乗せられるのもどんよりする。
そこで車で出かけることにしました。高速料金とガソリン代で約一人分の新幹線料金ぐらいかな?我が家の車は燃費がいいから。。。。ちっちゃいけど(笑)
時間をとるか、金をとるか。。。
浮かした金で宿を良くするか。。。。
いろいろ考えて車にしました。
幸い息子も運転をするので500キロぐらいは大丈夫。
それにしても、一人旅とか家族旅行にしても「自由旅行」というのは金がかかります。ツアーなどに申し込めば、まぁ、時期もあるが、安いときなら往復の飛行機代やJR料金ぐらいで1,2泊の旅行が出来る。宿代も含めて料金体系というのはどうなっているんだろ?これも一つの闇経済の現れ。「正規」の自由旅行は表経済。。。
裏経済の中を調べつくして安く旅行に行くという気力がない。。。。
わかりやすい車。。。ハハハ
僕も息子もハンドルを握るのは好きだし。
環境問題を考えるべきというものもあるけど、エネルギー保存の法則?からして、我が家の大人4人を東京から京都まで運ぶエネルギー量は同じわけであり、あとはエネルギー使用の効率性の問題。飛行機や新幹線のように一度に多くの人を運ぶことは効率性がよさそうだが、その裏にはほとんど空の飛行機や新幹線も運行されている。燃費のよい5人乗りの車に4人乗ればあんがい効率性もよいのである。運転をする僕と息子のエネルギー補給は、パーキングで売っているお手軽なお結びで十分(笑)
なんて、理屈を考えながら出かけたわけではないがやっぱり金。。。。ハハハ
早起きをして首都高速の渋滞というエネルギーの無駄使い(ガソリンと運転する僕と息子の)も避けるために朝6時には出発しました。妻がもったいないからと作ってくれたおにぎりとお稲荷さんを持って。。。
しかし。。。。
出かける2日前に僕の腰がギクっと。。。。
座っている分には痛みもないのでよかったですが、息子の負担が大きかったかな?でも僕も運転できないわけではないので、息子が疲れた頃には運転を交代して息子のお手伝い(笑)今までどこに行くにしても僕が運転してきたのだからこういうのもバチは当たらないでしょう。
高速道路は必ずといってどこかで事故や故障車。いつものごとく昼飯はどうするでもめながら所々で休み京都の貴船についたら1時でした。
まずは貴船神社の下を流れる貴船川にある川床料理を食べるという妻の希望を入れて行きました。ちょうど昼飯時に到着。。。流れの早い川の上に簡易な座敷を作りその座敷の上で涼味たっぷりの雰囲気で食事が出来るところ。
しかし、川床の席は空いているが駐車場がない。料理屋さんの狭い駐車場があいていたので入り、料理の値段を聞いてどんよりしながら駐車場から退場。。。ううう
どこも一人6000円から9000円ぐらい。ちょっと手ごろな値段で川床を楽しめるそうめん定職のある店には駐車場がない。どうも「席料」が高いようです。料理はそうたいした物ではないのに。4人で4万近くは支出できない。ビールでも頼んだら妻にぶっとばされるような。。。ハハハ
川床も本来は舞妓さんを2,3人連れて遊ぶようなお大臣の風流な遊びだったのかもしれません。京都という場所は、格式が高いですからね。今も昔ながらの格式ある場所がたくさんあるのかもしれません。誤解されては困るのですが、東京から来たと言ったときに田舎者と見られるのは京都ぐらいではないかと思います。でも、さすがの京都といっても歴史ある伝統と格式ばかりをいってもいられないというのが今の世。。。。
貴船神社ぐらいにはお参りしたかったのですが、やはり車も置けづにあきらめて少し下ったところにある鞍馬寺に行きました。
こちらはのんびりしていました。駐車場に車を置き、さて昼飯はと思ったらもう2時。でも、おいしいお蕎麦屋さんを紹介していただき天せいろを。手打ちらしいのですが滑らかなおいしいそばでした。東京でも乾麺で更科蕎麦というのを売っていますが、まさに色白のきれいな細い御蕎麦でおいしかったです。
夕食は豪華会席料理?!
蕎麦ぐらいでちょうどよかった。
食事も済み、お坊さんが運転するちっちゃなケーブルカーに乗って鞍馬山?山頂の鞍馬寺奥の院へ。京都の残暑も厳しいらしく、山頂まで登っても暑かったです。
京都の山並みは、京都という場であるという意識もあり格別な眺めでした。
僕「ううう。。。ん、ハハハ・・・」
妻「どうしたの?」
僕「いや、年寄りは歩いて降りる人が多いらしい」
 「ケーブルカーに乗って下りるのは若い人ばかり」
妻「あの人たちも歩いて降りるみたいね」
僕「うん。。。」
まぁ、皆が皆ではありませんが、お年よりは登山の格好をしており、登りか下りは歩いている人が多かった。若い人たちはそそくさとケーブルカーへ。
下りのケーブルカーを待っている間、どうも舞妓さんかな?(服装はもちろん私服ですが)と思われるきれいな女性を二人連れた男の3人連れにケーブルカーの係りの人が鞍馬の夜祭のことを説明していた。。。。
ぼうっとしながら話を聞くでもなく僕はベンチで山並みを見る。
宿には5時ぐらいには入りたい。
中途半端な時間の残り方。。。
きれいな池の庭がある蓮花寺にでも行こうか?心の中で庭の風情を思い出しながら考える。しかし時間が中途半端だなぁ。。。時間のあるときに行きたいお寺。。。。。
息子も京都は修学旅行以来。
「金閣寺にでも行ってみるか?」
「うん、あまりよく覚えていないけど」
金閣寺に着いたらもう拝観時間もわずか。ささっと廻りました。でも、西日に輝く黄金色の金閣寺はきれいでした。
娘「金閣・銀閣でしょ?」
僕「うん。。。よく知っているね銀閣寺なんて」
娘「あんがい強いんだよね♪」
僕「うん?」
娘「『西遊記』でやっていた。。。。♪」
僕「うううう・・・・」
宿に着いたら5時半ぐらいでした。
京都市内の祇園に近い繁華街にありました。
どうも客は僕たち家族だけみたい。。。。
ゆっくりと風呂に浸かり夕飯。
どうも会席もそうですが、コース料理というのは苦手。何しろ食うのが早いので次の料理が出てくるまでに時間が持たなくなる。ビール1本がすぐになくなる。。。。(笑)
僕以上に早食いなのが息子であり、あっという間に料理は消える。でも、宿の方も心得たもので、食うペースで次から次へと料理を持ってきてくれました。後で布団を敷きにきた中居さんが言っていたのですが、この宿でも舞妓さんを呼んで料理も食べられるそうでした。ゆっくりと舞妓さんとお話でもしながらゆっくりとしたペースで食うというのが会席の楽しさなのでしょうが。
大体コースのデザートの前の最後は、ご飯と漬物と味噌汁。
仲居さん「ご飯をお持ちしてもよろしいですか」
妻「はい」
仲居さんは支度をしに行く。
妻「またグリンピースご飯かな」(ニタニタしながら息子へ)
息子はグリンピースが苦手でグリンピースご飯にどんよりしたことがある。
息子「うう〜ん、やだな。俺食えないかも」
仲居さん登場。。。。
「お待たせしました」
御ひつを開けたらやはり?妻がニタっと息子を見る。
息子「・・・・・・」(苦笑)
こんな二人の様子に仲居さんが何か気づいたらしく
「いかがされましたか?」
妻「ごめんなさい。息子がグリンピースが苦手で、またグリンピースご飯かもと、今、話しをしていたんです」
仲居さん「ハハハ。。。。そうでしたかぁ、でも大丈夫ですよ!枝豆ご飯でおいしいですよ」
なんか食べたことのない食感。。。ご飯を(おこわかな)半分つぶしたような枝豆ご飯でした。
娘は黙々と食っている。。。。
何しろ何がどう出てきたのか覚えていないほどささっと夕食は済んだ(笑)宿の値段からしてあまり期待はしていなかったのですがおいしくいただきました。京都の夜の雰囲気だけでも胃袋へ。
「がつんとした肉が食いたかった!」(息子)
京都の味付けは意外に濃いと聞いたことがありましたが、今夜の料理もかなり濃い味でした。
子供たちは布団にごろんとなってテレビ。
僕と妻は夜の祇園を見ようかとミニおデート。。。。
祇園も置屋さんが減り、観光目的の店になっていました。置屋さんも何軒か残っていますが、やはり観光名所という印象が強かったです。外国人観光客がたくさん。もちろん舞妓さんを見るため。もちろんわが夫婦も。。。。
黒塗りのハイヤーで来ました。麻衣子さんが二人。いやぁ。。。きれいでした。。。。
「オー、ビューティフォー!」外人さんが写真を撮っていました。
その後鴨川へ。こちらにも川床があり、鴨川にせり出すように足場を組んだ簡易座敷が並んでいます。ビヤガーデンになっているところもありますが、光がきれいでした。夜になっても涼しくならない京都の夜でしたが、やはり川風は気持ちがいい。さっと汗も引きます。
帰り道また祇園を通ったら、もう人も少なくなりしんとしていました。そのとき、一人の舞妓さんが置屋さんを出てきて歩き始めました。御供の女性を従えて。舞妓さんにも格があるそうで、お供の付く舞妓さんは格が上なのでしょうか?路地のほうへ消えていきました。観光地化された祇園の一角の裏にはまだ祇園らしさが残っているのかもしれません。
疲れていたのでしょう。。。早めに床に着きました。
隣の妻の軽いいびきを聞きながら(笑)夢に入りつつある僕の頭によぎったのは「ちょっとした料亭で舞妓さんと酒を飲んだら、僕の1ヶ月の給料がなくなるなぁ。。。いやボーナスかも・・・・ううう」
残念ながら舞妓さんの夢は見なかった。。。。
「お父さん、朝風呂は?」
「うん。。。。今日はいいや」
息子が朝風呂に入っている間に朝食の準備が整いました。
京都の湯豆腐。。。。
食事を済ませて愛車に乗り浄瑠璃寺へ向かいました。市内はちょうど出勤時間帯なので混むかなと思ったのですが、そうでもありませんでした。昔バスに乗っていても渋滞でいらいらしたのを覚えていますが、市電がなくなったせいかな?でも、ちょっと寂しい。。。。。
京都府内といっても、観光スポットとしては京都旅行というよりも奈良旅行の地です。今夜の宿は奈良なので奈良に向かって見物をと思い浄瑠璃寺を選んだのですが、正解でした。30年ほど前に行った時のままの風景が。。。。
人の世も九品の阿弥陀涼しげに
秋薄し浄土の池に亀浮かぶ
浄(きよ)き寺線香消えて残暑かな 
まずは一句。。。(笑)
浄瑠璃寺周辺の当尾は観光スポットですが、観光客も少なく、この日も若いカップルの方だけでした。
山の中にあるお寺で静寂そのもの。。。。
本堂の中には阿弥陀様が九体いらっしゃいます。九品の阿弥陀といい、人がこの世で行った善行によりどの阿弥陀様がお迎えに来てくれるのかといったものかな?あくせくとこの世に人は生息しているわけですが、そんな姿を阿弥陀様は涼しい顔をしてみておられるのでしょう。そしていろいろと思惟していらっしゃるのかもしれない。人はたまにはそんな阿弥陀様と心の中でお話しなければいけませんね。ご住職でしょうか、淡々とお寺の話をしていただきました。
池を挟んだ三重塔も美しかった。まさに極楽浄土。。。。
このご車で岩船寺へ。こちらにもきれいな三重塔がありました。
当尾は、石仏でも有名で、見て歩くとちょっとしたハイキングになります。僕も家族も歩く気力はなくて断念しましたが、笑い仏さんだけは見て帰ろうと山道の入りました。しかし30年前の記憶がまったくない。こんな山道を歩いたかな?笑い仏さんは田んぼの畦道のような辻にあったはず。しばらく歩いてもなくて引き換えしました。もう1本の道があったので、僕が見て来るからと歩き始めたら夏草が生い茂っている。後ろの方から息子が「お父さん、マムシに注意ってさっき書いてあったよ」と。。。ううう
結局見ることができませんでした。
娘が奈良公園の鹿を見たいというので山を降りました。奈良市街には車で2,30分です。
茶粥でも食べようかと思いましたが、結構なお値段。
公園内のレストランに入りました。そしたら茶粥もあり、娘と二人おいしくいただきました。息子は得体の知れない中華そば?「やめればよかった・・・・」と息子。。。。
生まれたばかりの小鹿がいました。しきりにおっぱいを飲もうとしているのですがお母さんは鹿せんべい探し(笑)可愛かったです。
東大寺の大仏さんはもういいやと家族で一致をし、さてどこに行こうかと。。。。
去年は、妻と娘3人で飛鳥や斑鳩には行ったし。。。。
また今日の宿に向かって走りはじめました。宿への途中はやはり斑鳩。
落ち着いた場所がいいかなと慈光院へ。
法隆寺の近くなのですが余り人は来ないお寺です。
いきなり「拝観料1000円」
きっとはじめての方はびびってしまうと思うのですが、この拝観料にはお抹茶を含めてあります。きれいな借景庭園でお抹茶。。。。心洗われます。しかし山奥のお寺ではないので、その借景の風景にはいろいろなものが入り込みます。ゴルフ練習場の青いネットとか。。。。でも、静かさにそのようなものも気にならなくなります。
明日はあわただしくも帰ります。
妻の大好きな道の駅を発見。
お土産とか今夜の宿で食べるお菓子を購入。
お土産は、京都で漬物を買おうと思っていたのですが、いくら漬物でもこう暑くては車の中には置けない。決まりきったお土産になってしまいました。
妻「ここの道の駅は土地の野菜とかはないのね。。。」
道の駅評論家の妻が嘆く。。。。
僕「野菜とか買ってどうするの?」
妻「新鮮でいいじゃん」
僕「いくら明日帰るといっても暑い車の中では無理でしょう。。。」
妻「まぁ、そうだけど」
残念そうな妻。。。
「はぁ。。。。」
奈良の宿も懐石風のコース料理でした。
お風呂は温泉。奈良にも温泉がわくのですねぇ。
翌朝の朝食後12時間かかり帰宅しました。。。ううう
高速は、あっちこっちで事故が。。。。何でこんなところで事故起こすの?というところでの事故。渋滞が。。。。
2泊3日の京都・奈良の修学旅行並みの旅行でした。。。。









*43涼を求めて 2007年8月3日
遅い梅雨明けが過ぎたら東京は猛暑。涼を求めて娘と出かけることにしました。
海に行くにはどこも渋滞が激しいので山のほうでも行ってみようか?と話しながら車に乗った。
今回は東京都内の奥多摩町のほうへ。
東京も広いもんで、東京湾のほうから奥多摩の山の中まで。
都心の高層ビル街を抜けて住宅密集地の23区内を抜け、東京と埼玉の県境あたりを抜けて。。。。でも、どこまで行っても家、家、家・・・・・首都圏の人口過密振りが車を1時間以上走らせても途切れない景色。
どこへ車を走らせるにもこういう関東平野を抜けなくてはいけない。
海に行くにも山に行くにも。。。
そしてそこには渋滞がつきもの。
いつも息が詰まりそうに感じながらハンドルを握っています。
旅行に出かけ、中クラスの都市に行くと、少し車を走らせれば海や山の自然が多くてほっとするのですが、こういう風景が東京にはない。関東平野恐るべし。。。。
青梅の町で少し信号待ちにいらいらしながらも奥多摩町にはいっていくと山道に。緑の山にほっとする。
奥多摩も久しぶりで、子供たちが小さいころに鱒釣りなどをした覚えがある。とはいえ川を塞き止めた釣堀ですが。もう娘も釣堀なんかには興味がない。ひたすら好きな歌手の音楽をがんがんとかけて聞いている。
空気がうまいとタバコもうまい。。。。
運転しながらタバコに火をつける。
娘「お父さん臭いよ」
僕「きれいな空気の中、タバコはうまいんだ!」
娘「でも、臭い。。。タバコやめなよ」
僕「静かなところに来たんだから、その馬鹿でかい音楽どうにかしろ」
娘「私、好きなのよ」
なんだかわけのわからない親子喧嘩をしながら奥多摩湖に到着。
利根川水系か多摩川水系か忘れましたが(多分多摩川推計のはず)、東京の水瓶として最も古いタム湖です。資料館でダムのできるまでの写真を見ましたが、僕が生まれるか生まれないかの頃着工したようで、なんかほぼ僕と同じ年齢のダムかと思うとよく頑張ってるなという気持ちが。人も少なくしずかな湖面をしばらく見つめていました。
すると、後ろから娘が「何をぼうっとしているの?次ぎ行かないの?!」と。
仕方なくまた音楽ガンガンに車を飛ばしました。
来た道を少し戻り山道に入りました。
乗用車もすれ違うのが困難な細い山道ですが、それでも時おり山の開けたところには集落がある。集落からは下界の景色がきれい。
我が家の車は窓を開けて娘が聞く音楽の騒音をとどろかせて走っていく。。。。ううう
30分ほど走ると日原鍾乳洞に着きました。
500円だったかな払って鍾乳洞へ入ろうとしたら、入り口からしてすごい冷気。思わず娘と「さむい」叫んでしまいました。まるで冷蔵庫の中のようです。すれ違いに出てきたおばちゃんが顔を青くしむっとしながら「何なのよ。この寒さは・・・」と。自然のものに怒っても仕方ないだろと、心の中で笑いながら奥に入ったのですが、たしかにTシャツ1枚でたしかに寒すぎ。娘も寒い
世寒いよと叫び洞窟の中にその声を響き渡らせていました。
鍾乳洞といっても秋芳洞のようなきれいさもなくてそれほど感動するようなところではありませんでしたが、狭い洞窟を頭をぶつけないように歩くスリルは楽しかったです。この鍾乳洞は奥行きがまだ深くて一般人には入れないところもあるようですが、どんな神秘的な風景があるんだろ?
なんだか息が苦しい。。。。
僕は高所恐怖症であると同時に閉所恐怖症でもあったのを忘れていた。。。ハハハ
出口を出たら僕の眼鏡が気温の変化でくもってしまいました。
鍾乳洞の前には流れの早い川が流れており、川遊びも出来そうでしたが、腹もへったので車に乗って下界へと。。。。
登ってきた道の先にじい様が旗を振って止まれ?
片側通行なんてあったかなと思いながらもしばらくとまっていたのですが、なかなか行けという合図がじい様からない。いらいらしながら待っていたら、前方からバスが登ってきました。なるほど。。。。しかしあの狭い山道をどうやってバスは登ってきたんだろ?
あい変らず音楽がんがん。。。。
娘「私お昼ご飯、ファミレスでいいなぁ。。。」
僕「この山奥にファミレスはないでしょう。。。。!!(ムカ)」
腹のへった僕はいらいらしながらタバコに火を
娘「お父さん、臭い」
「ううう。。。。」
しばらく下ったところで蕎麦屋さんがあり、「手打ち蕎麦」という看板が!!
娘に、ここで良いかとも聞かずにはいる。娘はむっとしながらついてくる。。。。
「天せいろ2枚。。。」
蕎麦屋さんにはベランダの席があり、気持ちよさそうなので外のその席につきました。崖の下のほうには速い流れの川があり、遠くに聞こえるようなその川の音。木々には蝉が鳴いていて、はじめは2,3匹でしたがそのうちにたくさん鳴いたり。。。蝉時雨。
そこで一句
天せいろぬるき汁かな蝉の声
川遠し涼風恋しき天せいろ
天せいろ箸も重たし蝉時雨










