アクセスありがとうございます! このページは【護りの手】をご購入くださった方へのオマケ補完小説ページです。 本編ときちんとリンクできているのかどうか微妙ですが、お楽しみいただければ幸いです。 3月9日追記:諸事情によりサイトのギャラリーにアップしました。本を未読の方には よくわからないお話になっているかと思いますが、何となく雰囲気を楽しんで頂ければ幸いです…。 『護りの手』本編…ヤキン・ドゥーエ戦後、オーブに降りたアスランとカガリのお話です。 アスハとしての自分がアスランの行く末を塞いでいると思えてならないカガリの焦燥が主軸でした。 |
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<護りの手 AnotherSide>
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落ち着いた風合いの絨毯が敷き詰められた廊下に、やわらかい午後の日差しが差し込んでいる。南国であるオーブにおいて、春先の太陽は肌に優しく暖かい。もうあと一月もすれば、黒を貴重とした制服では暑さを感じることだろう。捧げ持った盆の上に乗せた茶器を揺らさないよう気をつけながら、広大な屋敷のメイドは、窓から覗く景色に目をやった。碧く生い茂った木々のみずみずしさに、メイドは別の碧を連想する。これから向かう先に待つその色に、思わず胸が高鳴った。逸りそうになる足を職務意識で押さえこみ、出来る限りの優雅さで歩を進めた。 「――失礼いたします」 控えめに戸を二度叩いてから取っ手に手を掛ける。重厚な扉はその質量に反し、音もなく滑らかに開いた。踏み入った部屋には、上質の木と、書物が持つ独特の匂いがたちこめていた。背の高い本棚が壁一面に並び、さまざまな種類の本が隙間なく収められたこの部屋は、屋敷にいくつかある書庫のひとつだ。書庫の中には当主しか入ることの許されない部屋もあるが、ここは一般的に手に入りづらい書物もあるものの、利用者を限定する類ではない。主にはこの国の成り立ちや文化、ごく基本的な政治経済に関する本を中心に集められている。メイド自身は手に取ったこともなければ取ろうとも思わないので、実際のところはわからない。今までこの部屋に関わる機会と言えば掃除と虫干しくらいのものだったが、最近は別の仕事がひとつ増えた。そしてその仕事は、彼女たちメイドにとって我先にと奪いあいになるほど魅力的な内容だった。 「お茶をお持ちしました」 「――ありがとうございます」 手元の本を閉じながら、声をかけられた青年が礼を言う。腰掛けていた瀟洒な椅子から立ちあがって、対になった机に詰まれた本を片付けた。 「いつもすみません」 申し訳なさそうに謝る翡翠の瞳に、つかの間メイドは見とれた。やや切れ長の目はともすれば冷たく感じられるが、新緑を思わせる暖かな色味がそれを払拭している。まぶたを伏せれば、繊細に瞬く長いまつげが白い頬に影を落とし、えもいわれぬ風情をかもし出す。精巧な彫像を思わせる鼻梁や、薄く引き結ばれた唇の形のよさには感嘆するしかない。深い紺青の髪が何気ない所作にあわせて肩口で揺れる様には、色気すら感じられた。細身の体を包むのはごく簡素なシャツとズボンなのに、城を思わせるこの屋敷の空気に見事に調和している。たとえばこれがおとぎ話なら、間違いなく彼は王子の役回りだった。 緊張に震える手を隠しながら、メイドは胸のうちで思う。 王子様の相手は姫君と相場が決まっている。 だが、亡国の王子の相手はその限りではないのではないか、と。 無論彼女も、青年が実際は王子でも何でもなく、彼の故郷も健在であることを知っている。 それでもそれは、彼に関わる雑事を取り合うメイド達に共通の想いだった。 ***** 扉を叩く音に、アスランは壁にかかった時計を見る。昼食の後、最近の定位置になった書庫にこもってから、いつの間にか三時間ほど経過していた。失礼いたします、とかけられる声に返事をして手元の本から目を離した。 お茶の準備をしてくれるメイドに礼を言いながら、窓を半分ほど開いて換気する。先ほどまでたちこめていた古い紙の匂いが、流れこむ風に乗って届く草の香に場を譲った。宇宙育ちのアスランにとって、空気に混じるさまざまな自然の香りは、いつでも新鮮な驚きを与えてくれる。 「それでは、御用があればお呼びくださいませ。アスラン様」 ついぼんやりとしているあいだに、メイドは手際よく準備を終えていた。白地に青色の模様が美しく彩られた茶器には、澄んだ色合いの紅茶が注がれている。