あるレストランで勘定を払う段になってとても驚いた。それは、カウンターの中に「お客様の言うことはすべて正しい」という掲示があったからだ。「まずかったからタダにしろ」と言いかけてやめたのは、なぜそんな掲示があるのか思い当たったからである。料理の質がよくないからこそ、客の目につくような場所にわざわざそんな掲示をしているわけだ。料理の質がよくて価格が妥当ならばそこまで卑屈になる必要はない。レストランを出てから、仙台市役所のCS活動に関して受けた研修を思い出した。

 CS活動とはカスタマー(顧客)サティスファクション(満足)活動の略語で、効果的な顧客サービスを目標にしている。私が受けた研修で講師はNTTにおける試みを話した。1985年以来NTTは同業他社との競争にさらされている。そのためCS活動を導入し徹底した調査と改革を行ったという。しかし私はNTTが行った顧客満足に反する改革を見過ごすことはできない。そのよい例が104の番号案内サービスである。以前104は無料だったが今は一回につき30円かかる。さらに悪いことに電話帳が使いにくくなっている。仙台市域が南北に分断されて、仙台市北部の住民に南部電話帳は配布されない。そのため104を利用せざるを得ない状況が発生する。CS活動を推進する一方で、競争にさらされたNTTがかなり阿漕な商売を展開してきたことは否めない。企業にとって顧客満足はけっして目的ではなく、利潤を得るための手段である。

 民間企業ののみならず地方自治体にも、CS活動を導入する例が最近は少なくない。ただそこにも問題がある。民間企業の社長にとって一番大切なものは利潤であり、地方自治体の主張にとって一番大切なものは次の選挙における票である。そのため、地方自治体のCS活動はしばしば選挙前に行われる。

 参政権は平等であるとはいえ、誰に投票するのか自分で決定できずに組織票として行動する人々はいまだに少なくない。だから、選挙に勝つ有力な方策は大手宗教団体や大手企業といった強大な組織の支援を取りつけることだ。その結果、建設会社からの支援を受けて当選したような首長は住民要望がどうであろうとハコモノ行政を推進する。一例を挙げれば、仙台市が巨大サッカー場を建設した際に市民要望を聞くことはなかった。しかし市長選挙の直前に図書館の開館時間を延長した際には、来館者に対してアンケートを行った。重要度の低い施策においてのみ市当局が市民の声に耳を傾けるようなポーズをとるのは、人気取りは次の選挙に有効だからだ。

  地方自治体が行うCS活動の危険性を認識しなければならない。公僕を自称する首長は少なくないとはいえ、すべての人々の召使いになるというのはどだい無理な話だ。もし首長が「市民の言うことはすべて正しい」とでも言い出せば地方自治体の破産は時間の問題である。首長のなすべきことは住民要望を取捨選択し説明責任を果たすことだ。だが少なからぬ首長はもっぱら支持団体のための決定を下す。その結果説明がつかなくなって、にせもののCS活動に精を出すことになる。

 よりよい自治体の首長を選ぶために私にはふたつの判断基準がある。ひとつは、支持団体の僕とならないこと。そしてもうひとつは、にせもののCS活動によって住民をあざむかないということだ。(97年10月)
地方自治体のCS活動