*42鰯の刺身で誕生祝い 2007年7月16日
久しぶりに一句

道迷い入梅鰯有りますと

港小路(みち)入梅鰯脂のり

海荒れて入梅鰯恋しけり

7月は僕の誕生日だというので、妻がおいしいものを食べさせてくれるといって千葉県の銚子に行きました。いつもと同じく車で行きましたが、僕の誕生日だとは言え車の運転は僕だろうとどんよりしていたら、運転はバイトも休みという息子がしてくれるというのでビールを楽しみにしながら出かけました。日本列島を傷跡を残しながら縦断した大型台風が心配だったのですが、幸いに関東はたいした被害もなく太平洋のほうへ去っていきました。
そのおいしいものというのは、「入梅鰯」というらしい。
梅雨時、銚子沖で獲れる鰯は脂がのって一番うまいとテレビでやっていたそうです。
台風の影響を心配する人が多かったのか、高速道路もすいていて気持ちのよいドライブ。。。。
さすがに銚子は風が強かったですが、雨も残っておらず少し霞んだような海の風景がきれいでした。
僕「そういえば、お金持って来た?」
妻「えっ!?お父さんもっていないの?」
僕「1万しか入ってない」
妻「私もないわよ」
僕「ううう。。。。」
息子「本当かよぉ。。。。(ムカ)」
コンビニ銀行がやっていたのでホンとよかったです。。。ううう
祝日なので銀行は休み?
さて、どこで入梅鰯を食べられるの?
何の下調べもしてこなかったツアーガイドの妻(笑)
僕「テレビに出ていた店の名前とか電話番号とかないの?」
妻「そんなのないわよ」
息子「オレ、腹へったぁ。。。」
娘「あたし、ファミレスでもいいよ」
僕「うううう。。。。」
銚子には何度か来ている僕。。。。
鰯の刺身なら鮨屋→港町の鮨屋なら港と連想をして銚子漁港に。
ありました。。。漁港の前の通りに郷土料理屋さんや鮨屋さんが何軒か並んでいました。観光者向けの駐車場に車を止めてさてどこに入ろうか?
時間があるこういう時は、混んでいる店にかぎります。大雑把に言ってもはずれはないはず。店の前に数グループ席待ちをしている鮨屋さんに行き「入梅鰯ありますか?」と。「あるよぉ!」という返事に勇気が出ました。今は台風で海が荒れて魚が獲れなくても貯蔵技術が高いので鰯ぐらいはあるようです。
さっそく「鮪蔵」さんへ入りました。
きました、きました。。。入梅鰯。
たしかにジトっと脂がのっていました。でも、ほんとに脂がのっている魚は、しょうゆにも脂が浮いていくぐらいなのですが、今回の鰯はどうだったのだろ?でもおいしくいただきました。ほかにも地魚の寿司やキンメの兜煮とか。。。も。隣の人が食っていた焼きタラバガニも食いたかったのですが、妻の「いらないわよ」の一言で却下。。。ううう
一人5000円がったかな?コース料理も合ったようです。
それでもビールのジョッキを片手に。。。。ムフフフ・・・
帰りの車の中では眠くなって昼寝。。。
      極楽・・・・極楽
           ゴクラク・・・・・ゴクラク
                        ズー ズー








*41残雪残る谷川岳 2007年6月13日
もう入梅かと天気予報でも言われていましたが、そんな入梅の前日、朝起きたらすごくよい天気で、どうも群馬県もはれているようなので思い立って群馬県と新潟県の県境にある谷川岳へいってきました。
谷川岳へといっても、何も登山をするような体力もない僕ですから、ケーブルカーとリフトを乗り継いで谷川岳が間近に見える天神平(冬や春はスキー場)に行ったというだけですが。。。。
上越線の土合駅からバスでロープウェイの駅に行けるのですが、今回もやはり車で。
ロープウェイの土合口駅から約6分ほどで天神平に着きます。谷川岳も雲ひとつかからず空は真っ青。高い山ですから、天候の変化が速いのですが、こんなにきれいに見える日は珍しいようです。リンクさせていただいたサイトの写真そのままに、残雪が残りきれいに見渡せました。ほんと絵葉書のような風景でしたよ。
天神平からはさらにリフトに乗り継いで登るのですが、そこまで登るとさらに谷川岳の雄大さを感じ取れます。
谷川岳から武尊山?きれいな稜線がつながっていました。
しばらくぼうっと眺めていました。
さて下りるかぁ。。。と、下りのリフトに乗ったのはいいのですが、高所恐怖症であることを忘れていた。スキーでは何度もリフトに乗った経験があるのですが、スキーというのはスキーで下ってくるわけで、下りのリフトという経験はほとんどない。リフトというおは棒につかまって乗るだけですからねぇ。。。。急な下り坂に眼下には天神平。怖かったです。握り棒を握っていた手には汗がびっしょり(笑)
昼食は、水上まで下ってきてイタリアンのレストランに入りました。途中にはドライブインのようなところもいくつかあったのですが、どこも定番の蕎麦やうどん、カレーのようなものばかり。どうもこういうところには。。。。ハハハ
見た目もきれいなイタリアンレストラン。窓からは遠く谷川岳が見えました。
昼のランチでしたが、サラダやパン、飲み物もついて格安でおいしかったです。帰ってからホームページがあるかどうか調べようと思い、レシートを持ってきたのですがどこかになくしてしまった。カーナビには登録しておいたのでまた行けると思います。
なんだかのんびりとしているというのか、パスタができるまで相当時間がかかります。ご夫婦でやっているのかな?他の客が席につくときに奥さんが「お時間は大丈夫ですか」というようなことを訊いていたので、「なるほどなぁ。。。」と納得。
このあとは、三国街道(国道17号線)のほうにあるたくみの里で味噌を買って帰りました。以前家族と行ったことがあるのですが、道の駅だったのは知りませんでした。村の一地域全体が宿場町のような感じで全体が道の駅になっているのか?貸し自転車でも借りないとすべてを見ることはできないかも。。。歩き疲れてしまいます(笑)







*40春の風景 2007年5月2日
群馬県沼田方面から日光のほうへ行ってきました。
前日娘が、「暇だから明日どこかへ行こうよ」というので朝起きて行く場所の当てもないままに車に乗り込みました。
「さてどこへ行こうか」
「お父さんにまかせる」
「海?山?」
「どうしよう」
「ううう。。。」
なんかそのとき急に思いついたのが弥勒寺。。。。
少し遠いけどと思いながらも
「弥勒寺でいい?」
「弥勒寺?何があるの?」
「ずっと前行った天狗のお寺」
「まぁ、いいけど。。。。」
弥勒寺に行ってから思い出したのですが、2ヶ月ほど前に、車のキーホルダーに付けてあった身代わりの交通安全のお守りに紐が急に切れてお守りが落ちてしまったのです。これといって運転中に危ない思いをしたわけではありませんが、身代わりのお守りですからやはり気にかかりました。お守りはどうにかキーホルダーに付け直してその後はこのようなことを忘れていました。それを弥勒寺に着いてから思い出したのです。
急に当てもなく出かけようとしたのが弥勒寺。何か心の奥底にお守りのことが気になっていたのかもしれません。信仰心というのは薄いと思っていたのですが、やはり身代わりのお守りということに気にかかるものがあったのかもしれません。
紐の切れたお守りはお返しをして新しいお守りをいただいてきました。
沼田の町を囲む山々は、新緑の季節になりパッチワークのようにいろいろな緑色に染まっていました。
弥勒寺を出て金精峠を越えて日光へ。
国道を登っていくと真正面に武尊の山が。。。まだ雪が残っていました。
桜の季節が終わったふもと。。。。でも片品村あたりに来ると木によっては満開でした。盛んに散りはじめた桜も。里はもう春真っ盛り!日差しも強くよく晴れていたので車の中は暑いぐらいでした。大きく窓を開けたらおいしい空気が。。。。
しかし。。。
国道情報に「金精峠方面はチェーン携帯」という電光掲示板が。。。。。
チェーンなんか持ってない。。。ううう
もしかしたらまだ雪道?心臓がバクバクしてきました。どうもこういう道路情報を見ると不安が強くなり、心臓が高鳴ります。。。。小心者
だんだんと国道は山の中へ。
道路わきや周りの山にも雪が見えるようになりました。心臓バクバク
今思えば、対向車はたくさんありバイクも走っていたのですから雪は大丈夫なはずですよね。
菅沼。。。
左下に見えました。なんとまだ凍りついていました。
幻想的な風景にしばらく車を止めてみていました。そこで心にわいてきた詩的なもの。。。。
里はもう春
桜は散りはじめ
山は笑い
花々は咲き乱れる
高い山の中に沼があった
遅い冬にまだ
凍りついているのだろうか
春はそこまで来ているのに
たぶん春になっても凍てつく沼
静かな春の訪れを
感じぬままに凍てつく沼
いつもの年ならば
春を喜び水は温む
でも今年の春は凍てつくままに
片一方の愛情は
信じることで救われた
でも片一方の愛は
そうは長く続かないよ
そのとき沼は永遠に凍ついた
愛を弄ばれた時
一方通行の愛は
永遠に心を凍てつかせる
片一方の愛は
通じないものだね
このまま凍てつく心
もし水が温むなら
そのままふつふつと
煮えたぎることだろう
それは憎しみ
それは心の崩壊
だから永遠に
その沼は凍てつくほうがいいんだ
里の沼は春
凍てつく沼はそんな里の沼を見つめる
それでいいんだよ
春は美しい
美しさの中に
沼は凍てつく。。。永久に

日光はすごい混雑で、竜頭の滝だけを見て渋滞になる前に早めにいろは坂を下りました。






*39桜を探しに。。。。 2007年4月18日
東京の桜もそろそろ終わりかと思う頃。。。
山々を背景に咲き誇る桜の風景をふと思い出します。朝起きたら、雨もやみ薄日が射していたので急に出かけることにしました。
2年前のこの季節、群馬県妙義山の中腹にある「桜の里」という名所に出かけました。
2年前は、早すぎて桜も3分咲ぐらいでしたが、今年は暖冬だったので開花も早いかなと思い出かけたのですが、ううう・・・ん、やはり早かったです。まだ2分咲き。。。。。
平野のほうは暖冬といわれていましたが、やはり山のほうは雪が少なかったというだけで例年の冬の寒さだったのかもしれません。また、3月に入ってから雨も多く寒さが戻りましたからねぇ。。。もしかしたら5月の連休ごろに満開になるのかもしれません。
妙義山には雲がかかっていました。水墨画によくあるような幽玄の世界。妙義山の形は独特なものがありますから、まさに険しいとがったような山を描く水墨画の世界そのままの風景でした。
今年は麓のほうはもう葉桜。。。。
この後甘楽町の小幡地区へ。
やはり一昨年に行った町ですが、一昨年は秋に。桜の紅葉がきれいでしたが、春の桜もまたいいだろうなと思っていました。それを思い出して車を走らせました。やはり満開は過ぎてだいぶ葉が出ていましたが、それでも風に花びらが散りきれいでした。雄川堰という昔の水路が流れその脇に桜の木が並んでいます。車の通行料はほとんどなく落ち着いた雰囲気があります。しばらく車を止めて散る桜の花びらを眺めていました。
観光物産店で「ふるさと定職」というのを食べました。桃太郎ご飯?キビが入ったご飯でした。
うどんやコロッケ、酢の物、刺身こんにゃくとボリュームがありましたよ。
お土産の酒饅頭と蕗(山の自然の細い蕗)を買ってきました。
帰ってきてから蕗はきんぴらにしました。酒饅頭もチンして食べたらほんのり酒の香りがしておいしかったです。
まだ時間も早いので高崎方面に車を走らせて吉井町の「多胡の碑」へ。
8世紀初頭に掘られた碑で、この地方の郡をひとつの多胡郡にしたという碑です。甘楽郡という文字も見え、甘楽という地名はそうとう古いことがわかります。この多胡郡には300戸の家があったのでしょうか?今のように核家族ではないでしょうから1個の家には多くの家族がいたのかもしれません。多胡郡の人口は、2000から3000人ほどかな?そうとう人口密度が低いのでしょうか?
碑には、羊を給うというような文字がありますが、だいぶ前に高麗神社に行ったとき、狛犬の代わりに「狛羊」があったと記憶しているのですが、北関東一帯は朝鮮半島からの渡来者が多く来ていたのでしょう。羊と朝鮮半島の信仰とのつながりにも興味があります。
多胡の碑は、立派なコンクリートのお堂に納められていますが、ガラス越しの本物を見ることができますよ。以前、「那須の国造碑」も見にいったことがありますが、こちらは木のお堂に収められ、どこかのんびりしたものを感じました。
吉井町の観光パンフレットをもらってきましたが、散策すると面白そうです。またそのうちにゆっくりといって見たいと思います。











*38春の風。。。牧場で自転車 2007年3月23日
娘と那須の方へドライブに行ってきました。
ドライブのひとつの目的は、米を買うこと。。。。。。
去年の10月に、やはり那須の方へドライブに行ったとき偶然見つけた瑞穂蔵さんという米屋さんへ行きました。もう新米ほどには米もおいしくないと思ったのですが、売る当日に精米をしてくれるので普通買う米よりはおいしいかなと思い行きました。去年は、新米を10キロ入りの袋で買ってしまい、食べ終わる頃まで鮮度が持つかどうか心配してしまいましたので今回は5キロ入りの袋を二つにしました。
帰ってからさっそく炊いたのですがおいしかったです。。。。
砥いでいるときも米粒が輝いているし、炊きたてもぴかぴか光っていました。ふっくらとモチモチという食感は最高でした。
今度は配送してもらおうかな。。。。
今度来たときは、レストランのかまど炊きのご飯を食べようと楽しみにしていたのですが、昼時をはずしてしまいまた食えませんでした。今度行くときは、このレストラン目的で行こう。。。。
牧場目的の娘は、かまど炊きご飯なんて眼中になく僕を急がして牧場へ。
去年は南が丘牧場というところへ行ったのですが、牛もあまりいなかったので、今回はりんどう湖ファミリー牧場へ。でも、いざ入ろうとしたけど、なんだか乗り物目的のようなところで入園料も高いのでやっぱりやめました。
そこで少し戻るように塩原の千本松牧場へ。
車で一般道を走るときれいな山の眺め。遠くの高い山には雪が残り、車内には暑いほどの日差し。窓を大きく開ければ春の風。。。。。
20キロほどの気持ちのよいドライブでした。
千本松牧場には二人乗りの自転車があったので娘と一緒に乗りました。
少し小さめの自転車だったのですが、もしかして子供用?でも大人も乗れないことはなかったです。牧場内を1週4キロほどのサイクリングロードが走っています。
平坦な道なのですが、なぜかペダルが重い。。。。後ろでは娘が「気持ちい一!」って。「おまえ漕いでるのか?」と訊くと「漕いでない」と明るい声。。。ううう。。。たしかに自転車を漕がずに春の風を受けて走っていれが気持ちはいいだろう。。。。むかっ(笑)
那須のほうも早い春でした。。。。。









*37どぶ汁と浄蓮寺三十三観音 2007年2月12日
アンコウ鍋を食べに北茨城へ。。。。
この地方は、鮟鱇鍋を独特な食べ方をします。「どぶ汁」。。。。
去年からお世話になっている大浜丸さんへ。。。。。
どぶ汁の作り方は、こちら(茨城県の「金波楼」さんというホテルのホームページからリンクさせていただきました)へ。。。。
関西では山口県がアンコウ料理では有名らしいが、どのような味なんだろ?味噌味にしてもその味噌の風味が気になります。
アンコウを食べる前にちょっとよりたいところがあったので、朝早く家族4人で家を出ました。
寄りたい所というのは、北茨城市にある浄蓮寺渓谷と三十三体観音という石仏です。

わたしは野の仏
誰もふりむかなくなった野の仏

わたしは野の仏
いまでは忘れ去られた野の仏

雨が降りました 風が吹きました
もう長い年月のあいだに
雪が降りました 霜が降りました
もう長い年月のあいだに
老人がなでました 子供がなでました
もう長い年月のあいだ
すっかり顔の形もありません

わたしを彫ってくれたのは名もない石工
それは素敵な笑顔に彫ってくれました
今はすっかり顔の形もありません
でも・・・・・
あなたにはわかってもらえますよね
わたしが今でも笑顔であなたを見ていることを

わたしが生まれたのずっと昔のこと
わたしは笑顔を絶やしませんでした
今はすっかり顔の形もありません
でも・・・・・
あなたにはわかってもらえますよね
きっとわたしの笑顔をみていてくれるはず

