シンデレラ物語の起源をご存じだろうか?一説によれば中国に起源があると言われている。中国には小さい足を珍重する伝統があった。そのため、纏足という残酷な風習が存在した。

 ベストセラー、ワイルドスワンの冒頭に衝撃的な纏足のシーンがある。主人公の祖母はその母の手で両足を砕かれる。20世紀初頭中国の人々は残存する封建制に苦しみ、20世紀中盤には日本の軍国主義に苦しみ、20世紀後半には共産主義支配に苦しんだ。ワイルドスワンは、心を纏足するような政治体制と闘った人々の物語だ。ひとつ心に留めておきたいことがある。原題はワイルドスワンではなくワイルドスワンズである。物語には幾人かのワイルドスワンが登場してくる。

 登場人物の中で、私は主人公の父親に特に興味を持った。中国共産党の忠実な党員で、物語の中盤までは共産党の家畜人以外のなにものでもない。共産党をほかのすべてよりも愛していたこの男は、「あなたという人は、共産党員としては立派かもしれないけど、夫としては最低だわ」と妻にののしられる。しかし、党に対する忠誠心は本人にも中国の人々にも何の利益ももたらさなかった。物語の最終局面で主人公の父親は、「もし私がこのまま死ぬようなことになったら、もう共産党を信用してはならない」と言い残す。ついに共産党の誤りを認め、死を直前にして人間として再生する。物語の中でもっとも感動的な場面のひとつだった。

 共産主義諸国が崩壊した最大の原因は、党に対する絶対的忠誠にあると私は考えている。一党独裁を容認するほどの忠誠心を人々が党に対して抱いた場合、権力は必ず濫用される。言葉を換えて言えば、政党を愛するほど危険な行為はそうそうない。男と女が愛し合った場合最悪の結果は心中であろう。だが人々が党を愛した場合、最悪の結果は国の崩壊になる。

 これは旧社会主義諸国のみの問題ではない。そのよい例は日本の政治からも見出すことができる。

 小選挙区制法案が国会を通過したのは1994年のことであった。社会党は公約を破って法案に賛成した。しかし、ごく少数の社会党員は公約通り法案に反対した。その行為は社会党から非難されたのみならず、小選挙区制法案に反対した政党の政治家からは黙殺された。理由はきわめて簡単だ。共産主義者のみならず、おおかたの日本の政治家は党に対する絶対的忠誠を当然視している。党が公約に反する決定を行った場合においてさえも、党と行動を共にすべきであると考えているのだ。日本の政党とカルト教団の間には、いくつもの共通点がある。

 小選挙区制に私が反対なのは、一党独裁につながるからだ。党に対する絶対的忠誠も一党独裁の原因になり得る。そのため私は日本の政党を支持したことは一度もない。選挙の際には消去法で投票するか棄権する。とにかく政党の「主権在党」の論理にはうんざりしている。

 だから、最近の東京と大阪の知事選の結果を知って嬉しく思った。当選者はいかなる政党の支持も受けていない。有権者は政党のいいなりにはならなかった。問題はたくさんあるにしても自らの手で自らの知事を選んだということだ。誰が選ばれたのではなくどのように選ばれたかという点で、大きな進歩が見られたといえるだろう。社会の質を決定するのは人間の質であると私は考えている。残念ながら日本には組織の奴隷が多すぎる。よりよい人間社会を創っていくためには、もっともっと多くの自分で考えて自分で行動できる自由人が必要だ。(95年5月)
自由人