森 信三 先生

致知出版社発行「現代の覚者たち」のエッセンスの一部をお伝えします。

言葉は命・・命なりけり

「隠路あり、 昭々の天に宏遠の道より開く。基督の微妙の戸なり。
          一息開けて億兆相抱くべし。
               一息閉じて衆星隕越を致さん。
                   生命の機は一息に在り。― 意なり 」

荒井奥邃(あらいおういつ)


森信三先生は23歳のときに荒井奥邃のこの言葉とで出逢って、 その幽深極まりない深奥な生命のリズムに触れて「わが国にも一人の゛隠者″がいる。そしてその名を荒井奥邃という」との感激が心の奥底深く刻まれたのです。そしてその意味を尋ねられると「それはいえんですね。それがいえんってことは言葉は命だからです。・・・
感ずるくらいでは足りんですね。命が通るんですよ、すうっと。で、暗唱もできないです。暗唱できたらよいと思うがそれもできんですよ。何度してもできんですな。だから、私にとっては永遠の、あの世にまで持っていく言葉ですな」

     森信三先生の学問の根底の一つにある「立腰」

私の今日あるは立腰と言うのを貫いてきたおかげですよ。私は15の少年の頃、縁あって岡田式正座法の祖、岡田虎二郎先生の偉容に接して、その種まきをしてもらったが、以来、90歳の今日まで、この立腰だけは一貫して続けてきた。要するに、朝起きてから夜ねるまでいつも腰骨を立てて曲げない、ということです。これは主体的になるための極秘伝であるばかりでなく、健康法という面からも第一です。この立腰を子どもに伝えるだけでもたいした財産だと思います。
肩の気張りがとれて、全身の力が臍下丹田に収まって、ドッシリと落ち着いた人間になれます。
腰骨を立て、アゴを引き、つねに下腹の力を抜かぬこと。この三つが同時にやれたら、ある意味では達人の境だ。

人間は進歩か退歩かのいずれかであって、その中間はない。現状維持と思うのは、実は退歩している証拠である。

休息は睡眠以外には不要―という人間になること、すべてはそこから始まるのです。そして仕事は一気呵成にやる。直すのはゆっくり直して。どうしても一度中断せねばならぬ場合は、最低六割は峠をこえておくこと。これがしごとをやり抜く秘訣です。

「大器」の条件

<男は無限の全身に賭けるところがなければならぬ>男の生き方には、どこか「自己を賭ける」という趣きがないとね。組織の中におると賭けるということはそう簡単にはできません。なぜかというと、食うことを保障されているからね。だから、人を使う人はある程度部下に賭けさせるということ。そこがすぐれた社長の条件でしょうね。賭けると自分の知らなかった力が出てくる。それから、社長の信頼度を実感しますね。そこに命と命の呼応がうまれる。

「封書」を四十までに開け

この世へ送られた、その使命がなんであるかを解かねばね。みなそれぞれ神様から封書をもらっとるんですから。われわれは自分自身の意思と力によって、この地上に生まれた人は一人もいない。結局、大宇宙というか、壮大無限な宇宙生命によって、この地上にその生を与えられているわけです。ある意味では、神様からこの世へ派遣せられたものといえる。従って、いかなることが自分に課せられた使命かを突きとめねばならぬ。それがある程度わかりだすのは、人生もほぼ二等分線を越える頃のようです。