そんなあなたなら
わたしの独り言も聞こえるはずです

               (トップページ「ちんまりと」より)
若い頃から石仏が好きで、奈良など歩きながら写真を撮ったりしていました。
のんびりと山道を歩いたあの頃の楽しさ。。。。。
その楽しさを思い出して浄蓮寺の三十三体観音を見たいと思いました。
常磐道を降りて約20分。そうは深い山ではありませんが山の中にかやぶき屋根の浄蓮寺があります。お参りをして浄蓮寺渓谷に入り三十三対観音へ。入山料200円だったか300円だったか。。。。
山道に入るとすぐに渓谷となり浄蓮寺の滝の音。。。
しかし。。。。
遊歩道は、「この先落石のため歩行禁止」の立て札が。。。。「入山料まで取って歩行禁止かよ!」と少し腹が立ったのですが、そのとき息子が「石仏はこっちじゃなかぁ」と。細い獣道のような登り道。
妻も「せっかく来たのだから見たいでしょ」といってくれたので登りました。
幸い山の中腹辺りにまとまって石仏があったので助かりましたが、少々怖かったです。
大きな岩に千手観音や馬頭観音が彫られていました。にこっとした石仏たち。。。心が和みます。
Plalaのブローチというブログを利用しているのですが、そのブローチ内にRevolution Callingさんの素敵な写真がたくさんありました。お願いをしてこちらのページからリンクをさせていただきました。Mainページはこちらです。
ありがとうございます。
さてどぶ汁ですが、奥の座敷に座り待っていると出てきました。。。。。
今回は息子もいて運転はしてくれるのでビールでも飲みたかったのですが、夕方用事があり車に乗るのでおあづけ。。。
火をつけて火が通ってくると、アン肝の風味がある香りが漂ってきます。
普通の鍋料理と野菜の具は同じですが、ワカメがたくさん入っているのが特徴です。磯の香りが豊かでなるほどと思いました。家庭でも魚系の鍋をするときには入れてみたいと思います。アンコウは、骨から皮まで捨てるところがないといわれるだけあって、七つ道具といわれるアンコウのさまざまな部位が入っています。ゼラチン質のコラーゲンたっぷり?と思われるところはうまかったです。骨もかぶりついたのですが、さすがにこちらは食えなかった。。。出汁用かな?
去年に比べるとスープが少し薄味?でもスープがおいしくてほとんど残らずにいただきました。
鍋の具は多めですから4人で3人前でちょうどでした。ただしアンコウ自体も少なくなるので少し物足りないかな。
鍋のほかに、娘が絶対に食いたい!というのでアン肝1人前。。。。ううう
その他にも息子は海鮮丼。僕と妻はヘルシーにひじきサラダ。
鍋のスープでオジヤもできるのですが、おなかもいっぱい出しスープもほとんど残っていなかったので頼みませんでした。
大変混雑するお店ですから必ず電話予約をしたほうがよいです。









*36夕螺家恒例南房総 2007年1月21日
年が明けての初ドライブは、南房総へ一足早い春を見つけるのが恒例!!
今年も行ってきました。
しかし。。。。ううう
朝起きたらどんよりとした曇り空。そのうえ今年は暖冬とはいえ、この日に限って寒波が。。。。
また来週にとも思ったが、娘が「行っちゃおうよ♪」というので出かけて見ました。
娘はうきうきとCDケースから自分の好きな歌手のCDを出しさっそくノリノリで聞いている。僕が買った数少ない井上陽水等は聞かせてくれない。まぁ、たしかに娘の世代にしてみれば、井上陽水などはただのおじさんで、おじさんの懐メロに入るわけですからなァ。。。。僕の子供の頃、おやじが田端義男などをなつかしがって聞いていたけど、僕にとっては何の興味もなかったから。。。。
まぁ、今の曲もいいもので、ノリノリでハンドルを握りました。
曇っていたせいか、高速道路も渋滞もなくて楽でした。
着いてみると、やはり南房総もどんよりとした曇り空。風もあって東京の寒さと変わりがありませんでした。
まずは南房パラダイスの温室へ。これもまた恒例の立ち寄り地。
一昨年だったか?夏に行き温室に入ってどんより。。。。花も何もなくて。。。やはり温室というのは寒いときに行くべきだと悟りました。
温室の中は南国の花や果物の木、バナナやシダ類が生い茂っています。もちろん気温も南国。鳥の部屋やチョウチョの部屋もあり楽しめます。でも、毎年いっているとなんとなく少し手入れが悪くなったかな?と思うところもありました。マンゴーなどの生ジュースを飲ませてくれる場所もなくなっていたし。。。。でも、まぁ、楽しめました。
寒いとはいえもう菜の花が咲いていました。
昼食はずっと行きたいと思っていた道の駅「潮風王国」のレストラン「はな房」(はなぼう)
毎年ここの道の駅にも行くのですが、レストランはいつも込み合っていて入るのを諦めていたのですが、今回はそんなにも込み合っていないので少し並んでから入りました。娘と二人千倉(ちくら)の地魚の寿司を堪能しました。別注文で南房総名物の「なめろう」も!僕の好物です!!アジのタタキもいいですが、味噌や薬味の風味があるなめろうは独特な味わい。家でもできそうなのでやってみようかな。。。。。
この後は海岸の道を海を眺めながら鴨川方面までドライブをしてきました。
白浜あたりから千倉かも側へは海岸の道が整備されているので楽しく海を眺められます。また、海産物を売る店や道の駅、花摘み、名物の料理を出す店など、ところどころに並んでいるので、これもまた楽しいと思います。







*35今年もアン肝 2006年12月23日〜24日
今年最後のぶらり旅もアン肝で締めくくり。。。。
毎年冬になるとアン肝を食べに行きますが、今年は思い切って1泊で出かけました。
常磐道はいつもすいていますし、目的がアン肝を食べることでしたのでゆっくりと出かけました。年末年始は交通パトロールの覆面パトカーがたくさんいますが、数台の車が止められていました。それを横目に「100キロ!100キロ!!」とうるさく言いながら親子4人気持ちよく走りました。もちろんいつも安全運転なのですが、、、
空は青空!
風もなくサービスエリアでゆっくりと休みながら茨城県へ。。。。
思った以上早く着いてしまい、ガラス工芸館というところを少しのぞいてから、ほんと久しぶりに堤防で釣りをしました。息子がでかいハゼを1匹釣りましたが、息子も釣れたときの竿に感じるものを思い出したようです。久しぶりに潮風を感じ、青い空に滑空する鳥を眺めました。
茨城県の海沿いは、これといった観光地もないし、こうしてのんびりするのもいいのかもしれません。
宿は大きなホテルで、温泉も楽しみだったのでチェックインの3時に早くも入りました。
予約をしてから気づいたのですが、通常料金の宿泊予約では、アンコウ料理は出ないかと事前に確認しました。やはり通常料金ではアン肝は出ないよう。。。。ドブ汁とアン肝を別に予約しようと思ったのですが、予算オーバーになりそうなのでアン肝だけに。。。
それでも6人前を注文。
何しろアン肝を食べるというのが目的ですから、事前に確認しておいてよかったです。。。。宿について受付でももう一度確認!幹事役の僕としては、アン肝は重大です。。。アン肝が出なかったなどというと家族から何を言われるか分かりませんからなァ。。。(笑)
たかがアン肝、されどアン肝。。。
数年前、日帰りで行ったアンコウ料理と書かれた料理屋さんに入り、アン肝がないといわれた妻は涙を浮かべてた。。。ハハハ
「もうでましょっ!」とプンプンして店を出ました。
茨城県のほうでは、ドブ汁といってアンコウの肝と味噌を土鍋で空炒りをしてから野菜やアンコウの身を入れてその野菜から出る水分だけで作る鍋が有名なので、アンコウの肝は、このドブ汁に使ってしまうようですから、アンコウの本場とはいえアン肝があるかどうかは確認したほうが良いのです。確認しないと我が家の妻のようにプンプンしながら店を出なくてはいけなくなります。
という僕も子供たちもアン肝の大ファンですから。。。。妻だけを笑えません。
「アン肝 命!!」の夕螺家です。。。(笑)
ゆっくりと温泉に浸かり夕食の時間。
アン肝6人前が食卓の上に鎮座していました。
その他の料理もおいしかったです。
アン肝は、いまいちかな。。。。
あのフォアグラのような食感と少し違う。それに独特な風味というのか味が薄い。調理方法の違いなのか、アン肝の部位にも違いがあるのか?でも、おいしくいただきました。いつもながら子どもたちの食いがよかったです。僕たち夫婦は何切れ食えたかな。。。。ううう
アン肝目的だけなら日帰りで十分かなァ。。。
翌朝も良い天気!!
息子を起こして露天風呂へ。。。。
長い渡り廊下の先に露天風呂はありました。寒い朝の風の中を歩き露天風呂に飛び込みました。顔は寒くて体は熱い。。。冬の露天風呂の醍醐味です。
しかし、剃刀を用意して行った息子が髭をそろうとしたら、なんと、洗い場も外なのです。寒い風の吹く中裸の息子は震えながら髭を剃っていました。。。何も部屋に帰ってから剃ればいいのに(笑)
楽しくのんびりした1泊のアン肝旅行でした。
帰りにサービスエリアに寄ったら、その場でついたつきたてのお餅を売っていました。昼食をこの餅で間に合わせ、持つと熱いくらいののし餅を買って帰りました。










*34上鰻重U 2006年11月3日
また三島のおいしい鰻屋さんへ行ってきました。「うなぎ御殿川」
今回は鰻好きの息子や妻も同行。。。
3連休で、そろそろ紅葉もはじまる時期ですから早朝6時半に家を出ました。
さすがに首都高はもう渋滞。この首都高の渋滞は諦めるしかないのでのんびりと走りました。首都高というのは何度走っても慣れないものです。中途半端に混雑をしていると車線変更もままならず怖いのですが、渋滞をしていれば車線変更も案内標識(カーナビの案内)もゆっくり見ることができるのでかえって楽です。そういえば、我が家のカーナビは、首都高のめまぐるしい分岐の連続で案内が間にあわないのか、時々不精をして何もしゃべらないです。。。
首都高も抜けて東名高速へ!
ところが東名高速に入ってしばらくしたら大渋滞でした。事故情報が出ていましたがどうも事故の影響だけではなくて自然の渋滞も重なっていたようです。厚木を過ぎた頃にやっとすきはじめましたが、沼津インターに着いた頃にはもうお昼でした。
この前娘と出かけたときは、工事人のかぶる黄色いヘルメットが落ちていて車の下に巻き込んでしまいましたが、こういうことも含めて高速道路では何かしらのトラブルに巻き込まれます。行楽時期に出かけるときは、どこかしらでトラブルや事故渋滞はあるものだと覚悟して出かけなければなりませんね。
予定では鰻を食べに行く前に湯河原から箱根に抜けながら十国峠あたりで、はじまりつつある紅葉でも見ようかと思っていたのですが、厚木から湯河原に抜ける時間はないので三島の鰻屋さんへ直行しました。
僕と息子は上鰻重。。。
娘はあまり鰻が好きでないので天麩羅定食。。。
妻は。。。
鰻はあまり食べたくないと言いながら着いたのですが、いざ店に入ってメニューを見たら「ひつまぶし」に目が止まったらしく、「1杯目はそのままに召し上がり、2杯目は漬物と一緒(だったかな?)に、3杯目はお茶漬けでお召し上がりください」という食べ方につられて注文。。。律儀にその食べ方に従って食っていました。そのうえ秋の味であるマツタケの土瓶蒸まで注文。。。。
僕は、今日は息子が運転するのでビール。。。。
おいしかったです。上鰻重には鰻1匹半が乗っています。
食い終わったら、息子が6時からバイトだと言うのでまた渋滞をしたら間にあわないと思い急いで沼津漁港へ。。。。
観光客向けの市場があります。あまり鮮魚はないのですが、食堂はたくさんあり、干物はたくさん売っています。ぶらぶら歩きながら干物を見ていたら、若い女性がその干物を一生懸命に写真を撮っていました。「ムム。。。?!!おぬしホームページかブログをやっているな・・・ムフフフ」と、思わずブログ(HP)仲間同類の殺気を感じました。
なんだかんだとすでに2時。。。。
急いでアジの干物やシャケのカマのミリン干、好物の鰹の塩辛(酒盗)を買い、なんだかわざわざこんな遠くまできたというのにとんぼ返りをする様な形で家路に向いました。ううう。。。。







*33ステーキと新米  2006年10月1日
早起きをして那須町の牧場に行ってきました。
那須町付近にはたくさんの牧場があり、りんどう湖には有名で大きな牧場もありますが、ちょっと入園料も高いのでやめにして南ヶ丘牧場へ。。。
那須高原南ヶ丘牧場
牧場といえば広い牧草地に牛がのんびりと牧草を食べている風景を思い描くのですが、残念ながら南ヶ丘牧場は牧草地のほうには入れないようでした。仕方に野で牛乳を飲んだりチーズなどを試食しながらおみやげ物を看て廻りました。ウインナーやハムはおいしそうなのですが高いですなァ。値段を見てると安いかなとおもうのですが、その値段が100グラムあたりだったりすると大変な値段になる時がありますが、ここの牧場はどうだったかな?何しろ少し高くてかわず。牧場内をぶらぶらして、アーチェリーに挑戦!的の上のほうにもう一つ小さな的があってそのまた的の中に小さな○あるが。。。そこに当るとソフトクリーム券をもらえるというので頑張りました。
ううう。。。。あと3センチぐらい・・・・・・昔、弓矢の射的場で遊んだことがあるのですが、日本の弓矢よりアーチェリーは狙いやすいですね。この後は乳搾り場や牛の小屋など見て時間つぶし。お昼近くになったので食堂に入りました。
お目当てはステーキ。。。。
だったのですが、妻の「高いんじゃないの?」の一言に僕は「カイ。。。」ううう。。。。
娘は負けずに「ステーキ!」
でも、和牛ですからなァ。。。那須牛!150〜200グラムぐらいのステーキで、3, 4000円は高くないですよね?まぁ、昼飯にしては贅沢すぎて高く感じるけど。
娘のヒレステーキ柔らかそうでした。。。。ううう
僕はボルシチ。。。。
新米!!
水車の里「瑞穂蔵」さんに立ち寄りました。
牧場を出て時間が早いので白河のほうへ廻ったのですが、これといって見るものもなく何という池だったか?のんびりと釣りをしえいる様子をぼけっと眺めました。
帰ろうか?と思ったら、妻が牧場に行く途中に「新米」という看板を見たから見に行こうというので、また20キロほど戻りました。。。。。ううう
その妻の見た看板がどこにあったのか定かではない。。。ううう
あきらめて帰ろうと思ったとき、偶然に瑞穂蔵さんを発見!!
もう2時くらいになっていたのですが、食堂は列が出来ていました。おいしいお米が食べられるということからの列だと思います。田舎膳というのがおいしいらしいです。
昼食はここにすればよかったと後悔しながらお米の販売の売店に。
10キロ買いました。あと味噌も。。。
那須の「コシヒカリ」の新米で、この日精米したばかりというお米です。あとで知ったのですが、有機肥料米だそうです。新米というと高いように感じるのですが、値段も手ごろでした。
家に帰りさっそく炊いてみたのですが、粘りもありおいしいお米でした。
また買いに行きたいと思うのですが、郵送も?
毎日食べてます!!








*32ぐぅじょうの〜なぁ〜〜〜  2006年8月26日〜29日
郡上八幡から奈良を周って来ました。
郡上八幡は遠いですなァ。。。。
名古屋まで新幹線。名古屋からは高山線方面の特急で美濃太田。そして長良川鉄道の1両編成の電車でやっと郡上八幡。
なんだかんだと電車の接続時間も含めて5,6時間かかりました。そう、今回のぶらり旅は久しぶりの鉄道の旅!!
長良川鉄道(リンクは長良川鉄道株式会社)>
美濃太田から郡上八幡までは30キロほどあるでしょうか、長良川に沿って1両編成のディーゼル車が走ります。のんびりとゴットンゴットンと走るイメージがあったのですが、こんなにスピードをあげてだいじょうぶなの?と思うほどとばしていました。それでも単線のために途中ですれ違ったりして郡上八幡までは1時間20分ほど?かかったようです。
ちょうど昼時だったので駅弁を買ってきれいな風景を眺めながら電車の中でと思ったのですが、1両編成で1時間に1本の電車は込み合っていました。恥ずかしいような雰囲気の中、空腹に負けて駅弁を。。。。
郡上の町並み(リンクは郡上八幡観光協会)>
山に囲まれた小さな町でした。
3つの川が合流するという水の町。水路の水量も豊富で湧き水もあちらこちらにありました。この水で洗い物などをする「洗い場」があるのですが、水路に沿って涼しい風も流れ込んできてしばし休憩。水の流れがあるのは人を癒してくれますね。
町並みは、ところどころに長屋風の造りの古い民家が残っています。3時間ほど散策したのですが、町全体がご城下という雰囲気が流れていました。
漬物屋さんとか味噌・醤油さんとかもあり楽しめます。小さな味噌・醤油やさんで味噌を買いました。帰宅してからこの味噌で味噌汁を飲んでいますが、おいしい味噌です。塩辛さがきついのですが、こんな味も昔ながらの味なのでしょう。
<鮎釣り風景>
長良川鉄道の車窓からも見えましたが、鮎釣りのシーズン中だったようです。
郡上八幡の街中の川でも釣っていました。
コシまで水に浸かり、長い竿を持った風景は、周りの山々の風景に同化していました。
<宿>
郡上踊りは、7月下旬から9月上旬頃まで、休みの日はあるものの32夜踊られます。踊りのある日は宿も割高。。。。でも、町の中に泊まらないことには踊りは楽しめませんからね。。。。
それでも料理は心のこもったものがたくさんありました。
<郡上踊り>(上記、<郡上の町並み>からのリンクに踊りの解説もあります)
夜8時頃から始まります。
今宵は八幡神社の境内。。。。32夜踊られるのですが、その日その日によって踊る場所が変わります。地区の縁日にも関係するようです。観光協会のHPには踊りの場所もありますから参照してください。
♪ぐじょうのなぁ〜〜は〜ちまん〜
有名な踊りを含めて3曲ほど踊られていました。盆踊りですから手の動かし方ぐらいは覚えられると思います。楽しいのは、「見る踊りではなくて踊る踊り」観光客も気楽に踊りの輪に入れます。
東京の盆踊りは、CDの音楽にあわせて踊る味気ないものが多いのですが(山車も軽トラに乗せたい。。。(笑))、郡上踊りはお囃子も歌も生。。。。これだけで旅情が湧き出ます。
<奈良飛鳥へ>
高速バスで岐阜。岐阜から名古屋鉄道。名古屋から近鉄特急で奈良飛鳥へ。
5年ぶりに行きました。5年前は友人と車でさっとまわっただけでしたが、やはり飛鳥は歩きが一番!足の小指の痛さも忘れて歩きました。5年前にはまだ公開されていなかった新しく発掘された亀の遺跡も見学。不思議な石です。
<アイスコーヒー善哉?>
少しレストランでひと休憩。
僕と娘はアイスコーヒー。妻は。。。。「アイスコーヒー善哉!」と?
ムム?妻は時々得体の知れないものを注文する。
                      そして口に合わないときは僕と交換する。。。。
出てきたものは、アイスコーヒーの中に善哉のアンコが沈んだもの。。。。
コーヒーにアンコというものが以外に合うものです。飛鳥にいらしたときは是非!(それとも関西では普通に飲まれているもの?)
<雌鹿に尻を噛まれる>
奈良公園に行くと鹿が相変わらずたくさんいました。
煎餅目当てに集まってきます。煎餅を買わずにあげなかったら、しきりにお辞儀をする可愛い鹿もいましたが、そのときいきなり鹿に尻を噛まれた。振り向くと気の強そうな雌鹿。。。。
もしかしたら、これって求愛行動?雌鹿にも惚れられたかぁ。。。。ハハハ
そういえば、もう20年以上の昔、正倉院あたりを朝の散歩をしていたら、雌の鹿を何頭も従えた角の立派な雄鹿の群れに出くわしてしまったことがある。そのうちの美人の?雌鹿と僕の視線が合ってしまったが、そしたら雄鹿がいきなり僕を威嚇しながら走ってきた。奈良公園を走り続けました。
<法隆寺と大仏殿>
大仏殿は、悲惨ですなァ。。。。大仏さんも写真のモデルになってしまい。。。
その点法隆寺はさすがです。
世界遺産という観光の目玉(日本人の感覚)になっても変わりなくどっしりとした伽藍が整然としている。
<奈良漬>
三条通にあるアーケード外の奈良漬屋さん。。。。。
20年以上昔の記憶をたどり探しました。ありました。。。ありました。店はきれいになっていましたが。甘さも控えめでさっぱりとしたあの味。。。。
娘が奈良漬ファンになりました。