アスランは再度礼を言い、口ごもりながら言葉を続けた。 「その、『様』はやめていただけませんか?」 「ですが、わたくしどもにとって、アスラン様はカガリ様のご友人でいらっしゃいますので…」 確かに主であるカガリと対等の口をきく人間を呼び捨てにはしづらいだろう。自分の立ち位置があいまいなことはアスランもいやと言うほど自覚している。上手い切り返しを思いつく前に、メイドはお手本のようなお辞儀をして部屋を出ていってしまった。長いスカートの裾を乱さずに退出する姿に、そういえば毎日のように茶を入れてもらっているが、毎回人が違うなと取りとめもないことを考えた。溜息をひとつ吐き、アスランは再び椅子に腰掛ける。穏やかな陽の光と芳醇な紅茶の香りに、なんだか隠居した老人のようだと更に溜息がこぼれた。 こんな風に日がな一日本を読んで過ごせるのは、仮初めにでも平和になった証拠だ。幸いアスハ家の蔵書は膨大で、いくらアスランがむさぼるように読んだとしても尽きることがない。初めて住まう地球について、また、これから身を寄せるオーブという国について、知りたいことは山ほどある。とはいえ、生来どちらかというと貧乏性の気があるアスランとしては、このゆとりを楽しむよりも落ち着かなさが先にたってしまう。それが自分と言う存在の行き先が定まらない故だとすればなおさらだった。 オーブに来ないかとカガリに誘われて、殆ど本能的な欲求に従って地球に下りた。もちろんその先がスムーズに行くとは思っていなかった。コーディネイター。ザフトのパイロット。機密を奪って母国と敵対した裏切り者。戦火を拡大した戦犯の息子――どこを取ってもマイナス要因でしかない。履歴書を作ればひと目で弾かれるに決まっている。 ましてカガリは、これからのオーブを導く要になる。獅子の娘として、また『大戦の英雄』として、ウズミを失ったこの国の象徴にこれほど相応しい人間はいないだろう。無論、オーブの姫として育ったとはいえ、カガリが政治家としていきなり腕を振るえるはずもない。彼女を引き立てようとする者の多くが、年端もいかない娘を担ぎ上げ、意のままに操ることを目的にしているのも事実だ。それでも、国を焼かれ、愛するものを奪われた哀しみに打ちひしがれる民にとって、カガリが立つ事はきっとなによりの希望になる。 アスランはここ数日、忙しく行政府と家を行き来するカガリを思い出す。俯く彼女にどうしたと問うても「なんでもない」と笑うだけ。それでも、怒りを押し込めるような、悔しさを噛み締めるような厳しい表情から、彼女が何に憤っているのかはわかった。けれどここで謝りでもすれば、カガリが余計に悲しそうな顔をするともわかったので、アスランは「そうか」と返すだけに留めた。それは酷く労力を要したが、今の自分に出来るのはそれだけなのだから仕方がない。 たとえば、自分がカガリの傍ではなく、オーブの一国民としてどこか離れた場所で生きるだけなら、きっとこれほどの苦労はないのだろう。名を変えて、過去を捨てて。カガリとの関係は『宇宙で共に戦った戦友』程度のものだと言えば。 ――埒もない想像にアスランは自嘲した。出来もしないことを考えるだけ無駄だ。そもそも、そんなものを手に入れるために地球に下りたわけじゃない。 だから今は、どれほど歯がゆくても待つしかないのだ。彼女の傍に居られる権利を得るまで、自分に出来るのはせいぜいこうしてオーブという国を学ぶ事だけだ。 アスランは思考を切り替えるように頭を軽く振り、すっかり冷めてしまった紅茶に手を伸ばす。よほどいい茶葉を使っているのか、冷めてもなお仄かな香りが漂った。日々のもてなしに、少なくともこの家の人達には認めてもらえたかなとアスランは思った。そしてふと、初めてアスハ家に訪れた日のことを思い出して苦笑する。 なにせ着の身着のままで家を飛び出したようなもので、手元にある服といえば軍服と、支給品であるオーブ艦の制服のみだった。新調するにしても誰かに無心する事になるし、そんな時間もなかった。仕方なく着慣れた赤い軍服を纏い、主の帰還を喜ぶ使用人たちに挨拶をした。緊張で強張る顔になんとか笑みをつくろっていたつもりだが、成功していたかはわからない。 とりあえず、カガリの『友人』としてふさわしくないと思われないよう、アスランは出来るだけ手間のかからない客として振舞うようにしている。本当は『恋人』として認められたいところなのだが――そこまで考えて、また同じところを回りそうになる意識に歯止めをかけた。考えても仕方がない。アスランはカップをソーサーに戻し、再び本を手に取った。 ――キサカから連絡が来たのは、アスランがふたつ目の書庫の本を半分ほど制覇した頃だった。 