兎の独り言


 今日は、久しぶりに一也の顔が見られた。‥‥もちろん、直接会った訳じゃなくて、何かの『術』で見せてもらったんだけど。
 手術が成功したせいだろうか、顔色はとても良くて、本当に元気な様子だった。
 安堵のせいか、胸の中が暖かくなっているのを感じる。
 『魂』がなくなって、僕の中は空っぽのはずなのに、こんな風に感情が動くのは、何となく不思議な気もする。
 あぁ、それを言うなら、こうして普通にものを考えて、『生きて』いられるのも、だね。
 一也を助けるために、僕は『魂』を差し出した。
 『従魔』になる事、『人間』を捨てる事に、結構悲壮な覚悟もしたんだけど。
 身体も、意識も、思ったほど変わった訳じゃなかった。
 記憶も確かだし、価値観とか思考とかが変わった感じもない。
 僕に意志が残っているのは、黒崎君がそうしているのだと、あの嫌な悪魔がそう言っていた。
 今、僕が過ごしているのは‥‥ある意味では、とても穏やかな時間。
 僕は毎晩、仕事が終わった黒崎君の側にいる。
 他愛ない話をしたり、彼が望むままに『エナジー』を交換したり。
 黒崎君が眠るまで、その側で過ごす。
 その『褒美』なんだろうか。
 一也の顔が見たいと、口に出して願った訳でもないのに、君はあの悪魔に頼み込んでまで、遠い場所を見る術を手に入れてきた。
 それに、君は言っていたよね。
 そのうち、僕の姿を戻して、一也に直接会わせてくれる、って。
 もちろん、それはとても嬉しいけど。
 でも、黒崎君。
 『従魔』って言うのは、主に付き従うもの。
 その命も、身体も、あらゆるものをかけて尽くすもの。
 僕は最初に、君や、あの悪魔にそう聞いた。
 なのに、今の君を見ていると、まるで君の方が僕に必死になって尽くしているように思えるんだ。
 仕事の後の、本当に僅かな癒しを手に入れるためだけに。
 本当に‥‥どちらが、囚われているんだろうね。
 今も、時々、考える。
 何も知らずに君と言葉を交わしていた、あの頃。
 僕が、もう少しでも君をわかってあげられたなら。
 僕に、もう少しでも、力があったなら。
 もしかすると、君が、本当に求めているものをあげられたのかもしれない。
 ‥‥‥あぁ、また、どうにもならない過去の事を振り返るなって言われちゃうね。
 僕は、昔も今も、本当に非力で情けない父親だけど。
 僕の全てと引き替えに、あの子に健康な身体と、生命をあげたい。
 そう思ってる。
 そして、黒崎君。
 君にも、僕ができる事、どんな事でもしてあげたいと思ってるよ。
 『従魔』としてじゃなく、僕自身の意思で。
 君が、僕の魂から感情を感じ取れるように、僕にも、何となく、君の事がわかるんだ。
 とても孤独で、繊細で、傷つきやすい、君の魂。
 君が苦しいと、僕も苦しくなる。
 君が寂しいと、僕も寂しくなる。
 だから、それを、少しでも癒してあげられたらと思うんだ。
 それが‥‥今の僕にできる、せめてもの事だから。
 黒崎君。
 今夜も、君が心安らかに眠れますように―――。



闇の棲み処へ