*31蕎麦  2006年7月16日
「なんなのぉ?!ここは!!」
妻が車の隣座席でむっとしたように。。。。
数日前から息子も珍しく暇だというし、家族でドライブに行こうかということになり、「それなら蕎麦を食いに行こう」となりました。僕のお薦めの栃木県万願寺とその門前の里にある蕎麦屋さん。そこに向う山道にある石灰とおもわれる工場が立ち並ぶところを通過中の妻の言葉。。。
山は切り崩されて一体は白く石灰のようなものが舞っている所。。。
妻はだいぶびっくりしたようです。ハンドルを握る息子も「何だよ。。。これ〜」
僕と娘は去年の9月に一度来ているのでもうすぐ緑濃い山に入るのを知っていましたが。
やっと工場の中を抜けてまた山道へ。門前の里を抜けて満願寺の門が見えました。
高速を走っていると、栃木県に入ったら雨が降り出し、満願寺についても小雨が降っていました。暑くもなく小雨の中の緑はきれいですし、川の流れる音が山に響いていました。傘をさして本堂へ。
妻はドライブに行くなら川のある山がいいと言っていたので、この満願寺の雰囲気は気に入ったみたいです。
「ホッ!」(僕の心の中で(笑))
本道にお参りをして、さて、奥の院へ〜
でも小雨が。。。。
せっかく来たのだから登ろうという妻の言葉に家族そろって横を川が流れる山道に入っていきました。入山料300円だったかな?
去年の9月、ミゾ蕎麦がきれいに咲いていたのですが、やはり7月では早かったようです。それでも流れの速い川の音が気持ちおかったです。歩いてすぐに小雨もやみはじめ、蝉の声が聞こえはじめました。
2,30分歩いて奥の院へ。滝の音が古木の中に響きます。
前回は、娘がサンダル履きだったので、奥の院のお堂には登れなかったのですが、今回は登ってみました。山にへばりつくような舞台造りのお堂。。。。
登りずらい階段を登りお堂に入りました。
ご本尊は、何と鍾乳石!山肌に露出した洞窟の中にある鍾乳石、これをご本尊として祭るためにすごい舞台造りのお堂を建てたようです。鍾乳石は、「後ろから拝んだ十一面観音」たしかに顔がたくさん付いているように見えます。洞窟の中は寒いぐらい。お参りをしておりました。
少し滝壺で遊び蕎麦屋さんへ。
元祖手打ち蕎麦「いづるや」さん。。。
満願寺の山号は「出流山」、これを「いづるさん」と読みます。「いづるや」さんもこの出流からの屋号だと思います。
駐車場も広いですが、いつも混雑してます。1時近くに行ったら店の前も行列。3,40分待ってやっと席につけました。「いづるや」さんのHPの写真にあるように蕎麦は大きなざるに乗って出てきます(もちろん普通のザル蕎麦もありますが、家族連れなら大きなザルのほうがおいしく感じます)。1升ザルを注文。あとおいしい天麩羅の盛り合わせ。そして僕はビール。。。。
出て来ました1升ザルの蕎麦。。。。
「こんなに食えるの?」といいながらも、家族4人もくもくと食べ続けました。完食。。。。
ハハハ・・・息子の食いがよかったです。
おいしかったです。
この後は、石仏で有名な大谷寺と大谷石の切り出し場「大谷資料館」へ。
大矢資料館は地底に入っていきます。入り口には「ただ今の地底温度9度」とありました。12月上旬並です。涼を求めたい方は是非!すごく広くてびっくりしますよ!







*30身延山久遠寺   2006年7月1日
出かけたのはいいのですが、途中、咳が止まらなくなり帰ってから熱がでてしまいました。朝起きたときにどうも体がだるいと思ったのですが、無理をしてでかけたのがよくなかったようです。
咳とだるさに、久遠寺と山梨方面に向う途中の南アルプス市にある和紙の里だけを見て帰ってきました。
我が家のカーナビは何でこうも細い道を案内するんだろ?
この日もなんだか曲がりくねった細い山道を。。。。。舗装されていたのでよかったのですが不安になります。
この山道を抜けたところに久遠寺の門前の道がありました。
お土産やさんが並ぶ細い道を入っても良いものかと迷いながら人をよけながら登ると駐車場がありました。今は門前の町も立派なお寺ですが、山の中のお寺には変わりなく、こんな山奥に立派なお寺を作ったことに昔の人の信仰心の深さを感じます。お堂などそうは古いものはなく、江戸頃に建て替えられたもののように感じました。境内では五重塔の再建が進められようとしていました。整然と美しく並ぶお堂と五重塔の再建。。。。お堂の前では信者の方がお経を唱えていました。その雰囲気の中には僕のような観光客は異質です。今も信仰の場であり信仰の山なのです。
観光客は、ケーブルカーへ。。。。
奥の院まではこのケーブルカーで登ります。
東京は曇り空だったのですが、山梨県に入る高い山を抜けた頃から雨。幸いにもこの雨も身延町に入る頃にはやみました。雨上がりの山。。。神秘的ですね。ケーブルカーで登っていくと、富士山には傘雲がかかり山々も霞んでいました。下の門前町や川にも靄がかかり、山の谷には雲が立ち上っていました。
娘が昼飯はファミレスと決めていたらしく、何でここまできてファミレスなのかとぶつぶつ言いながら山梨市方面に下りました。
昼食も済まし(無事ファミレスを見つけ・・・トホホ)、なかとみ和紙の里に向いました。
道の駅を思わせるようなところで、工芸展示室や和紙の販売、食事処もあるきれいなところでした。
竹ヒゴのような骨組みに和紙を貼り付けたスタンドがあり、いいなぁ。。。と思ったのですが高くて躊躇。
そこで自分でも作れないものかと一念発起。和紙を買って帰りました。
スタンド作りはこの夏の夏休み工作の宿題です。。。。。ハハハ








*29上鰻重     2006年5月27日
静岡県の浜松と三島あたりを娘とぶらっとしてきました。
今回の目的は、娘は淡島マリーンパーク、僕は鰻重と桜海老の刺身。浜松近海の桜海老は有名なので知っていましたが、前日の朝刊に今が最盛期という記事がありましたので、楽しみも倍増でした。
早朝に家を出て首都高速を抜けて東名高速へ。
高速道路は出かける時間帯30分や1時間で混み方がちがいます。早起きしたのが幸いだったようで、すいていました。
気持ちよく走っていたら、道路の真ん中に黄色い物体が?隣車線を通り抜けたトラックの風圧で転がっていました。なんと、工事の人がかぶるようなヘルメット。。。。よけようとしたのですが、よけきれるような状態ではなかったのでまたぐように通り抜けようとしたのですが、下を通り抜けきらずに引きずっているようなおと。。。。うううう
そのうちにどこかへ飛んでいったのか引きずる音もなくなったのですが、一応避難所に車を止めて点検してみました。異常なし。安心しました。
でも、なんだかどんより。。。
浜松市内も好いていてすんなりと淡島マリーンパークへ。
淡島マリーンパーク
300メートルほど沖にある島の中のマリーンパークですので、駐車場からはケーブルカーか船で渡ります。
朝一番に入ったせいか、雨が降ったりやんだりという天候のせいか、園内はがらんとしてました。ケーブルカーを降りて山道をどんよりと下りていきさっそく水族館へ。こじんまりとした水族館でした。どこかの割烹料理屋にでもあるような生簀の水槽ぐらいの水槽が並んでおり、中には近海の魚たちが。
魚の水槽はこじんまりとしてイルカなどのショウーがメインという典型的な水族館。
さっと見て外へ出る。小腹がすいたので、アメリカンドッグ。。。カラシをかけようとしたら、容器からは透き通った上澄みの水か油がアメリカンドッグにタラタラと。。。。もったいない方食べたのですがなんだか気持ちが悪くなってしまった。。。。
どんより。。。。パート2
その後、犬とのふれあいとか、アザラシのショーやイルカの調教風景を見て出ました。いるかは、まだショーをするには芸が安定していないようです。
いるかのショーを見ながら思い出しました。昔まだ息子が小さい頃に一度来たことを。その記憶では華やいだ雰囲気があったのですが。。。
それほど感動するようなところではなかったのですが、マリーンパークの係員の方がすごく一生懸命なのでちょっぴり感動しました。それに小さなお子さん連れには楽しいと思いますよ。
帰りの船に乗ろうとして待っていたら、こちらに向う船は満員状態。葬式を終えた方たちがぞろぞろ降りてきました。行楽地の場に喪服姿。。。似合いませんなぁ。。。水上レストランで食事でもするようでした。
そうそう、もしこちらのマリーンパークにいらっしゃることがあるようでしたら、サイトの中にあるクーポンを印刷してお持ちください。大人1800円が1300円に!!相当お得です。今まで、他の行楽地のサイトを見てもクーポンというのは気に留めなかったのですが、これからは一応クーポンがあるかどうかたしかめようと思います。
<葬式。。。ううう>
マリーンパークで葬式帰りの人々を見たのをはじめ、その後も30分ほど走ったところで横断方を手を上げて渡る葬式帰りの人々の列が。。。
また三島市内あたりかに入ったら、また葬式帰りの人々の列。。。。
よく葬式帰りの列に出くわしました。。。。どんよりパート3
<鰻重>
三島市内の楽寿園と三島大社を見物してから昼食と思ったのですが、楽寿園の駐車場が見付からない。。。
園の周りを2週もしたのですがない。。。?
車を置いて楽寿園と三島大社を思ったのですが。。。。ううう
園の周りには小さな駐車場がいくつかあるのですが、みんな私営駐車場。どんよりパート4
諦めて鰻重を食いに行きました。
有名な御殿川に行きました。
こちらでは桜海老も食べられます。鰻重のほかに肝焼きとこの桜海老の刺身!
桜海老の刺身は、どうも釜揚げのことを言うらしいです。しょうが醤油でいただきました。
出てきました出てきました。。。上鰻重!
大きな鰻が1匹分+もう半分の計3枚乗った鰻重。。。むっふふふ
と苦情となると、メニューの写真を見ると上鰻重+もう一枚の鰻が別皿に乗っている。。。。ううう
臭いもほとんどなくて分厚い身がやわらかでおいしかったです。
また食べに行きたい。。。。鰻好きにはたまらない店ですよ。
<どんよりパート5>
食べ終わり時間があるので、帰り道ついでに真鶴半島に寄ろうと思い車を走らせました。
文芸誌で、一度、川上弘美さんの「真鶴」の一説を読んだので、見てみたくなりました。
ところが、どこでどう間違ったのか。。。。車は有料道路を走って真鶴半島を通り抜けてしまったのです。引き返すには相当な距離を。。。。
そういえば、だいぶ前も同じことをしたことがある。そのときは東京から西伊豆に抜けるときだったときだが。
真鶴半島に行くには難しい。。。
川上さんの文章は、たしか真鶴半島にあった神社を探すがないという少し不思議な話だったけど。僕は、真鶴半島にたどり着けないという不思議なお話。。。。(笑)
どんよりパート5・・・・ハハハ







*28ううう。。。な、1泊   2006年5月4,5日
1泊ですが連休に出かけてきました。
連休直前、妻が1泊でどこか行こうよとネットで宿探し。。。。
やはり連休はどこもいっぱいですなぁ。。。もしやキャンセルもあるかもしれないと思い人気の宿に電話をしまくっていたが残念。
やっち1軒の宿を発見。。。
写真もあったのだが、どう見てもどんよりするようなところ。。。
でも、他には空いている所がないので予約。
ううう。。。。行って来ました。。。
海辺の波の音も聞こえるような宿。娘がむっとして「ここに泊まるの?」
「まあ、海の近くだから夕飯は刺身がうまいと思うよ」と、僕。
娘は刺身が好きなので機嫌が直ったようです。
さて夕飯になりました。お膳に並んだものは、伊勢海老(ううう。。。ん、ロブスターのような?)の焼いたものと、アジフライそして刺身。刺身はどう見ても新鮮ではない。別料金のアワビはどう見てもトコブシのような小さなもの。思わずトコブシですかぁといったら、いやアワビだと。。。
3人でどんよりと無言のままに食べ終えました。
朝は、手作りの春ヒジキの煮つけなどおいしかったですが、やはり品数が足りない。
どんよりと会計をしてそそくさと出発しました。
なんだかなぁ。。。。(ー_ー)
この宿はおばあちゃんが切り盛りしていて、客の中には常連さんもいて、たぶん数十年間長くやっている宿だと思います。おばあちゃんは人当たりも良いし気風のいい人で、たぶん昔は繁盛したことと思います。そんなおばあちゃんですから、一生懸命に今もやっているのでしょうが、やはり年には勝てないという雰囲気でした。
僕のお袋を見ていても感じるのですが、気持ちはあるのに体が動かずに頭も廻らなくなってしまう。昔と同じようにしようとしても料理も辛くなってしまうし、料理の中身も肉類はまったく入らなくなり、すごくあっさりとしてくる。宿のおばあちゃんにそんなお袋を重ね見てしまいました。
だから宿を責めても仕方ないし、おばあちゃんには感謝しなくてはならないのですが、やはり金を出して出かけたというのは事実ですし、それ以上に楽しみにしていたことですからね。。。やはりどんよりとしてしまうのもまた仕方ない。。。
帰りは、午後になると道路も込みだすので、宿を出ですぐに東京に少しでも近いところと思いマザー牧場に行きました。最近、娘は牧場に凝っています。
しかし、やはり連休ですなぁ。。。。
山の上のほうを切り開いた駐車場の一番奥まで車を案内されてしまいました。とぼとぼと歩いて入り口まで行きました。昼食もレストランはいっぱいですし、ソーセージの焼いたものを買うにも30分近く並びました。もう歩くのもだるくなってぶらぶらして出てきました。
やはり連休中は家でごろ寝が一番です。。。。
家に帰って洗濯物を出そうと思ったら、ない。車に忘れたからとってきてと妻に言われてとりに行ったらない。とぼとぼ帰ってきたら、妻が宿の玄関に忘れたという。。。ううう
宅配便で後日おばあちゃんに送ってもらったのですが、透明なゴミ袋のようなビニール袋に入れ、袋の口をさっと結んだだけで送ってきた。たしかに忘れた我が家が悪い。。。しかしなぁ。。。せめて中が見えない紙袋ぐらいに入れてくれてもいいのに。。。
最後までううう。。。な1泊でした。







