消え行く魂に安らぎを
『闇』が砕ける―――。 ネピリムは、魔王ザヴィードと共に、その『時』を見詰めていた。 美しく紡がれ、磨き上げられた『闇』。 それは、『人間』であるが故に生まれた輝きであったのだろうか。 人間に生まれながら、その内に闇を抱え込み、悪魔となる資格を持った稀有な魂。 純粋で、上質なエナジーに満ちた魂を奪う事で、闇色の魂の主――『黒崎壱哉』は、見事に悪魔へと転生を果たした。 しかし、人間と言う生き物の不思議さだろうか。 黒崎壱哉の魂は、悪魔らしい闇色でありながら、更に悪意に満ちて濁る事はなく、儚くも脆い、だからこそ透明で美しい輝きへと姿を変えていった。 唯一、手に入れた魂の主を、ただ一人の従魔として手元に置き、人の身でありながら従魔以上に忠実に仕える秘書と共に、人間では有り得ない長い時間を生きてきた壱哉。 至高の芸術品のようだ、とザヴィードが評した闇の輝きは、その生きた時間の分だけ、美しく磨かれていった。 そして―――今。 自ら、存在する事を放棄した壱哉の身体は、『無』へと返ろうとしていた。 拠り所である器を失い、その根幹であった魂と、ずっと囚われていた従魔の魂とが遊離し始める。 「手に入れてまいりましょうか?」 ネピリムは、偉大なる主の横顔を見上げた。 元が悪魔であろうとも、器を離れた魂を狩るのは容易い。 素晴らしいエナジーに満ちた魂を喰らうのも良い。 或いは、時を凍らせ、永遠に手元に置いてその輝きを愛でても良い。 しかし。 「良い。捨てておけ」 二つの魂にずっと視線を注ぎながら、ザヴィードが言った。 「‥‥‥はい」 ネピリムは、頷いて、主と同じ場所に視線を向けた。 肉体と言う器を失った闇色の魂に、まるで一体かと見紛う程にぴったりと、従魔の魂が寄り添う。 その魂は、今まで見た、どんな魂よりも美しく、力強い輝きに満ちていた。 二つの魂は、絡み合うように、溶け合うように色を混じり合わせながら、ゆっくりと、その存在を薄れさせて行く。 彼等の魂は、この世界に溶け、混じり合いながら、いずれ生まれてくる生命の一部となるのだ。 美しい輝きが、完全に消えてしまってもしばしの間、ザヴィードとネピリムはその場所を見詰めていた。 やがて、長く息を吐いて、ザヴィードは目を閉じ、玉座に身を沈めた。 しかし、視線に気付いたのか、ザヴィードがネピリムに視線を向けて来た。 「クロサキイチヤには、長い間、楽しませてもらった。その褒美と思えば‥‥解き放ってやっても良かろう?」 「褒美‥‥ですか」 僅かに首を傾げたネピリムに、ザヴィードは苦笑した。 「ここしばらくと言うもの、退屈せずに済んだからな。‥‥‥しかし、あれがなくなってしまうと、またつまらん時間が続くのであろうなぁ」 ザヴィードは、また、魂が消えた場所に視線を向けた。 その横顔を見ながら、ネピリムは思う。 ザヴィードが壱哉の魂を開放したのは、もしかすると、自ら『消える』選択をした彼等への羨望からではないか。 悪魔は、争いや食い合いで死ぬ事はあっても、自ら存在を放棄する事はない。 そして、強大な力を秘めた魔王は、勝手に消える事は許されない。 魔界自体のバランスが崩れるからだ。 生まれ変わるか、力を別のものに引き継ぐか、いずれも、ふさわしい時を迎えるまでは叶わない。 だからこそ――自ら望んで消えて行く、その輝きを最後まで見届けたかったのかも知れない。 そこまで主の心を捉えた壱哉に、幾ばくかの嫉妬が湧く。 だが、それもやむを得ないとも思う。 それ程までに、あの二つの魂の最後の輝きは素晴らしかったのだから。 ‥‥あんな元人間や、従魔など、眼中にはないけれど。 自分も、ザヴィードが消えるまで、その側にいたいと思う。 何があろうとも、一番近くに。 そして、気が遠くなるような時間の末に、ザヴィードが消える時には。 自分もまた、共に消えたい。 そう、思った。 |
END |
わーい、なんかふぁんたじーみたいだー(笑)。
欲しかったものに気が付いたんなら一緒に暮らせばいいじゃん、と言う突っ込みは却下です。ほら、『愛』があると悪魔は存在できないし。
これ、最初は、新の話だったんですが。山口さんが壱哉を抱き締めるシーンが書きたくなって、そんなら前に書いたのと対にしようかなんぞと考えて。‥‥‥しかし、なんか樋口にちょっと贔屓みたいな話になってしまった気がする(苦笑)。あー、それを言うなら、ゴメン、秘書。自分がいなくなった後にターゲットといちゃつかれるのは本当に気の毒ですね。ホント、ごめん。
あ、ネピリム、ちょっぴりオトナになりました。壱哉にあんまり絡まなくなるくらい(しかし、ネピリムが成長する程の時間て相当長いんじゃ‥‥)。