【題意】
花咲く佳景、友人との再会、この二つの得がたい好機が重なった今、大いに飲もう
ではないかと酒を勧める歌。
【詩意】
さあ、貴方に勧めよう、この黄金の酒盃を
なみなみ注いだ酒をどうか遠慮しないでくれたまえ
花は開けば、風雨に吹き散らされるもの
出会いには別れがつきものだ
【参考】
半藤一利氏の「21世紀への伝言」・平成9年3月18日熊本日日新聞掲載より抜粋。
『サヨナラ』ダケガ人生ダ〜日本人の好んだ名訳。
井伏鱒二の作品を読んだ事が無くても、この作家が漢詩を訳して案出した有名な一行で、
これをふと口にした人は多いだろう。原詩は晩唐の詩人・于武陵の「勧酒」である。
これを井伏は訳した。
コノサカズキヲ受ケテクレ/ドウゾナミナミツガシテオクレ/
ハナニアラシノタトエモアルゾ/「サヨナラ」ダケガ人生ダ。
原詩「人生足別離」はそのまま訳せば、人の生涯には別離ばかりが多くある、ということ。
それをものの見事に日本的な無常観を織り込んで歌った。
初めて発表されたのが1935年(昭和10年)3月号の月刊誌「作品」誌上である。
昭和日本は国際連盟を脱退し、世界の孤児となり、対外姿勢を強めていく。
戦争の不吉な予感が井伏の心に有ったのだろう。
【語釈】
金屈巵=曲がった把手のついた黄金製(又は金属製)の大きな丸い酒盃。美しく輝く贅沢な
酒器で、宴席の雰囲気を華やいだものにすると同時に、相手に対する敬意も自然と表れる。
満酌=なみなみと酒を酌んで。なみなみと注ぐ。
不須辞=御遠慮は無用。 「不須…」=…するには及ばない。
花開多風雨=現在の春の佳景が、永く留め難い事を暗示する。
人生足別離=良会はなかなか得がたい事をいう。
【鑑賞】
前半の2句には、別れのじめじめとした雰囲気は無く、明るいイメージ。
それは「満酌」という詩語が有るからだろう。後半は人生を達観している様な詠いぶりである。
酒を盛大に飲んで愉快な気持ちの極まったところに、自ずと哀感が漂う。
琴と書物を愛して放浪生活を送った、作者がしみじみと詠んだ心の歌である。
言葉は短いが深い人生観を漂わせる作品である。
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