*27秩父・長瀞。。。春   2006年4月15日
何年ぶりだろ?秩父方面に出かけました。
いつも紅葉に時期に出かけていたので、寒い秩父のイメージしかなかったのですが、春の秩父もいいですね。。。。
今年の冬は厳しい寒さでしたが、春の訪れも少し遅いのか?でも、一気に春がやってきたという感じで、ぶらっと出かけた日は天気もよく気温も上がり、春を満喫するにはこの日しかないと思うぐらいの日和でした。
6時半頃に自宅を出て秩父に着いたのが9時。さっそくお目当ての羊山公園に向いました。
関越道から長瀞を抜けて秩父に入るには、昔は大渋滞でしたが今は有料道路ができて楽になりました。
<羊山公園>
秩父市内のすぐ近くにある山です。
ここは芝桜が有名なので行きました。やはり開花が遅くなっているようで5分咲き。。。。
それでもきれいな花が丘の斜面にたくさん咲いていました。人工的に植えられたもので、いろいろな色の花が斑模様に見ます。
今は7分咲きといいますからもしかしたら5月の連休中も楽しめるかもしれません。満開の頃は丘一面花に覆われてきれいだそうです。
芝桜の季節は、駐車場まで車でいけませんので、道の駅近くの元セメント工場に敷地の有料駐車場を使いました。そこから歩くと距離がありますので、道の駅からの無料巡回バスが便利かと思います。
バスを降りて丘に登っていく途中の桜が満開でした。
<秩父美術館>
仏教関連の資料がたくさんあるというので行ってみました。
行ってみたら鍵がかかっており、休みなのかと思ったところへおばちゃんが。。。。中へ入ってみたらさっそく電気を点けてくれ僕と娘二人だけで見ました。なんとなくどんよりする美術館です。たしか世界一古いサンスクリット文字で書かれた経典というものがあり、鑑定書まで並べてあるのですが、こんなすごいものがガラスケースの中に入れられているだけで、なんとなく眉唾物でした。いろいろな仏教関係のものを雑然と並べてある印象です。
<秩父ふれあい牧場
秩父から長瀞に向う途中の山のテッペンにあります。
娘が急に牧場へ行きたいと言い出したので偶然カーナビから見つけた牧場でした。
それが。。。。行ったのはいいのですが、山の頂にある牧場で、そうは観光地化されておらず、車がやっとすれ違うことができるほどの山道を5キロほど登りました。舗装されているだけよかったのですが、カーナビがなければ不安になって途中から帰りたくなるような道でした。
牧場には牛がのんびりと草を食んでました。あとは、牛乳を飲ませてくれる売店だけ。。。。手作りキャラメルはお薦めです。
牧場からの下り道は、長瀞に向う道で登りとは違う道を通ったのですが、やはり細い道でした。だいぶ下って民家が見えてきた頃、一里塚を発見。山沿いのこの道は昔からの街道だったようです。お遍路さんも多く歩いたのでしょう。。。近くには札所のお寺が点在してます。
       くたびれたやつがみつける一里塚
江戸時代の川柳がありました。
埼玉県立自然史博物館
古代の巨大ザメの化石などが陳列してありました。動物たちの剥製もたくさんあるのですが、どうも僕は剥製というものが嫌いでして。。。。
<宝登山ロープウェイ>
蝋梅には遅く山桜には早くて中途半端でした。
でも、頂上からの眺めはきれいでした。桜の季節ということもあり、景色はほんのりとさくらいろ。。。。
長瀞の川で遊びたかったのですが時間がなくなりかえりました。
帰り道。。。。車で桜並木を通りました。
そよそよとした春の風に桜の花が盛んに散っていました。この散りはじめた一番きれいな桜並木なんて何年ぶりに見たんだろ?
思わず車を止めて見とれてしまいました。
長瀞のあちらこちらも桜の花が散っていました。









*26梅の里    2006年3月25日
群馬県安中市の秋間梅林に行ってきました。
梅の花にしては遅いですが、秋間梅林は山のほうですから今が見ごろなのかもしれません。安中市の北にあります。
丘のような低い山全体が梅の花に覆われていました。遊歩道になっているのですが、歩いていると梅の花の香に包まれました。ほぼ満開でした。
梅に季節だからと厚着をしていったのですが、暖かで歩いていると汗ばむようでした。梅林の周りの秋間地区、梅はもちろんですが、桃や桜かと思われる花々が咲き、何という花なのか黄色が鮮やかな木もあり、春の花がいっせいに咲き誇ったという景色でした。
春の空気は霞み、この空気もパステルカラーに染まっているようでした。
駐車場にはお土産やさんが出ており、岡クラゲを売っていました。おばちゃんがキンピラ風に煮付けていたのを試食したらすごくうまかったです。干したものを24時間水でもどして使うそうなのですが、だいぶ増えそうでした。帰りに買って帰ろうと思っていたのですが、つい花に見とれて忘れてしまいました。。。残念
<侍長屋>
安中の城下に残る下級武士たちの長屋が復元されていました。
6畳と4畳半トイレ付きといった感じです。炊事場は、長屋の正面に井戸があり共同炊事場です。武士とはいえ、下級武士ともなれば今のサラリーマンの社宅と同じようなもんだったのかな?今はマンション風の社宅になっていますが、よく考えればマンションというのは縦に高くした長屋ですからなぁ。。。。
<少林寺(達磨堂)>
安中から国道18号を高崎に向ったところにあります。
少林寺といっても中国の少林寺とは関係がなく、少林寺拳法とも関係がないそうです。丘の上に建てられたお寺で見晴らしがよかったです。
別名達磨寺といわれ、本堂や達磨堂には達磨さんがたくさん奉納(祈願)されていました。このお寺は、高崎市に入るのですが、高崎といえば達磨!駅弁にも達磨弁当があります。やはりこのお寺と深く関係いているのでしょうか?
大きな枝垂れ桜が今にも咲きそうでした。来週あたりには見ごろかもしれません。
「目が出る達磨」のお守りを買ってきました。小さな達磨さんの目が本当に飛び出るんですよぉ(笑)「目が出る」=「芽が出る」?
<しもつけの里博物館>
相変わらずこうした公営博物館の定石どおりの立派な建物でした。
展示物は少ないのですが、多くの埴輪は本物で、5世紀古墳時代の出土品が陳列されていました。博物館の横には、大きな前方後円墳が石葺に復元され、市民の皆さんが作った埴輪が並べられていました。古墳というのは、今では土の山のようですが、できた頃はきっとこういう状態だったのかもしれません。こちらの古墳は、石室にまで入れるようになっています。興味のある方は面白いかもしれません。







*25春の国    2006年2月12日
南房総に行ってきました。
今年の冬は例年より寒かったためということでもないのですが、少々ぶらり旅も冬篭り中でした。東京もやっと春が顔をだしはじめ、穴からぬうっと顔を出して動き始めました。
しかし。。。
前日までは暖かでしたが、さて出かけようと起きあがったら北風も強く寒い。。。。
遠くの空には黒い雲も。。。
少々くじけた気持ちをホットコーヒーで暖めて娘とでかけました。
首都高速湾岸線に入ったら千葉方面に黒い雲が出ていましたが、その雲の隙間から天使の梯子が!太陽の光が雲の隙間からきれいにスポットライトのように差し込んでいました。それも遠くの空一面に広く幾筋もの天使の梯子が差し込んでおり、まるで光のカーテンのようでした。運転しながら感動してみていました。こういうきれいな空は、あっという間に消えてしまうもので、黒い雲が動き太陽が高くなると消えてしまいます。
自然が見せる一瞬の美しさです。
途中、市原のサービスエリアで休憩をしたのですがやはり来た風が強く寒かったです。館山道を降りて館山市街を抜け、一山超えて南房総の海まできたらそこは春の国でした。
暖かく柔らかい日差し。。。
道路わきには菜の花が咲き、花摘み用のお花畑が点在しています。
それでも今年は寒さがきつかったせいか菜の花も少し遅れているようです。暖冬続きだった例年ですと、正月頃には咲いていたのですが、今年はやっと2月で咲き始めたようでした。
<娘がお気に入りの南房パラダイス
南房総に行くと必ずといっていいほど立ち寄ります。
小規模な温室ですが、中央のドーム型の温室を初め7棟ほどの温室が並んでいます。夏に一度行ったことがあるのですが、温室というものはやはり冬から春が一番です。夏は暑いので温室の必要性はなくて花々もありません。この季節が一番で、暖かい室内できれいな花々に囲まれるの楽しいものです。
すごく香のよい小さな花の鉢植えもあったので、同じものをお土産売り場で買って帰ってきました。ところが何という花だったか忘れてしまいました。ハーブです。
千倉潮風王国
こちらもいつも立ち寄る道の駅です。関東にも多くの道の駅がありますがお気に入りのひとつです。
食堂でおいしい海の幸をと思ったのですが、すごい混雑で断念。好物のスルメイカの一夜干とサバの開きを買って帰りました。サバは夜焼きましたがいまいちかな?
というわけで昼食は娘の意見でなぜかファミレス。。。。どんより
そう、そう。。。
「サバカレー」という缶詰も買ってきました。かすかな記憶にテレビで見たような気がして買ってきたのですが、ネットで調べたら「サバカレー」の由来がありました。ビーフブイヨンという現材料名が気になるのですが試食をしてみます。
南房パラダイスから潮風王国までは30分ほどの海岸線のドライブでした。国道も走っているのですが、これは街中を通る狭い道が続きますので、並行するもう1本海岸よりの道をいつもと降ります(でも、今はこちらの道が国道指定されているようです。以前は一般道だったのですが)
岩の海岸線や砂浜、小さな港が断続的に眺められます。
館山まで戻ったら急に寒くなり雪がちらつきはじめました。千倉から低い山を一つ越えただけなのですがこんなに気候が違うのかと不思議になりました。車で走っている間に千葉県全体が急に寒くなったのか?よくわかりませんが急な雪に面食らって館山の博物館にも行かず、那古寺もそそくさとお参りをして早めに帰りました。
高速に乗ったらまた晴れ。。。。ハハハ
天気に翻弄されました。

      父娘して 菜の花畑 揺れもせず










*24ぶらっとアン肝     2005年12月30日
今年最後のぶらり旅は下に書いたように大山も腕で締めくくろうと思ったのですが、娘が具合が悪くなりとんだ締めくくりになってしまうところでしたが、家族の思いつきで急きょ茨城県の北茨城市にアン肝を食べに行くことになりました。
毎年茨城県にはアン肝を食べに行くのですが、いつもは近場の大洗方面でしたが今回は少し足を延ばして福島県との県境も近い北茨城市まで行きました。やはりこのあたりのほうがアンコウの本場のようで、アンコウ料理を食べさせてくれる店がたくさんありました。いつも行く大洗方面の店は、アン肝自体は安くて量もあるのですが、海鮮丼なんてどんよりするほどのもので、嫌気が出ていました。
旅館の日帰り入浴付き部屋食アンコウ料理に行こうと思ったのですが、年末ということもありどこも満員でした。仕方ないので料理屋さんを予約しました。
ところが肝心のアン肝がないとのこと。。。
この辺は、鮟鱇鍋がうまいところで、ドブ汁といい独特な鍋を食べさせてくれます。そのドブ汁の汁は、アン肝としょっぱめの味噌とをすってそれをスープで溶かして作るのですが、アンコウの肝はほとんど生のまま使ってしまうようです。そういうわけでアンコウの肝自体が品薄になる。それでも電話でどうにかお願いをしてアン肝を4人前確保してもらいました。
昼からうまい物を食うからと、朝はパン1枚だけ食って出かけました。
帰省ラッシュで高速道路も込むのではと思い早めに出発。ところが常磐道はガラガラ。。。
早くつきすぎて時間をつぶすのに大変でした。六角堂は何回も来ているし、美術館は休み。早めに料理屋さんへ行ったらまだ仕度はできていないとのこと。。。そこで思い出したのが海鮮市場。国道6号線沿いにある市場なのですが品数も豊富です。タラバガニやら正月のお節を買いました。
買い物に熱中しているうちにだいぶ遅くなってしまい料理屋さんへ行きました。そうしたら予約客でいっぱいでした。
座敷に座ると。。。出てきました出てきました。アン肝!!
帰りも息子が運転をするというのでビール。極楽です。しかしアン肝の量が少ない。。。まあ、お願いして出してもらったわけですからそうは贅沢もいえないのでおいしくいただきました。朝早くから作りたてのアン肝で、中のほうがまだ暖かいものでした。作り立てというのはこれまた美味なものです。
ガスコンロにはドブ汁。。。。
初めて食べたのですが、アンコウの肝が利いていてうまかったです。アンコウの身も、よく聞く「アンコウの七つ道具」が!!身はもちろん、皮や骨付き肉、内臓の一部などがすべて入っています。アンコウも野菜もたくさん!!2人前しか頼まなかったのですが、家族4人でも食いきれないほどの量がありました。
おいしかったです。。。。
お勘定のときに、おばちゃんが「アン肝が少なくてごめんね。ほとんどドブ汁にしてしまうからアン肝は大変なの。それでも朝早くから作ったのよ。。。。ハハハ」と。
感謝です。
急な今年最後のぶらり旅は、腹はいっぱいほろ酔い気分で満足したぶらり旅でした。
また来年も出かけたいと思います。

               アン肝に 心感じて 北の海







*23大山詣に出かけたものの。。。  2005年12月17日
ひと月ぶりにぶらっと出かけました。
今年最後のぶらり旅をどこにしようかと迷ったのですが、神奈川県伊勢原市の山の中にある日向薬師と大山阿夫利神社の行きました。
日向薬師は奈良時代創建、阿夫利神社はなんと紀元前の崇神天皇の時代創建だそうで、由緒あるお寺や神社です。仏教は7世紀の頃に日本にやってきたものだそうですが、神社の歴史は日本古来からあったものでしょうから遅くても弥生時代頃にまでさかのぼるのではないかと思います。歴史学では、崇神天皇は実在した天皇のはじめではないかといわれ、5世紀の古墳時代ともいわれています。この伊勢原という土地は古代から栄えていたものなのでしょう。
東名高速の厚木インターで降り、山道に入っていきました。
ほんとはバス通りを走る予定だったのですが、カーナビは近回りを選んだようで、市内からすぐにはずれて山道に入ってしまいました。民家があるにはあるがほとんど車がすれ違えないような道で、その道はだんだんと山の中に入ります。ほんと、心細くなりました。1時間ほどで日向薬師に着きましたが、どうも山をぐるっと廻るようにしてたどり着いたようです。
日向薬師は山に囲まれたお寺でした。
木々には枯れた葉がたくさんまだついていたのですが、風が吹くたびにかさかさと鳴りながら落ちてきました。そんな木々に囲まれてかやぶきの屋根の本堂がありました。境内は深閑としてやはりかさかさと落ちる枯葉の音だけがひびいていました。残念ながら宝物間は閉まっていて見ることができませんでした。重要文化財の仏像があるのですが。。。本尊の薬師如来は、正月や4月にご開帳されるようです。
        枯れ木の葉 降らせし風に 薬師堂
日向薬師から大山阿夫利神社に向いました。
カーナビはまたしても林道を案内します。
しばらく走ったら、「この先許可者以外通行禁止」
バックでしばらく戻り、民家のある里に下りてからまた登りました。亜夫利神社は、下社までケーブルカーで登ります。上社は大山の頂上です。ハイキングの格好でないと上社まではいけないので下社だけをお参りしようと思いケーブルカーの駅に向いました。しかしケーブルカーに乗るにも長い階段を登らなくてはなりません。階段の両脇は土産物屋さんになっていました。なんとなく金毘羅さんの規模を小さくしたような雰囲気でした。
さて階段を登りケーブルカーに乗ったら、娘が気持ちが悪いと寝転がってしまいました。下社まで行ったのはいいですが、結局はお参りもできずそのまま下山。
娘が動けないというので階段をおんぶして下りようと思ったけど10段も下りないないうちに息が切れ足腰が砕けてしまった。ジム通いの効果がない。。。もう娘も重くなってるからなぁ。。。
どうにか下の駐車場まで降りて車に乗り込みかえりました。
どうも娘は気圧の変化などでの貧血だったようです。
今年最後のぶらり旅。。。。
娘をおんぶするとは思わなかったです。娘も恥ずかしかったろうに。。。それだけ気分が悪かったのでしょう。










*22甘楽町・妙義山      2005年11月13日
関東の道路地図を広げて見つけ気になっていた群馬県甘楽(かんら)町に行ってきました。
東京からは関越道を下り、藤岡ジャンクションから上信越道を軽井沢・長野方面に少し走ったところにある町です。東京からは2時間もあれば行けます。
町のホームページを見ると、織田信長の子孫織田家が治めた城下町だそうです。小幡宿としての宿場町でもあったのですが、中仙道からは南にはずれるのでしょうか?中仙道の宿場町としては紹介されていませんでした。
甘楽町は小さな町でした。
民族資料館の駐車場に車を止めさせていただき、観光地図をもらって歩くことにしました。
民族資料館には入らなかったのですが、道路を挟んだ向かいに休憩所がありお茶をご馳走になりました。地図をもらい、風情のある雄川堰のほうへ歩こうとしたら、おばちゃんが観光のメインは城址のほうで武家屋敷や庭園もあると教えてくれました。「それでは。。。」と教えてもらったように歩き家老屋敷だったという武家屋敷の前に来ましたが、どうも庭園を見ることができそうもない雰囲気でした。庭園だけは誰でも見ることができるというらしいのですが、門は開いていても入ってよいものかとためらうような雰囲気で結局入らずじまい。
上司は学校になっており昔の面影はない。「喰い違い郭」という石垣も見つからないし、大名庭園の楽山園は、ブルドーザーが入り工事中。。。。
結局は何も見れずにぶらぶらとしただけでした。。。トホホ
でも小さな城下町を想像できるような町並みではありました。
今観光地化を町をあげて急いでいるのかもしれませんが、どうもちぐはぐさを感じます。僕のような者は、どちらかと言えば雄川堰が残る宿場の雰囲気のほうが好きでした。大きな一枚石を使った水路が200メートルほど残っています。脇は桜並木となっており、桜の季節は美しいと思います。残念ながら桜の葉の紅葉は過ぎて葉は残っていませんでした。
甘楽町は、間近に妙義山が見える町ですが、町自体は山に囲まれてはいません。しかし雄川堰を含め町中をきれいな水が流れています。名水100選にも選ばれているとどこかで読んだ覚えがあるのですが、湧き水があるのかな?
古代館の博物館にも行こうかと妻に言ったら、娘も風邪をひいていることもあり却下。。。トホホ
また桜の季節におとづれたいと思います。また違った華やかな町の姿が見れるかも。。。。
               柿紅葉 城下の里に 人もなく
古代館はあきらめて妙義山へ向いました。
妙義山は、今年の春に桜見物にも来た桜の里と呼ばれる妙義山の山頂を間近に見ることができるところへ行きました。桜の季節ほどではありませんでしたが駐車場は満杯状態でした。紅葉はまだ少し早いのか、紅葉も緑の葉を残していました。それでも妙義山独特の険しい岩肌をきれいな紅葉が飾っていました。今年の紅葉は見事な色は出していないようですが、駐車場から見下ろす山々もきれいでしたよ。
               着飾りて 雄雄しき妙義 秋の空
帰りはコンニャクで有名な下仁田に抜けました。
出かけるたびに道の駅に立ち寄りますが、こちらの道の駅は好きな道の駅です。
食事ももちろんできますが、コンニャクをはじめ地元の野菜やキノコも売られています。ほうれん草の葉ってこんなにしゃきっとしていたのかぁとおもうような新鮮なほうれん草を買ってきました。あと、僕の好きなコンニャクの味噌漬け。。。お湯割焼酎のつまみにしました。
昼は道の駅の中にあるニンニク味噌ラーメン。しばらくはニンニクの臭いが抜けませんがうまいです。一口大の餃子も皮がぱりっとしておいしく、妻が「幾つでも食べられるねぇ。。。」と、珍しく餃子をほうばっていました。