「カガリ様の護衛になる気はないか」 挨拶もそこそこに切り出され、アスランは一瞬当惑した。カガリがじきにアスハ家の首長に就任するだろうことは薄々知っていたし、その身を守る人間が必要な事も判る。だが、それを言うなら目の前にいるこの男こそが、既にその任に就いているのではないのか。アスランの疑問を汲んだキサカが苦く笑う。 「――私も軍に属する人間だ。いつ、どんな命令が下るかわからん」 皮肉めいたその一言で、アスランは今のカガリの立場がいかに危ういものかを再認識した。 これからカガリを後見することになる首長家にとって、前代表首長であったウズミと関わりの深い人間は邪魔なのだろう。キサカは護衛としてだけでなく補佐官としても有能で、だからこそカガリを傀儡としたいものには厄介な存在だ。 「君には、軍属ではなく、アスハ家の私設補佐官としてカガリ様についてもらいたい」 確かにそれなら、カガリの意志なくして引き離す事も出来ない。地位としてはただの使用人に過ぎないが、アスランにとっては願ってもない役割だった。 うなずこうとしたアスランを制し、キサカは厳しい表情を崩さず続けた。 「よく考えてから決めてほしい。もし君が引き受けてくれる場合――名を、捨ててもらうことになる」 その言葉に、真っ先に浮かんだのは、悲しむカガリの顔だった。 『誰の息子でも関係ない』――自軍を、父親を裏切る覚悟はあるのかと問うた男の言葉に、カガリは怒りながら反論した。アスランはアスランだと、そう言ってくれた。自分の名について回る因果を承知の上で、『アスラン・ザラ』という存在を受け入れてくれた。 傍にいることと引き換えにその名を捨てると知れば、カガリは悲しむだろう。怒って、反対するだろう。 十六年共に生きてきたもの――存在証明であるそれを捨てることを、辛くないとも言えない。偽りの名は、いつかその存在すら偽者へと変えてしまうかもしれない。 脳裏に過ぎるさまざまな感情に、アスランは目を閉じた。不安。願望。焦燥。希求。一番強い感情はどれだろう。 ――何がしたい? ――何を望む? やりたいこと、のぞむこと―― 浮かぶのは、鮮やかな金の髪。強い琥珀の眼差し。真っ直ぐに自分を呼ぶ声。 ゆっくりとまぶたを開けたアスランが我知らず微笑む。 ――そんなもの、ひとつだけだ。 視線を上げてアスランが己の意志を伝えるのに、ようやく相好を崩し、キサカは礼を言った。 予想通り、護衛就任と、そのために得た新たな名を聞いて、カガリはつらそうな顔でアスランを、そして自分を責めた。 「私がお前から、名前まで奪ってしまうんだな」 涙を堪えた顔で自嘲するカガリを、アスランはそっと抱き締める。 「そうじゃない。言っただろう?」 生きているからこそ、手に入れられるものがある。望む事が出来る。 「俺は君が思うよりも貪欲で、名前と引き換えに欲しいものを手にしたいだけなんだ」 この腕に抱く君を護りたい。 触れあえるほど傍にいたい。 それはどこまでも己の欲求で、カガリが自分を責める理由などどこにもない。 「―――アスラン」 「ん?」 「アスラン、アスラン――アスラン」 確かめるように何度もカガリは繰り返し、アスランの胸に埋めていた顔を上げる。微かに涙の滲んだ瞳で、それでも柔らかく笑った。 「私はお前をアスランと呼ぶよ。とても綺麗で大事な名前を、お前が忘れちゃわないように」 いとおしさが胸に迫り、たまらずアスランはカガリにくちづける。閉じたまぶたの裏が熱くて、それを知られないために一層激しく唇を合わせた。 偽りの名も、身分も、カガリの声が紡ぐ真実には敵わないだろう。本当の自分は、彼女が知っていてくれればいい。 よく通るアルトの声音に形作られた自分の名が、その時からアスランの支えになった。 ******* 落ち着いた風合いの絨毯が敷き詰められた廊下に、ややきつい午後の日差しが差し込んでいる。南国であるオーブにおいて、春も終わりを告げるこの時期の太陽は、汗ばむほどの熱を有している。黒を基調とした制服は見た目にも暑く、そろそろ本気でこのデザインをなんとかしてほしいと雇い主に掛け合うべきかもしれない。捧げ持った盆の上に乗せた茶器を揺らさないよう気をつけながら、広大な屋敷のメイドは、布地の下を滑る汗にうんざりしながら考えた。容赦なく差し込む陽光に恨めしそうな視線を向け、気を取り直して前を向く。そしてこれから向かう先に待つ『かもしれない』ことを思い、我知らず溜息が漏れた。引き返しそうなる足を職務意識で押さえこみ、メイドは出来る限りの優雅さで歩を進めた。 「――失礼いたします。