*21迦葉山弥勒寺紅葉   2005年10月23日
弥勒寺という名と紅葉に誘われて群馬県沼田市にある弥勒寺に行って来ました。
弥勒は、まだ菩薩様で如来様にはなっていない修行中の身である。この人の世を救うために現れるにはまだ1億年とも2億年ともという長い時間を修行しなければならないと聞いたことがある。気の長い話である。
だいぶ昔に、数の単位として使っているものは仏教用語からきているらしいと読んだことがある。岩波文庫の仏典で、「3阿僧祗(あそうぎ)100大劫(だいこう)」などというとてつもない大きな数の単位を読んだことがある。仏陀の教えの壮大さを感じたものだ。もちろん最小単位も仏教用語から来ている。(今、BUDDAHA WORLDというサイトを参照させていただいたら、阿僧祗とは、10の59乗の単位らしいです)
このようなとてつもない単位が存在する中では、弥勒様がこの世に現れるのはほんの瞬時の時間なのかも知れない。
この仏教の大きな数や微小な数の単位を空想上のものとすることはできない。
今発見されている最も遠くにある銀河までの距離は、230億光年ともいう。これを人の世の身近な単位であるキロメーターにすると10の何十乗になるんだろ?基本粒子である「ヒモ」というのがあるらしいが、このヒモをつなげて1センチにするには、1000000000000000000000000000000000個必要らしい。。。。(「超ひも理論入門(上)」(ブルーバックス)より引用)
まさに阿僧祗の世界である。
仏教の世界は全自然的な規模を予見したよう内容を含むのかもしれない。
いろいろな数字などは今調べて知ったが、仏教思想の壮大さを思い浮かべて弥勒を思い門をくぐった。僕にとっては、弥勒という名にいつもこのような壮大さを思い、菩薩として今ある人の世をどのように思惟しているのかと、僕も人の世のはかなさに思惟する。。。。
沼田市内から抜けてしばらく走ると弥勒寺に向う心細くなるような細い山道に入る。細い道なので登り下りの一方通行になっていました。(沼田市内から車で行かれる方は、「迦葉山」(かしょうざん)と矢印が書かれた大きな看板を見ながら、「えっ?この道でいいの?」と思うような細い道を入らないと登れません。看板を信じて登りましょう)
    子天狗の 団扇のごとき もみじ揺れ
弥勒寺は、迦葉山の8合目付近にひっそりとたたずんでいました。
庫裏や本堂が並んでいるその背景には、赤や黄色に染まった木々がその建物を囲むように輝いていました。見ごろ間近という感じです。お堂や石段に散りはじめる頃はなおきれいだと思います。門の前からは山も開けて見下ろすように紅葉を楽しめます。こちらの風景からの紅葉は少し早かったです。
お堂にはどのような仏像がお祭りされているのかわかりませんが、秘仏となっています。拝殿から奥に本殿があるようで、お姿は見えません。
目を引くのは、大きな天狗のお面でした。畳三畳ほどあろうかというお面が奉納されています。迦葉というのは、たしか釈迦の十弟子の一人かと記憶しているのですが、日本では山岳仏教と関係されるようになったのかもしれません。天狗と迦葉のつながりは聴いたような記憶もあるのですが、なぜ天狗なのか?今度調べたいと思います。
災難から身代わりになってくれるという天狗のお守りを買い、さっそく車のキーホルダーにつけました。
沼田市内から弥勒寺に向う途中は、今の季節だとりんご狩りが楽しめます。その季節によってサクランボなどもあるようです。りんご狩りまではする気になれなかったのですが、観光バスの後ろから産地直販の店に入ったら、りんごの試食ができました。
その後行ったキノコ園でも観光バスの後ろにくっついて入ったら、キノコ汁やえのき茸だけのバター焼きまで試食できました。りんごにしてもキノコにして、観光バスの入っていないときには試食もできなかったかも。。。(笑)
そういえば、この前の家族旅行での魚沼産コシヒカリの直販所でも、僕たち家族だけのときには出てこなかったおにぎりが観光バスが到着したらすぐに出てきました。観光バスにくっついて試食めぐりもいいもんです(笑)
「キノコ園」では、癌に効くという東京のスーパーでは見かけない花びらダケや大きな生のナメコなどを買いました。味噌も買ったのですが、この味噌の味が子供の頃祖母が手作りしていた味噌の味を思い出させてくれる味でうれしかったです。
この後沼田市内に戻り、生方家住宅でも見物しようと思ったのですが、城址公園の中は消防署の行事があるみたいで、駐車場もいっぱいで入れませんでした。
買ってきた味噌と大きな生ナメコの味噌汁おいしかったです。








*20伊勢海老祭り     2005年10月9日
妻がテレビで千葉県御宿町の「伊勢海老祭り」の紹介を見て行きたいというのでネットで調べてから行って見ました。
御宿は、太東漁港や大原漁港に釣りに行ったときに時々いったことがありますが、こういうイベントで出かけるのは初めてでした。夏はサーファーや海水浴客が多くて渋滞に苦しんだ記憶しかありません。
今回は、サーファーの人たちは相変わらず多かったのですが、もう夏も終わり雨も降っていたのでしっとりと下町の姿がありました。
「月の砂漠」の童謡で有名なところで、砂浜にはラクダに乗った旅人の銅像があります。そうは広くない砂浜で「月の砂漠」の詞を思い描くなど、たいしたもんだと思います。伊勢海老祭りのイベントは、この月の砂漠像が立つ前の広場で行われるというのでさっそく行きました。しかしどうも広場はがらんとしていて。。。。?
変だなと思い車を止めてよく見たら「本日は雨天中止」。。。どんより
たしかに伊勢海老祭りは1ヶ月ほど続くので雨天中止もわかりますが、すでに雨もほとんどやみ、3連休で観光客も来るだろうし。。。何だか活気というものを感じられない。
仕方ないのでせっかくだから伊勢海老ぐらい食べていこうと駅前の通りに向いました。
駅は寂しかったです。
駅前通もなんとなくどんより。。。
その中に1軒だけ手ごろな値段の料理屋さんが開いていたので入りました。
各種定食があり安かったです。でも安くてもおいしかった。刺身定食も8点盛。妻が食べた鯛の兜煮も肉が多くて味付けもよかったです。娘はなぜかしょうが焼き。。。さすがの伊勢海老の刺身は高かったですが、相場でしょう。。。
三人で二切れづつぐらい食べました。おいしかったです。頭がもったいなく別料金でもいいから味噌汁にでもしてもらいたかったのですが、言い出せませんでした。
食べ終わってさてどこかによろうかと思ったのですが、これといった観光地もなく、ぶらり旅では必ずといっていいほど行く町の博物館に行きました。「御宿歴史資料館」だったかな?
入館無料。。。
古い館内の入ったら、少し昔の農具がちんまりと並び、出土品も少々。。。5分もしないうちに出てきました。
出かけた先でいろいろな町の博物館に行きますが、その博物館を見るとその町自体の雰囲気がわかるような気がして、僕のその町の印象も違ってきます。もちろんその町の古代からの歴史の違いはそれぞれですが、町自体が自分の町を知ってもらいたいという意気込みがちがっています。
御宿は、町自体が頑張るというよりも、お昼ごはんを食べたような1件1件の店などがそれぞれにがんばっているのかなというのが僕の印象でした。
小さな魚屋さんのような店がちんまりとイセエビなどを売っていたり。。。。そういう店を探したり、おいしい店を探したりするのが楽しい町かもしれません。







*19笠間    2005年9月25日
朝起きたら台風17号の影響もないようなので、急に思い立ち妻と娘3人で茨城県笠間に急須を買いに行きました。
夏は熱いお茶というものをまったく飲まないので、急須のことはまったく忘れていたのですが、9月も下旬になり涼しさを感じるようになり、お茶をと思ったら、なんと忘れていた急須にはお茶の葉が残っていたようでカビが繁殖してました。気持ちが悪いので急須ごと捨ててしまった。
そんなわけで急須を買いに行ったのです。
急須もスーパーのもので十分なのですが、ドライブも楽しいしと思い出かけました。笠間市は陶器で有名な町なのです。
東京からは、高速道路が隣町の友部まで開通してアクセスがよくなりました。2時間ほどで行けます。
<笠間工芸の丘>
陶芸の美術館や制作体験そして陶器の販売もされています。
数年前の秋、偶然だったのですが、笠間に行ったとき陶器祭りをやっていましたが、この工芸の丘の広場でもテントが張られ笠間のほとんどの窯元の作品が並べられていました。屋台も出ていたり楽しい一日を過ごした思い出があります。上記にリンクしたページに開催日時も出ると思いますので、陶芸の好きな方は是非いらしてみてください。
急須を探しに販売コーナーへ行ってみました。
「これいいなぁ。。。。」と思い手に取ったら7000円以上。。。。素人目にもよいと思うものはやはり高くて手が出ませんでした。また、見た目によいものはなんとなく華奢のような気がして我が家のように洗うときに手荒い家では少々。。。。もったいない。
美術館にはレストランがあり、小さな小鉢に色とりどりの季節の料理が入り、炊き込みご飯と豆乳ウドンがついてくるようなお弁当を食べられます。4種類ぐらいのこのようなお弁当だけのレストランです。器はもちろん笠間焼きで目でも楽しめます。やはり料理は器ですなぁ。。。
お昼ごはんをと思う方はお薦めですよ。
<笠間稲荷周辺>
商売の神様笠間稲荷神社は、鉄筋コンクリート。観光として訪れるには少し寂しいところです。
お稲荷さんの前は、昔の門前通りの名残が残っています。お土産やさんが並んでいたり、昔から続いているような味噌屋さんや饅頭屋さん、陶器屋さんなどが並んでいます。栄えていた頃を思い描けるような旅館も。てぎろな値段の急須がありましたので買いました。形も色も気に入ったし、お店の方が言うには、作者は急須専門に作っている方らしく、実用的な面もあるようでした。さっそく使っています。
湯気と香に誘われて饅頭屋さんへ。甘すぎでしたが熱々の饅頭はうまかったです。
<楞厳寺(りょうごんじ)>
笠間市の北西にある茨城県と栃木県の県境仏頂山の麓にあるお寺です。
仏頂山は、400メートルほどの低い山ですが、その名のように信仰の山という雰囲気があります。楞厳寺もこの山の信仰と関係あるのでしょうか?
県道から田んぼの真ん中の畦道のように狭い道を登っていくと、重要文化財の門がぽつんと田んぼの脇にあります。この門からしばらくまた細い道を山の中に入ると本堂がありますが、創建当時の寺域の広さを感じます。
心細くなるような山の道を少し登ると駐車場がありました。苔のむしたような石段を登ると本堂があります。荒れていました。。。しかし山の中の古寺の雰囲気はよかったです。聞こえるのは仏頂山から流れてくる小川の音だけでした。
田んぼの脇には彼岸花(曼珠沙華)がたくさん咲いていました。いつも花を検索させていただいている「季節の花300」さんというサイトによれば、田んぼの畦に植えられるそうで、根っこの毒がねずみを追い払うようです。葉もなく茎だけが伸びてそこにきれいな花を開かせている。。。不思議な花です。

       ぽつねんと 古寺の門や 曼珠沙華








*18東北旅行   2005年9月7日から10日
台風14号が日本海に抜けていったとき、太平洋側の東北道を走り福島・山形、そして新潟を抜けてのんびりと旅行してきました。
黒い雲をずっとお供に走りましたが、雨も降らずに楽しく過ごせました。
7日は、福島の街をさらっと眺めながら白石へ。
<温麺(ウーメン)>
白石名物の素麺です。
普通の素麺より短くて乾麺も10センチほどです。ウドンや蕎麦のように暖かい汁で食べる素麺。暑かったので冷たい温麺を三色の付けダレで食べました。醤油・胡麻・胡桃。。。
麺は少しやわらかすぎでしたがおいしくいただきました。
<飯坂温泉>
福島県の最北部にある古い温泉です。
国道から温泉街に入ると、蜘蛛の巣のような細い道が縦横に走り、旅館やらお土産やさんが並んでいます。町は狭く、巨大温泉街のような賑わいはないのですが、その分落ち着いた雰囲気を残していました。
一時温泉の定義が揺らぐような偽物の温泉の話題が出ていましたが、僕の泊まったホテルは源泉を使っていたようです。熱くもなくぬるくもなく、やわらかい湯でした。
8日は国道13号を走り山形県へ。
<笹野観音・笹野一刀彫>
重厚な茅葺の本堂に圧倒されました。
駐車場から観音様に向っていたら、道の先にこの本堂があり、遠目にもその重厚さに驚きました。茅葺はだいぶ古く、その古さが歴史を感じます。
米沢市の南に位置し、市外からはずれているので、そうは観光客も来ないのではと思うのですが、こんな感動するお堂はそうはないです。
屋根には魔よけの面のようなものが四方にありました。どこかユーモラスな顔に見とれました。
観音堂の周りには、一刀彫のお店がたくさんありました。平日だったせいか開いていない店も多くあったのですが、民芸館だけはあいていたので車の安全(魔よけ)のためにキーホルダーを買いました。小さなふくろうのキーホルダーですが、荒い堀のノミの痕が残るもので、ふくろうの羽が木を削ったままにささくれ立つというのか、おもしろかったです。
<米沢市内>
2年ほど前、東北旅行のときは素通りだった米沢市内を廻りました。
地酒屋さんで利き酒。
「左利き」というおいしそうな酒があるのですが、他の酒は只で試飲できましたがこの酒は小さなお猪口1杯50円。。。。ワインのような口当たりでうまかったのですが、ううう。。。ん、高い。ちょっと手が出ませんでした。
「ぽろぽろ漬け」
山菜やレンコンなど20種類もの野菜を味噌漬けにし、それを細かく刻んだ漬物です。
しょっぱいですが、いろいろな野菜の風味が口に中に広がり、帰宅後少しづつ食べています。ご飯が進みすぎる。。。。
「米沢ラーメン」
極細縮れ麺。
スープはちょっと癖の強いイリコ出汁?醤油はタマリ醤油のようで、甘みの強いものでした。そういえば、地元の醤油工場で見た醤油には砂糖などが入っていました。独特な風味です。好き嫌いはあると思いますが、独特な味という面では「米沢ラーメン」という個性がはっきりしていたと思います。喜多方ラーメンというのが有名で食べに行ったことがありますが、どうもどこに個性があるのか味がわからなかったのですが、個性という面では米沢ラーメンでしょう。。。
このような甘い醤油というのは九州にもありましたが、刺身につけるとおいしいです。小さな醤油も買ってきました。
<県立風土記の丘考古資料館>
石器時代から縄文、弥生期、古墳時代の出土品が数多く見ることができます。
今まで多くの考古資料館を歩きましたが、模造品が多かったりしましたが、こちらの資料館は本物。
古代文化というと大和政権の中心地の関西が注目されますが、東北地方の縄文文化の奥深さに驚きます。
(蔵王>
ロープウェイに乗ろうとしたのですが、季節外れ(夏休みも終わり、秋の紅葉に向けて)のために点検中。。。どんより。
<上山温泉>
米沢市の北に位置します。米沢といえば米沢牛!
宿ではとろけるようなステーキが出ました。
9日は、山形と新潟の県境の深い山を越えて新潟へ。
ひたすら新潟県の南魚沼郡まで車を走らせました。なぜこんなに遠回り?
南魚沼郡のある町は、お袋の実家であり、小学生までは毎年夏休みになるといっていました。僕にとっては生れ落ちた地でもあり心の故郷です。
約40年ぶりに見た地は。。。。。
すっかり変わってしまいました。心の風景と一致したのは、小さな鎮守様だけ。。。。
でも、一度は帰りたかったのでよい思い出になりました。
南魚沼郡といえば、最高級のコシヒカリの産地!
農家のそうこのようなところで直販をしていたので買ってきました。新米が出るにはあと1ヶ月ほど早かったです。
ううう。。。。ん、これがコシヒカリかぁ。。。最高級の。。。。
うまくない・・・・ハハハ
うまかったら新米を注文しようと思ったのですが。
小さい子供の頃の東京に帰るとなると、「米とミチョ(味噌)」と言ってばあちゃんにねだっていたそうです。それだけ昔の米はうまかった。。。。
帰り道、水上温泉泊。
関越自動車道は、この前の地震の傷跡がまだ深く残っていました。片側1車線になっていたり、対面通行にもなっていたところもありました。家々の中にも屋根が壊れたままになっていたり、修理中だったりもしていました。







*17満願寺・壬生寺  2005年9月 1日
栃木県栃木市の東、山の中にある出流山(いずるさん)満願寺と、栃木市に西壬生町にある紫雲山壬生寺に行ってきました。
満願寺は、栃木市内から車で40分ほどの高い山ではありませんが、杉の大木がうっそうと茂る山の中にあります。栃木市を抜けて出流の里に入ると狭い道でたくさんのダンプとすれ違いました。ダンプとすれ違ったときに好い臭いというわけではありませんが懐かしい臭いがしました。しばらくの間、何の臭いかを思い出していたのですが、車が山の中に入るにつれその風景から思い出しました。小学校の頃、校庭に白線を引くときのあの石灰の臭いでした。
高い山が半分削られたような絶壁が見えました。
石灰岩の採掘場になっています。先ほどからのダンプは、この石灰岩を運んでいたのでしょう。道沿いの木々の一部はその葉が白くなっていました。そして出流の里全体が白いほこりをかぶっているようにも見えました。
そんな山道をさらに登り、採掘場の山が眼下に見えるほどに登ったところに満願寺はありました。ここまで登ると採掘場の喧騒も消え、杉の大木に覆われた古刹の姿が現れます。
車を降りると蝉が盛んに鳴いていました。
お寺の建造物はコンクリート作りが多く、木造建造物も古くても江戸時代のものだそうです。山奥のお寺の風情というものはあまり感じないのですが、シンとした山奥の霊験を感じました。宿坊もあり古刹としての信仰の場として今も息づいています。
本堂横から奥の院への山道に入りました。
山から流れる急な流れの小川の音を聞きながら歩きました。山道には薄紅の花がたくさん咲いていました。なんという花なのか?茎やハート型の葉は蕎麦にそっくりでした。でも花は大きくて蕎麦の細かな花とはちがっていました。様々な色合いの山の緑の中にとりばめられ多様な薄紅の花はきれいでした。
20分ほど登ると滝の音がしました。
その音を聞きながら見上げるとそこが奥の院の舞台づくりのお堂でした。
京都清水寺のような規模ではありませんが、山の絶壁に立つお堂は壮観です。山形県の山寺奥の院よりもうっそうと茂る大木の中のお堂は、霊験さにおいて上だと思います。
滝は高さ4メートルほどですが、水量も多く冷たい山の水を落としていました。

           奥の院 滝の音ほどに 静まれり

車に戻り山道を少し下ると、蕎麦屋さんがたくさんあります。
その中でも有名な「いづるや」さんに入りました。蕎麦はもちろん手打ちで目の前で打っていました。「何合」という単位でお蕎麦は注文します。すると大きなざるに盛られた蕎麦が出てきます。同じ栃木に太平山という山があるのですが、その頂上にある蕎麦屋さんも同じように大きなザルで出てきましたし(こちらはザル持ち帰り自由でした)、山寺の門前でも「何合」で注文し、ザルではないですがお盆のような板に乗って出てきました。
うまい蕎麦の法則は「何合」でたのみ、大きなザルで出てくる!?(笑)
いっしょにたのんだミョウガのてんぷらもおいしかったです。
久しぶりに蕎麦を腹いっぱい食べましたぁ。。。
道を戻りまた栃木市内を通過して壬生町に。。。。
壬生寺は、町中の小さなお寺でした。境内の一部は幼稚園になっていました。
参拝者は誰もいなく、ひっそりとした午後の空気のなかにヒグラシだけが鳴いていました。

           ひぐらしや 慈覚大師と 子等あそび
           ひぐらしや 午後の御堂に あくびかな

時間がありましたので、民族資料館に寄りました。
誰もいない資料館。。。。
富士山古墳という(出土物で有名な茶臼山古墳の近く)古墳から出土した家型埴輪がありました。大きな埴輪で、屋根の部分には色彩が残っていました。
小さな資料館ですが楽しかったです。

<追記>
満願寺奥の院に向う山道に咲いていた花は、蕎麦と同じ蓼(タデ)科の植物「溝蕎麦(ミゾソバ)」という花でした。別名を「牛革草」とも言うらしいです。








*16足利   2005年8月14日
足利氏や足利学校で有名な栃木県足利市です。
足利市は、渡良瀬川をはさみ、南は大きなデパートなど盛る繁華街になっており、北側は、今回訪れた足利学校や足利氏の氏寺鑁阿寺(ばんなじ)などがある旧市外とに分かれます。
旧宿場町が衰退した理由に、明治以降鉄道が開通していく過程で駅が宿場から離れた場所にでき、必然的に近代化は駅を中心に発展したためとテレビ番組で観た覚えがあるのですが、やはり足利市も同じなのかもしれません。しかしそのために建物はともかくとして旧宿場町の面影が町並みとして残されたのだと思います。
足利学校も新学校制度の中では以降になったようですが、世界的にもその名が残る学校を残そうとして現在に至っているようですが、それも古い町並みが残る場所であったからこそなのでしょう。
細い道が碁盤の目のように走り、平屋建ての民家も多く、また、織物の町であったらしく和風の残る洋服などが売られています。
もちろん鉄道の開通により町の中心地が移り、没落した商家や武家屋敷もあったのでしょうが。。。。その中でも町は町として人々の暮らしがそこにはあったのでしょう。
<足利学校>
門の一部は江戸時代や明治の頃のものが残りますが、学校自体の建物は最近再建されたものだそうです。それでも忠実に再建されたらしくかやぶき屋根がきれいでした。
思ったより狭いところなのですが、その時代時代の秀才が集まって勉学に励んだと思うと重みがあります。教科書?本は、一時古本として売られそうになったようですが、貴重な写本などは残っているそうです。
訪れたからには勉強を!?
机の上には漢字テスト用紙。。。。(笑)
80点でしたぁ。。。。。
学生は自学自習だったようで、世に出るかでないかはその学生の心がけ次第だったのでしょう。校長先生は日本全国から選ばれていたようです。

静けさや 漢字テストに 油蝉(脂汗とも読め・・・ハハハ) 


鑁阿寺
もともとは足利氏の館があったところらしく、寺域は武家屋敷の面影が残るそうです。
その後寺となったそうです。足利尊氏もここを本拠地としたのでしょうか?
鑁阿寺と足利学校は隣り合っていますが、その周りに堀が残されています。この雰囲気から街中にあるお寺であってもどこかしっとりとした落ち着きを感じるお寺でした。

汗拭くや 杉の木蔭に 多宝塔







*15陶芸の町 益子   2005年8月 3日
益子も久しぶりでした。初めて行ったのは結婚してすぐの頃で、免許も取りたてで廃車するという弟のボロ車をもらい出かけたのを思いまします。
常磐道を行き、笠間方面を抜け、茂木から入りました。まずは益子町の郊外の山の上にある西明寺へ行きました。
茂木方面からだと、細い道が続きます。その道はいつしか山道になり、きついカーブを緊張して登りました。
<西明寺>
木漏れ日の 石段しずかに 閻魔堂
庭掃くや かやぶき屋根に 蝉時雨
                     (おそまつ。。。)
平日ということもあり、境内は静まり返っていました。
本堂でお参りをしようとしたら、ご住職でしょうか、「こんにちは!」と声をかけてくださりました。
山門と閻魔堂は、今も茅葺屋根。閻魔様が静かに舌をペロンと出して座っておられたぁ。。。
左には地獄のばあ様が、右には地蔵様が立っておられた。思わず10円の賽銭を入れた。。。
三重塔も美しかったです。石段の下から見上げる茅葺の山門も風情がありました。
益子方面にいらしたら是非お立ち寄りください。心洗われます。益子町からなら山道もほんのわずかです。
<益子参考館>
濱田庄司という益子町の陶芸家の作品や遺品等を集めたところです。
館は、生前ハマダが居住していた母屋などを使っています。蔵や陶芸の作業場、登り窯も残っています。母屋などを見るだけでも楽しいです。
「民芸」という言葉があり、今では民芸品が全国各地にありますが、この「民芸」という言葉を生み出したのは、浜田や柳宗悦らであったそうです。バーナード・リーチとも親交があったようで、リーチの絵皿も展示してありました。

「民芸」。。。単なるお土産品ではもちろんなく、かといって格式ばった芸術でもない。民衆が伝えた技術品であり、民衆芸術なのである。
益子という町では、陶器がお土産としてもちろん売られる。食うために。。。。
しかし、一歩窯元に入れば、そこにはポリシーを持って自分を表現しようとする陶芸家たちの姿がある。でも、有名な高い陶器を作るわけではない。やはりそれは民芸なのだろう。
だから益子という町には民芸という言葉がよく似合う。
益子参考館の下に、プレハブ小屋のようなところでトウフや湯葉を売る店があった。
湯葉の刺身をお土産に買いました。
湯葉と言えば高級品ですが、安くておいしかったです。
また機会があれば買いに行きたいです。。。。。

民芸運動のひとつの見方
上にかいた僕の文章のようにきれい事ではないようです。。。(追記)








*14那珂川上流(2)   2005年7月15日
先日行った湯津上村や馬頭町より少し上流にある黒羽町に行きました。
那珂川も流れの音が聞こえるほどに山の中の川という風情が出てきます。
<城址山公園と芭蕉の館>
黒羽は、関東から東北へ抜ける交通の要所でもあったようで、松尾芭蕉も黒羽に立ち寄ったそうです。いくつかの句碑が残っています。町で作られた芭蕉の館が、町から少しはずれた黒羽城址の小高い山の中にあります。城址は公園となっていました。
公園には紫陽花がきれいに咲いていました。整備された公園というところではなく、小高い山の傾斜に一面咲いていました。自然の中の紫陽花の花という感じがとてもよかったです。城址を廻る感じで遊歩道もありゆっくりと探索できました。
その遊歩道の途中に芭蕉の館という美術館があります。
芭蕉の「奥の細道」の紹介と、黒羽で読まれた句を写真とともに展示してありました。黒羽藩の紹介が主となる美術館であるようで、芭蕉関係は少なかったです。ちょっと期待はずれ。。。
立派な美術館です。。。
城址公園は、紅葉の季節も楽しいかもしれません。
<雲巌寺>
黒羽町の町から那珂川の支流をしばらく遡った所にある古刹です。
ここまで来るともう山の中です。静けさの中に門前のせせらぎの音が気持ちよかったです。一度焼けてしまったそうですが、再建されて今でも荘厳さのあるお寺でした。
こちらにも芭蕉が立ち寄ったそうで句碑が残されています。
「木啄も 庵は破らず 夏木立」
数百年の古木が立ち並んでいました。
今回は時間がなくて2箇所しか廻れませんでしたが、縄文の遺跡だったか?もありますのでまた行きたいと思います。これといって感動するような場所ではありませんでしたが、芭蕉の旅を思い、静けさの中の古刹を味わい、心静かに黒羽を後にしました。






*13紫陽花寺・駆け込み寺  2005年6月22日
朝、目覚ましの音に目が覚めたら雨の音がザァ。。。。っと。
夢心地の中にその雨音を聞きながら思い出した。今日は妻と鎌倉に行くんだっけ。。。
子供たちにそそくさと朝食を食べさせ、洗濯も済ませて出かけることに。車のキーを握り締めていたら、妻が「お父さん、たまには電車にしようか?」と。顔を洗っていたら急に思い立ったらしい。この雨の中を歩いて駅まで行って電車。。。。どんよりとして聞いていたら、そのうえ「小田急のほうが安いらしいから小田急にしようよ」と。「明月院は、北鎌倉だよ」と言っても地理のまったく分からない妻は「だから鎌倉でしょ」と。「いや鎌倉ではなくて、北鎌倉。。。」「だから小田急でもいいんでしょ?」と。
何だか頭の中混乱しそうだし、これ以上言うと喧嘩になりそうだったので小田急で出かけました。たまには江ノ電もいいかと思い。。。。
藤沢駅から江ノ電に乗り換えて、民家の路地裏を抜け、細くて車が江ノ電をよけた道路を抜け、湘南の海岸を見ながら鎌倉へ。そして「何で帰るようにJRに乗らなければならないの?」と心に思いつつ北鎌倉へ。結局北鎌倉に着いたら昼飯時でした。
まぁ、この遠回りが幸いしたのか、雨もやんでしっとりとした鎌倉の山々が見えました。
腹も減ったので、落ち着いた雰囲気の食事どころへ入りました。鎌倉建長寺と言えば、「けんちん汁」、僕の好物です。建長寺汁からか?けんちん汁という名前の吸い物が産まれたそうです。そこでけんちんご膳を。。。ハハハ・・・なんか我が家で作ったけんちん汁の煮詰まった残りを翌朝お湯で薄めて食べたような味。。。。どんよりとしてしまいました。
<東慶寺>
境内には紫陽花や花菖蒲が咲いていました。静かな境内にきれいな花々。。。。すごく気持ちが良かったです。二人で歩きながら、ふと妻の腕をにぎりました。妻は驚いて「どうしたのよ?」と。「いや。。。。ここは駆け込み寺だから駆け込まれたらたいへんだと思って。。。」と笑いながら言ったら、妻が半分真地顔で「あら、そうだったの。。。」と意味深に。ハハハ・・・腕をにぎっておいてよかった。
<建長寺>
たしか建長寺は、夏目漱石が参禅した寺。そんなことや作品の一部を思い出して感慨深く歩きました。
<明月院>
鎌倉はもちろん、関東でも有名な紫陽花寺です。平日でもさすがに混雑をしていました。
雨も上がった曇り空の光の中で見る紫陽花は格別でした。紫陽花はやはりどんよりとした光の中に見るのが一番で、晴れた強い光線ではあのきれいな色は出ません。
わざわざ遠回りをしながら雨が上がった頃に来たかいがありました。
甘み屋さんで白玉善哉。







*12那珂川上流  2005年5月28日
茨城県の那珂湊は時々行きます。
釣りや近くの魚市場でおいしいものを食べたり、冬にはアンコウがおいしくて「アン肝」を食べに行ったりと何度行ったことか。。。この海に注ぎ込むのが那珂川です。
水も案外きれいで、河口も自然が残っています。上流は、栃木県のなす地方の山なようですが、美しい流れが続きます。
この前、地図を広げて那珂川をさか登ってみていたら、栃木県から茨城県にかけてはたくさんの遺跡がありました。以前から行きたかった馬頭町も那珂川に沿った街です。遺跡は縄文の昔から近世の水戸光圀で有名な水戸偕楽園もあります。太古の昔から那珂川の水は人々の暮らしと文化を創ってきたようです。
そこで興味が出たので行ってきました。
湯津上村・小川町そして馬頭町へと那珂川を下るように車を走らせました。
この辺一帯は、縄文時代から人々が住み、弥生時代や古墳時代、奈良時代へとその政治文化の中心であったようで、遺跡も多く、きれいな形を見ることができる古墳も点在しています。
<那須国造碑・笠石神社>
那須から那珂川を下った地方全体を治めていたと思われる豪族が西暦700年に死に、その死を悼んで碑文を作ったそうで、1300年も前の古い碑文です。今は、笠石神社の本殿前のお堂にあります。小さな神社で社務所も普通の古い民家でした。近くの博物館では、付近の学校の校庭で発掘された土器などを展示していました。
<小川町歴史資料館>
ビデオでの古墳の紹介、奈良時代の官道の役割はおもしろかったです。
<馬頭町広重美術館>
浮世絵師歌川広重の作品を所蔵しています。
東海道五十三次だと思うのですが、10枚ほど展示されていました。近くで本物を見るのは初めてだったのですが、「越すに越されぬ大井川」を金持ちは10人ほどの川人足の輿乗って優雅に大井川を渡りますが、その横には一人人足に肩車して渡る一般人がちんまりと不安そうな顔で渡っていました。細かいところの表情がおもしろかったです。
ちょうど写楽展も開かれていました。
歌舞伎役者の大首絵。どことなく楽しい絵でした。写楽と同時代の浮世絵師との比較として、同じ歌舞伎役者を描いたもので比較ができるようになっていたのですが、歌麿は線がやわらかく、写楽は力強く感じました。レストランで蕎麦を食いました。
<馬頭町道の駅>
地元の野菜がたくさん売られていました。
そばの粉で作った皮に粒アンが入った饅頭と切干大根などを煮付けた具を入れたおやき風のものがありました。ちょうど蒸したばかりのものがあったのですがおいしかったです。家族へのお土産にしました。
那珂川のかの風景はきれいでしたぁ。。。。また桜の時期に行きたいです。








*11小さな宿  2005年5月2日から4日
ゴールデンウイークに小さな温泉宿に行ってきました。
家族もこれから時々行きたくなるような宿なので、名前と場所は秘密です(笑)
5月。。。残雪が残る高い山がそびえ立ち、里は桜の花が咲いていました。そんな里にちんまりと建つ宿です。部屋数は少なく、お風呂も狭いし部屋の設備もよくありません。1泊の値段は安かったです。湯治場というほどひなびた宿ではありませんが、落ち着いた小さな宿でした。
ゴールデンウイークということもありなかなか安い宿が見つからなく、偶然見つけたのですが食事がおいしかったです。値段からして豪華な食事というわけではないのですが、1品1品が手作りという料理で揚げ物や焼き物が暖かいままに出てきます。最後の混ぜご飯とお味噌汁はもちろん。。。品数も、前菜からご飯・デザートまでたくさんの料理が出てきました。子供は今まで旅館で出された料理を全部食べたことがないのですが、「美味い、美味い。。。」と全部食べました。
朝、早起きをしたので、一人で散歩に出ました。
朝の澄み切った空気の中に、前日は山頂が雲に隠れていた高い山が聳え立っていました。急流の川が流れていました。川の岸に桜が咲いていました。川の流れの音を聞きながらしばらくこの景色に見とれてしまいました。
朝食もおいしかったです。。。
ごちそうさまぁ。。。。
はじめに冗談半分に「名前と場所は秘密(笑)」と書きましたが、たぶん口コミで訪れるお客が多いのだと思います。そんなわけで、こちらでは書かないほうがよいのではと思いました。
山の中で少し寒かったので、地酒の熱燗を飲みすぎました。。。。ハハハ






*10妙義山桜の里(群馬県)  2005年4月17日
東京ではソメイヨシノもすっかり散ってしまいました。今年はちょうど散る時期に花散らしの雨が続ききれいな花吹雪をほとんど見ることができませんでした。さっと咲いていつの間にか散っていった桜でした。
腰の調子もよくなったので、まだ桜が咲いているところがないかと道路地図をぼけっとながながめていたら群馬県の妙義山ふもとに「桜の里」を発見しました。地図では、標高800メートルほどの高さにあるようなので出かけようかとネットで検索したら、まだ満開には早いようでしたが出かけました。
上信越道の妙義インターから妙義山を登っていきました。妙義神社あたりまで登ると桜が盛んに散っていました。そして桜の里まで登るとやはりまだ早いようで7分咲きぐらいでした。登るときには道路の横にもたくさん桜が咲いていましたが、桜の里が標高800メートルほどにあるため、道路わきの桜も、葉桜→満開→花吹雪→7分咲きと、いろいろな姿の桜を眺めることができました。
桜の里が7分咲きと少し寂しかったのですが、このようないろいろな姿の桜を眺めることができたのはうれしかったです。
桜の里は、「里」とは言え、民家があるわけではなく、山の谷間に数千本の桜が咲いているだけのところです。腰を心配して谷間には下りず、上からピンクのじゅうたんを眺めました。近くから咲く花を見るのもきれいですが、上からたくさんの花を眺めるのもまたきれいでした。山の中腹の一部がピンクに染まる。。。。このような風景は東京では見ることができませんからね。
帰りはコンニャクと葱で有名な下仁田に抜けました。
やはり下る道には桜がたくさんありました。民家の庭に他の花々と一緒に咲く桜もきれいでした。妙義インターから桜の里、そして下仁田に抜ける道だけをドライブするだけでも十分に桜を楽しめます。
機会がありましたら是非いらしてみてください。