午後のお茶をお持ちいたしましたが、入ってもよろしゅうございますか?」 扉をきっちり二回叩いた後、さらにゆっくりとお決まりの口上を述べる。間をおかず、主人から了承の意が返り、メイドは心底安堵した。内側から扉が開き、翡翠の瞳をした青年が顔を覗かせる。礼を言いながら、つい青年と主人の様子を窺ってしまうのは一種の野次馬根性だろうか。 主人の傍に立つ青年が、主人の『客』から『護衛』となったのは、つい一ヶ月ほど前の話だ。青年に密かな憧れを抱いていたメイドたちにとっては朗報で、出来れば少しでもお近付きになりたいと、前にも増して彼に関わる職務は奪いあいの様相だった。とはいえ、客分だった頃と違い、仕事上家にいることはめったになく、彼のみに茶を運ぶ機会などあるわけもない。そうなると数少ないチャンスは主人が執務室にいる時で、メイドたちは頼まれもしないのに一時間おきに茶を運んだ。 そんなある日の事。いつものように茶器を手に扉を叩き、同時に取っ手に手をかけたメイドの耳に、何かを倒すような音が響いた。何事かと慌てて入室したメイドの目の前には、散乱した書類と横倒しになった椅子。そして真っ赤になって襟元をつかむ主人と、やはり赤い顔を窓に向けた青年の姿があった。主人は必死になっていつもどおり振舞おうとするが、動揺しているのか言っていることは支離滅裂だし、なによりつかまれたままの服を良く見ると、明らかにボタンが外れている――それもかなり際どいところまで。 メイドが思わず、はしたなさも忘れて青年に目をやれば、視線に気付いた青年がばつの悪そうな顔をして口元を手で覆った。 いきなりの展開に呆然としながら、メイドはそれでもきちんと仕事をこなし、楚々とした所作で退室した。ただし、その後どうやって台所に戻ったかは全く思い出せない。 自分達の大切な主が使用人である護衛と。密かに憧れだった青年が主と。どちらにショックを受ければいいのかよくわからないまま、それでも改めて見れば、二人の間の空気は一目瞭然だった。青年は誰にでも丁寧に穏やかな態度で接するが、主人を見る眼差しは自分達に対するそれとは全く違う。というか、なぜあそこまであからさまなのに今まで気付かなかったのかと首を捻りたいくらいだ。主人にしても、ほんの数ヶ月前までは、お嬢様というよりお坊ちゃまの間違えではないかというほど女らしさに縁が無かったのが、最近では、時折はっとするほど艶めいた表情をするようになった。今思えば、その視線の先には常にあの青年がいたのだろう。 知ってしまえば、メイドたちのあいだで繰り広げられている喧騒のなんと虚しいことか。やはりそれとなく皆に伝えた方がいいのだろうか。存ぜぬこととはいえ、しょっちゅう訪れるメイドは明らかにお邪魔虫だ。けれど、もしマーナの耳にでも入れば余計ことがややこしくなる気がする。 そんな彼女の苦悩を知ってか知らずか、その後、同じように主人たちの関係を垣間見たメイドの密かな意見交換により、二人の関係は徐々に暗黙の了解となっていった。いくらなんでも主人をライバルに回すものもおらず、怒濤のお茶攻撃も、今では『馬に蹴られるのはまっぴら』と押し付けあう始末だ。運悪く当たってしまうメイドは、必ず扉をノックした後に言う。 「失礼いたします。午後のお茶をお持ちいたしましたが、入ってもよろしゅうございますか?」 そして返事を聞いてから戸を開ける。もしも返事が遅れる場合はこう続ける。 「申し訳ございません。葉が開きすぎてしまいましたので、淹れなおしてまいります。十分ほどお待ちくださいませ」 ――勿論、有能な彼女たちは、台所から執務室までの時間をきちんと計算して茶を淹れている。してもいない粗相で仕事を増やすのは本意でないが、それでもこれはメイドたちの鉄則だった。 ――誰だって、他人の濡れ場に踏み込みたいとは思わないのだ。 「なんか最近、メイドたちがやけに礼儀正しいよな。マーナが教育方針変えたのか?」 「――そうかもな」 扉を開ける前の言葉の意味を知らないカガリは首を捻り、知っているアスランは黙秘した。 |
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何だかラストがよく分からないオチで申し訳ありません…。 自分的にはこっちの話はちょっと笑い要素がほしいと思って書いたのですが 途中のアスラン視点がうっかり真面目っぽくなってしまったので どっちつかずになってしまったかも。 見方を変えると話も変わるなーと思っていただければ幸いです。 ご感想などあれば、TOPページの一言フォームより頂けると嬉しいです。 BACK |