*9夕螺家恒例。。。   2005年4月10日
桜の花も散り始めた日、夕螺家恒例夜桜船にいきました。
浅草駅の前から出ている都営の水上バスです。通常はフジテレビのあるお台場などに行く船が出ているのですが、桜の季節だけ隅田川の夜桜を見るための特別便が出ます。運賃1000円、おつまみと缶ビールが付く「ほろ酔いセット」は2000円です。都営ですからお安く利用できます。
約45分間、浅草の桟橋から隅田川をさかのぼり、ゆっくりゆっくりと提灯に照らされた桜をながめ戻ってきます。船内は薄暗い照明となり、お琴の生演奏が響きます。隅田川には、たくさんの屋形船が浮かび、船の提灯が川面に浮かびます。昔から隅田川の川遊びはあったようですが、そんな隅田川情緒を味わえます。
我が家では毎年弁当持参で乗り込みます。
缶ビールを買い、わずかに揺れる船から夜桜を眺め、お弁当を広げるのは楽しいです。
船を下りて川辺を歩くとライトアップされた桜も眺められます。少しだけ散歩をしました。
浅草というところは、浅草寺(せんそうじ)と、その仲見世(なかみせ)が有名ですが、吉原という色町の名残もありますし、多くの東京の芸人を輩出し、寄席や劇場もある六区と、昔ながらの繁華街があります。国技館も近いせいもあり、時々お相撲さんの姿も。昔の遊び人風というのか独特なファッションをしたおじさんたち。おばちゃんたちも気風がいいです。このようなものすべてが浅草界隈の情緒というものを見せてくれます。
今は若い人たちの姿がなくなりつつありますが、東京の繁華街の一面を見ることができます。
こんな眺めが好きで、浅草の夜桜船は夕螺家恒例となっています。







*8栃木県 大谷(オオヤ)周辺  2005年3月28日
栃木県の県庁所在地宇都宮の北西方向にある町です。
関東では、大谷石というと有名です。砂を固めただけのような少しもろい石で、加工もしやすいようで塀や石階段に使われているようです。関西にはあまり出されていないようですが、関西の方、見たことがありますか?
大谷に行く前に栃木県の歴史でも勉強しようと思い、宇都宮市内の県立博物館に行ったのですが、残念ながら月曜は休館でした。
仕方がないので雨の中をブ〜っと大谷寺へ車を走らせました。宇都宮市街から8キロぐらいかな?
大谷寺は、山全体が大谷石のようで、そこをくり貫いたように建てられたお寺でした。
本堂を入るとご本尊の十一面観音が立っていました。普通のお寺ですとブロンズや木製の仏様ですが、大谷寺の仏様は石像彫刻仏です。弘法大師伝説もあるようですが、平安の頃に掘られたらしいです。本堂の火災で十一面観音も焼けたそうで、たしかに痛みがひどかったですが荘厳さは失われていませんでした。
このほかにも石像物が3体ほど残されています。
この大谷寺は古くからの歴史を刻んできたようで、本堂の下を発掘したときに、縄文の人骨や土器が発掘されました。もしかしたら古くからの信仰対象の場であったり墓であったりしたのでしょうか?発掘されたものは宝物館で見ることができます。
大谷寺から車で5分ほどには、大谷資料館があります。
ほんの少しの石材切り出しの道具なども展示されていましたが、メインは地下にある切り出し場の見学です。大谷は土を掘って石を切り出すという方法はとらずに、地上部はそのままにして地下をくり貫いていくという方法をとったようです。記憶違いでなければ、たしか崩壊しそうな危険があるところもあるそうです。
階段を数十メートル下りていくと、広大な地下室が現れます。広さは東京ドームほどになるそうです。気温は5度、そうとう寒いです。きれいに石を切り出した跡が壁に見られました。
今は壁の一部をオブジェのように削り、広い空間でそのオブジェをバックにさまざまな芸術活動がされているようです。
お土産やさんに行ったらジャズが流れていました。しゃれた雰囲気の中2階が喫茶室になっており、本格的なコーヒーを飲ませていただきました。おいしかったです。
大谷寺と資料館を回っても半日あればゆっくり楽しめます。
宇都宮は餃子の街!!
戻ってから餃子でビールというのもよいかもしれませんよ。






*7天使の梯子    2005年2月11日
南房総に行ってきました。
目的は梅干を買いに行くことです。たかが梅干、されど梅干。東京からは交通事情によっては3時間ほどかかりますが、美味いものを買うためにはついでかけてしまいます。
君津から房総スカイラインを通り、鴨川に抜けました。
晴れ間は出ているのですが、空は厚い雲が所々を覆っていました。太陽がその厚い雲に隠れたときです。黒い雲の隙間から太陽の光がスポットライトのようにこぼれて鴨川の海を照らしていました。
先日村山由佳さんの小説「天使の梯子」を読み終わったばかりなのですが、その小説で「天子の梯子」という言葉を知りましたが、偶然にも今日見ることになり驚きました。とは言っても、「天使の梯子」では、月の光でもっとロマンチックなのですが。。。。
きれいでした。。。。
だいぶ昔、奈良の山之辺の道を一人で歩いたことがあります。冬でした。
朝からの雪はやんだのですが、空には厚い雲がかぶさっていました。山之辺の道が山の裾野の小高いところに差し掛かったとき、下にはたしか箸墓だったか?大きな前方後円墳が見え、そこにまさしく天使の梯子が古墳を照らしていたのです。。。。。
もちろんその頃は天子の梯子という言葉は知らなかったので、その光の帯を見て、まさに天孫降臨神話はこんな光景から産まれたのだろうなと、神々しい光に見とれました。
鴨川の海には若いサーファーがたくさん波に乗っていました。波は白かったです。海にまで食い込むような山は少しかすんで見えました。






*6アンコウの肝   2005年1月2日
この季節、毎年家族でアンコウの肝を食べに行きます。アンコウ鍋はそれほど好きではないのですが、肝だけは好物です。
関東近辺では茨城県が有名なのですが、原子力施設がたくさんあり不安は残ります。しかしあの味の魅力には勝てません。
カワハギの美味い季節にすし屋で握りを食べたことがありますが、ネタの上にやはり肝が乗っていました。一味違います。肝というのは独特な風味があります。鰻の肝焼きというのも美味い。その中でもやはりアンコウの肝は特別ですね。フォアグラというのは食べた記憶がないのですが、ある料理評論家に言わせるとアンコウの肝のほうが美味いそうです。
しかし茨城県でも料理屋によってはアンコウの肝を置いていないところがあります。まずはあるかないかを確認してから入るようにしています。市場に行くとアンコウをぶら下げて解体しているところを見ることがありますが、どうも生の肝はどうやったら食えるようになるのかわかりません。鍋に入れるのでしょう。酒で蒸してから冷やして刺身のようにするらしいのですが素人にはなかなかできませんからね。市場ですぐに食べられるものを売っているのですが、どうも家に帰ってから食べても美味くない。やはり盛り付けの美しさや切り方、ポン酢のタレにも違いが出てしまうようです。
今年は穏やかな正月でした。2日も晴れていました。アンコウの肝を食べ終わりドライブをしました。正月の海はなんともいえない。心を洗われるような気がします。陸は穏やかとは言え、そこは太平洋。冬の海独特な力強さがあります。岩に打ち寄せて砕ける波は気持ちがいいです。
毎年車で行くのですが、運転をする僕としてはせっかくのアンコウの肝が目の前にあるにもかかわらず酒を飲めない。今年は息子が運転するようになりましたので、初めて熱燗を飲みながら食べました。極楽です。
海沿いの道を運転する息子の後姿を見ながらほろ酔い気分で海もながめました。この年齢になって感じる幸せです。






*5冬の南房総   2004年12月26日 
冬の寒い休日、なんとなく春が待ち遠しい休日。
日帰り温泉もいいですが、いつも暖かさを求めて南房総に海を見に行きます。晴れていたので外を歩くにもジャンパーは要りません。海の風も冷たいには冷たいですが気持ちのよい風です。
房総半島の先端館山の町から太平洋に沿って外房に向かうと、白浜や千倉・鴨川の町があります。この辺一体の海辺は黒潮の関係で南国といった感じです。
南紀、南伊豆そして南房総と、同じような環境にあるようです。たしか白浜という地名も共通するのでは?黒潮に乗った文化交流があったようですね。房総には義経が上陸したとされる海岸がありますが、これも黒潮文化の交流が言い伝えとなったのかもしれません。
東京から近い場所で早い春を見つけられるというのも楽しいです。
水仙が咲いていました。
1月に入ると菜の花が咲き、花摘みも始まります。
南房総は何度も行っているので観光地にはあまり寄りません。海を眺めたり釣りしたり。そして我が家の楽しみは、主だった町にあるたくさんの「道の駅」めぐりです。それぞれに特色があり、食事や海産物もおいしいところもあります。
大きなサザエとスルメイカの一夜干を買って帰りました。つぼ焼き、おいしかったです。一夜星もさっとあぶってマヨネーズをつけて食べました。今日、残りの一枚を焼いたら子供たちだけでぺろりと食べてしまいました。天日干だそうで、やはりそのせいでおいしかったのかな?値段も手ごろでした。
また正月後にでも花を見に行きたいと思います。






*4栃木県太平山  2003年12月7日(日)
この数年、もみじを見に太平山へ行っています。
もう少し足を伸ばせが日光方面へも行けるのですが、渋滞のいろは坂を思うと手ごろな太平山にしてしまいます。
たいした紅葉ではないし低い山ですが、関東平野の北にあり、山も大平さんが最後ですから遠くには新宿や池袋の超高層ビルまでも見えるほどながめのいいところです。
さて紅葉は。。。。
この2,3年紅葉には早すぎたので、今年は少し時期を遅らせていきましたが、なんと、今度は遅すぎました。もう散紅葉で木々煮のもみじの葉も茶色になっていました。
花もそうですが、自然の美しさを見るには時期が難しいですね。
大平さんの頂上には太平山神社があり、境内には20羽近くの鶏がいます。境内に鶏・・・のどかです。
しかしこの鶏にはそれなりの理由があるそうです。
昔、病気だったか?天災だったか?それを食い止めたいという願いで近隣の人たちが鶏を奉納したそうで、その名残だそうです。茶店にはこの関係で厚焼き玉子や焼き鳥が名物となっています。奉納された鶏、でも焼き鳥にされては・・・・ハハハ
手打ち蕎麦屋さんなど数件の茶店がありました。
その手打ちそばを食べたのですが、「何人前」で注文するのではなく、「そば粉何合」で注文をします。5合で3人前ぐらいでした。そして食べ終わると、そばを乗せたざるを持ち帰ってくださいと。。。。大き目の5合そばを乗せたざるをもらってきました。そばもおいしかったですよ。もちろん名物厚焼き玉子も食べました。
楽しい一日でした。
残念ながらデジカメを持っていくのを忘れたので写真はありません・・・とほほ






*3埼玉県川越市周辺  2003年10月12日(日
毎年秋に友人たちのグループで集まり関東周辺の古代遺跡や文化財を見学するバスツアーを行っています。今年は埼玉県の川越市周辺を周りました。
川越は、古い蔵を残す町並みがあります。「小京都」ならぬ「小江戸」と言われ、関東では有名な町です。またサツマイモの産地としても有名で、町中でサツマイモを使ったお菓子などが売られています。サツマイモのソフトクリームもありますよ。
古い町ですから神社仏閣も多く、特に喜多院は有名です。
本道横には江戸城の大奥の建物がいつのころか移築され、三大将軍家光が生まれた部屋が残されています。狩野探幽だったか有名な画家の襖などがあり立派な部屋です。横にはトイレと風呂場があるのですが、今で言えばユニットバスです(笑)トイレなんか、畳敷きですよ。。。。。
庭は小堀遠州のものできれいでした。
境内の一角には五百羅漢の石造があり、これも有名です。釈迦の弟子たちですね。いろいろな表情をした石造があり、弟子たちがいろいろな分野の知識を持つことが石造の形からうかがえます。中にはいじけて顔をひざの中にうずめているようなものをありました(笑)見ていて飽きないです。
川越の北には、高麗というところがあります。
高麗川という川の名前が残っていますし、高麗という地名も残っています。奈良時代だったか、朝鮮半島の高麗の国が滅びて王族が日本に亡命しました。この王様が、関東に古くから来ていた渡来人を集めて村を作ったようです。古墳時代から関東には渡来人がやってきていたようです。その王様が作った聖護院?というお寺や高麗神社を見てきました。
その後、古墳時代晩期の横穴古墳「吉見の百穴」を見ました。
小さな山の一面に高さ1メートル弱の穴がたくさん掘られています。一つ一つの穴がお墓だそうです。今も墓地不足のために、お墓も団地のようになっていますが、古墳時代晩期も古墳を小さくしろという命令が出ていますし、百穴のような団地古墳も出てきたのではないかと思います。山の中腹に1本の柿木がありました。オレンジ色がきれいでした。
最後に原爆の図で有名な「丸木美術館」に行きました。
原爆の図は何度も写真で見ていますが有名ですね。新たに知ったことは、水俣病に対する訴えの絵や、ビキニ諸島での漁船の被爆に対する訴えの絵などもありました。社会悪に対する幅広さがあります。
アメリカによるイラクの空爆で多くの子供が犠牲になりましたが、この写真も掲示されていました。
朝のうち雨でしたが、お昼前にはやみ楽しい時間をすごせました。






*2潮風   2003年10月9日(木)
潮風を吸い込みたくて茨城県の那珂湊付近に行ってきました。
お昼少し前に出かけたのですが、高速道路もすいており、2時頃には着きました。
那珂湊には魚市場があり、たくさんの魚が売られています。市場の2階は食堂になっており、市場の新鮮な魚を食べられます。刺身定食を食べました。この市場には昔から時々来ているのですが、なんだか最近は食堂の定食の質が落ちたような気がいます。また、寿司屋さんも今はやりの回転寿司になってしまい味気ないです。
だいぶ観光地化されてしまいましたからね。。。。。。
茨城県の海岸は、港も多く、転々と工場地帯となっています。また、核施設で有名な東海村も海岸近くにあります。そんなわけで海岸美を楽しみながら潮風を吸い込むには苦労をします。
那珂湊から北へ30分ほど車を走らせると海水浴場もありますので、その近くに行きました。
風が強く、波が激しく打ち上げていました。漣の音も好きですが、こんな荒い海も好きです。これから冬になるともっと激しい波が打ち寄せます。寒さをこらえて海を眺めるのもいいもんですよ。潮風が体の中を通り抜けてストレスを吹き飛ばしてくれます。










*1伊豆旅行  2003年8月23日(土)から8月28日(木)
伊豆半島をほとんど一周してきました。
関東地方は8月に入ってからほとんど晴れ間のない天気でしたが、旅行に出かけたら夏の日差しも戻り楽しい夏の旅行になりました。これも僕のジンクスのおかげ?そう、僕が旅行中にひげを剃らないと雨にはならないというジンクスがあるのです。日本の古代には、長い航海の時に無事を祈願して風呂もはいらずに髪もひげも伸び放題という人がいたそうですが、それと同じでしょうか?(笑)
帰ってきたら1週間伸びたひげが気持ち悪かったです。
これも家族のためです。。。。ハハハ
23日は、西伊豆の方へ行きました。
途中葛城山のケーブルカーに乗ろうと思いカーナビをセットしておいたのですが、ちょうど駅の上には有料道路があり、気持ちよくこの有料道路を走行していたら「立ち寄り地点です」と。。。。。
有料道路走行中ではいくら達より地点だからといって立ち寄れませんですよね。むなしく通過をしていきました。結局立ち寄らずに宿へ行きました。
宿の前の海で釣り。カゴカキダイやら小さな魚が釣れました。
24日は、堂ヶ島の観光船に乗りました。船で洞窟の中に入っていくのですが、波も高いし洞窟の入り口は狭いしで少しスリルがありました。
南伊豆はこの前の大雨で道路が崩れていたりで交通規制が多くありました。道路が崩れた箇所では、片側通行でしたが、崩れた道路をみるとぞっとします。
25日は釣りをしようと思ったのですが、東伊豆は水がきれいで釣りやすい場所というのが少なく、結局釣りはできずにリフトに乗って大室山に登りました。360度の大パロラマ。富士山もみえましたが、やはり富士山は雪の積もった冬がいいです。伊豆七島もみえましたよ。
パラグライダーをする人がいたので、気持ちよく空を旋回するパラグライダーを眺めていました。
26日は、釣りに再度挑戦。
思い切って下田まで行きました。水はまずまずでしたがちょうどイワシの群が入ってきたので釣りました。小さいサイズですが引きは抜群です。夜はこのイワシで唐揚げを作って食べました。
27日は、沼津漁港の市場で昼飯をと思い行きました。味と値段?聞かないでください。。。。ハハハ
その後箱根に抜けて温泉。
何となくのんびりした旅行でした。
伊豆には何度も行っているので観光地にも飽きていましたので、こんなのんびりした旅行もたまにはいいかと思いました。
そう、そう、、、、、
夕螺家では旅行に出ると、「道の駅」に必ず寄ります。今回も3,4カ所の道の駅に寄りました。たしかに地元の物産などもあり楽しいです。
今度からは道の駅の写真や特徴なども集めてページでも作ろうかな?おもしろいかもしれません。